警告*

  • 原作キャラがゆっくりを永遠にゆっくりできなくします。



 紅くて冥い悪魔の館。門番の妖怪ももちろん紅くて悪魔的。コッペパン一個の低燃費なんて都市伝説。黒白の鼠も姿は見えず、本日の業務は無事に終了するお時間。
「お疲れさま。今日の差し入れは期待していいわよ」
こんな平和な時間には、大抵どこからともなく悪魔的完璧メイド長がバスケットを提げて現れる。ばさりと布を広げれば、門の前も瀟洒なティールームに早変わり。
「地震の異変の時に、桃をたくさんもらってきたから、タルトにしてみたわ」
「まあ! それは楽しみですね」
「あとサンドイッチもあるから」
「ちょうどおなかが空いていたんですよ」
ポットとカップを並べ、甘い香りを漂わせる布を捲ると、バスケットにはトマトと蒸し鶏をくわえた、紅白の縁起のよさそうな丸っこい下膨れのナマモノがおさまっていた。生意気にもからしマヨネーズのレタスだけ器用に残して、パンも具もぐっちゃぐちゃに食い散らかされていた。敷いておいた布も運命的にずれて、ソースは飛び散りレタスはべっちょり、バスケットはシミだらけ。
「うっめ! これめっちゃうっめっ!」
「咲夜さん」
「そうね、やっぱりタルトでお茶にしましょう」
 さすがは瀟洒なパーフェクトメイド。微塵も動じず、もう一つのバスケットの布を取る。
「むーしゃ! むーしゃ! しあわせー!」
「ゆっくりおいしかったね!」
もう一つのバスケットにも、先ほどのものより二回りほど小さい丸っこい連中がごろんごろん詰まっていた。そこにタルトが入っていたことを示すのは、桃の匂いと飛び散ったシロップ、散らかった生地の残骸だけ。
「ずいぶん革命的なピーチタルトですね」
「おいしかったよ! おかわりもたべてあげるよ!」
丹誠込めたお菓子が、ゆっくりごときの餌になったのはもったいない。だが、衝動で饅頭潰しに走るような人材が、悪魔の館にいようはずもない。顔を見合わせる人間と妖怪は、その美貌に悪魔的な笑みを浮かべた。西瓜より大きいゆっくり一匹に、ソフトボールほどの小ゆっくりが四匹。全部で五匹、全員紅白。美鈴は口々にもっとよこせとわめきちらす子れいむをバスケットに戻し、咲夜は大きいれいむを両手で持ち上げた。柔らかい饅頭の頬に、しなやかな手指が食い込んでもにゅっと歪む。サンドイッチを散々に食い荒らした大れいむは満足げに身震いし、パンくずとトマト汁をあたりに飛び散らせる。咲夜の頬と美鈴の腕にもトマト汁が飛んだが、それは時間が止まっている間に奇麗になっていた。
「ねえ、サンドイッチ美味しかった?」
「おいしかったよ! もっとたべられるから、れいむたちにおかわりもってきてね!」
 瀟洒に微笑むメイド長に、大れいむは頷くようにもにもに蠢く。
「美味しいのは当然ね。私のだもの」
「れいむがみつけたんだから、れいむのおかしだよ!」
「そう言うと思ったわ」
 何の根拠もないゆっく理論に従って、えっへん、と威張るように斜め上を向く紅白まんじゅう。ここまでの対話はお互いに全くの予定調和。互いに主張は譲るつもりはなかったが、少なくとも悪魔的な人妖二人は、瀟洒なティータイムもお茶菓子も、いづれも諦めるつもりもなかった。


「これ、みんなあなたの子供?」
 微笑む咲夜のとなりに座っている美鈴が、タルトの入っていたバスケットを宙ぶらりんの紅白に見せつけた。四匹の子ゆっくりは下膨れの皮も髪の毛もシロップでべとべと、生地のかけらで粉だらけ。紅茶といっしょに二人のおなかにおさまるはずだった桃のタルトを食い荒らして満腹の子れいむたちは、バスケットを揺すられてゆぅゆぅと喜んでいる。
