『僕はこうして探しました』『僕はこうして探しました -another-』の続き
登場人物
息子:ゆっくりと人間のハーフ。高校生
先輩(兄):ゆっくりのことが殺したいほど嫌い。息子とは違う高校に通っている
檻の中、ドスまりさは目を閉じて過去を振り返っていた
忘れたくても忘れられない。物覚えの悪いはずの餡子は苦い苦いそんな思い出をしっかりと記憶していた
ドスと呼ばれる大きさに成長した二回目の春。人里から少し距離を置いた山に住んでいたまりさの元に少しずつだがゆっくりが集まりだした
一ヶ月と経たないうちにドスを核とした群れが出来上がっていた
最初の一年は初めての長の仕事でてんやわんやしながらも、一部の賢いゆっくり達の支えもありなんとか群れを存続させた
二年目は一年目より楽だった。みんなも言うことを聞いてくれた
三年目、群れが出来て初めての食糧難に直面した。ちょうど山が不作の年だった
それでもなんとか切り抜けた。去年よりも群れの規模は縮小したが、最小限の被害と呼べた
四年目は群れの世代交代があった、自分を支えてくれたゆっくり達はその年の内で殆どが天寿を全うした
新しい世代のゆっくり達とは少しだけ価値観の相違があり、統制が少しだけ利かなかった
五年目も無事乗り切った。若い世代のリーダーとの摩擦が大きくなったという点を除いては
六年目に再び不作の時期がやってきた、過去の体験から今年もなんとか乗り越えられるとドスは確信していた
そう思っていたが、現実は違った
初めて食料難を迎える世代は焦り恐怖した。「だいじょうぶだよ」というドスの言葉を信じることが出来なかった
それどころか危機感が足りないとドスを批判し始めた
そして群れのリーダーは禁忌に手を出した
「にんげんさんからたべものをもらうよ!」
仲間を大勢引き連れて勝手に山を下った
数日経って、被害にあった地域の人間が山狩りを始めてドスはワケがわからないまま捕まった
捕らえられ、一箇所に集められた群れのゆっくり達
その時、ドスまりさは信じられない言葉を聞いた
「どすがやれっていったんだよ!!」
「どすはくずゆっくりなんだぜ!」
「れいむはわるくないよ!!」
「どすがむのうなせいでこうなったんだよ!」
次から次に挙がる身に覚えの無い罵詈雑言
「うるさい」と人間が一喝した後、人間に迷惑を掛けたゆっくりも掛けてないゆっくりも関係無しに潰されて穴に捨てられた
ドスまりさの扱いだけは例外で、しばらく人間の里に閉じ込められた後。奇怪な鉄の塊に載せられた
人間同士の会話から、自分は「ゆーぶつえん」というところに送られるらしい
全てに裏切られ失い、精魂尽き果てたドスにとってはどうでも良い事だった
もういっそ死んでしまいとすら思った
運ばれている時、小さな隙間から外を眺めていると突然強い衝撃を受けた
周囲を見渡すと知らない山の中にいた。先程の衝撃で自分を戒めていた道具は全て外れていた
その時、ドスの憔悴しきった心に再び糖分が注がれた
「ゆっくりしないでにげるよ!」
“何か”を手に入れるために、ドスまりさは跳んだ
「・・・・・・・・」
そこでドスまりさは目を開ける
結局脱走は失敗し、自分は冷たい檻の中にいるという現実だけが目の前に残っている
そんなまりさを二人の少年が格子越しに覗き込んできた
大型のゆっくりを収容するエリア
天井が高く、横幅も広い廊下が東西にかけてずっと続いている
廊下を抜けた奥(東側)にあるのは大型のゆっくりを地下に運ぶためのエレベーター(リフト)
今二人がいるのは最西端、エリアの入り口付近である
「この野生のドスはそこまで大きなサイズじゃないですね」
「他のドスを見たことあるのか?」
「一応」
彼がドスを見たのは2回。一度目は父と登山した際に、二度目は自分と同じハーフの少女が「父親です」と紹介してくれた時
息子と先輩は全く別の目的で保健所に来ていた
彼は先輩がドス捕獲の件で貢献したことを聞きひどく驚いた
雑談の途中、二人はドスが見たくなり、職員に「ドスを見たい」と頼むと、職員は多少渋りながらも許可を出した
そして現在に至る
「このドスはどうなるんです?」
息子が最も気になっていたことを尋ねる
「個人的には処分してほしい。コンクリに詰めて地下300mに埋め立てる方向で」
「核廃棄物あつかい?」
少年の一人を見てドスまりさは目を大きく開いた。自分に危害を加えた人間が目の前にいたためだ
