「おお、じゃあちょっと借りるな」
「おう、れみりゃ、そのお兄さんの言うことをちゃんと聞くんだぞ。なんか粗相したら言
ってくれよ、お仕置きするから」
「うー!」
 粗相なんかしない、というように唸るれみりゃ。
 男の知り合いがやってきて、箱に入れたれみりゃを持って行ってしまったのを、ゆっく
り一家は見ていた。
「ゆゆっ、れみりゃ、どうしたんだぜ?」
「ああ、今日一日、知り合いに貸したんだよ」
 知り合いはゆっくりを飼っていて、そのゆっくりが子供を生んだ。それ自体は許可を与
えていたことなのでいいのだが、どうも子供たちの躾が上手くいかない。
 そこで、れみりゃを貸してやったのである。子ゆっくりなど、れみりゃを見ただけでビ
ビるし、このれみりゃは手を出すなと言えば攻撃したりはしない。
「んー、れみりゃもいないし、今日の特訓は休みにしようか。最近頑張ってるから、今日
だけは新聞紙から出てこの部屋の中ならどこに行ってもいいよ。ゆっくりしてね!」
「ゆゆぅ!」
 と、一家は大喜びだ。男としては、純粋に自分が休みたかったこともあり、れみりゃが
いないとお仕置きが面倒臭いということもあってのことだったが、それをゆっくり餡子脳
で全く違う意味に解釈したものがいることなど思いもよらなかった。
「ゆわーい」
「ゆっくちちようね!」
「おちびちゃんたち、ゆっくりしようね!」
「ゆっゆっ、お休みはゆっくりできるんだぜ」
 喜ぶゆっくり一家も気付いてはいない。後ろで、妹れいむの目が怪しく光っていること
に……。
 男は、雑誌を読んでいた。
「ああ、ここいいな」
 気に入った店の情報を書き出すためにボールペンを手に取ろうとして、それをテーブル
から落としてしまった。
 落ちた場所を見ると無い。どうやら転がって行ってしまったらしい。
「あーあー」
 這いつくばって地面に頬をつけるようにして見る。ソファーの下には無いようだ。
「ゆっ!」
 その声に応じてそちらを見れば、そこには妹れいむがいて、ボールペンをくわえていた。
「おっ」
 拾ってくれたのか、と思い、男の顔が綻ぶ。なんだ、もう切ってしまおうかと思ってい
た妹れいむだが、段々と躾の効果が出てきたのか、これなら……。
「ゆゆゆっ!」
 と、思った瞬間、そんな考えがあまあまであることを思い知らされる、妹れいむの渾身
の一撃が顔目掛けて突っ込んできた。
 ボールペンの先を突き刺してくる。
「よっ」
 しかし、転がって難なくかわす。
「お前……」
「このくじゅぅぅぅ! ゆっくちちねええええ!」
「はぁ……おい」
 男はため息をついて、少し離れたところでゆっくりしていたまりさたちに視線を転じる。
「ゆ゛あ、あ、あ」
「お、おちび、ぢゃん、な゛、な゛んでごとを……」
 親まりさに妹れいむが何かしでかしたら連帯責任だという話を聞いているのだろう、親
れいむも絶望一色の顔色になっている。
「みんにゃもいっちょにこのくじゅをやっちゃおうよ!」
 さらなる暴言に慌てふためく両親。姉二匹も乗り気ではなさそうだった。
「あー、お前、僕に勝てると思ったの?」
 男は、妹れいむがこの期に及んで自分を攻撃してきたことに怒るよりも、ここまで頭の
悪い奴だったのかと呆れていた。
「くじゅにれいみゅが負けるわけないでちょぉぉぉぉ! れみりゃがいなければにゃんに
もできにゃいくせにっ!」
「ゆゆっ!」
 それを聞いて、姉二匹が色めき立つ。
「んん?」
 それを怪訝に思う間もなく、
「ゆゆゆっ、そうだよ、今なられみりゃがいないから、あのくじゅをやっちゅけられりゅ
よ!」
「よーち、まりしゃもかせーすりゅよ!」
 姉二匹がぽよんぽよんと跳ねてくる。
