『お目覚めはゆっくりと』
※現代にゆっくりがいる設定です
東京近県の衛星都市。
比較的地価の安いこの地域は、学生やフリーター、若手の新入社員達が多く住んでいる。
だから、専門学校を卒業して間もないような人間でも、
このあたりで部屋を借りつつ、"ゆっくり"と暮らすのも可能だった。
* * *
8畳フローリング・ロフト付き。
そんな間取りの部屋の中央で、1匹のゆっくりれみりゃが座っていた。
その傍らには、クレヨンや画用紙や積み木といったものが散乱している。
れみりゃは、大好きな玩具に囲まれながら、
幸せそうにだらしのない下ぶくれスマイルを浮かべていた。
「うー♪ ぷっでぃーん♪」
自然と口から漏れるのは、大好きな言葉。
れみりゃは、この部屋の主の人間とともに暮らし、実にゆっくりとしていた。
その証拠に、れみりゃの体は標準的なものに比べて、はるかに"ふとましかった"
ふくよかな四肢ははちきれんばかりにプヨプヨしており、
お腹はぷっくら膨らみ、下ぶくれ顔にはさらに二重顎の
おまけがついている。
「うー♪ ぽかぽかしてきたどぉー♪ そろそろだどぉー♪」
太陽から差し込む温かい光。
ポカポカの陽気を受け、部屋の中はエアコン無しでも温かい。
れみりゃは、その気温と太陽の光を確認してから"うーしょ、うーしょ"と重たそうに立ち上がり、
小さな黒い羽をパタパタ動かして、重たい体を浮き上がらせた。
「ぱたぱた~♪ う~☆」
れみりゃが、ご機嫌で飛んでいく先、
そこは部屋の角にあるベッドの上だった。
「おねぇーさーん♪ あさだっどぉー♪」
ベッドの上には、部屋の主である人間が眠っている。
れみりゃには、この部屋で"ゆっくりする"ためにいくつかの対価……すなわち勤めが課されていた。
朝になったら起こすというのも、比較的夜行性のれみりゃの役目の一つだ。
「……ん、うん……すぅ……すぅ……」
ベッドで寝ている人間は、わずかなリアクションだけをして、また健やかなな寝息をたてはじめてしまう。
その寝顔に下ぶくれ顔を近づけ、ぬぼぉーっと覗くれみりゃ。
れみりゃは、起きない人間のために、次なる手段をとることに決めた。
「しょーがいなどぉー♪ とくべつさーびすだっどぅ♪」
人間を踏まないように、れみりゃはよいしょとベッドの上に着地する。
短くて柔らかい足は、ちょうと人間の首を中心にして、左右に置かれていた。
れみりゃは、それからドスンと、まるで尻餅をつくように尻から座り込む。
大きなお尻の下には、ちょうど人間の顔があった。
「……うぷっ」
それまで定期的な寝息を立てていた人間の口から、反射的な吐息が漏れた。
それから、れみりゃは尻を顔に乗せたまま、左右に尻を振るように体重を移動する。
それはまるで、尻を顔に擦りつけるような所作だ。
「でびぃーのかわいいおじりぃー♪ あさから、くんかくんか☆できるなんてしあわせもんだどぉー♪」
ご機嫌満悦の微笑みを浮かべる、れみりゃ。
"うーうー"とリズムを刻みながら、お尻を揺らしていく。
「……うぁ?」
ふと、れみりゃはお尻のあたりがムズムズしているのを感じた。
れみりゃは、そのムズムズに促されるように、少しだけいきむ。
「あーぅあぅー♪ でび☆りゃ☆ぶぅーーー♪」
"ばっぶぅーーーー!"
豪快な音をたてて、れみりゃの尻から黄色いガスが勢いよく放出された。
「うー♪ でちゃったどぉー♪」
れみりゃは、照れながら、それでいてどこか得意そうに、顔を赤らめて笑う。
その直後、れみりゃの体はゴロンと前転して、布団の上に着地した。
「うー!」
驚き、目を見開くれみりゃ。
何が起きたかわからず左右をきょろきょろしてから、
れみりゃは背後へ振り向いて元気に叫んだ。
「うっうー☆おはようさんだどぉー♪」
そこには、気だるそうに上半身を起こして、片手で頭を押さえている部屋の主がいた。
「……おはよう、れみりゃ」
"自分のおかげで、今日も部屋の主が起きられた"
そう考えているれみりゃは、どこか誇らしげだ。
大好きな人間に構っても追うと、朝の支度を始める人間のまわりをピョコピョコついて回る。
一方の当の人間はというと、れみりゃを適当にあしらいながら、洗顔に着替えにと、テキパキすませていく。
「……物騒な事件が続くなぁ」
人間は、新聞を開いて、ジャムを塗ったパンと野菜ジュースを口にする。
"未確認ゆっくりまた出現!"
