「なんだありゃ・・・?」

村の入り口に大量のゆっくりが殺到していた
その先頭にはドスまりさ
『むらの人間が仲間をさらったよ! 協定違反だよ!!』
「「「きょーてーいはんだよ!!!」」」
村の年長者である村長に詰め寄っていた
「待ってくれドスまりさよ。先ほど全員を調べたがこの村でそんな事実は無かった」
村長の後ろには村の男衆が待機しており、一触即発の状態だった

「おい、通してくれ!」
道を塞ぐゆっくりを潰さないよう気をつけながら押しのけて前に進む青年
「おさないでね! ゆっくりとおってね!」
「まりさをおすやつはだれなんだぜ! あやまるんだぜ!」
ようやく先頭まで抜け出し、村長とドスまりさの会話に割り込む
「すまない村長! 妹がゆっくりに襲われて発作を起こしたんだ! 薬を分けてくれ!!」
村長と呼ばれた老人はまるで偏頭痛を患ったように顔に手を当てる
「もしやと思ったがやはり貴様らだったか・・・」
落胆の表情から一変、憤怒の形相で青年を睨みつける
「そんなことはどうでもいい! 早く薬を・・」
「五月蝿い!!」
村長の後ろの男に頬を殴られた。青年はなぜ自分が殴られたのかわからなかったが
すぐに起き上がり村長にくらいつき同じ言葉を吐く、最も優先すべき事は薬である。周りの状況など目に入らなかった
「頼むよ、なんでもする! いつもより酷いんだ!」
今度は違う男に殴り倒される。そして別の男が背中に圧し掛かり青年の動きを封じた
青年を完全に拘束したのを確認して、村長がドスまりさの方を向く
「ドスまりさよ、ぬしらの仲間をさらったのはこいつだ。だがこいつはこの村の人間ではない」
『ゆっ!? そうなの?』
その場にいた村人が皆頷いた

ドスまりさはにとってそれは誤算だった、これでは越冬する食料が集められない
怒りの矛先は青年に向けられた
拘束される青年の前まで移動して見下す
『おにいさん。よくも仲間を攫ってくれたね!』
「違う! 攫ってなんかない、お前らの誤解だ! 事情はあとでじっくり説明してやる、だから離してくれ!! 時間が無いんだ!!」
『言い訳しないでね! 自由になりたいなら責任とって食べ物を持ってきてね!! 話はそれからだよ!」
取れるところから取らなくてはならない、そうしなければ飢え死にするのは自分達だ
「食うもんなんてもうない」
『嘘言わないでね! 人間はたくさん食料を持ってるの知ってるんだよ!』
「それは村の連中だけだ。村八分の俺達にはない」
『ゆぅ~~~~~~~~~~~~~~~~』
青年から絞り取れるものはないと分かったドスまりさは困り果てた
群れのために、転んでもただで起き上がるわけにはいかなかった。よって最後の手段を講じることにした
青年に圧し掛かる村の男に退くように促す
『ゆっくり反省してね!!』
至近距離でドスまりさの体当たりを受けた青年は5mほど吹き飛ばされて転がった
「ぅ・・・・ぐ・・・ぁ・・」
吹き飛ばしてすぐに村人全員を見る
『いいね! 協定を破るとみんなこうなるからね!!』
青年を見せしめに使うことで、村人に圧力をかけることにした。これで村人は今後も協定を破棄することはないだろうとドスまりさは考えた
『みんなかえるよ!!』
ドスまりさの号令で全員が振り向き、巣へと進んでいった
「まて・・」
小さな声だったが、ドスまりさにははっきり聞こえた
『ゆ?」
青年がうつ伏せのまま尋ねる。眼球が小さく痙攣していた
「俺の家を襲ったのはおまえの指示か?」
「ゆ? そうだよ。でも悪いのは子供をさらったおにいさんたちだからね!」
それだけ言うとドスまりさは向き直り、群れの先頭まで移動した