「ゆっくちちね!」
「くじゅめ、まいっちゃか!」
「ちねえ、ちねえ!」
 姉二匹は体当たり、当然効かない。妹れいむはボールペンで突いてくるが、上半身を起
こして顔が届かない位置に行っているので足を突くしかなく、ズボンの生地越しのその攻
撃は、やはり悲しいほどに効果が無かった。
「あー、はいはいはい、そうか、れみりゃがいないから、勝てると思ったんだあ、へー」
 そういえば、男は自らの手をくだしてお仕置きをしていなかったことに気付いた。しか
し、最初に一番偉いのは自分でその次がれみりゃ、と言い聞かせたのだから、当然この人
間さんはれみりゃよりも強いと理解しているものだと思っていたが、さすがの餡子脳であ
った。
「軽くでいいから、直接痛めつけておけばよかったねえ。うん、いや、凄くためになった
よ。僕が今まで相手してきたのってそこそこ利口な子たちだったんだねえ。君たちみたい
な馬鹿は初めてさ」
「ゆっくちちねえ!」
「もうしゅこしでこのくじゅを倒せりゅよ!」
「そしたらゆっくちできりゅよ!」
 ボールペンでつんつん、体当たりでぽむぽむ。
「えーっと、段ボール箱は……ああ、あったあった」
 男は完全に無視して立ち上がって部屋の隅にあった段ボール箱を手に取った。
「なにじでるんだぜえええええ! 人間さんにそんなごとじだらゆっぐりできなぐなるん
だぜええええ!」
「そうだよぉ、おぢびぢゃんだぢ、どぼじでぞんなごとずるのぉぉぉぉ」
 男が段ボールを取った時、茫然自失だった両親がようやく我を取り戻してやってきて子
供たちを叱り付けている。
「にゃにいっちぇるの! れみりゃがいにゃい今がチャンスにゃんだよ!」
「そうだよ、そんなこというおとうしゃんとおかあしゃんはゆっくちできにゃいよ!」
「れいみゅたちをゆっくちさせちゃくにゃいの!」
「ぞんなごとないけど、人間ざんをおごらせたら、ゆっぐりできないんだぜえええ!」
「そうだよ、ぞんなごどじたらゆっぐりできないよぉぉぉ!」
 しかし、子供たちは両親の弱腰を責めるばかりである。
「はいはい、ゆっくりゆっくり」
 男が戻ってきて、妹れいむがくわえていたボールペンをあっさりと奪い取った。そして、
すぐに三匹の子ゆっくりを摘み上げて段ボールに入れてしまった。
「ここから出しぇ! このくじゅぅぅぅ!」
「れみりゃがいないくじゅなんきゃこわきゅないよ!」
「あまあまよこちぇぇぇ!」
「はい、あまあまだよー」
 男は、台所に消えると、お菓子を持って戻ってきた。
「ゆゆっ、あまあま!」
「ゆぅ、クッキーしゃんだよ!」
「ゆゆゆ、あめしゃんもありゅよ!」
「はーい、めしあがれー」
 男は、無造作にそれらを段ボールに入れていく。
「ゆゆん、くじゅがはんせーしちゃようだにぇ!」
「ゆっゆっ、れいみゅたちのどれいにしてあげりゅね!」
「むーちゃむーちゃ、ちようにぇ」
 勝ち誇った子供たちは、早速お菓子を食べ始める。
「「「むーちゃむーちゃ、ちあわちぇ~」」」
「ほーら、ふかふかのタオルでゆっくり寝てね」
 男はさらに、タオルを敷いてやる。
「ゆん、くじゅも気がきくようになっちゃね!」
「そういうこちょなら、まりしゃたちもやさちくちてあげりゅよ」
「ゆっゆっ、よかっちゃにぇ、くじゅ」
 子供たちの久しぶりのゆっくりした声。それを聞きながら、両親はふるふると震えてい
る。二匹とも、賢いのだ。まさか、男が子供たちの行為を許したとは思っていない。それ
ならば、いきなりのこの厚遇はなんなのか。
「ゆぅ、おにいさん……」
「妹れいむだけがやらかした時は、連帯責任はやっぱりかわいそうかなあ、とか思ってた
