*警告*

  • 幻想郷ものです。
  • 名無しの妖怪がゆっくりをゆっくりできなくします。
  • ゆっくりは何も悪いことをしていませんが、ゆっくりできません。

↓以下本文

 妖怪の山の裾野の森を、籠を背負い、釣り竿を担いだ少女が歩いている。人里離れた場
所で太平楽な顔をしている段階で、賢明なる読者諸氏にはその少女が妖怪であるというこ
とはお察し頂けるだろう。その証拠に、諸般の事情で造形を説明することはできないが、
かの女は名状し難い帽子を頭に乗せていた。
 少女はたまに立ち止まっては何かを探すように耳を澄ましていたが、やがて大きな茂み
の前で声をあげた。

「ゆっくりしていってね」
「「「「ゆっくりしていってね!」」」」

 頷くと、少女は茂みをかきわける。その先には、彼女の期待通りの光景が広がっていた。
黒白のとんがり帽子をかぶった膝丈ほどのゆっくりが一匹と、その子供らしい拳大のもの
が七匹、親子でゆっくりしていた。木漏れ日の差し込む森の中、柔らかい草をはむはむと
食んだり、丈の低い花を食べたり、下生えを這う虫を頬張ったり。とってもゆっくりした
可愛い子まりさたちに囲まれ、親まりさはあんこの底からゆっくりしていた。どの子もと
てもゆっくりした、まりさの自慢の子だった。

「ここはまりさのゆっくりぷれいすなのぜ! おねえさんはゆっくりできるひとぜ?」
「釣りをしに来たのよ」
「つりってゆっくりできのぜ?」
「うーん、ゆっくりしないと釣れないわねえ」
「いっしょにゆっくりするよ!」

 つりはゆっくりできる。ゆっくりブレインでそこだけゆっくり理解したゆっくり一家は、
少女を取り囲むように、足元でぽいんぽいんと跳ね回りはじめた。

「つりさん! つりさん! ゆっくりしていってね!」
「おねーちゃんまってね! ゆっくりおいかけるよ!」

 追いかけっこをするもの、少女の足にじゃれつくもの、その場でぽむぽむ跳ねるもの。
幸せそうな声をあげて転がる子まりさたちに、少女は目を細める。

「じゃあ、手伝ってもらうね」
「ゆっ! おそらをとんでるみたい!」
「ずるいよ! まりさもとびたいよ!」

 裾を払い、膝で潰してしまわないように気をつけてしゃがむと、少女は足元の子まりさ
を次々につまみあげて小さな籠にひょいひょい放り込み始めた。二、三匹を取り上げられ
たあたりで家族を襲った緊急事態にやっと気付き、親まりさは、ぷっくー、と頬をいっぱ
いに膨らませて少女を威嚇する。まりさが頑張って膨れている間にも、少女は一切構わず
子まりさを残さず籠に運び終えていた。

「あらあら、そんなに膨れちゃって」
「まりさのだいじなちびちゃんたちをゆっくりかえすのぜ!」

 まりさの渾身の威嚇に、少女は自分では一番怖いと思っている薄ら笑いで応えて見せた。
人間に見せたときには、あまり満足してもらえなかったようだけれど。そして、軽く振り
かぶる。まりさの丸々と膨れた下膨れの中心に、思い切り拳がめり込んだ。柔らかく、程
良い質感と反発の皮と中身は、少女の拳骨を最高の感触で歓迎した。その殴り心地はまさ
に幻想、夢心地。

「ゆ゙ぶっ!」

 少女が手を引いても、まりさの造形は*の形に凹んだまま。ぴくりとも動かなければ、
中身のあんこを吐くこともない。あんこを吐けるお口は皮ごと内側にめりこんでしまって
いるのだから。しばらく待てば、ぽこん、と間抜けな音をたてて元通りになることだろう。
 凹んだ顔の奥で、ゆっゆっとくぐもった声をあげて痙攣し始めたまりさのお帽子をその
辺に適当に投げ捨てると、少女は腰を下ろした。不要なお帽子さえなければ、高さといい
座面の反発といい、まりさの座り心地は申し分なく、少女のおしりを包み支えるに相応し
い、理想のアウトドアチェアであった。