ドスの変化に最初に気付いたのは息子だった
「あれ、ドス起きて・・・わぁっ!」
ドスまりさはこちらに向かって体当たりをしてきた
二人のドスの間には鉄格子があるため、それは届かない
だが
「嘘・・・」
「おいおい」
突貫で作られていた地下の壁は脆く格子は全て外れて落ちた
甲高い耳障りな音が二人の鼓膜に爪を立てる
檻を出たドスは一番近くに居た息子に近づくと体を密着させた
「ゆっくりしないでどこかにいってね!! でないとこのこがゆっくりできなくなるよ!!」
息子を人質に取った
「え、ちょっと?」
「うるさいよ! さっさとでていってね!! ゆっくりできないよ!」
先輩に出て行くように命令する
「・・・わかったよ、クソッ」
吐き捨てるように悪態をついて先輩は出て行った
「そこをふさいでね」
「ドアのこと?」
ドスは先輩が使ったドアを向こうから開けられないようにしろと彼に指示した
「でもこのドア鍵がついてないよ」
「それをつかってね!」
先程外れた格子の鉄棒を一本咥えて彼に渡す
言われるがまま、彼は鉄棒をドアに引っ掛けるとドアは完全に施錠された
(このドス、結構賢い)
ドスの方を向くと、彼はあることに気付いた
(なんだろうこの臭い? 灯油?)
気になって尋ねた
「ねぇ、ドス。変なニオイしない? 灯油かガソリンみたいな?」
彼がそう言った瞬間、ドスの表情が固まった
「どうしたの? 具合が悪いの?」
彼は押してはいけないスイッチを押してしまった
「ゆ゛・・・ゆ、ゆ゛、ゆ」
俯き、体を小刻みに震わせる
「ゆがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「え、え? え!?」
突然、激昂した情緒不安定のドスに彼は驚き、慄(おのの)いた
保健所の管理室。モニターが所狭しと壁に並ぶ
モニターには各部屋に設置されたカメラを通して、部屋の様子が映し出されている
「ん?」
監視係りの所員が一つのモニターを見て首を傾げる
そこだけ画面が真っ暗だった
異変に気付いた所員は内線を回して上司に報告する
「こちら監視室です、モニターで一つ異常がありまして・・・その、昨日捕獲されたドスまりさの居る地下室なんですが・・・」
部屋の壁に背中を預け直立した彼はドスまりさの話を黙って聞いていた
「みんながまりさのいうこときかなかったからああああああああああああああああああああ!!」
激昂して話すまりさ
「たべものはちゃんとあったんだよ!! なかよくわければふゆさんはこせたんだよ!!」
「ドスは群れの長だったの? 冬篭りに失敗して食料不足で人里に迷惑をかけたの?」
「まりさはわるくないよ!! わるいのはむのうなみんなだよ!!」
断片的にではあるが、ドスの過去が段々とわかってきた
「まりさだってがんばったんだよ!!!」
聞く側の肌がピリピリ痺れるほどの怒声。貴重な情報を漏らさないためにも、あえて耳は塞がなかった(彼の場合あまり意味は無いが)
「事情は大体わかったから落ち着いて」
「まりさのせいじゃないよ!! まりさはげすなんかじゃないよ!!」
彼の言葉は一向にドスには届かない
「まりさのはなしをきかないみんながわるいんだよ!! みんながだいじだったんだよ!!」
地下室に悲鳴にも似た声が響く
「にんげんさんがわるいんだよ!! みんながわるいんだよ!!」
半狂乱になったまりさは壁に何度も額を打ち付ける
「むのうなどすでごめんねええええええええええぇぇえええぇぇぇえええぇえええぇえぇぇぇぇぇえええええぇぇええぇええ!!!!!」
その間も、支離滅裂な言葉を吐き出し続ける
「にんげんさんはゆっくりできないっておしえたんだよ! なんども! なんども!!」
激しく動き回ったことで空気が大きく流動して、帽子に残った燃料の臭いが彼の鼻腔を突いた
「それなのに。みんながかってに・・・・・ゆわあああああああああああああああ!!!!」
だだっこのように体をくねらせるのを彼はただ見ていることしかできなかった
「みんなしんじゃったんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
雨戸を滴る水のような涙が冷たい床を濡らした
「ま゛り゛さ゛・・・は、ひっぐ・・・・わるくないよ゛っ」
次第にドスの動きは遅くなり
やがて完全に大人しくなった
(落ち着いてきたかな?)