んだけどね。姉二匹も見事にやってくれたねえ」
「おにいさん……おちびたちのこと許」
「許さないよ」
「ゆっ」
 強く言われて、親まりさは口を噤む。
「ゆぅぅ、それじゃ、あまあまあげたりしてるのはなんなんだぜ?」
「僕だって鬼じゃない。もうあの子たちは特訓する必要は無いからね。最後にゆっくりさ
せてあげようと思ってね」
「さいごって……」
「明日、れみりゃが帰ってくるまでさ」
「「ゆゆっ!!」」
 まりさとれいむが声を合わせて呻いた。震えが止まらない。
 それからも二匹で懇願したのだが、男は聞く耳持たなかった。その内、いい加減に鬱陶
しくなったので、それならば今すぐに子供たちを潰しちゃうぞ、それならせめて明日まで
ゆっくりさせてあげたほうがいいんじゃないか、と脅して黙らせた。
「おー、助かったよー」
 そして、翌日、遂に男の知人がれみりゃを返しに来た。来てしまった。
「こいつ見せただけでめちゃめちゃビビんのな。悪い子にしてると、またれみりゃに遊び
に来てもらうぞ、って言ってやったから、躾は上手くいきそうだよ」
「そうか、それはよかった」
「うー!」
「おう、れみりゃ、ご苦労さん」
「じゃ、今度うちで飲もうぜ。うちの連中も一度見せたいし」
「ああ、じゃ来週の土曜日はどうよ?」
「おお」
 知人は帰っていった。
 段ボール箱を持った男が玄関から居間に来ると、そこにはもう既に泣いているまりさと
れいむがいた。
 部屋の床に置かれた段ボールからは、
「むーちゃむーちゃ、ちあわちぇ~」
「くじゅぅぅぅ、あまあまがそろそろにゃいよ! はやくもっちぇこい!」
「ゆぴぃ~、まりしゃはおひるねすりゅよ~」
 実にゆっくりした声が聞こえてきていた。
「はいはい、最後のゆっくりは堪能したかな」
 男は言いながら、子ゆっくりたちを摘み上げて段ボールから出して床に置く。
「ゆゆっ、やっちょせみゃいところから出られちゃよ!」
「はやくあまあまもっちぇこい、どれい」
「ゆゆぅ、まりしゃおひるねするところだっちゃんだよ、ふかふかタオルしゃんも出しち
ぇね! はやくちろ!」
「おーい、れみりゃ」
「うー!」
 弛緩しきったゆっくりそのものの子供たちの顔が一瞬で強張る。
「ゆぴぴぴぴ!」
「にゃ、にゃんでれみりゃがいりゅのぉぉぉぉ!」
「なんでって、帰ってきただけだよ」
「れみりゃはゆっくちできにゃいよ! くじゅぅぅぅ! はやくれみりゃをやっつけちぇ
ね!」
「おーい、れみりゃ、お仕事ご苦労さん。あいつの話じゃよく言うこと聞いてたらしいし、
ご褒美を上げるぞ」
「うー! うー!」
 知人には、れみりゃには最低限の餌だけ与えておくように言ってあったから、れみりゃ
は空腹なはずだ。これも調教のテクニックで、美味しい餌は飼い主の手以外から与えるの
は好ましくないのだ。
「ほら、あそこに小さいまりさと、小さいれいむが二匹いるだろ」
「うー」
「あいつら、好きに遊んで食べていいぞ」
「うー!」
 れみりゃにとっては思っていた以上のご褒美だったのだろう。嬉しそうに羽ばたいて部
屋中をぐるぐると飛び回った。
「おいおい、電灯にぶつかるなよ」
「うー!」
 れみりゃが、ぐるりと旋回し、いきなり直下の子まりさの上に落ちた。
「ゆびゅ!」
「うー!」
 潰されて餡子を吐いた子まりさの頭にかぶりつく。
「ゆぴゃぁぁぁ! やめちぇぇぇぇ!」
「ゆわぁぁぁん、たちゅけてぇぇぇ!」
「きょわいよぉぉぉぉ!」
 見る見るうちに、子まりさの中身が吸い取られてしぼんでいく。
「もっちょ……ゆっきゅち、ちた、かった……」
「うー!」
 絶命した子まりさには目もくれず、れみりゃは妹れいむと姉れいむに交互に体当たりを