ゆっくりたちが見えなくなりようやく体の痛みが和らぎはじめていた
早く薬を得るために青年は起き上がる
だが、村長たちがその道を塞いだ
「おぬし、どのツラ下げて村にきた」
怒気をはっきりと感じる低い声だった。誤解を解かなかれば薬は得られないと理解して、慌てて説明する
「違うんだ。妹は親からはぐれたゆっくりを保護しただけなんだ」
だが血気盛んな若い衆にとってその事実はどうせもよかった
「それがどうした! おめぇんトコの胸の腐った餓鬼が余計なことをしたせいで、危うく村に被害が出るところだったんだぞ!!」
「ッッッ!!!」
その男を殴り殺したい衝動に駆られるが、割れるほど強く奥歯を噛み締めてそれをなんとか堪える
ここで手を出したら薬は手に入らないため必死に耐えた
妹が苦しみ続けている現状で、薬を得ることのできない自分の不甲斐無さが一番許せなかった



その頃の青年の家
「うん・・・だいぶ楽になってきた・・・・・・」
ようやく発作がおさまり妹の呼吸は安定していた
「こんなに苦しくないの何年ぶりだろう・・・・・・・・」
先ほどから押し寄せる大きな睡魔と闘いながら兄の帰りを待つ
「にぃちゃん遅いな・・・・・・」
一番会いたい時、傍にいてくれないことを残念に思いながら妹は静かに目を閉じた



青年に対する罵詈雑言はまだ続いていた
いつものように頭を下げて全員の怒りが鎮まるのを待つ。心の中では延々と呪詛を吐き続けていた
「もうそのへんでいいだろう」
青年が顔を上げると、昨日の夕方に診療所で会った男が横から輪に入り込んでいた
村の中で一番体躯の大きいこの男は村長の孫で、やや堅物ではあったが、その実直な人柄で村民から好かれて頼りにされている存在だった
「なんじゃ? いくらお前らが昔のよしみだからといって甘い顔は出来ぬぞ」
「今回のは向こうの勘違いで村に事実上被害は無い。これ以上はただの八つ当たりだ」
そう言って青年に紙の包みを渡す。目的の物だった
「ほら。早く行ってやれ」
「あんちゃん、すまねぇ・・・・・みんなもほんとうにすまねぇ・・・・・・」
なるべく感情を込めてそう言うと青年は一目散に家を目指した
所々陰口が聞こえてきたが全く気にならなかった


空は暗くなり何度も躓き転びながら山道を行く
村で受けた暴力で体中が悲鳴を上げていても関係なかった
一秒でも早く妹に薬を届けたかった


倒されたままの戸を乱暴に踏みつけて泥だけなのも気にせず小屋に入る
「すまないっ! 遅くなっ・・・・・・・・て、もう寝てらぁ」
布団の中で妹が仰向けになって寝ていた。いつもどおりの姿勢だった
「そりゃあ、こんなけ遅くなったら待ちくたびれて寝ちまうよな」
妹のすぐ隣に腰を下ろし胡坐をかく
顔にまだ餡子がついていたので落としてやる。乾いた泥のようにぱりぱりと離れた
ついでにボサボサの髪も綺麗に洗ってやりたかったがそれは出来そうになかった
布団には入らず、ごろりと床の上で横になり妹と目線を合わせる
「ごめんな・・・・」
ゆっくりたちにより荒らされた小屋の中
家具は全て倒され、囲炉裏の灰はそこら中にぶちまけられていた
薬を貰うためとはいえ、こんな酷いところに妹を一人残してしまったことを後悔した
村に行く前、妹に掴まれた袖にはまだ温もりが残っているような気がした
今頃は村の人間、ゆっくりたちも家族と食卓を囲い団欒の時は過ごしているのだろう
自分たちも夕飯にしようと思ったが、なけなしの食べ物はゆっくりたちが部屋を荒らした際に駄目になっていた
残念なことに兄妹が今日食べる分はこの小屋にはなかった
「・・・・・・・」
ぼんやりと土色の肌の横顔を眺める
思えば苦労させてばかりだった
不甲斐無い兄に文句も言わず、いつも笑顔を向けてくれた
それに何度救われて元気をもらったかわからない
「春になったらさ、ここを離れて、新しい土地に行こうな・・・・・・・たぶん、そこならきっと誰にもいじめられないから・・・」
隙間風にさらされて冷たくなった髪を、梳かすように何度も撫でた









翌日。昼時に青年が「あんちゃん」と呼んでいた男が訪ねてきた
「昨日は大変だったな」
「ああ、昨日はありがとう。上がってよ」
家の中に通されて男はあることに気づいた
囲炉裏の向こうには汚い布団だけがあり、その中に居るべき人間がいなかった
「あの子は?」
青年は無言で外を指さした
「なんだ、散歩か」
「・・・・・」
青年は膝を抱え、終始俯いたままだった
男はぞうりを履き直して表へ出て、青年が指さしたところを見た