「おぉ、おー、ちょうどいいわ。あなた今日から椅子として生きなさい」
「ゆ゙っ! おねえさんおもいのぜ! ゆっくりおりるのぜ!」

 しばらくぶるぶる震えたあと、ぼこんっ、と音を立てて凹みの戻ったまりさが、少女の
おしりの下で叫んだ。妖怪の膂力で破裂しない程度に思い切り殴られたため、顔の中心は
まだ赤くなったまま。ずきずき痛むお顔に、まりさは涙声を上げる。こんなに痛かったこ
とは、この山で生まれてゆっくり育って、一度もないことだった。ゆっくりしていただけ
なのにちびちゃんを泥棒され、とっても痛いことをされるなんて。ゆっくりまりさには何
もかもが理解できなかった。

「そんなこと言わないで、今素敵なものを見せてあげるから」
「ゆえーん! ゆえーん! おかーしゃーん!」
「おねえさん! まりさのちびちゃんをゆっくりはなすのぜ!」

 突然親から引き離され、籠の中でゆーゆーと泣き叫んでいる子まりさを一匹取り出すと、
少女は掌に乗せてにっこり微笑んだ。その笑顔に泣き顔の子まりさも釣られてにっこり。
 笑顔をそのままに、少女の指が子まんじゅうにぐいぐい食い込んでいく。もぞもぞもが
いていた子まりさは、食い込む指で中身のあんこが指の隙間へと圧迫され、ゆっくりして
いた顔が歪に歪んでいく。指の隙間から見える小さな目玉を飛びだしそうなほどひん剥い
て、子まりさは濁った悲鳴をあげはじめる。

「い゙や゙ああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」
「ゆっくりいそいでやめるのぜ! ちびちゃんがゆっくりできなくなっちゃうよ!」
「いいから黙って見てなさい。これからがすごいんだから」
「ゆ゙ぎゅ……ぐるぢ……ゆ゙ぎ、ゆ゙ぎぎ……!」

 押し出されそうになるあんこの噴出を、小さな頬をいっぱいに膨らませ、目とお口を力
一杯つむって子まりさは必死に耐え続けていた。手の中で身悶える感触に笑みを深め、少
女は嬉しそうにきりきりと締め上げていく。絞り出されたまんじゅうの皮は圧迫されたあ
んこでぱんぱんに張り、おもちゃのカラーボールのように膨れていく。おもちゃという点
では同じでも、違いは食べられるかどうか、それと素材の強度。主に後者がカラーボール
と子まりさの命運を分かった。子まりさを何とかして助けようと、尻の下でもにもに抵抗
するまりさに腰を落として黙らせ、少女はその手をぐっ、と握りしめた。

「ゆ゙ぼん゙!」

 あんこ圧に押されて小さな目玉が飛び出し、ぱんぱんに膨れた頬が、もぞもぞ震えるお
つむが、柔らかいあんよが裂け、親まりさの眼前で、内圧に耐えきれなくなった皮が爆ぜ
飛んだ。ぼとぼとと黒い塊が下生えに飛び散る。今はもう永遠にゆっくりしている、まり
さのすてきなれいむといっしょにゆっくりした証。だいじなかわいいちびちゃんは、見ず
知らずの妖怪の、ほんの一握りで物言わぬあんこの塊となった。

「ばでぃざのぢびぢゃん゙ん゙ん゙!」
「おでえぢゃんがあ゙あ゙!」

 傍らの籠から、尻の下から聞こえる愉快な声に目を細め、少女は丸めた帽子を芯に、あ
んこと皮を混ぜておはぎのようにまとめていく。

「んー、これ手が汚れちゃうなあ……ん。おいし」

 釣り針にあんこ玉をつけると、少女は指についたあんこを舐めとった。ゆっくり育って
きたのに突然握り潰され、理不尽な暴力で永遠にゆっくりした子まりさのあんこは、十二
分に甘く味も深みを増していた。

「じゃ、これから一匹残らず餌になってもらうから、みんなゆっくり理解してね」
「ゆ゙っぐり゙でぎな゙い゙い゙い゙い゙!」
「どぼじでこん゙な゙ひどいことする゙の゙お゙!」
「どうしてって……ゆっくり釣りやってみたかったのよ。それだけ」
「や゙ぢゃあ゙あ゙あ゙あ゙!」
「ゆ゙っぐり゙ざぜでえ゙え゙え゙!」
「すこし黙ってねー」

