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ゆっくりの宿
バチバチと大粒の雫が地面を跳ねる。真っ黒な雲に覆われた空からは、まるでバケツを返したような雨がザーザーと降ってくる。
季節はずれの通り雨。いっそのこと濡れて帰ろうかとも思ったが、いささか水遊びをするには寒すぎる。
貼り付いた前髪を絞りながら空を睨んでいると、ふいに足元より声が響いた。
「ゆっくりしていってね!!」
雨音にも負けないよく通る声、挨拶をくれたのはゆっくりまりさ。帽子のつばからは水滴がしたたっている。
「おにいさん、ここじゃゆっくりできないでしょ? まりさたちのやどで ゆっくりしていってね!!」
そう言ったかと思うと裾を咥えて引っ張りはじめる、泥がはねて汚い。
たまらず反射的に足を引く。一瞬ぐにんっと伸びたかと思うと、そのままの勢いでまりさは濡れた地面に突っ伏した。
何やらブクブクとヌタ場の中で蟹のように泡を立てている、新しい遊びだろうか。
「ゆ、ゆえええええええええ!!! なんであじ ひっばるのおおおおお!!!??」
そうして起き上がったかと思うとわんわんと泣きだす。その顔は泥やら涙やらが入り混じって凄いことになっている。
「せっかく、まりさが、おにいさんを、しょうたい、しようと、してる、のにい!!!」
グスグスと嗚咽交じりに訴えてくる。途切れ途切れの言葉を纏めるとこうだ。
何でもこのまりさは宿屋を経営しているらしく、この雨の中立ち尽くす俺を見かねて声を掛けて来たらしい。
ゆっくりの宿屋というものにいささか興味はあったものの、この雨の中をこれ以上歩き回るのは勘弁願いたい。
そんなわけでその旨をまりさに伝える。だが彼女は依然として食い下がる。
「ゆぐっ!? ごはんもだすよ!! おもてなしするよ!! ゆっくりしていってよー!!」
「おきゃくさんつれていかないと れいむにおごられるううぅぅぅ!!」
どうやら俺に声を掛けたのは親切心からでなく、ただの客引きだったらしい。
そんなこと言われると殊更行く気が失せるのだが、雨上がりまでわめかれても面倒だ。
仕方がないので、まりさに案内してくれるよう頼むことにした。
「ゆゆ!! もうおにいさんたら つんでれなんだから!! ほんとうはまりさのおうちで ゆっくりしたかったんでしょう?」
途端、手を返したようにニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるまりさ。ちょっとうざい。
そうして俺とまりさは林を奥へと進んでいった。
「ついたよ!! まりさのおやどにようこそ!!」
宿と呼ばれたそこは何の変哲も無い洞窟であった。
特にこれといった装飾もなく、剥き出しの岩がボコボコと殺風景である。
私が唖然としていると奥のほうから数匹のゆっくり達がぽよぽよと跳ねよってきた。
「いらっしゃいませ!! おやどのおかみのれいむだよ!! ゆっくりしていってね!!」
「「「ゆっくりしていってね!!」」」
こいつ等がここの従業員らしい。
「ゆ!? まりさ、どろどろしてばっちいよ!! どろをおとしてからはいってきてね!!」
「おとうさん、ゆっくりしないで はやくおかおをあらってきてね!!」
「ゆぎぃ!!? まりざがんばっでるのにどうじでぞんなごどいうのおおぉぉぉ!!!??」
「どろをとばさないでね!! いいからはやくあらってきてね!!」
自称女将のれいむの剣幕に押され、まりさはすごすごと出口へ向かっていった。
しかし先程の会話を聞いているとどうやらこのゆっくり達は家族らしい。この女将れいむが母親だろうか。
「しつれいしました!! おきゃくさまはきにせずゆっくりしてね!!」
まりさを見送ったれいむがこちらに向き直る。
「きゅうけいと しゅくはくがあるけど、おにいさんはどうするの?」
よく解からないが取り合えず雨が止んだら出て行くと答えた。
「ゆっくりわかったよ!! おだいはいっちまんえんでいいよ!!」
高い。生憎と私の懐には黄色いお札様はいらっしゃらない。
あからさまに渋い顔をすると、れいむは察したのか言葉を続けた。
「いっちまんえんがないなら そこにあるみかんさんでもいいよ!!」
そう言って、れいむは私の籠を見つめながらダラダラと涎を垂らす。
これは先程友人の家を訪ねた際、たくさん成ったからと貰ってきたものだ。
恐らくあのまりさもこのミカンに釣られて来たのだろう。まぁかなりあるし少しくらいなら構わない。
そこで私は、持て成しに満足できたらミカンを分け与えると約束した。
「こうしょうせいりつだよ!! それじゃおちびちゃん、おきゃくさまをおへやまであんないしてね!!」
「ゆっくりわかったよ!! おにいさん、おにもつはこぶからゆっくりわたしてね!!」
そうして女将より一回り小さなれいむが足元まで跳ねてくる。
流石にゆっくりには重いだろうと荷物運びは断ったのだが俄然として聞かない。
「れいむつよいこだからだいじょうぶだもん!! わかったらおにもつわたしてね!!」
ぷんぷんと膨らんで抗議の声をあげる。仕方がないので、俺はミカンの籠を頭の上に乗せてやった。
「ゆべべっ!!? ゆぐ、ゆっぐりはごぶよ・・・」
ぶちゅりと口から空気と餡子を吹き出す。何やら涙目になっているが平気と言うからには平気なのだろう。
ズリズリとナメクジの様に這い進むれいむに連れ歩く。しばらくすると開けた空間に出た。
そこは一面に枯葉が敷き詰められており、至る所にコケシやらダルマやらと統一なく様々なものが置かれていた。
さながら子供の秘密基地といったところだろうか。そう感心する私の傍らでは、ぜえぜえとれいむが虫の息になっていた。
「お、おにいさん・・・れいむ、ゆっくりがんばったよ・・・」
荒い息をつくれいむに、私はありがとうと礼を告げた。するとれいむはにこりと笑った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
顎をはって自慢げな顔をしたまま硬直する。まだ何かあるのだろうか?