墓石が三つになっていた

「昨日、帰ってきた時にはもう遅かったよ・・・・・・ついさっき埋めた」
定まらぬ視線のまま青年は説明する。彼の目は充血しているのに男は今気が付いた
「そうか・・・」
男は花の添えられた墓の前で手を合わせた
誰にも見取られずにひっそりと亡くなった少女を思うと胸が締め付け荒れた
それは長い長い合掌だった
合掌を終えて立ち上がる

村八分になる前までこの自分より少し年上の男と兄妹は幼いころからつるんで遊んでいた
青年は男を「あん(兄)ちゃん」と呼び慕っていた。二人は兄弟のように仲が良かった
しかしそれはもう昔の話

「いくつだったんだ?」
「こないだ十四になったばかりだ・・・・・・・・まだこれからだってのに・・・」
青年は力いっぱい唇を噛み締める。皮が切れて血の玉が生まれ、線となり顎に滴った
薬が切れたこと、ゆっくりたちの勘違い。越冬前という皆が神経質になる時期に起きた悲劇だった
「自分を責めるな。不幸な偶然が重なったんだ」
青年は俯いたまま顔をかぶり振った
「助かる命だった、病だって治る見込みはあった。ゆっくりやお前らが邪魔しなければ春には元気になっていた・・・」
脳裏に浮かぶのは元気に走り回る妹の姿
春になり病気が治ったらここを離れて新しい土地で生きていこうと決めていた
少なくとも今よりは確実に良い暮らしができる
そのときは腹いっぱいになるまで食べて、時間を忘れて遊びまわって
今までつらい思いをした分、幸せになってもらいたかった
「あの子は冬を越せる体じゃなかった、遅かれ早かれこうなる運命だった。暖かいうちに逝けたのがせめてもの救いだ」
その言葉が青年の妄想を砕いた
「てめぇ!」
怒りに任せて男の胸倉に掴みかかる
「村に戻って来い。爺さんには俺から取り成してやる。今、村には少しでも人手が必要なんだ」
「ふざけるな!!」
青年の拳が男の顔面を捉えていた
殴られて、しかし男は痛そうな素振り一つ見せない
再び拳を男の顔面を打ち付けるが男は微動だにしなかった
男は気にせず話を続ける
「病で家族を失ったやつだって村に大勢いる。現に俺の親父も病で死んだ。不幸なのは何もお前だけじゃない」
「黙れ!!」
鳩尾に打ち込んでも男の表情は変わらなかった。男が頑丈なのではなく自分の拳に力が無いのを青年は気づけない
「大方ほとんどの飯をあの子に食わせてたんだろう? 自分はろくに食事も取らずに」
男の腕一振りで青年は地面に叩きつけられた
一度倒れると今まで蓄積した疲労が一気に押し寄せてきて、立ち上がることができなかった
妹を守るという義務感だけがカラッポの体を支え満たしていた。今まで働けていたほうがおかしいくらいだった
「あれだけ冷たくしておいて戻れなんて、ムシが良すぎるとは思っている。だがあの子のことを思うなら来るべきだ」
忌々しく男を睨みつけて青年は首を振りその申し出を頑なに拒んだ
「お前の考えは大体わかる、復讐しようとしているのだろう。ゆっくり共に」
「当たり前だ。あいつらのせいで妹は死んだ、お前らだって同罪だ」
「お前一人で何ができる? 上手くいきっこない」
「俺が餓鬼の頃、読み書きや将棋、碁の打ち方を覚えるのが同年代じゃ一番早かったの覚えてるか?」
「昔の話だ、村にはお前より賢いやつなんて大勢いる。仮に復讐を達成したとしてもあの子は決して喜ばない」
「・・・・・・」
青年は黙るしかなかった
「明日また返事を聞きに来る、それまでに頭を冷やしてよく考えておけ。あの子の死を無駄にしたくなかったら村に戻れ」
墓の前で青年は一人取り残された