 あんこ玉を目の前で揺らして黙らせ、少女は茂みの向こうに、ひょいと釣り針を放った。
ゆっくりは自身が甘味でありながら、甘い物に目がない。「ゆっくりしていってね」と呼
ばわれば「ゆっくりしていってね!」と帰ってくる返事をもとに捕らえた、その辺の子
ゆっくりを潰せば餌は無料で手に入る。親ゆっくりがいれば腰掛けいらず。ゆっくり釣り
は、好事家の間では珍しくもないレクリエーションである。



 糸を垂らすことしばし。

「むーしゃ! むーしゃ! うっめ! これめっちゃうっめ!」

 ウキがなくてもアタリが声でわかるのが、ゆっくり釣りの人気の一つ。少女は竿を引き、
慎重に糸を巻きはじめる。

「しあわせー! ゆ゙っ? ゆっくりひっぱられるよ!」

 手応えはあまり大きくない。獲物が枝葉や糸でちぎれてしまわないよう、糸を繰ってそ
ろそろと寄せていく。当然、獲物も跳ねて逃げようとするが、飲み込んだ釣り針が許さな
い。少女は竿を巧みに操り、逃れようとするゆっくりを茂みの前から離さない。

「ゆ゙っ、ゆ゙っ?! いたいよ! どぼぢでにげられないのお!」

 ゆっくりは唇を貫く釣り針から逃れようと、必死に跳ねては糸に引き戻される。糸を切
らないよう、少女は引いては緩め、ゆっくりの体力を消耗させていく。頃合いを見計らい、
大きく竿を振ると、ガサガサと葉っぱを散らしてあがってきたのは一匹のゆっくりれいむ。
一番多く見かける、縁起の良い紅白のおまんじゅうである。

「ゆ゙~、とれないよ! れいむをゆっくりおろしてね!」
「はいはいゆっくりしていってね」

 竿を地面に立てると、少女はれいむを抱えてお口に手を突っ込んだ。あんこをごそごそ
掻きまわして針を外す。暴れるのも気にせず大きな方の籠に放り込むと、風呂敷を掛ける。
 釣りはまだ始まったばかり。取り出した次の子まりさの邪魔な帽子を摘んで頬張ると、
怯えわななく可愛らしい小さなお口に、少女は白い人差し指を押しつけた。

「んゆぅ~」

 突然親ゆっくりから引き離され、怖くてゆっくりできないおねえさんにぶにぶにされて
いる。子まりさは恐怖に目をぎゅっと瞑り、掴まれて身動きもできない全身を捻り、少し
でも逃れようと身悶える。その柔らかくくすぐったい抵抗に目を細め、少女は子まりさの
お口を指先で塞ぐ。

「ん゙ゔぅ゙ゔ!」

 鈍い音がして、細く煙が立ち上る。子まりさはお口を貫く激痛に目を見開き、絶叫をあ
げ……ることができなかった。悲鳴を上げるべきそこは灼き潰され、まるで焼きゴテで焼
き付けられたような、濃いめの焦げ目だけが残されていた。
 ゆっくりした愛情に包まれて育った子まりさは、生まれてこの方感じたこともない未知
の苦痛に小さな目玉をいっぱいに見開き、砂糖水の涙を垂れ流す。
 お口が開けば、おかあさんの助けを呼べるのに。おねえさんにゆるして、たすけて、と
言えるのに。

「おねえさんやめるのぜ! いやがってるのぜ!」

 もちろん何を言おうと少女は助けるつもりはなく、親まりさに助ける術はない。あんこ
たっぷり生地の、生八ツ橋の美味しいお帽子を噛みながら、手の中でじたじた暴れる子ま
りさをそっと撫でる。少女がその金色の髪に指をそっと宛うと、すぐにぶすぶすと細い煙
が立ち上り、子まりさの髪の毛が根元から焼け落ちはじめた。おつむを灼く激痛に手の中
でじたじた暴れる、指の腹の幅にハゲのできた子まりさを握る角度を変え、少女は不要な
髪を焼き捨てていく。一通り撫で終えると、天面にはすっかり美味しそうな焼き色がつい
ており、髪の毛は一すじも残されていなかった。目をひん剥いてびくびく痙攣する焼きま
んじゅうを裏返し、動けないようにあんよにも焼き色をつけて完成です。