「あ! おかーさんだ!」
「おいちかったね!」
「おかーさん、あまいのもっとちょうだい!」
「うん! れいむのあかちゃん! みんなかわいくてごめんね!」
「四匹ですね。咲夜さん、四は縁起のいい数字なんですよ」
「そうね、色々な意味で」
「ええ、色々な意味で」
悪魔的に笑みを交わすと、美鈴はまずその一匹を取り上げた。掌のうえで、ぷぅぷぅと頬を膨らませてゆっくりしている。
「あなたたちがサンドイッチとタルト全部食べちゃったから、私たちこのままじゃゆっくりできないの」
「ゆっくりできないひとにはようはないよ! れいむたちをゆっくりはなしてね!」
両側から挟むようにしっかり掌を押しあて、持ち重りのする母れいむを顔の高さまで持ち上げる咲夜。その表情は、普段通りのパーフェクトメイド。美鈴も掌サイズの子れいむをもにもに弄ぶのにも飽きてバスケットに戻し、飛び出さないよう傾けて、四匹まとめて転がして遊んでいる。ゆっゆっと嬉しそうに転がる子ゆっくり。その様子を慈母のような顔して眺める美鈴。ただ、挟まれて持ち上げられたままの母れいむだけが、ぷーと頬を膨らませて不満そう。
「あなたに用が無くても、私たちにはあるの。ねえ、簡単なゲームをしましょう。あなたがうまくすれば、おいしいものでおなかいっぱいにしてあげる」
「ゆ! ゆっくりするよ! れいむはどうすればいいの?」
 食べ物で釣ればゆっくりは入れ食いである。目の色を変えた母れいむは、中空でぶるんぶるんと震えて咲夜を急かす。声を張り上げるたびに、口の端についていたパンくずが飛び散るが、横合いから美鈴が目にも留まらぬ早業で叩き落とす。
 咲夜さんが瀟洒にこぼしたパンくずなら、華麗に唇で奇麗にしてあげられるのに。美鈴は密やかに唇を舌で湿らせる。
「慌てないの。あなたはゆっくりしていなさい。問題はあっちのおねえさんが出すから」
「ゆっ! おねえさんはやくしてね!」
いい加減手が疲れてきた咲夜は細いおみ足を見せつけるように横座り、母れいむを膝に乗せる。普段採っている餌とは比べるべくもないごちそうで満腹、優しそうなおねえさんたちに遊んでもらえて、しかもこの後はおいしいものでおなかいっぱいにしてもらえる。まさにゆっくり状態であった。餡子脳のゆっくりれいむの親子はもはや逃げることさえ考えていないが、瀟洒なティータイムのためには、どうしても全員をゆっくりさせる必要があった。美鈴は静かにバスケットに布をかけると、ゆっくりゆっくりうるさい母れいむを膝に乗せている咲夜の向かいに座り直す。大胆なスリットから覗くおみ足は超彩光。膝が触れ合うほどの距離で、人妖の二人は悪魔的な笑みを交わす。その表情は、膝のうえにドまんじゅうさえのっていなければ、ソフトネチョでイカロで春ですよー、寸前でさえあった。
「ゆっ! くらいよ!」
「おかーさーん、どこー」
 バスケットを覆う布の下から、ぶちこわしな声が次々にあがる。布をぽこぽこ持ち上げて、子れいむが跳ねている。ゆっ、と伸び上がってバスケットを覗こうとする母れいむを、咲夜はしっかり抱えなおす。
「問題! このなかでゆっくりしているあなたの赤ちゃん、全部でいくつ?」
「ゆ! かんたんだよ! れいむのかわいいあかちゃんは4つ!」
可愛い子供の数を間違えるはずなど、あるはずもない。こんな簡単なことでおいしいものでおなかいっぱいになるなんて、自分はなんてゆっくりできるゆっくりなのだろう。母れいむは答え合わせの瞬間まで、そう確信していた。