気付けば話始めた時に荒かった息遣いも鎮まっていた
試しに話しかけた
「まりさは悪くない。精一杯やったと思うよ」
「ゆ゛・・・ゆぐっ。ほめられてもうれしくないよ・・・」
一方的に話していたまりさは初めて彼の言葉に返事をした
ドスが話を聞いてくれるようになってくれたのを確認して本題に移った
「大人しく保健所の人が来るのを待とう。このまま暴れなければ、きっと許してくれるよ」
「だめだよ」
彼の意見はばっさり切り捨てられた
「どうして?」
「にんげんさんはしんじられないよ。もうだまされないよ」
山の件でドスが抱く人間不信の芽の根はさらに深いものとなっていた
「ゆっくりもしんじられないよ」
そして自分に罪をなすり付けた群れのことで、同種であるゆっくりも同様に信じられなくなっていた
「だからおにーさんもしんじられないよ!」
面と向かってはっきりと彼は言われた
「おにーさんがいちばんしんらいできないよ!! おにーさんからはにんげんとゆっくり、りょうほうのにおいがするよ!」
「え・・・・」
ドスまりさは賢い。故に彼がゆっくりとも、人間とも判別つかない存在であることを看破していた
「おにーさんはきもちがわるよ!」
「気持ち悪い?」
かつてこの場所でちがうゆっくりに『奇形ゆっくり』と言われたことが脳裏を掠める
「ゆっくりできないよ」
『得体の知れない存在』を前にした時、生物が抱く最も原始的な感情。ドスまりさの反応は至極当然だった
彼の思考を鈍らせるのに、その言葉は十分な威力があった
「じゃあ僕は・・・・・何?」
「そんなの知らないよ! まりさはここをでるのでいそがしいんだよ!」
彼から目をきり、ドスは廊下の奥に跳ねて行った
一人残され、静寂が訪れたのも束の間。内線電話の音が彼の耳を叩いた
壁に手を伸ばして取る
『おい。生きてるか?』
先輩の声だった。職員にこのことを報告して戻ってきた
「・・・・なんとか」
『ドスはどうした?』
「奥の方、リフトのある方角に行きました。ところで、ドスってどうなるんですか?」
『さっき職員の人が、これ以上被害が出るようなら処分も辞さないって言ってたぞ。警察とかには連絡せず、内々で処理するみたいだ』
「そう、ですか・・・・」
『さっきから元気ないぞ? あいつに何かされたか? 怪我とかしたか?』
声の感じから彼が精神的に参っていることはわかっていた
『ドア開けられるか? 今からそっちいって、俺がドスに落とし前キッチリ付けさせてやる』
「すみません。ドスがドアノブを壊したせいで開けられません」
嘘をついた。ドアが開かないのは彼が格子の鉄棒を閂(かんぬき)のようにドアに掛けてあるせいだ
先輩を入れさせたくない理由があった
「あの・・・その・・・」
「なんだ、言ってみろ」
言いづらそうな彼の口ぶりが先輩に回答を急かさせた
「僕、あのまりさを助けたいと思ってるんです。なんとかなりませんか?」
『はぁ!?』
直接顔を見なくても、先輩の顔がどんな顔をしているか大体想像出来た
『馬鹿か! あんなゲスの何処に助ける要素がある!? お前もあいつになんかされたんじゃないのか!?』
「あのドスはゲスなんかじゃありません。いい奴です。話ってほどじゃないですが、言葉を聞いててわかりました」
本心からそう思えた。あのドスにやり直すチャンスを与えてやりたかった