夜、青年は荒らされた家の中を片付けていた
床を箒で掃き終えて一息つく
「よし、これで少しは綺麗になっただろ」
部屋の天井には高い位置にロープがぶら下がっており、その先には首が通せる大きさの輪が作られていた
箒を置き台座にのぼり首に輪をかける
「最後くらい、綺麗にしないとな・・・・」
逆恨みだと思われても妹の無念を晴らしたかった。だが、そんな気も男の言葉でとうに失せた
復讐など不毛だと始めからわかっていた、妹もそれを望んでいないことも
だからといって村に戻る気もない
家族のいないこの世にもう未練はなかった
目を閉じて、青年は足元の台座を蹴飛ばした





青年は気が付くと川辺にいた
「おや。こんな若者が自殺するとは世知辛い世の中になったものだねえ」
声を掛けられたほうを見ると小船に乗った女性がいた
「中有の道も通らずの人型のままここにいるってことは、あんた死に損なったね、いやっ御目出度い御目出度い♪」
イマイチ女性の言っていることが分からないため尋ねた
「あなたは? それにここは・・・」
「ここは三途の川。死者の魂が集まる所さ」
その言葉で青年は自分が小屋で首を吊ったことを思い出した
死の世界があるという事実に不思議と驚きはしなかった。きっとこれは自分が死ぬ前に見ている夢なのだと思った
「あなたが船頭?」
「いかにもあたいが三途の水先案内人の死神だよ」
それを知り、ぜひ訊いてみたいことがあった
「昨日、女の子を運ばませんでしたか? 歳は俺より下の」
死神の女性は顎に手を当てて考え唸る。ふいに目を開けて指を立てた
「ああ、いたね。持ち金があんまりにも少ないから驚いたよ。まあ霊魂には口が無いからどんな人生だったかまでは聞けなかったけど」
「そうですか・・・」
妹の魂が無事に渡れたことに安堵した。きっと楽土へ行けるに違いない
「・・・・・・・可哀想だがあの子は地獄に行くだろうね」
「え?」
思いもしなかったその言葉に彼の思考が一瞬停止する
「あたいもこの仕事長いからね。魂見ただけで大まかなことはわかっちまうだよ・・・・おっと余計なことをいっちまったね・・・」
「あいつは罪など何一つ犯していない!!」
夢にしては余りにも笑えない冗談だった、気づけば女性に掴みかかっていた
掴まれえいることも気にせず女性は説明する
「いいかい、深い怨恨を抱いたまま死んだ者は例え罪がなくても、重すぎて天国へは昇れないのさ。気の毒だがそれが決まりだ」

『にぃちゃんって恨んでる人いる?』

以前そう訊かれたのを思い出した
あの言葉は自分は誰かを恨んでいるという意思表示だった、妹も自分同様にだれかを恨んでいた
それはきっと村人、ゆっくり、両親、親戚.....恐らくは不甲斐無い兄も。そして何より他人に迷惑をかけてしか生きていけない自分自身を
青年は崩れ落ちるように地面に膝をついた。様々な言葉が頭の中を駆け巡る
「まあ、一番刑の軽い所に連れて行かれて。そこで50年くらい耐えれば転生を許されるのがせめてもの救いだね・・・・・」
女性が何か言っているがまったく耳に入ってこない
瞳孔が開いたままの虚ろな目で青年は対岸を眺める。霞がかって向こう岸は見えなかった
せめて、こちら側では幸せになって欲しかった
病で苦しみ続け。ここ数年腹いっぱい飯を食ったことも、綺麗な着物を着たことだって無かった
村八分にされてから、自分が家にいない時はいつも一人ぼっちで過ごしていた
ゆっくりのつまらない事情で死んでしまい、そしてその行き先が地獄という理不尽さを嘆いた
もう少し穏やかに死を迎えることができたら、行き先は変わっていたのかもしれないという事実が堪らなく悔しかった

「ほら、臨死体験は終わりだよ。今度はしっかり善行積んでからこっちに来な」
その言葉の後、青年の感覚は光の中に薄れていった




目を覚ますと青年は天井を仰いでいた
ロープをかけたはずの天井は割れており、そのロープの先は自分のすぐ隣に落ちていた
どうやら天井が自重に耐えられなかったようだ
首吊り自殺は失敗したのだと理解した
瞬きをすると視界が霞んだ、自分が泣いていることに気づいた
気を失っている間に何か夢を見たような気がするが今はもう思い出せない
しかしその夢は、彼に小さな変化をもたらした
一度は消えたはずのドス黒い感情が再び胸の奥底で燻りだしていた。それが強い義務感となり彼の心の真ん中に居座った
「お前の恨み、にぃちゃんが代わりに晴らしてやるからな」
自然と口にしたその言葉。それが彼に活力を与え突き動かした