「残念、三匹でした〜」
「ゆ゙?! な゙ん゙でへる゙の゙ぉ゙!」
 自信たっぷりの母れいむの回答に、美鈴はさっと布を剥ぎ取った。不正解を告げられた母れいむが目を見開いて必死に覗き込んでも、バスケットの中には、不思議そうな顔をした子れいむが三匹、ゆっくりしているだけ。
「あなたたちっ、おねーちゃんはどうしたのっ」
「ゆ〜? くらくてわからなかったよ〜?」
「これは手品っていうのよ。もう一回やってみる? 次はおいしいものでおなかいっぱいにできるかしら」
咲夜はバスケットに飛びつこうとする母れいむを抱え込み、ゆっくりと頬を撫でる。美鈴は抱えられている母れいむによく見えるよう、バスケットを傾けるが、中で頬のシロップを舐めあったり、髪の毛についたタルト生地をついばんだりしているのはどうしても三匹。母れいむは頬を膨らませて上下にぷーぷー揺れている。可愛い赤ちゃんはなぜか一匹減っているが、さっきのサンドイッチよりも美味しいものがおなかいっぱい、の誘惑にゆっくりブレインが抗えるはずもなかった。
「ぜったいこたえるよ! こんどはゆっくりにしてね!」
「ええ、ゆっくり答えていってね」
再びバスケットに布をかけると、美鈴は母れいむの眼前に指をつきつけて尋ねた。
「次の問題はとってもゆっくりですよ。このなかでゆっくりしているあなたの赤ちゃん、全部でいくつ?」
「ゆっ! 3つだよ!」
母れいむは自信たっぷりに縦に震えると、先ほど数えた可愛い我が子の数を答える。
「どうかなぁ? じゃーん! 二匹でしたー」
美鈴が勿体つけて手をわきわきさせながら布をめくると、その中では何が起きているのか
わからない顔をした子れいむが二匹ゆっくりしていた。
「ゆ゙ぎゅう゛?!」
 思わず大口開けて目を見開き、餡子を飛ばして声をあげる母れいむ。
「あんまりゆっくりしているから、どこかに行ってしまったんじゃないかしら?」
「ゆ、ゆ、おねーちゃんがいないよ?」
「おかーさん、おねーちゃんどこー?」
きょときょと周りを見回す二匹の子れいむ。バスケットの中には、タルトの食べカスのほかは、影も形もリボンもない。
「ねえ。」震える母れいむの少し膨れた頬をしなやかな指先でなぞりながら、悪魔の館のメイド長が悪魔のように囁いた。「赤ちゃんはまた増やせばいいと思わない? タルトとサンドイッチ、美味しかったでしょう」
「もっと、おいしいもので、ゆっくり……」
母れいむの餡子脳に甘やかな悪魔の囁きが這いずり込んでいく。膝のうえの重たいゆっくりが繰り返すのを待って、咲夜は続ける。
「もうゲームを諦めるなら、赤ちゃん探しに行ってもいいのよ。それとも、おいしいものでおなかいっぱいになるゲームを続けたい?」
先ほど平らげたごちそう、そしてこれからおなかいっぱいにしてもらえるはずのごちそう。母れいむの心配は、手品、ごちそう、おなかいっぱい、という3つの単語で簡単に揺らぐ。
 あかちゃんがどこかに行ってしまったのは、おねえさんのてじなだね! もっとおいしいものでおなかいっぱいになったら、あかちゃんのぶんももらってみんなでゆっくりしよう。ゆっくりブレインはあっさりと、手品で消えた子供よりも、悪魔のゲームを選んだ。
「ゆっくりつづけるよ!」
「あなたたちのおかあさん、消えたおねえさん探すより、ごちそう一人占めしたいって。ひどいお母さんねー」