『ゲスとかゲスじゃないとかどうでも良い。ゆっくりなんざ皆等しく助ける価値なんか無いんだよ!!』
「そうは思いません」
『どっかの学者の研究だが、ゆっくりが居ない世界っていうのをシュミレートした奴がいる。6億年まえから遡ってな
研究の結果はこうだ“ゆっくりがいなくても生態系と生物の進化・淘汰に変化無し”この意味がわかるか?』
「えっと・・・」
『ぶっちゃけいらないんだよアイツらは、この地球に。蚊やゴキブリにだって生態系の中でちゃんと役割を与えられてるのに、だ。
それがアイツらには与えられてないんだよ。この世から絶滅してもなんの支障もないんだよ』
「その、探せばゆっくりにだってきっと価値や存在する理由があると思います」
閂を掛けたドアが揺れた。先輩が向こう側から蹴飛ばしたのだとわかった
『あいつらのドコにそんな要素があるんだ!? 身の程を弁えない、人の神経を逆撫でする言動、あいつらが社会に貢献したことがあるか?』
相当気が立っている
「先輩がどうしてそこまでゆっくりを憎むのかはわかりません。でも、きっとゆっくりにも価値はあると思うんです、まだ見つかってないだけで」
「無価値なんだよ」
「違います、絶対に」
彼は引かない
(それを認めたら。僕の半分は・・・)
引いてはいけない理由があった
「それだけは譲れません」
『俺にとって「ゆっくりを助けるのを手伝え」ってのはキアヌ・リーブスに「地球を滅ぼせ」って言うのと同じ意味だぞ』
「2年に1回ペースで、地球救ってますもんねあの人、映画の中で・・・・じゃあそういう意味で受け取ってください」
『取り消す気は無いんだな?』
「はい。無いです」
『・・・・・・わかった。俺が出来る範囲でなら協力する』
「え?」
呆気なく先輩は折れ、彼は拍子抜けした
「いいんですか?」
『そういえばあいつ(妹)に『これ以上あのドスをいじめるな』って言われてたのを思い出したんだ』
「相変わらず妹さんには弱いですね」
彼は先輩に、自分が得たドスについての情報。ドスが自分をどう思っているのか等を簡潔に説明した
同時に彼からもドスの情報を聞いた
そしてドスまりさを欲しがっている組織がいることも話しておいた
『とりあえず、ドスは今ある程度落ち着いていて、お前の話しも一応は聞くんだな』
「はい、かなり際どいと思いますが」
『なら説得の余地はある、流れも悪くない。どんな嘘でもハッタリでもいい。ドスの信頼を勝ち取れば・・・』
「いけそうですか?」
『長くて細い、無難な安全設計のAプランと、太く短くの大博打Bプランがございます』
「えっと方法は二通りあるってことでいいんですか?」
そして先輩のアドバイスを聞き、打ち合わせをした後。彼は走り出した
ドスを説得して自分を信用させるために
「おにーさんはなにしききたの?」
彼がドスに追いついた
「さっさときえてね、おにーさんがそばにいるとゆっくりできないよ」
「まりさを助けたい」
簡潔に追ってきた理由を答える。それこそが彼の本心
「ゆ?」
「まりさは良いゆっくりだ、昨日、山で人質に取った女の子が気絶した時、捨て置かなかった」
逃げることを考えたら置いて行った方が最善だった
「ちがうよ。ひとじちとしてもっていたほうが、あんぜんだとおもったからだよ!」
「じゃあなんで、その後わざわざ人が通る道を選んだ? 自分から人目に付く道を?」
これらはすべて先輩から聞いた話である