"未確認ゆっくり第4号、第21号と交戦"
"ゆっくりと人間の共存は可能なのか?"
"鏡の中に現れたゆっくりが人間を襲う!?"
記事を流し読みで済ませて、オートマティックな所作で朝食を終える人間。
テキパキ食器を洗い終えて、ふと一息。
この後、温かいコーヒーを一杯飲んで家を出るのが、この人間の毎日だった。
コーヒーに、ふーふー息を吹きかけて、人間は今の時間を確かめようと机の上へ視線を移す。
「……あれ、時計は?」
そこには、置いてあるはずの時計が無かった。
いわゆる電波時計という奴で、仮にれみりゃが起床役を忘れていても、きちんとアラームが鳴る代物だ。
量販店で買った安物ではあったが、あるはずのものが無くなっているというのは何とも気持ち悪い。
コーヒーを冷ますのをやめて、人間はあたりを探し始めた。
すると、人間の様子から事態を察したのだろう。
れみりゃが、机の上に立ち、人間の前にバンザーイと両手を上げた。
「う~~♪ あのゆっくりできないジリジリは、でびぃーがぽぉーいしといてあげたどぉ♪」
"ぽぉーい♪"
その言葉を聞いて、人間は溜息をついた。ああ、またやってしまったのかと……。
人間は肩を落として、ゴミ箱の蓋を開ける。
すると、中には探していた電波時計が確かに入っていた。
「あれもぽぉーい☆これもぽぉーい♪ ゆっくりできないものはみんなぽいするのぉー♪ ぽぉーい♪」
「ぽーいぽーい♪」と物を投げ捨てるジェスチャーを織り交ぜながら、
"うぁうぁ"楽しげに踊り出す、れみりゃ。
それとは対照的に、人間は電波時計と一緒に捨てられていたものを見つけて、顔を青くした。
「ああっ、ボクのケータイ!!」
人間は、最近買い換えたばかりの携帯電話が乱雑に捨てられていたのを見て、慌ててそれを取り出す。
液晶をオンにすると、待ち受け画像と今日の日付、それにアラームが鳴っていた履歴が表示された。
どうやら、れみりゃはアラームが鳴ったものをまとめて、"ぽーい"してしまったらしかった。
壊れていないことにほっと胸を撫で下ろしてから、人間はケータイ電話をポケットに移す。
れみりゃはといえば、相変わらず誇らしげに胸をはり、人間の足下でニコニコしている。
どうやら頑張ったご褒美を欲しがっているらしい。柔らかくて短い手で、人間の服の裾を引っ張っている。
「でびぃーがんばってぽぉーいしたどぉー♪ ごほうびに、ぷっでぃ~ん☆ふたちょもってきてぇ~ん♪」
れみりゃからすれば、全くの善意の行動だったのだろう。
怒られるという不安は全く感じていないようだった。
本来ならば、しっかりここで教えておくべきなのだが、
ケータイに表示された予想外の時刻の前では、そんな余裕は無かった。
人間は冷蔵庫を開けてプリンを取り出すと、それをれみりゃに手渡す。
れみりゃはプリンを掲げて喜び、部屋の中央に座ってプリンを開ける。
「はぁ……いってきます……」
「うーうー♪ ゆっくりおつとめしてくるがいいどぉー♪」
プリンをがっつきながら、れみりゃは靴を掃き終えた人間に手を振った。
そうして、プリンを食べ終わると、れみりゃはパタパタ飛んで、ロフトの上に向かう。
ロフトの上には、収納用の段ボール箱と、ゆっくり用のおもちゃ箱、
そして人間の赤ん坊用のベビーベッドが置かれていた。
ベビーベッドには、ひも付きの札がひっかけてあり、
そこには汚い平仮名で大きく"こーまかん"と書かれていた。
「でびぃーはこれからおねむするどぉー♪ おやすみだっどぉー♪」
れみりゃはそのベビーベッドで横になり、目を瞑る。
それから、うぴーうぴーと鼻提灯を出しながら眠り始めるのに、さして時間はかからなかった。
* * *
それから、数時間が経った。
れみりゃはタオルケットにくるまりながら、相変わらず寝息を立てている。
幸せそうにヨダレを垂らしているれみりゃ。
その顔に、突如"こぶし"がめり込んだ。
「ゆっくりしね☆」
「う、うびぃー!?」
いきなりの痛みに、れみりゃは起きあがり、
赤くなってヒリヒリジンジン痛む顔に手をあてる。
「うぁ~~! でびぃーのえれがんとなおかおがぁ~~~!」