バスケットの中の子れいむをのぞき込み、鈴を転がすような声で、母れいむの決断を悪意を含ませめて伝える美鈴。その言葉に、子れいむたちは頬をふくらませてぽいんぽいん跳ねて口々に不満の声をあげる。
「ゆっ! おかーさんひどいよ! ゆっくりしてないでおねーちゃんさがしてね!」
「そんなおかーさんはおかーさんじゃないよ! ゆっくりやめてね!」
「うるさいよ! おかーさんはみんなのごちそうのためにがんばってるよ! おねーさん、こんどはごちそうだよ! ゆっくりにしてね!」
 美鈴がバスケットの中で暴れる子ゆっくりが見えなくなるように布をかぶせるのを見、母れいむは咲夜の膝のうえで急かす。
「問題! 今二匹いた赤ちゃんは、何匹になっているでしょう」
膝にバスケットを乗せ、腕を組んで笑顔の美鈴。しなやかな腕がたっぷりした質感の膨らみを持ち上げ、たわませている。その手が動いていないことだけを確かめ、母れいむは正解を確信して口の端を釣り上げ、自信たっぷりに声を張り上げる。
「ゆっ、ゆっ、2つだよ! あかいおねーさんゆっくりしてたもん!」
「はずれたから、可愛い赤ちゃんはとうとう一匹になっちゃいました〜」
 満面の笑みを浮かべて布を剥ぎ取る美鈴。バスケットの中では、とうとう一匹になった
子れいむが、ゆんゆん泣きながら姉妹を探しているばかり。
「ゆ゙っぐり゙?!」
目を剥いて跳ねようとする母れいむを、咲夜はがっちり抑え付ける。涙を浮かべ、口の端から餡子を溢れさせる母れいむに、美鈴は子れいむを取り出すと、空のバスケットをひっくり返して底を叩いてみせた。タルトだった食べカスがぱらぱらこぼれるが、後は何もおちてこない。欠片を払い、掌のうえの子れいむを軽く揉んで弄びながら、美鈴は花のほころびるような笑みを浮かべる。咲夜を見上げるが、とても優しい笑顔を見せるばかり。子れいむの金切り声が聞こえる。母れいむはもう、何がなんだかわからなくなっていた。
「ゆ゙あ゙あ゙あ゙ん゙! お゙ね゙ーぢゃ゙ん゙がみ゙ん゙な゙い゙な゙い゙よ゙ゔ! お゙がーざん゙の゙ばがあ゙あ゙あ゙!」
 あたまいたい。おねえさんたちはかんたんなげーむでおなかいっぱいになるっていったのに、にこにこしてるだけで、いじわるなてじなでれいむにちっともごちそうをくれない。あたまはぐらぐらするし、むずかしいてじなであかちゃんがいなくなっちゃった。
「最後の問題は、とっても簡単。3匹の赤ちゃんは、どこへどうやって行ったでしょう」
美鈴の白い手が翻り、泣きわめく子れいむを手首のスナップだけで垂直に跳ね上げ、手の甲と手の平を交互に返しては受け、お手玉のように遊んでいる。
「ゆ゙っぐり゙、ゆ゙っぐり゙じでね゙!」
半泣きの母れいむに、優しい声をかける咲夜。その笑顔は人間でありながら、悪魔で瀟洒。
「ええ、もちろんよ。特別ゆっくりにしてあげるから……ゆ っ く り  理   解     し        て         ね
「ゆ゙
 音が消え、母れいむは見た。紅い髪のおねえさんが、子供を掴んだ手を、大きく開いたままのの口に押し込んでくるのを。見えているのに、ゆっくりボディは動かない。自分に何が起きているのかもわからず、目を見開いたままの可愛い子れいむがゆっくり近づいてくる。しかし、母れいむは目を閉じることも、口を閉じることもできない。これから起きることをゆっくり理解した母れいむだが、視線を反らすことも、悲鳴をあげることもできなかった。母れいむに許された事は、ただ子ゆっくりを握った美鈴の拳が近づいてくるのを見つめ続けることだけだった。だが、絶望の瞬間はすぐには訪れなかった。