この話でまずドスに揺さぶりをかけた。「自分はお前がいい奴だと知っている」ということも強く印象付ける狙いもあった
「・・・・・」
彼の言葉を聞き、ドスは黙り込んだ
「まりさは責任感が強い。群れが全滅したのは自分にも責任があるって心のどこかでは思ってるんでしょ?」
「そんなわけないよ! ばかなの? しぬの? あれはみんなのじごーじとくだよ」
「いいや、思ってる。でないとあんなこと言わない。あれは自分の潔白を訴えるというよりも死んだ仲間達を嘆いているように聞こえた」
あれとは、先程の激昂していた時の話である
「むれのみんなはだいっきらいだよ」
「じゃあなんで謝ったりしたのさ? いくら半狂乱だったからって『むのうなどすでごめんね』だなんて間違っても言わない」
「ゆぅ・・・・でも、まりさはゆっくりをころしてもなんともおもわないよ」
昨日まりさは同族を手にかけたことを告白した
「今まりさの中で感情がごちゃごちゃになってる『群れを全滅させた申し訳なさ』『人間に対する不信感』『自分を裏切った仲間への憎悪』この三つで混乱してるんだよ」
ここでは彼は自分が感じたことを率直に述べた
その感想が正しいかどうかはわからないが、ドスはその言葉で自身の心理状態を納得した
再びの沈黙を好機とみてさらに揺さぶりを大きくする
「・・・・」
「まりさは悪くない」
「・・・・」
「まりさは良く頑張った」
「・・・・」
「それにこれは誰のせいでも無い、まりさのせいでも、人間のせいでも、仲間のせいでも無い」
矢継ぎ早に言葉を繰り出して、相手に反論の余地を与えない
そうやってドスの付け入れそうな隙を探す。ドスが欲しそうな言葉を模索する
「僕はまりさの味方だ。その証拠にほら」
彼は自身の足を指さした。両足ともすでに靴を脱ぎ捨てて裸足になっていた
上着もここに来る途中で脱いであり、自分が丸腰であることを強くアピールしていた
「ほら、何も持って無いでしょ?」
話す内容はすべて“頷き”で回答できるものに絞る
ここでも反論の余地を与えないようにする
交渉は順調に進んでいた
保健所の会議室
「催眠弾で眠らせよう」
「いや、催涙の煙にした方が効果的では?」
「それですと、少年まで巻き込まれます」
「では催眠弾で」
保健所の管理者が集まり、ドス沈静化の方法を模索していた
先輩は友人が人質に取られたということで特別に同席を許可されていた
「催眠弾はどれくらいで効き始めますか?」
「5分から10分ほどで」
「時間がかかりすぎる。下手したら近くに居る人質まで被害が及ぶ」
「致死量寸前まで使えば、命中と同時に無力化できます。量を誤ると死亡しますが」
「もうそれで行きましょう。至急班に連絡を」
「しかし、ドス死亡した場合。責任問題を問われますぞ。ここの地下の構造に問題があったわけで・・・」
「なら悪いのは市と県だ。こちらは半年も前から改修工事を申請しているのに、二度も却下されている。クイーンが暴れた時も補修工事だけの予算しか下りなかった」
「コラッ、一般の方もいるんだぞ!」
最高責任者の激が飛ぶ
「あ、これは失礼しま・・・ん?」
先輩の姿はもうその席には無く、同時に会議室のドアが閉まる音がした
「それでも、おにーさんはしんじられないよ」
しばらく続いた交渉劇だったが、彼の挑戦は失敗に終わった