「おいしく焼けましたー」
「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙あ゙?!」
「ばでぃざのぢびぢゃんがはげまんじゅうにいい?!」

 少女の見せる、おいしそうな焼き色のついた焼きまんじゅうに、親まりさも子まりさた
ちも一斉に悲鳴をあげる。どれもこれも目の幅に涙を流し、歯を剥いてガタガタ痙攣して
いた。その反応に満足げに小さく鼻を鳴らすと、髪の毛のかわりに焦げ目のついた後部か
ら釣り針を刺し、茂みの向こうに放る。釣り針がぶっすりしても、子まりさのお口は開か
ず悲鳴も出ない。
 あんこ玉と違って、焼きまんじゅう作りは手が汚れることはあんまりない。少女は地面
に竿を突き立てると、小さい籠から次の子まりさを取り出した。

「ゆ゙あーん゙! おでえぢゃんがあ゙! ゆっぐりぢでね! ゆっぐり゙ぢでね!」
「ええ、ゆっくりしていってね」

 泣き叫ぶ子まりさを手に乗せ、少女はにっこり微笑む。微塵も邪気のない、まさにゆっ
くりした表情に、子まりさも釣られて泣き笑い。

「ゆ゙ぐっ、ゆ゙あ゙……ゆ゙っぐり、していってね……?」
「あむっ」
「ゆ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」

 食いちぎられたお帽子が、少女の尻に敷かれて動けない親まりさの前に、はらりと落ち
た。親まりさは目をまん丸に見開いて見上げる。その目と、子まりさの片方しか残されて
いない目が無言で見つめ合う。親まりさは言葉もない。子まりさにはお口がもうない。突
然姉妹を焼きまんじゅうにされ、絶望と恐怖を満喫したことで、子まりさは野生でゆっく
り育ったとは思えない豊かな甘みを備えていた。美味しいゆっくりまんじゅうに舌鼓を打
ちながら、少女は震える親まりさに座り直す。

「む゙ー! む゙ー!」

 あんよがいたくて、ぴょんぴょんできない。まりさはおねえちゃんよりはやいのに。
 おくちがいたくて、うごかない。おくちがあかないと、ゆっくりしていってね、もでき
ないし、むーしゃむーしゃもできない。
 はげまんじゅうのまりさは、もうゆっくりできない。まりさのすてきなかみのけさんは
とってもゆっくりしてたのに。
 じくじく痛むあんよから地面に打ちつけられ、子まりさは苦痛に呻き、打ち震えていた。
どれほどの苦痛を味わったところで、二度と開くことのないお口からあんこが漏れ出るこ
とはない。不意に、砂糖水の涙で歪んだ視界に、一匹のゆっくりの姿が映った。

「む゙……む゙む゙……」
「ゆゆっ! ゆっくりできそうなあまあまさんがあるよ! ゆっくりたべるよ!」

 子まりさは開かないお口を必死に動かす。ゆっくりやめてね、ゆっくりしてね、と。ど
れほど声を張り上げようとしても、焼け焦げて癒着したお口から、声が漏れ出る事はない。
焼きまんじゅうの美味しそうな焼き色に、通りすがりのゆっくりれいむは喜色満面、ぽい
んぽいんといっさんに跳ねてゆく。その一跳ね一跳ねで、子まりさに望まぬ、逃れ得ぬ永
遠のゆっくりが近づいてくる。

「ばでぃざのぢびぢゃんはあばあばざんじゃないよ! ゆっぐぢや゙べでね゙!」
「おまんじゅうさんはまりさじゃないよ? ゆっくりできないこといわないでね!」

 このままでは大事なちびちゃんが、食べられて永遠にゆっくりしてしまう。茂みの向こ
うから聞こえる、れいむの嬉しそうな声に親まりさは大慌て。少女のおしりの下で、親ま
りさは柔らかくもっちりしたおまんじゅうボディをたわめ、あんよを踏んばり、飛びだそ
うと必死の形相で新作の創作ダンスを披露する。しかし今の親まりさは、少女のアウトド
アチェアである。茂みの向こうで、見ず知らずのれいむに子まりさを美味しく頂かれるの
を、ただ聞いていることしかできない。しかし、たとえ動くことが叶わなくても、お口は
まだ動く。