翌朝。男が返事を聞くために青年の家に訪れたがそこに青年の姿は無かった
もう青年がその家に戻ってくることは無かった





ある日
村の杣師(きこり)が二人、家屋の補強になりそうな材を探して林道を歩いていた
「おい、あれ」
一人があるものに気づき指をさした
そこにはあの青年がいた
「なんで一心不乱に穴掘ってんだ?」
青年はクワを使い小さな穴を道のいたるところに量産していた
「妹が死んでおかしくなったんだ、関わったらなにされっかわかんねぇ。迂回すっぞ」
「んだな」
二人は道を変更した
青年は穴を掘り終えると今度は薪を割って細くしてナタでその先を削り始めた

またある日
別の杣師達が、山で作業するための道具が入っている小屋の倉庫に入ると、道具の位置に違和感を覚えた
「なあ。獣除けの有刺鉄線が一巻分なくなってるんだが。だれか知らないか?」
「この時期そんなもん使う奴はいないだろ。数え間違えてないか?」
「んだよ、だからあれほど帳簿をつけろと俺は言ったんだ。川原んとこの獣脂保管庫の壷もまだ数えてないんじゃないか?」
「今更数えたって遅ぇよ。油なんてこの冬で一気に使いきっちまうんだから」
山小屋の装備がいくつか無くなっていたが、だれも特に気にとめていなかった








青年が村長の孫の前から姿を消して一週間が経とうとしていた
その時、ゆっくりの巣には数組の家族しかおらず、ほとんどが餌集めに出払っていた
洞窟の奥にはドスまりさしかいない
ドスまりさは冬篭りの食料のことで頭を抱えていた
『ゆゆぅ~~~どうしよう・・・・』
昼夜を問わずみな餌集めを頑張ってくれていたが、どう見積もっても足りそうになかった
痩せたこの土地では思うように食料が集まらなかった
村に食べ物を分けてもらおうかと考えあぐねていた時、一匹のゆっくりがやってきた
「どす! にんげんがどすにようがあるってここにきたよ!」
『ゆ。わかったよ、通してあげてね』
丁度いいと思った。食料について交渉する良い機会だった。向こうが厳しい条件を出してきても呑むつもりだった
だが、やって来たのは村の人間ではなかった
『おにいさん?』
その青年には見覚えがあった。一週間前に仲間を攫った連中の一味だとドスまりさは記憶していた
青年は懐かしそうにあたりを見回す
「実はここ、俺達が子供の時に秘密基地として使っていたんだ」
『ゆ? そうなの・・・・・・・じゃなくて何のよう? 用が無いならさっさと出ていってね!』
見たところ手ぶらで何も持っていないのでドスまりさは青年と会話するのは時間の無駄だと判断した
「そう邪険するな、用が済んだらすぐに出て行く」
青年はすり鉢状の中にある手ごろな窪みを見つけてそこに腰掛ける
「まず、この前のことから話そうか」

ドスまりさに以前の誘拐の件が誤解であることを説明した。そして妹が死んだこととその理由も

「お前がちゃんと誘拐の事実の確認を取ってから行動してくれていれば、こんなことにはならなかった」
『まりさたちは悪くないよ! 勝手に連れて行ったのは事実だよ! かわいそうだとは思うけど自業自得だよ! 変な言いがかりはやめてね!」
「そうだな、悪いのはゆっくりだけじゃない・・・・・・・“お前ら”と“村の連中”が妹を殺した」
『ゆっ!?』
青年の目が険しくなる。威圧するような眼光にドスまりさがたじろぐ
「本当はな、お前らを何匹か殺してから村の畑を荒らして、お前らがやったように見せかけて疑心暗鬼に追いやり共倒れさせてやろうと考えていたんだ」
悪びれる様子もなく青年は告白した
「でも、それじゃあ意味が無い。それだと妹の供養にならない。全ての元凶であるお前が何も知らないまま全部が終わってしまう」
『 ? 』
「お前は知っておく必要がある。これからお前達に降りかかる災難はすべて俺の妹からの恨みだということを」
ドスまりさには青年の言いたいことが全く見えてこない