どれだけ言葉を並べても、ドスにとって彼は最後まで『得体の知れないゆっくり』だった
言葉はドスにちゃんと届いていた、しかし、最後の一押しになるものが無かった
「それでも良いよ。突然現れた知らない奴を信じろなんてムシが良いのはわかっていた」
この時、彼の声は今まで一番優しかった
「でもこれだけは聞いてわかって欲しい」
「ゆ?」
「まりさが僕を信じてくれなくても、僕はまりさを信じてる。正しい選択をしてくれることを」
「 !? 」
(ゆっくり基準で)長い年月を生きてきたドスだったが、そんなことを言われたのは生まれて初めてだった
群れを持った数年間、似た言葉を掛けられたことはあった
賞賛を受けた回数など星の数ほどある
だが、彼のように“これから起こる事”に対して絶対の信頼を寄せる意味の言葉を受けたことは無かった
ドスは彼に近づく、しかしその顔は敵意が剥き出しになっていた
手を使わずに自分の中を引っ掻き回してくる奇妙なゆっくり
かつてきめぇ丸におちょくられたことがあった。言葉が拳となって、精神を殴りつけるような感覚を味わった
その時初めて言葉の暴力という存在を知った
だが、目の前にいる『得体の知れないゆっくり』は、言葉の暴力とは違う力で精神に触れてきた
ドスは彼の存在に僅かだが畏怖の念を抱いた
「おにーさんはこわいよ。きけんだよ」
防衛本能が、目の前の敵を潰せと命令する
彼の目の前まで来た。これ以上進めば押しつぶせる距離まで
「じゃあどうして僕を野放しにした? 僕に喋らせたら色々危険だと賢いまりさならわかってたはずだ。丸腰の僕を潰すチャンスなんていくらでもあった」
「しゃべらないでね!! まりさはほんきだよ!」
昨日の一件で仲間を殺すことに躊躇は無くなった
彼は手を伸ばし、頬の部分を優しく触れて撫でる
「ドスは今日まで、とてもよく頑張ったと思う」
まるで泣く子をあやす様な柔らかな口調で彼は話始めた
「もしかしたら、まりさにもどこか悪い部分はあったのかもしれない。選択次第では、みんなを上手く纏め上げられたのかもしれない」
「・・・・・・・ゆぅ」
その通りかもしれないとまりさは思った
「でも、まりさは精一杯やった。だから悪くない。僕が保障する」
「ゆ、そーか……はっ!?。さ、さわらないでね!!」
自分が彼の手に触れられて安心を得ていることに気付き、慌てて髪を振り、払った
「言いたいことはもう全部言った。僕のことをどうするか決めるのはドスだ」
呼び方が親しみを篭めた「まりさ」から冠名の「ドス」に切り替わった
たったそれだけのことで、ドスの心はなぜかチクリと痛んだ
彼はその場に座り込み目を閉じた
まるで座禅を組む僧のように、静かで微動だにしない
「・・・・・」
「ゆぎぎぃ・・」
ドスが前に倒れこめば一瞬でおわる命
「・・・・・」
彼は貝のように黙っている。全く反応を示さない
「・・・・・」
先程まで二人の会話が響いていた廊下は今、沈黙が支配している
その沈黙はドスまりさに空気が重くなったような錯覚を与える
「・・・・・」
時間が経つごとに、ドスまりさにかかる重圧は大きくなる
(どうしてなにもいわないの?)
ドスまりさは出口の無い迷路に閉じ込められたような気分になった
(こいつはまりさのみかたじゃないの?)
進むべき方向がわからない。それを教えてくれるであろう者は黙ったまま
(まりさのことたすけてくれるんじゃないの?)