していく。
「いぢゃぃぃぃぃ!」
「やべぢぇぇぇ、たちゅけでええええ!」
「うー! うー!」
 さっきの子まりさでとりあえず空腹は満たされたらしく、子れいむ二匹はすぐに食べな
いでいたぶるつもりのようだ。
 男は、それを冷然と眺めている。両親は救いを求めるように男を見上げているが、男が
れみりゃを止める気配は無い。
「おきゃあじゃあああああん!」
「おぢょうじゃあああああん!」
 子れいむたちの声に、とうとうたまらず、両親が動いた。ぽよんぽよんとれみりゃに向
かっていく。
「やめでね! やめでね! れいぶのおちびぢゃんにひどいごとじないでえええ!」
「やべるんだぜえええ、お願いなんだぜ、やべでぐだざいぃぃぃ!」
「うー?」
 れみりゃが上に飛び上がり、困ったような顔を男に向ける。
「大きいまりさとれいむは殺しちゃ駄目だ。でも、小さいのと遊ぶ邪魔になるようなら死
なない程度にやっていいぞ」
「うー!」
 男の許しを得て、れみりゃは遠慮なく、子れいむたちの前に立ちはだかる親まりさと親
れいむを体当たりで弾き飛ばした。
「ゆべっ!」
「ゆぎぃ!」
「おぎゃあじゃんがぁぁぁぁ!」
「ゆ゛わああああん、こっぢごにゃいでぇぇぇ!」
「うー!」
 それからはまた執拗な体当たりが子れいむ二匹を襲った。親まりさと親れいむが立ち直
って戻ってくると、またもやいとも簡単にれみりゃに飛ばされてしまい、また戻ってくる
までに子供たちは痛めつけられる。
 それを十回近く繰り返しただろうか――。
「ゆっぎゅ……ぢ……でぎ、にゃ、い」
 体が小さい妹れいむが、瀕死状態になり、動かなくなった。だがまだ生きてはいるよう
で、
「ゆひぃ……ゆひぃ……」
 と、か細く呼吸はしている。
「うー」
 れみりゃが、それを見て噛み付いた。生きている内に食べたいのだ。
「ゆっぎゅぅぅぅぅぅぅ!」
 一気に餡子を吸い取られて、妹れいむも、皮と目玉だけになって死んだ。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「おぢびぢゃああああああん!」
「ゆびゃあああ、いぼうどぎゃああああ」
「うー!」
 れみりゃは、最後の姉れいむに狙いを定めた。
「れいむ、おくちだよ!」
「おちびぢゃん、おかーさんのおくちに入ってね!」
 まりさに言われてハッとした親れいむが、口を開ける。口の中に入れてしまえば、れみ
りゃは両親にはそれほどきつい攻撃をできないから姉れいむには手が出せないはず。
 しかし、それに気付くのが少し遅かった。姉れいむは、ずーりずーりと這いずるのすら
困難で跳ねるなどとんでもないという状態になっており、動けない。
 ならばと、親れいむが跳ねて行こうと、ぽよん、と一跳ねした瞬間、
「うー!」
 それを見ていたれみりゃが、姉れいむをくわえて飛び上がってしまった。
「おぢびぢゃんー!」
「や、やべるんだぜえ、やべるんだぜえええ!」
 涙で歪んだ両親の視界の中で、姉れいむ――最後の子供――がしぼんでいった。

「ゆっゆっゆっ!」
「がんばるんだぜ、れいむぅ!」
 一週間が経った。全ての子供を失い、二匹だけになってしまったまりさとれいむの番は、
近付いてきた金バッチ試験のための猛特訓の最中である。
 れいむが、ぴょんぴょん、と飛んでいる。
「低くなってきてるぞ、あと少しだから頑張れ!」
 男が叱咤する。
「よし! 終わりだ。いいぞ」
「ゆひぃ~、ゆひぃぃぃ」
「れいむぅ、やったんだぜえ、新記録なんだぜ!」
 まりさは、既に合格確実の成績を収めていたので、今は合格ラインギリギリにいるれい