「そのこはばでぃざのだいじなぢびぢゃん゙なの゙ぜ! おねがいじまず! しらないでいぶ
は! ばでぃざのぢびぢゃん゙といっしょにゆっぐり゙に゙げてほしいのぜ!」
「ゆゆっ、ちいさいまりさなんてどこにもいないよ? れいむもうがまんできないよ!」

 逃げることも叫ぶこともできない子まりさには、茂みの向こうから叫ぶ親まりさが、迫
るれいむにむーしゃむーしゃを諦めるよう説き伏せてくれることだけが、唯一の生き延び
る可能性である。しかし、見ず知らずのはらぺこれいむに、地面に転がっている焼きまん
じゅうを子まりさである、と理解させることなどできようはずもなかった。降って湧いた
ゆっくりできるあまあまさんに、嬉しそうな顔でれいむは子まりさに近づいていく。もう
おかあさんは助けに来てくれない。むーしゃむーしゃされて、永遠にゆっくりするしかな
いのだ。ゆっくりした顔で大口をあけて近づいてくるれいむをただただ眺め、見つめ、絶
望に子まりさは泣き腫らした目を瞑った。ねっとり柔らかい感触のあと、やわらかおまん
じゅうボディに歯が食い込み、押し潰す。くりっとした寒天の目玉がぶづりと潰れ、子ま
りさの苦痛に歪む視界は完全に失われた。噛み合わされる歯から逃れようと転がることも、
焼き潰されたあんよでは果たせない。ついに皮が裂け、れいむがむーしゃむーしゃするた
びに、子まりさの大事なあんこが溢れ出していく。そして、中身の絞り出される喪失感の
中、子まりさは永遠にゆっくりした。

「や゙べでね゙! ゆ゙っぐり゙ぢでね゙!」
「ゆ゙っ……」
「むーしゃ! むーしゃ! しあわせー!」

 茂みの向こうから必死に叫ぶ親まりさの言葉など、とろけるような極上のあまあまに夢
中のれいむには、何の意味もなかった。地面で震える焼きまんじゅうを舌ですくいあげ、
砂糖菓子の歯が子まりさを咀嚼し、あんこの塊へと変えていく。お口いっぱいに広がる極
上の甘みに滂沱の涙を流し、れいむは歓喜の声をあげる。少女の尻の下、親まりさもまた、
ぼろぼろ涙をこぼす事しかできなかった。

「おっと」
「ゆっ! なんだかゆっくりできないよ!」

 ぴん、と糸が張る。せっかくの餌を食い逃げされてはかなわない。少女は顔が半分も
残っていない、食べかけの子まりさを放りだして両手で竿を握る。すっかり小さくなった
食べかけのおまんじゅうは、ボトリと音を立てて親まりさの目の前に転がった。もはやぴ
くりとも動かない虚ろな目をしたつぶあんのおまんじゅうを、親まりさは呆然と見つめる。
 お帽子がなくても、1/3ほどに欠けていても、大事な大事な可愛い子供がわからないは
ずがない。いつも元気で、かけっこが一番得意なちびちゃんは、食べられて永遠にゆっく
りしてしまった。ぺーろぺーろしても、二度と動くことはない。もう一緒にゆっくりでき
ないのだ。

「ぺーろ……ぺーろ……」

 それでもまりさは舌をいっぱいに伸ばし、木漏れ日に黒々と輝く子まりさのつぶあんを
露わにした断面を舐めざるを得なかった。優しいお母さんとゆっくりしていただけなのに、
目の前で姉妹を潰されてあんこ玉にされるのを、ゆっくりできない焼きまんじゅうにるの
を見せつけられ、そして自らはおやつにされた子まりさは、あまりにも美味しかった。舌
を貫く、いままで一度も口にしたことのない程のゆっくりした甘さに、親まりさは目を見
開いて稲妻に撃たれたかのようにその身を震わせる。

