男はわずかな荷物を持つと村を出た。
村の者は一様に復讐など無駄だと言ったが、男は聞かなかった。
鉈と短筒を腰に下げ、河童に頼み作ってもらった散弾銃を背負い、
森に入っていった。
「ゆっくりしていってね」
男は森に入るとすぐにゆっくりれいむに声をかけられる。
しゃがみこみ、ゆっくりれいむの顔を覗き込む。
「ゆ?あんまりみつめないでね」
「ドスまりさ、そいつの場所に案内しろ」
「ゆ・・・ドスはれいむたちのリーダーだよ。しんようのあるひとにしかあわせないよ」
鉈を抜き、ゆっくりれいむの頬に当て
「安心しな。俺は気が長い。ゆっくり聞いてやるよ。まずは頬だ」
すっと刃を引く。
饅頭の皮が斬られる。しかし、その傷が極浅かった。
浅い故にその傷は熱と痒みを持ち、ゆっくりれいむを一層に苦しめる。
「ゆぎぃ、いだい。なにごれ、がゆいじいだい」
木の幹に頬をガリガリと擦るゆっくりれいむ、次第に傷が深くなり餡子が漏れ出す。
「焦るなよ。これからだ。それにお前が死んでもどうせこの森にはゆっくりがたくさんいるんだ」
「いだい、おにいざん」
「痛くしてるんだ。君は誰かを傷つけた事がないのかな?それは幸せな人生だ」
「いだい・・・だずげで、あんごがれいむのあんごが」
「ドスまりさの居場所を教えろ。そうすりゃ、傷を塞いでやる」
「いうよ、いうがらはやぐなおじで」
ゆっくりれいむの目はまるで死んだ魚の目だ。
「先に言え」
「ゆぐっ!!ゆぐっ!!・・・」
二回ほど大きく痙攣し、ゆっくりれいむは動かなくなった。
「クソッ」
男はゆっくりれいむの死体を蹴り上げ、森の奥へ進んだ。
村では大騒ぎになっていた。男が復讐のために森に入った。
「ああ、何て事をこれで約束も終わりだ」
「バカ、それ所じゃねぇ。殺されでもして見ろ」
「あいつ、死んでも俺達に迷惑をかける」
「そんな事より、夜があけたら森に入るぞ。こっちはせっかく掴みかけた希望なんだ」
村人達は明け方、農具や竹やり、大げさなものは猟銃や刀まで持ち出し森に入った。
夜、男は森の中で焚き火をしていた。
この森には狩りで二度入ったが、こんなに広いとは思っていなかった。
男は懐から一枚の写真を取り出す。随分前に天狗が撮ってくれた物だ。
男の隣には一人の女性が立っている。綺麗な着物を着ているが、女がその着物を着たのはそれが一度きりだ。
笑顔の男に対して女は少し不満そうにしている。だが、二人の頬はリンゴのように真っ赤だった。
身分不相応な恋だと言われたが、二人にはそんなもの関係なかった。
しかし、女は殺された。酷く痛めつけられた様子で村の者が見つけた頃にはもう衰弱しきっていた。
二日後、森にいるゆっくりの群から使者がやってきた。
群の中にはドスまりさと言う大きなゆっくりがおり、それはもう人間すら殺せるようなゆっくりらしい。
男はふと自分が眠っていたのに気がつく。
写真は懐の中に入れておくから、いつのまにかしわくちゃになってしまった。
「もうすぐお前の所に行く。そのためにはあいつを殺さないといけない」
男はふと父に宛てた手紙を思い出す。
「あれがあれば、村人も助かる。俺が生きていなくても、お前の所に行っても」
行動を開始したのはそれから少し後、森を朝靄が覆う頃だった。
何匹もゆっくりを殺し、とうとうドスまりさの居場所を聞き出した。
最後のゆっくりまりさは少し拍子抜けだったが、
畑をやるといえばホイホイ話した。
なるほど、どこの世界にも下衆はいるもんだ。
ドスまりさの隠れ家は熊やもっと獰猛な何かが潜んでいそうな洞窟だった。
男は背中の散弾銃を取り出す。猟に使うような生易しいものではない。
明確な殺意を込めて作られた。道具ではなくこれは武器だった。
この日のために何度も練習した。最初は不慣れなボルトアクションに苦労したが、
今では手足のように使いこなせる。
巨大なゆっくりならばライフル銃よりも散弾銃の方が効果がある。
男は自分に言い聞かせ、洞窟の前に立つ。
「おい、ドスまりさ、俺はお前に殺された女の!!」
激闘だった。妖怪でもないただの人間、それもたった一人。
ドスまりさは短筒の弾を目に喰らい、死角を作られそこから執拗に攻撃された。
男も体当たりで肋骨は折れ、体中傷だらけになり満身創痍だった。
「にんげんはドスたちとむれをおそわないってやくそくしたよ!!」
「知るかよ。俺はお前さえ殺せればそれで良い。あいつの仇さえとれりゃそれで良い」
「ゆ?あのバカなおねーさんだね。でも、にんげんはころしてももんくいわなかったよ」
「そうだ。あいつは良くない生まれだ」
男は嫌そうにドスまりさの言葉に答える。
「身分不相応って何度も言われたさ。だけどな、俺たちには関係なかったんだ」
「ドスにもかんけいないよ。そんなこと!!」
「じゃあ、殺しあおうぜ。約束も人間も何もかも関係ない!!」
ドスの体当たりを受け、男は崖から落ちていった。
最期に男が放った散弾はドスパークを撃つ要である口を使い物にならなくした。
「ドス。ここに男が来なかったか。そう若い男だ」
「ぎだよ」
「それでその様か、で、男はどうした?」
村の代表はドスまりさに尋ねる。お互いに約束事を決める時に何度も会っている。
それにあの女を殺した時に許してくれたのもこの代表だった。
「がげがらおぢだでじんだよ」
「やっちまったな」
代表の声が終わる前に誰かがドスまりさに向かって竹やりを投げた。
「やめんか、まだ話は終わってない」
「だけどよぉ、こいつは殺しちまったんだろ?」
「ぞんぢょう」
「なんだ、ドス」
「あのおどごはやぐぞぐをやぶっだよ。どずのむれにだべのもをもっでぎでね」
「そういう訳にはいかんのだ。あいつの父親は町でも有力な商売人だ。その父親主導で今度うちの村を立て直すことになった」
「どずのむれにだべもの」
「それをお前たちは頓挫させてしまった。もう誰もお前との約束なんか守らないよ」
「でも、あのおねえぁんをごろじだどぎは」
「お前らには分からんだろ。人はな。平等ではないんだ。大事にされる者もいれば蔑ろにされる者もいる」
村の代表がそう言い終わると、若い男達が寄って集ってドスまりさを襲った。
ドスまりさは死んでいく中で思った。
人間は乱暴で身勝手で約束を破って差別をして、本当にゆっくりできない生き物だ。
「おまえだぢは・・・ゆっぎりでぐ」
「ああ、人は働かなければならない。作り、育て、売り、伸ばし。お前達のように短絡的には生きられんのだよ。忌々しいお化け饅頭め」
ドスまりさは人間と関わった事を後悔した。
崖の下は川だった。
男は奇跡的に水辺に流れ着く。
目を覚まし、近くにいた者にここは三途の川の川辺だろうかと尋ねる。
「まさか、とにかく無事で何よりだ。まりさにお礼を言ってやれ。君を見つけたのはあいつなんだ」
しわくちゃの帽子をかぶったゆっくりまりさは少し自慢そうに笑っていた。
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最終更新:2022年05月03日 16:44