むへの集中的な特訓が行われていた。
「よーし、今日はもうおしまいだ。ゆっくり休んでね!」
「ゆぅ……ゆぅ……まりざぁ、すこしゆっくりしたら、またもんだいを出してね」
「いいんだぜ、れいむ、その意気なんだぜ」
 最近、男が課した正式な特訓が終わってからも、二匹は金バッチ試験の際に、躾ができ
ているかどうかを見るために口頭で出される問題を出し合って自習しているのである。
 男が、満足そうに頷いてそれを見ている。
 子供がいなくなった後、二匹は明らかに生色を無くした。特訓にも身が入らず、れみり
ゃをけしかけてもなぶられるがままになっている。
 あの子供たちは金バッチ再取得の邪魔だと思ったから処分したのだが、そうなると男も
自分の方法が間違っていたのではないかと後悔した。あんな時、プロのブリーダーならど
うしたのだろうか、と。
 そして、もう打開する方法はこれしかないと決心し、金バッチ試験に合格すれば、すっ
きりして子供を作ることを許可した。
 そもそも、無駄にポジティブな生き物である。本来ならば、すぐに新しい子供を作り、
死んだ子たちの分まで新しい子をゆっくりさせよう、と立ち直るはずなのだが、金バッチ
としての教育を受け、いまやそれを完全に思い出している二匹は、現在の飼い主である男
の許可が無ければすっきりできないのである。
 効果は絶大で、二匹は自習までして金バッチ取得に燃えているというわけである。
 片方だけが合格しても子作りは駄目だと言ってあるので、合格確実なまりさに比べて危
険なれいむの奮起は凄まじかった。
 そして、その執念が実を結び、遂にまりさとれいむは、再び金色に輝くバッチをお飾り
につけることを許された。まりさは余裕で、れいむもまずまず安心できる点数で合格する
ことができたのだ。
 もちろん、その晩に早速二匹はすっきりして、れいむの頭には四つの新しい命を宿した
茎が生えた。まりさ種とれいむ種が二つずつだ。
「ゆゆゆゆぅ、れいむたちのあかちゃんだよぉぉぉ」
「きっと前のおちびたちの生まれ変わりなんだぜ、今度こそちゃんと育てるんだぜ。まり
さたちと同じ金バッチをつけられるようにするんだぜ」
 久しぶりに、喜び一杯のまりさとれいむ。
 だが、しばらくして、茎の赤ゆっくりたちが目を開き、両親の言葉に微かな反応を見せ
始めた喜びの時に、それに冷ややかな水が差されることになった。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「お、おちびがぁぁぁ、うぞだぁ、うぞなんだぜえええええ!」
 ある朝、赤まりさ一匹と赤れいむ一匹が、茎についたまま絶命していたのである。
「もう死んでしまったものはしょうがない。残りの二匹は健康そうだし、こいつらは大丈
夫さ。お前らこういう時によく言うだろ、死んだ子の分までゆっくりしよう、って」
 男に慰められ、まだ二つの命が健在であることを再確認し、なんとか二匹は立ち直るこ
とができた。
「うんうん」
 と、温顔で頷く男だが、二匹の赤ゆっくりが死んだのはこの男の仕業である。寝ている
間に赤ゆっくりならば一瞬で苦しむことなく死ぬだけの毒物を注射したのだ。
 別に悪意からではない、むしろ男の主観では善意からであった。子供が四匹では、貰い
手が見つかりにくい。
 子供が一匹だと、遊び相手がいなくて寂しがる、かといってあまり子ゆっくりがいては
面倒を見るのが大変だ。と、なるとまずまず子供は二匹ぐらいが一番貰い手が見つかりや
すいのだ。
 真相を二匹が知れば激怒するであろうが、たかがそれだけのことでもあり、されどこの
ままずっと飼うつもりなどないアマブリーダーとしては重要な問題であった。