「・・・れいむゆっくりがんばったよ!! ね!! ね!?」
ああ、そうか。チップが欲しいのか。
とはいえゆっくりの欲しがる物等わからない。取り合えず髪の毛に鼻クソを付けてみた。
「ゆぎゃあああああ!!!?? なにずるのおおおおおお!!!!!」
お気に召さなかったらしい。涙目になりながらズリズリと頭を岩肌に擦り付けている。
そんなれいむを見ているとある物を見つめていることに気付く。
俺はミカンを1つ籠から取り出し、おもむろに皮を剥く。
そうしてその手をれいむの方へ伸ばす、れいむはだらしなく涎を垂らしている。
「ゆあーーーーーぶびぃ!!!??」
絞ったミカンの皮からは勢いよく汁が飛び出し、それは無防備なれいむの顔面に降り注いだ。
「いぎゃああああ!!! れいむのおめめがああああああ!!! ゆっぐりできないいいいい・・・・」
そのままれいむは元来た道を戻っていった。今度はお気に召したようでなによりだ。
そうしてやることも無いので上着の水を切って暇を持て余すこと数分、またもゆっくり達がぽよぽよとやって来た。
ただ今度は皆が皆総じてその頬を大きく膨らませている。その姿はまるでリスか何かのようである。
何事かと見ていると、そのうちの1匹が大きな葉っぱをゆんしょゆんしょと地面に広げていく。芭蕉か何かだろうか。
「おにいさん、これからごはんをよういするよ!! ゆっくりたべていってね!!」
そう言うや否やぺっぺと口から何かを吐き出していく。
まさか食事まで出てくるとは思っていなかった。丁度小腹もすいていたので幸いである。
だが眼前に用意されたメニューはドングリや芋虫など、残念ながら人間の口にするような代物ではなかった。
中には食べられそうなキノコも見受けられたが、生、それも唾液まみれでベタベタと糸を引くそれを食べる気にはなれなかった。
仕方がないので出された食事を断り、またもミカンを食べて腹を膨らませることにした。
「ゆぅ・・・それじゃあこのごはんは れいむたちがたべるね!! ゆっくりいただきます!!」
「「「いただきます!!」」」
もう運ぶの面倒なのかこの場で食事を始めるゆっくり達。だがその様子はどこかおかしい。
「むーしゃ、むーしゃ・・・ゆううぅぅぅぅ!! こんなのおいしくないよ!!」
「おかーさん、れいむもあまあまな みかんさんたべたいよ!!」
黙々と食事をしていた一家だが、ついには子ゆっくり達が次々と不満をもらしはじめる。
部屋中に満ちるミカンの甘くも爽やかな香り、それはゆっくりを誘惑するには充分な威力を発揮していた。
刺さるような視線に耐えかね、俺はミカンを分け与えようかと声を掛けた、しかし。
「おにいさん、ありがびゃあぁ!!?」
子ゆっくりに与えられたのはミカンではなく強烈な体当たりであった。
「「「いぎなりなにずるのおおおおお!!!??」」」
「うるさいよ!! おきゃくさまのものを ほしがるなんてゆっくりしてないよ!! いじきたないちびちゃんは はんせいしてね!!」
「「「ゆびゃああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
ぼむぼむと体当たりを繰り返す女将れいむ。子ゆっくりの涙も謝罪の声も関係なしだ。
何もここまでしなくても良いと思うのだが、彼女には彼女なりのプロ意識が在るのかもしれない。
声を掛けるのもはばかれたので、俺は静かにミカンを頬張ることにした。
「ゆううううう・・・・・」
腹が膨れる頃、ぐったりした子ゆっくり達を尻目に女将れいむは何やら考えこんでいた。
「おしょくじも おきにめさなかったし、これじゃあれいむ おかみしっかくだよ!!」
どうやら俺のことを気にしているらしい。
別にこちらとしては構わないのだが、どうもこのれいむのプライドがそれを許さないらしい。
「そうだよ!! おにいさんにはとくべつ いあんさーびすをしちゃうよ!! ゆっくりまっていてね!!」
何か思いついたのか女将れいむはそう告げると、倒れている子ゆっくり達を蹴っ飛ばし連れ立って奥へ引っ込んでいった。