「分かりやすく言ってやる。今日は宣戦布告しに来た、お前のせいでこれから仲間が大勢死ぬことを伝えに」

その言葉で理解した。この青年は妹の仇を討ちに来たのだと
青年は妹が死ぬ直接の原因を作った自分を恨んでいる、そのための復讐をするのだと
『みんなに手を出すのは許さないよ!!』
この青年を生きて返す訳にはいかなかった
青年は懐から怯えた赤ん坊のゆっくりを2匹を取り出した。ここに来る前に親から取り上げたものだった
「今俺を見逃してくれたらこいつらは無事に返してやる」
それは立派な人質だった。ここで青年を潰すのは簡単だが2匹も巻き込まれて死ぬ
『ゆ゛ぅ~~~~~~』
「別に殺してくれてもかまわない、こっちは2人死んで、そっちは2匹失って終わる。公平でいいじゃないか?」
ここで青年を殺さなければ、大勢の仲間が死ぬことになるかもしれない
そう思った時、赤ん坊の目がドスまりさを真摯に見つめているのに気が付いた
ドスまりさが自分達を見捨てるわけがないと信じきっている目だった
その無垢な目に魅入られてドスまりさは判断を鈍らせた
結局ドスまりさは人間に対して非情になることは出来ても、仲間に対して非情になることはできなかった
青年は緩やかな歩幅でドスまりさから離れて距離を取る
来た道を戻ると洞窟に居残っていたゆっくりたちと目が合う。数家族といっても相当な数だった
「ほら約束通り返してやる」
赤ん坊を親と思わしきゆっくりの夫婦に渡す
他のゆっくりたちは人間に対する恐怖で動くことができなかった


青年が巣を出ると空はすでに暗くなっていた
振り向いてみると、巣の入り口に見張りのゆっくりは一匹もいなかった
皆怖くなってドスまりさのところに集まり、今後のことを相談をしているのだろう
見張りのいない今が絶好の機会だった。自分が宣戦布告をした直後にこうなることを密かに期待していた
洞窟のすぐ近くの茂みに隠しておいた有刺鉄線と大きめの杭、大きめの木槌を取り出す
青年はそれらを担いで再び巣の入り口に走った

巣の入り口の両側近くに杭を立てて、木槌で地面に深く突き刺す
急いでその杭と杭の間に有刺鉄線を往復させる
トゲが指に刺さり血が出たが気にせず続けた
仕上げに鎹(かすがい)を打ち込み鉄線がズレないように固定する
ここまで10分とかからなかった

外から聞こえる不審な音に反応してドスまりさたちが駆けつけた時に“それ”はもう完成していた。
巣の入り口の横幅は2m強、それだけの長さだったため短時間でできた
有刺鉄線のバリケード。ようするに畑の獣避けに使うものとまったく同じものである
違う点を上げるとしたら、それより若干高く作られていたこと

「「「「な゛に゛ご゛れ゛ぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」

ゆっくりは皆、目を剥いた
洞窟の入り口に外の世界との関わりを絶つように、有刺鉄線が張り巡らさせて通れなくなっていた
体の小さな子供なら下を潜れて出られるものの、成体は潜ることも飛び越えることできなかった
当然巣の入り口とあまり差の無いドスまりさはどう体を捻っても外に出られそうになかった
トゲを恐れずドスまりさは鉄線に体当たりしたが、道が狭く十分な助走が得られないため本調子が出せず、無意味に体を傷つけただけだった
そしてなによりそれだけ杭は頑丈に打ちつけられていた
巣にいたほとんどのゆっくりが自分たちは巣に閉じ込められたことを自覚した

『おにいさん! まりさたちをどうするつもり!?』

答えず青年は入り口のすぐ隣に腰を下ろした
手にはどこにでもある長い棒が一本だけ握られていた


一週間準備したとはいえ、一人で出来ることなんて、たかが知れている
この地域のゆっくりを全て根絶やしに出来るなんて思っていない
すぐにでもこのことは村に露見してしまうだろう
復讐に使える日は長く見積もっても3日が限界だと青年は思った

どんな結末を迎えてもかまわなかった
ただ妹の苦しみの何万分の一でもいいから教えたかった


孤独な復讐が今はじまった





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最終更新:2022年05月03日 15:47