 子れいむは、確かに近づいてきては、いる。だがそれはあまりにゆっくりしており、美鈴の手が大口あけた母れいむに触れるまで、母れいむの認識では三日はかかっていた。そして、翌日になって、口の奥の餡子に拳が沈みはじめた。体内に異物がゆっくりと潜り込んでいく。身体を形成する餡子をゆっくりと引き裂かれる激痛が、ゆっくりゆっくり一週間かけて母れいむを苛む。拳が餡子を十日にわたってまさぐり、二週間かけて押し広げた。
母れいむは手品で子供たちがどこへ消えたかを、文字通り身を引き裂く激痛をもってゆっくり理解した。簡単なゲームなんて、やるべきではなかったのだ。やめる機会もあったのに、あんな人間の言うとおりにするべきではなかったのに。餡子のなかに子供を残し、美鈴の手はたっぷり一週間かけて餡子を混ぜて穴を塞ぎ、五日で引き抜かれた。


 そして、音が戻った。
「ゆ゙ぐ……ゆ゙っぎゅ……り゙……」
「正解は、あなたがゆっくりになっている間に、餡子のなかに詰め込んだ、でした!ゆっくり納得できました?」
美鈴の正解発表は、白目を剥き、痙攣している母れいむには聞こえていない。
「ゆ゙ぶ」
「おっと」
餡子を吐こうとする口を美鈴の掌が塞ぎ、そのまま指を突き立てて縫い止める。咲夜さんの膝の間に手を突っ込んで腿の感触を満喫しながら、四匹ぶん重くなった母れいむを片手で軽々と持ち上げる。妖怪だけに、腕力勝負は人間のメイド長とは比べ物にならない。程良くお肉のついたおいしそうな腕に、極めて実用的な、形のいい筋肉が浮き上がる。
重荷が退いて、ぽんぽんとエプロンを払う咲夜に片目を瞑って見せると、静かに気の流れを整え、饅頭に送り込んでいく。気が注がれるにつれ、脱力して下膨れに垂れていた皮がぴんと張ってきた。やがて、時間感覚だけを引き延ばされ、時間の拷問で精神から縊り殺されそうになっていた母れいむの目に僅かに光が戻る。
「ゆ゙っぐり゙や゙べでね゙!」
当然、殊勝な言葉が出てこようはずもない。
「やめてあげたいけど、あなたたちが全部食べちゃったから、私たちお茶の時間にゆっくりできなくなったのよね」
「れ゙い゙む゙だぢがみ゙づげだん゙だも゙ん゙! れ゙い゙む゙だぢの゙ごぢぞう゛だよ゙!」
咲夜の言葉に、美鈴の手の上でたっぷり膨れた母れいむが濁った声を張り上げる。もちろん、ただこんな饅頭に憎まれ口を利かせるためだけに気を使ったわけではない。気による加熱は、炎での加熱と違って食材を痛めず、ふっくらと調理することができる。ゆっくりに機能が戻ったのも、弾幕と料理は彩と美である、を自認する美鈴の洒落っ気だった。
餡子が内部から加熱されていくにつれ、ぷっくり膨れた頬は次第に紅潮し、ゆっくりイヤーまで赤く染まり、力無く睨み付けていた目がめちゃくちゃに動きはじめる。
「だれのごちそうですって?」
「れ゙い゙む゙だぢの゙ごぢぞお゙お゙お゙ぶぶぶぶぶ」
熱を持った餡子が膨張して皮がぱんぱんに張ってきた頃には、紅白饅頭もすっかり紅一色に染まり、耳の穴から湯気をぶすぶす噴きはじめた。噴き出しそうになる灼けた餡子は、料理も鉄人、紅美鈴がしっかり押しとどめて一片も無駄にしない。
「ごべん゙な゙ざびぃ゙! お゙ね゙え゙ざん゙の゙ごぢぞお゙れ゙い゙ぶだぢがだべばじだあ゙!」
「はい、よく言えました」
「れ゙い゙ぶどあ゙がぢゃん゙しん゙じゃう゛う゛! ゆ゙っぐり゙ゆ゙る゙ぢで゙ね゙!」
「ゆ゙ぐゔ! あ゙ちゅ゙い゙よ゙!」
「あ゙ぢゅい゙よ゙! ぜま゙い゙よ゙!」