残された俺はやることもなく、手持ち無沙汰とばかりにミカンの皮を剥くのであった。
やがて指先が黄色くなる頃、またまたゆっくり達はやって来た。
「ごめんね、おにいさん。おめかししてたら おそくなっちゃったよ!!」
「「「かわいくってごめんねー!!!」」」
ゆっくり達はそれぞれ頭に花や落ち葉をつけていた。お洒落のつもりだろうか。
「これかられいむの せくしーなしょうが はじまるよ!! ゆっくりみていってね!!」
「「「ゆゆゆ~ん、ゆんゆゆ~~♪」」」
そうして子ゆっくり達は歌いはじめる。お世辞にも上手いと思えない歌は洞窟内でわんわんと響く。
四方八方から襲い掛かってくる雑音。そんな中、女将れいむは岩の上に飛び乗った。
「ゆっふ~ん、ちょっとだけよ~♪」
そうして甘い声を出しながら体をくねらせ始める。一体なんの真似だろう。
「こういうところはじめて? しこっても、い・い・の・よ☆」
顔をポッと染めながら、下腹部を突き出してくる。どうやらストリップのつもりらしい。
生憎と俺は饅頭に欲情する性癖は持ち会わせていない。とは言え、折角ここまでしてくれているのだ。
無下に断るのも何か気が引け、結局は見続ける羽目となってしまった。
「そんなにみつめられるとれいむ、はずかしいところからくろみつでちゃう~♪」
一見ノリノリな様に見えるが、よくよく考えると家族の前でこんなことを行うのは並大抵のことではない。
もしかしたらあの仮面の下では餡子が羞恥で煮え返っているのかもしれない。
ここまでされたらと、チップ代わりのミカンを手に取る。だがそこであることに気付いた。
これが人間ならパンツにでも挟むところだが、ゆっくりはそんなもの着けていない。
かといってステージに投げ込んで邪魔をするのも申し訳ない。
そう考えていると、れいむのアゴのあたりから何やら液体が垂れているのが目に留まった。
どうも穴が開いていて何かが漏れているらしい。ポケットのようなものだろうか?
何はともあれ御あつらえ向きである。俺は右手一杯にミカンを掴み、それを勢い良く手首まで突っ込んだ。
「ゆっっっばあああああああああああ!!!!!???」
「「「おかああああざああああああああん!!!??」」」
女将れいむは大きな声をあげ仰向けに倒れた。その体はビクビクと震えている。
引き抜いた右手は黒くベタベタと汚れていた。しかし、涙を流し泡まで吹いて喜ぶれいむを見るとやった甲斐のあるというものだ。
そうこうしていると、騒がしい洞窟内とは対照的に外が静かなことに気付いた。
出口から顔を出すと雨はすっかり上がっていた。俺は父まりさに声を掛けた。
「ゆ? もうかえるの? それじゃゆっくり おだいをだしてね!!」
貴重な体験ができたしそれなりに面白かったので、俺は籠ごと残りのミカンを与えることにした。
「まいどありがとう!! ゆっくりまたきてね!!」
そうして俺はゆっくりの宿を後にした。
「おかあさん、しっかりしてね?」
「げんきだしてね!! ゆっくりしてね!!」
「ゆぐううぅぅぅ・・・」
子ゆっくり達の輪の中心で女将ゆっくりはぐったりと伸びていた。その下腹部はボコボコと不自然に膨らんでいる。
「れいむ、おにいさんにミカンいっぱいもらったよ!! これをたべてゆっくりしようね!!」
そう言って父まりさは勢い良く籠の中身をぶちまけた。鮮やかな橙色が宙を舞う。
「ゆゆー!! ゆっくりいただきます!!」
「「「ゆっくりいただきま・・・す?」」」
地面に散らばった大量のミカン。しかしそれは全て皮だけであった。
「「「どおいうごどおおおおおお!!!??」」」
洞窟の中では、いつまでもゆっくり達の悲鳴が響き続けたのであった。
澄み渡った空は雲一つ無く、先程までの天気がまるで嘘のようであった。
黄色くなった男の頭上には、同じように星々が黄色い光を暖かく放っていた。
終わり
作者・ムクドリ( ゚ω゚ )の人
最終更新:2022年05月03日 21:40