「ゆっ!」
 ぷるぷると、茎が震動し始めたのを感じて、日向ぼっこをしていたれいむが叫んだ。
「まりさ、まりさぁぁぁぁ!」
「ゆゆっ?」
 少し離れた所で寝転がっていたまりさを呼ぶ。
「う、生まれる、生ばれるよぉぉぉ、おちびちゃんがぷるぷるしてるよぉぉぉぉ!」
「ゆっ、ゆゆゆっ!」
 まりさは、ゆっくりしてない速さでれいむの元へ跳ねていく。
「おー、生まれるのかあ、ほれ、タオル」
 男が柔らかいタオルを放ってやると、まりさがそれをくわえてれいむの前の床に敷いて
やる。ここに、生まれた赤ゆっくりが落ちるのだ。
「ゆゆっ、ゆっくり生まれてきてね、おちびちゃんたち」
「ゆっくりした子なんだぜ、これはゆっくりできる子になるんだぜ」
 やがて、先に赤まりさがぽとり、と落ちた。
「ゆわあああああ」
「ゆっゆっゆっ!」
 両親が喜んでいる間に、赤れいむもまた生まれ落ちた。
「ゆぅ……ゆぅ……」
 赤ゆっくりたちは、何か言おうとしている。もちろん、あの言葉に違いない。
「「ゆっくりしていってね!」」
 親まりさと親れいむは、声を揃えて言った。
「ゆー、ゆっきゅち」
「ゆっきゅ、ち」
「そうだよ、もう少しだよ」
「ちゃんと言えるんだぜ、ほら、もう少しなんだぜ」
「ゆっきゅち!」
 赤まりさが言うと、それへ応じて、
「ゆっきゅち!」
 赤れいむもまた、はっきりと口にした。
「ゆぅ、ゆぅ、ゆぅ」
「ゆゆ、ゆぅぅ」
「「ゆっきゅちちていっちぇね!」」
「「ゆっくりしていってね!」」
 初めての挨拶を交わし、親も子も、しばし感無量で何も言わずにいる。両親は震えて涙
を流していた。
「ゆっきゅち!」
「ゆっきゅち!」
「ゆっくりしたおちびちゃんだよぉぉぉ、絶対にゆっくりさせてあげるからねえええ」
「ゆぐっ、ゆひぃ、おちびだぢ、まりざのおちびだぢなんだぜえええ、ゆっくりしてるん
だぜえええ、かわいいんだぜえええ」
 こうして、再び子供を得て、まりさとれいむの新しい生活はスタートした。

「ゆっゆっゆっ! おちびちゃん、あんなところにあまあまがあるよ!」
 親れいむが言った。少し離れた所に、甘い甘いチョコレートのお菓子が落ちている。
「ゆゆゆっ、美味しそうなんだぜ、おちびたち、あれ食べたいんだぜ?」
「ゆっ、たべちゃいよ!」
「おいちちょー」
「ゆゆん、それならむーしゃむーしゃしようね!」
「むーしゃむーしゃするんだぜ!」
 とってもゆっくりしたお父さんとお母さん。だが、それを赤ゆっくりから子ゆっくりと
いっていい大きさに成長した子供たちは拒絶する。
「ゆぅ、たべちゃいけど、あれはにんげんしゃんのおかしかもしれにゃいよ」
「ゆん、おいちちょーだけど、かってにたべちゃだめらよ、ゆっきゅちできにゃいよ」
 と、そこへ男がやってくる。
「おう、何やってんだ」
「ゆゆ、にんげんしゃん、あまあまが落ちてりゅよ」
「それ、にんげんしゃんのでしょ?」
「ああ、そんなところに置き忘れていたのかあ。……お前ら、食べたい?」
「ゆゆっ、た、たべちゃいよ。た、たべちぇいい?」
「だ、だめならたべにゃいけど、たべちゃいよ」
「まあ、もともとお前らに上げようと思ってたやつだからいいよ。でも、ちゃんと挨拶で
きたらだぞ」
 男の言葉に、子ゆっくりたちは満面の笑みになる。おかしの側まで跳ねて行き、そこで
男の方を向いた。
「「にんげんしゃん、あまあまくれてありがちょー、いただきみゃす!」」
「……よし、お食べ」
 ちゃんと挨拶し、男が改めて許可を与えるのを待ってから、子ゆっくりたちはおかしに
かじりついた。
「「むーちゃむーちゃ、ちあわちぇ~!」