「でら゙れ゙な゙い゙よ゙! ゆ゙びゃ゙あ゙あ゙ん゙!」
「だじゅげでお゙がーぢゃ゙ーん゙!」
赤く茹だってやかんのようにぐらぐら震え、耳から頭頂部から激しく湯気を噴く母れいむの目が、次第に白く濁っていく。気絶状態で中の餡子に埋め込まれ、ふっくら蒸し上げられていく子れいむたちも遅まきながら意識を取り戻すが、今や母親の胎内は灼熱の棺桶と化していた。口々に助けを求めて金切り声をあげ、狂ったように暴れるが、子ゆっくりには灼けた餡子を掘り進んで逃れる程度の力はない。そして、人妖の二人は調理をやめるつもりはさらさらなかった。次第に途切れていく子れいむの悲鳴とともに、母れいむの視界も白く染まっていく。
「ゆ゙ぼぼぼぼぼ! お゙でえ゙ざん゙! でいぶを゙ゆ゙っぐり゙だぢゅげでね゙!」
膨張した餡子で針でつつけば破裂しそうなほど膨れた母れいむは、美鈴の掌のうえで濁った悲鳴をあげ、ひっきりなしに湯気を噴いている。既に子れいむたちの悲鳴は聞こえなくなっていた。
「泥棒は助からないけど、あなたのおなかいっぱいに詰まってる美味しいものは、私たちが食べるから安心なさい」
「ゆ゙ぶぶぶ! も゙っどゆ゙っぎゅり゙ぢだがっだよ゙ぼお゙!」
 おいしく蒸し上げられ、機能を失う寸前の餡子で、この二人には自分たちを助けるつもりはないことをゆっくり理解した母れいむだが、もはや流す涙も蒸発し、かわりに湯気を噴き出すばかり。
「相変わらずの食神ね」
「いやいや」
「ゆ゙ぎゅ゙ゆ゙ぎゅぶぶぶゆ゙ゆ゙びゅ゙ぎゅぶゆ゙ぶゔ!」
 やがて、悲鳴が止まった。ぱんぱんに膨れた母れいむは赤く染まり、完全に白目になってぴくりとも動かない。口を押さえていた手を慎重に離すと、湯気が勢いよく噴き上がる。すっかり蒸し上がり、白い蒸気をもくもく噴いているれいむをバスケットに載せると、咲夜がナイフをくるりと回して渡す。美鈴は器用に飾りを剥いで母れいむの頭部に刃を突き立て、くるりと切り開く。蓋のように取り外した頭頂部は、即席の皿にはやがわり。もうもうと湯気を立てる餡子に、鉄沙掌がぞぶりと潜り込む。
「うーん、この辺に入れたはずなんですけど……」
ずぶずぶと餡子をかき回すたびに、白い湯気がもうもうと立ち上る。掘り出した子れいむの周りの餡子を落とすと、母親の餡子越しに食べ頃に蒸されたためか、まだ僅かに息があるのようで、小さく痙攣している。功夫を積んだ妖怪の美鈴は顔色一つ変えずに平らげることができようが、人間が手づかみで食るはあまりに熱い。先ほど使ったナイフを子れいむの底から深々突き立て、咲夜に返す。串刺しにされた子れいむは白目を剥いたまま、僅かにゆ゙ぎゅう゛とか鳴いた気がするが、食べ物の恨みは深いものだ。
 蒸したての蒸しまんじゅうを、満面の笑みを浮かべてもふもふ頬張る美鈴。メイド長は飲み頃のまま時間が止まっていた紅茶を白いカップに注ぎ、受け取った串刺しの蒸しまんじゅうを別のナイフで切り分けては、一口ずつ口に運んでいく。
「長寿を祈願して、大きいももまんに小さいももまんをたくさん詰めて蒸すんですよ」
「妖怪がもっと長寿になってどうするのよ」
「そうですねえ、妖怪も長生きしてゆっくりするんじゃないでしょうかね」
「やだやだ、人間もゆっくりしたいものね」
悪魔の館の悪魔的なお茶会は、主が寝ている間にもゆっくりと続いていく。

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最終更新:2022年05月03日 19:00