先程までの会話が急に恋しくなった
(なにもいわないとわからないよ)
沈黙が痛い
(おねがいだからなにかいってよ・・・)
沈黙が怖い
だからまりさは彼よりも先に口を開いた
この瞬間、彼の交渉は成功した
「わかったよ。まりさはおにーさんをしんじるよ」
「ありがとう」
彼は静かに目を開けた
(メッチャ怖かった・・・・ドスの性格上大丈夫だって確証はあったけど、やっぱり怖かった・・・・)
地下に来る前にトイレに行っておいて良かったと心から思った
そんな時、自分が最初に居た場所。西の通路から内線のコール音が聞こえた
1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回、8回、9回、10回鳴った
電話が切れる気配は無い
「そんな・・・・」
「どーしたの?」
顔色の悪くなった彼をドスは心配そうに覗き込む
たった今、先輩からドスの処分通知が届いた。電話のコールがまさにそれである
電話が鳴ってすぐに切れるというのが何回も続いたら『ドスが大人しくなれば危害は加えない』という意味
逆に電話が鳴りっぱなしだと『ドスを処分する』という意味だと、事前に打ち合わせておいた
連絡方法をコールパターンにしたのは、彼が受話器を取れない状況に陥った時のことを想定してである
「ねぇドス」
「ゆ?」
「ごめん、ゆー物園に送り届けるのは無理そうだ」
心から申し訳無さそうに彼は言った
ドスが牢抜けしたという騒ぎでもぬけの空になった事務室
そこで先輩は受話器を握っていた
もう片方の手にはこの施設の内線番号のプリント。その用紙を見て、彼は息子のいる地下室の内線電話にコールしていた
地下からかけようとしたが、すでに職員が張っていたため急遽ダイヤルする場所を変更した
「最悪のパターンだぞ、おい。上手くいくのか?」
彼が立てた方法は二つ
一つは彼がドスを説得して、保健所の人間に引き渡すという単純なもの
もう一つは、ドスの処分命令が出たときに実行する作戦
彼は高校の職場体験の研修授業でここで1週間学んだことがあった(ここを志望した動機はゆっくりの処分が手伝えるから)
ある程度の構内図や機械の配置はまだ頭に残っている
それを元に即席で考えたものだった
本来は彼も手伝い二人で行なうものなのだが、今の状況では不可能だった
「まぁいいか。ドスが死んでも死ななくても、俺はどっちでも嬉しい」
素直に自身の気持ちを吐露した
催眠弾で武装した職員が地下に降りてきた
閂のかかった扉を機械で強引に破壊して中に入る
「君ィ! 怪我はないか!?」
職員はまりさに捕まった少年が一人でいるのを見つけて銃を下ろした
「あ、はい。大丈夫です」
この時、少年は裸足だったが、職員は特に気に留めなかった
「ドスは何所に居るかわかるかい?」
もう一人の職員が尋ねると少年は大型エレベーター(リフト)の方を指さした。横開きのドアが無残にも曲がり開いている
「ドアにぶつかった拍子に、あの下に落ちました」
「この下って確か・・・」
「あの下に落ちて左右どちらかの道を進むとそのまま下水の合流地点に通じていたはずです」
覗き込むと黒く大きなトンガリ帽子が落ちていた
拾い上げるとほんのりガソリンのニオイもしたため、ドスのもので間違いないと断定した
数分後、近所に住む住民から保健所の排水口からオカシナものが流れ出ているという通報を受けた
現場からは大量のゆっくりの皮と餡子が見つかった
ざっと見積もってドス一匹分だった
餡子と皮が詰まった排水溝を職員が清掃しているのを彼は黙って見ていた
「よう、無事だったか」
「あ、はい。おかげさまで」
先輩に声をかけられ、彼は眺めていた携帯電話を閉じた。ディスプレイには同好会の番号が浮かんでいた
「排水口から餡子が流れてるのを通報したのは先輩ですか?」
「ああ。早く見つけてやった方がアイツのためだろ」
「・・・・そう、ですね」
「じゃあ俺先に帰るわ。そろそろスーパーのタイムサービスが始まる」
「あ、お疲れ様でした」
「うい、お疲れ」
「はぁ~~~~~」
一人になった彼は長い長いため息を吐いた
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トラックのコンテナが開き、飛び込んできた眩(まばゆ)い日の光にドスは目を細める