 男は嬉しそうに頷いて、離れた所にいる両親を見た。
 ゆふん、と二匹とも誇らしげだ。子供たちの礼儀正しさは、全てこの両親の教育の賜物
である。子供の教育には、男は極力関わっていない。
「これなら、大丈夫そうだな」
 男はどこに出しても恥かしくないという確信を得て、とうとうこのゆっくり一家の貰い
手を募ることにした。

 金バッチのまりさとれいむの番に、子まりさ一匹、子れいむ一匹の四匹家族です。
 両親のまりさとれいむは、一度ゲスに堕ちてしまったこともありますが、今ではすっか
り更生しています。
 二匹の子供たちは、まだ赤ゆっくりから子ゆっくりに育ったばかりですが、礼儀正しく
素晴らしいです。
 両親も生まれてすぐに金バッチ取得のための教育を受けただけあって、一度ゲスに堕ち
たとは思えない立派な金バッチゆっくりです。
 当方、資格なしのアマブリーダー気取りですが、この一家は自信を持ってオススメでき
ます。
 PS 親のまりさがだぜ言葉ですが、最初の教育でそう躾けられたためこれは直すのに
大きな手間がかかるのでそのままにしてあります。とても賢いまりさなので心配はいりま
せん。

 以上の文面をゆっくり里親募集の掲示板に書き込む。一度ゲスに堕ちてしまったことは、
プロのように金銭を受け取って販売するのではないから義務ではないが、マナーとして明
記しておかねばならないのである。
 半日もすると、すぐに里親の名乗りが上がった。しかし、四匹となるとすぐに引き取り
手は現れない。大概、子供二匹だけならば、とかいう申し出だ。
 一家の、絶対に四匹が離れたくない、という要望があるために、それはパスだ。
 そして、二日後……とうとう一家四匹を全て引き取りたいというレスがついた。
「おーい、お前らの新しい飼い主さんが決まりそうだぞ。家族みんな引き取ってくれるっ
て」
 その知らせを持っていくと、ゆっくり一家は大喜びだ。要望を伝えてはいたものの、男
がそれを容れずに家族離れ離れになる可能性も考えていたのだろう。その喜びようは凄か
った。
 翌々日、一家は一人の青年に引き取られていった。
「かわいいなあ、きっと家族」
「ええ、気に入ると思いますよ。みなさんによろしく。いい子たちなんで、かわいがって
やってください」
 男の手から、一家の入った段ボール箱が、青年の手に渡る。
「「ゆ、ゆっくりしていってね!」」
「「ゆっきゅちちていっちぇね!」」
「はいはい、ゆっくりしていってね。それじゃ僕の家に行こうか」
「お前ら、ちゃんと新しい飼い主さんの言うこと聞いてゆっくりさせてあげるんだぞ。そ
うしたら、飼い主さんもお前たちをゆっくりさせてくれるからな」
「「ゆっきゅちりかいしちゃよ!」」
 声を揃えて言う子ゆっくりたちに男も青年も微笑み、横にいる両親は誇らしげだ。
「それじゃあ」
「はい、よろしくお願いします」
 そして、ゆっくり一家は新たな飼い主さんに貰われていった。
「ふぅー、ゲスになった金バッチの更生なんて初めてだったけど、上手くいったなあ。ま
あ、あのまりさが賢かったおかげでもあるけど……」
 男が、一仕事終えた達成感にひたっていると、れみりゃが飛んできた。
「うー!」
「おー、お前も窮屈だったなあ、今日からもういいからな」
 れみりゃは、子ゆっくりたちが怖がるために別室に入れられそこから出ることを禁じら
れていたのである。
「よし、なんか食うか」
「うー!」
 れみりゃは、嬉しそうにパタパタと羽ばたいた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年05月03日 20:37