「うっ、う……っめ……これ、めっちゃ……う……め……」

 その言葉が迸らないよう、親まりさは必死に歯を食いしばる。ゆっくりの本能に突き動
かされてあんこを舐め取ろうとする舌を身を切る思いで子まりさから離し、目をぎゅっと
瞑ってまりさは堪える。大事な子供なのに、しあわせーな味に、むーしゃむーしゃしてし
まいそうだったから。

「おかーしゃん! おねーしゃんがいたいいたいだよ! ぺーろぺーろしてあげてね!」
「ぺーろぺーろすればゆっくりできるよね? いっしょにゆっくりできるよね?」

 籠の中から、生き残りの子まりさが叫ぶ。しかし、親まりさは舌を伸ばすことができな
かった。もう一舐めでもしてしまったら、可愛い子供なのに、むーしゃむーしゃを我慢で
きなくなってしまうから。

「あ、それ食べていいよ」

 糸を引っ張って跳ねていこうとするれいむの重さに、大きくしなる竿を引き絞り、少女
は親まりさの頬を両足でしっかと挟んで腰を落とす。おしりの下で震えている親まりさを
一顧だにせず、少女は大物との格闘を楽しんでいた。

「ぷっくー! おねーしゃん! ひどいこといわないでね!」
「そうだよ! まりしゃはたべものじゃないよ!」
「あははっ、何言ってるの? ゆっくりは美味しいおまんじゅうよ、っと、重い、わね」

 小さな籠の中、小さな頬をいっぱいに膨らませて不満を表明する子まりさたち。親まり
さはほろほろ涙をこぼしながら、ゆっくりブレインを必死に回転させて言葉を紡ぐ。

「ちびちゃんたち、よくきくのぜ! このこはこわいおねえさんにたべられて、えいえん
にゆっくりしちゃったのぜ! ぺーろぺーろしても、もうゆっくりできないのぜ!」
「ゆ゙わ゙あ゙あ゙あ゙!」
「どぼぢでえ゙え゙え゙!」

 一拍遅れてゆっくり理解すると、火が点いたように一斉に泣き叫び始める子まりさ。ぶ
るぶる震えて砂糖水の涙を落とす親まりさは、悲しみの中でも、せめて残りの子まりさだ
けでもゆっくりさせようと続ける。

「だから、このこのぶんまでゆっぐ!」
「どっせーい!」
「ゆ゙~っ! おそらをとんでるみたい! じめんさんゆっくりしべぼっ!」

 少女が一気に竿を振り抜いた。台詞の途中で踏ん張る少女のおしりを頭にめり込ませ、
親まりさは呻く。そして、まりさは見た。少女の釣りあげた、丸々膨れた大きなれいむを。
一瞬の浮遊感にきらきら笑顔を輝かせ、そのまま勢いよく地面に叩きつけられるれいむを。
そして、その下敷きになった大事な子まりさを。

「ゆ゙ぎぃ゙……」
「ゆ゙……ゆ゙あ゙……ばでぃざのぢびぢゃ……」
「ふぅ、大物ねー」

 椅子まりさとほとんど同じ大きさのれいむは、目をぐるぐる模様にして痙攣していた。
れいむの半開きの口から針を取り外し、籠に放り込もうとして、少女はれいむの頬にべっ
とりこびりついたあんこを不思議そうに見つめる。

「あれ、なんでこれ汚れてるのかしら……汚いなあ」
「ゆっくりしてね! ゆっくりしていってよー!」

 拭きとるのも面倒と、頬の汚れたれいむを籠に放り込んで風呂敷をかけ直すと、少女は
満足げに手拭いで汗を拭う。もにんもにん暴れるまりさに座り直すと、餌籠からゆんゆん
泣き叫ぶ子まりさを掴み出すと、鼻歌混じりで釣り餌へと作り替えていく。

「ゆ゙っ! ゆ゙ぴっ! ゆ゙げぇ゙」
「おでえざんっ! おでがいじばず! ばでぃざはどうなっでもいいでずう! だがら!
ぢびぢゃんだぢを! だずげであげでぐだざい゙い゙!」