ようやく光に目が慣れ始めて、周囲の景色が鮮明になってきた
「ゆゆゆぅぅ」
あまりの美しさにドスは息を呑んだ。線のように細かった目は今ではまん丸に広がっている
広い草原。どこまでも続く森。せせらぎの小川
まさにゆっくりにとっての理想郷だった
人間の許可を待たずドスはコンテナから降りた
「待ちきれないお気持ちわかります」
若い女性がドスの元に立ち、おおきなトンガリ帽子を差し出す
「どうぞ、私たちのほうで綺麗にしておきました。これでもう不快なにおいはしないと思います」
「ゆ、どうもありがとう!」
頭をかがめて帽子を被せてもらう
「とっても似合ってますよ」
「ゆゆ~~~ん♪」
長時間、窮屈なコンテナにいたドスまりさは一気に上機嫌になった
「では、皆さん。ご挨拶をお願いします」
コンテナの周りを、かなりの数のゆっくりが囲っていた
「皆、悪い人間に困難を強いられてきた子たちばかりです。どうかこの子達を支えてあげてくれませんか?」
「「「「「「「「「ゆっくりしていってね!!!!!!」」」」」」」」」
一斉に常套句を叫ぶ
「ゆっくりしていくよ!!!」
高らかにドスも返した
「群れが機能して自立するまでの間、我々もサポートします。冬篭りで食料が足りなさそうな時は言ってください」
「まりさがんばるよ!!!」
過ちを償いために、まりさはやり直すことを決めた
「あのドスなら、きっと上手くやってける気がするな」
「父さんもそう思う?」
親子は停めた車の窓から外の様子を眺めていた
「ドスが死んだように見せかけただって?」
「うん、ドスが下水に落ちたように見せかけた」
「でも餡子やら帽子やら髪なんかが排水路で見つかったそうじゃないか」
「全部、殺処分されたゆっくりれいむとまりさの死体。死体安置室みたいなところがあったから」
その部屋から死体を拝借して予め流しておいた
「じゃあドスはどこに隠れてたんだ?」
「隠れる場所はいくらでもあった」
殆ど運試しに近かったが。下水に落ちたと思いこんでいた職員の目を欺くのは意外と楽だった
「よくそんなこと思いついたな。お前あそこの内装にそこまで詳しくないだろ」
「いや、その方法を考えたのは別の人」
「そうなのか?」
保健所を出た後、彼は同好会に連絡
同好会が裏で保健所と繋がっている人物に事情を話し、その日の夜中に秘密裏のドスまりさを回収した
「しかし、ここ広いね。東京ドーム何個分だろう」
「シーガイアでなら分るが、東京ドーム換算はちょっと難しいな」
「なんでシーガイア? あっ!?」
「どうした、忘れ物か?」
両手で顔を覆う息子を見て首を傾げる
「ここってさぁ。レイプ同好会の所有地なんだよね」
顔を覆ったまま話す
「そうなる」
「ってことはさ、ここはつまり・・・・・」
「レイプ用ゆっくりの育成プラントだが」
「ああーー」
「そんなことよりも見ろ。すごく幸せそうだと思わないか?」
「なんでだろう。今となっては全然思えない」
なお、この功績で彼の会員ランクが上がってしまったのは言うまでもない
彼がそのことを知るのはもう少し先のことである
彼は一連の騒動を思い起こす
「そういえばさぁ、『気持ち悪い』って言われた」
「誰に?」
「あのドスまりさに。ある程度賢いゆっくりには僕は奇形児に見えるらしい」
「難儀するな。言われて傷ついたのか?」
「ちょっとだけ。でも多分、ふーちゃんに同じこと言われたら、相当ヘコむと思う」
「大丈夫だろ、ふーちゃんは超賢いゆっくりだから」
「・・・・・そういう考えもあるか。あ。あとそれと」
「まだ何か言われたのか?」
「『ゆっくりは存在する価値も理由も無い』って言われた。これって僕の半分は無価値ってこと?」
「何を馬鹿な。理由も価値もちゃんとあるさ」
「レイプ以外で?」
「・・・・・・・・」
「図星かよ」
「あった。レイプ以外にあったぞ!」
「本当に? 何?」
「家に帰ってふーちゃんの手を繋げ、そしたら半分わかる」
「何を基準にした半分? まあいいやあとの半分は?」
「それは自分自身で見つけることだ。人に頼って見つけるものじゃない・・・・・・・・あれ? 父さん今すごくパパらしいこと言わなかった!?」
「うん。最後の言葉が無かったらね」
人通り社内で騒いだ後、親子を乗せた車は走り出した
最終更新:2022年05月03日 22:09