 自身のゆっくりに代えても大事な子を守ろうと、親まりさは身も世もなく濁った絶叫を
上げた。こんなにゆっくりできないことは、今までに一度もないことだった。お口が張り
裂けんばかりの叫びも、砂糖水の涙とよだれでぐしょぐしょの悲痛な顔も、少女の心を動
かすことはなかった。
 暢気そうに小首を傾げ、少女は泣きわめく子まりさに指を触れる。うるさいお口を焼い
て潰して、邪魔な髪の毛を焼き捨ててハゲまんじゅうにしたら、逃げないようにあんよを
焼いて一丁あがり。

「む゙……! む゙……!」
「ばり゙ざのいぼお゙どがあ゙あ゙あ゙!」
「ん゙む゙! む゙む゙……!!」
「あれ、出ちゃった」

 深く刺しすぎて寒天の目玉を貫通した釣り針が露出しないように引き戻すと、目玉は鋭
い返しで刻まれて光を失った。お口を、髪を、あんよを焼かれた上で片目の機能も失い、
理解不能の激痛にびくびく痙攣する子まりさを茂みの向こうへ放ると、少女は親まりさに
深く腰を下ろし、大きく伸びをした。構造上背もたれがないのが少々難ありではあるが、
ゆっくりの座り心地はそれを補って余りある。
 そして、この日の釣果は上々であった。



「なんだかとかいはな すいーつ さんね! ひぎぃ!」

 狩りのお手伝いもできる子まりさで作った餌でありすを釣り上げ、

「むきゅっ! あれはおまんじゅうさんだわ! む゙っぎゅゔぅ゙ぅ゙!」

 妹思いの優しい子まりさで作った餌でぱちゅりーを釣り上げ、

「おまんじゅうざんゆっぐりぢでだのに! わ゙がら゙な゙い゙よ゙お゙お゙!」

 一番下の可愛いがられてきた子まりさで作った餌でちぇんを釣り上げた。

「大漁大漁」

 やがて夕陽が山の稜線と仲良くなる頃、手拭いで額やうなじの汗を拭きながら、少女は
心地よい疲労感に目を細めた。糸を巻いて釣り竿を籠にくくりつけ、釣果でずっしり重い
籠を背負うと、中からゆっくりゆっくり賑やかな声が上がる。

「も゙っと……ゆ゙っぐり゙……ぢだがっだよ゙……」
「ん?」

 大事にゆっくり育てた可愛い子たちと、今日も明日もずっと一緒にゆっくりするはずだ
ったのに。椅子としての慣れない長時間勤務でおつむをおしりの形に窪ませた親まりさは、
少女を見上げることしかできなかった。夕陽の中、少女は最初に見せたときと同じ顔をし
て微笑んでいた。
 小さく地面を蹴り、少女は夕闇の迫る空へと身を躍らせた。妖怪が空を飛ぶことは珍し
くもないが、ゆっくりまりさにお空は遠すぎた。まりさは少女の姿が見えなくなっても、
寒天の目玉が灼けつきそうなほどの夕焼け空を見上げていた。

「ぢびぢゃんは……ま゙た……つくれ゙ば……いい゙……よ゙……」

 少女の投げ捨てたまりさのお帽子は、森の下生えで静かに主を待っていた。まりさはお
帽子のつばを咥えておつむに乗せた。まりさのすてきなお帽子は、昨日までと同じように、
とってもゆっくりしていた。でも、ひとりぼっちのまりさはちっともゆっくりできない。
 あんなにみんなゆっくりしてたのに。ついさっきまでは一緒にゆっくりしていた、今は
もうみんな永遠にゆっくりした子まりさの分まで、ゆっくりしなくてはいけないのに。

「ばでぃざ……ゆ゙っぐり゙……じだがった、だけなのに……」

 さっきまでは親だったまりさは、潰れた子まりさのあんこの痕に、力なく舌を這わせる。
この上なくゆっくりできる味なのに、ちっともゆっくりできない。お目々から、お口から、
砂糖水を垂らし、ぼいんぼいんと跳ねながら、まりさは森の奥へと消えていった。森の奥
では、ひとりぼっちの巣穴がまりさを待っている。



「ただいまのぜ……ゆっくりかえったよ……」
「うー!」
「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙! れみりゃだあああああ!」

 なんと嬉しいサプライズ。ひとりぼっちでも、おうちで待っていてくれる誰かがいたな
んて。まりさは死ぬほど歓迎されました。めでたしめでたし。

09/07/20 書き直し

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最終更新:2022年05月03日 18:51