目が覚めるとともにより明確になる痛みに、れみりゃは涙を浮かべて叫んだ。
「うー! おねぇーさま、ようやくおきた! おそい!」
「う、うぁ!?」
涙でにじむ視界の中、れみりゃの視線の先には、ゆっくりフランがいた。
このフランもまた、れみりゃとともにこの部屋に住んでいるゆっくりであった。
「うー! おねぇーさまをいぢめるふらんは、でびぃーがやっづげでやるどぉー!」
れみりゃはグシグシ涙とヨダレををぬぐってベビーベッドから出ると、
その手をぐるぐる振り回して、フランの下へドタバタかけていく。
だが、フランはそんなれみりゃの姿を見て、
キランと目を輝かせたかと思うと、手に持った棒で逆にれみりゃを殴り飛ばした。
「くりゃえ~☆ れ~ばてぃん☆」
「!!??」
"れーばてぃん"の直撃を受けたれみりゃは、叫ぶことさえできずに、床に倒されてしまう。
フランはそんなれみりゃの上に馬乗りになると、べしべしその頭をたたき出す。
「うーー! ふらんちゃん、やべでぇーー!」
「うー☆しねしね! ゆっくりしね!」
れみりゃの戦意は、あっという間に粉砕されてしまった。
だぁーだぁー泣き叫び、フランに許しを請うのが精一杯だ。
「うー! もぉーぶただいでぇー! でびぃーは、ゆっぐりおねむしてただけだどぉー!」
一方、フランは電波時計をれみりゃの前にドンと置いて指を指す。
時刻は午後4時。ちなみにれみりゃの起床時間は、午後3時と決められていた。
「もうおきるじかん! おねぇーさま、ゆっくりおきる! そしてしぬ☆」
「ぷんぎゃー!」
フランは最後に大きな一発をれみりゃにお見舞いすると、
"うー☆"という天使の笑顔に戻って、"こーまかん"と名付けられたベビーべッドへ上る。
「う、うぁ、うぁぁ……」
れみりゃは、痛む体を何とか起こして、
ベビーベッドでタオルケットをかけるフランに抗議の叫びをあげた。
「う、うー! そこはでびぃーのこーまかんだどぉー! ふらんちゃんはつかっちゃだめだどぉー!」
「うー、ゆっくりねる……つぎのしごとまで、しえすた……」
れみりゃの我が侭などどこ吹く風。
フランは涼しい顔を浮かべたまま、健やかな眠りに入っていく。
れみりゃは、何とか"こーまかん"を取り戻して再び眠ろうと考えたが、
先ほどまでの攻防の後では、フランに逆らうほどの勇気も無かった。
「さくやぁー! さくやぁどこぉーー! ふらんちゃんがいぢめるどぉーー!!」
れみりゃに残された手は、泣いて助けを呼ぶことだった。
なお、この部屋を借りている主、すなわち現在働きに出ている人間の名前は"さくや"ではない。
無償の愛で自分に尽くしてくれる存在、さくや。
れみりゃ種にとって、その名前を叫ぶことは本能的なものであった。
故に、仕方の無い側面もあるのだが、これから眠ろうとするフランからすれば、その騒音はたまったものではない。
それに、あまり五月蠅くしては、アパートを借りている人間にも迷惑がかかる。
困り者の姉が我が侭を言った時、ブレーキ役となるのが自分の役目だと、フランは考えていた。
故に、フランはベビーベッドから出て、
前のめりでわんわん泣いているれみりゃの尻を蹴飛ばした。
「ゆっくりしね☆」
「ぶひぃー!」
フランのその考え自体は間違っていないのだが、
そのやり方は少々過激で、主の人間からも度々注意はされていた……。
しかし、れみりゃに対して過激な言動に出てしまうのは、
れみりゃがさくやを呼ぶのと同じく、フラン種にとっての本能だ。
れみりゃへの愛情・愛着・信頼があったとしても、
あるいは、そういった感情があればこそ、フランはれみりゃに対して過激な行動に出てしまう。
「うぁぁーー! うぁぁー! でびぃーのぷりてぃーなおじりがぁーー!!」
「おねぇーさまもちゃんとしごとする……そうじとせんたくしなきゃだめ」
両手で尻をさするれみりゃに対し、冷静に告げるフラン。
それに対し、れみりゃは仰向けになると、泣きながらダバダバ手足を振り回し始める。
「でびぃーはおぜうさまだからいいんだもぉーん! そんなのさくやがやってくれるもぉーん♪」
フランは、大きく息をはいた。
しかし、それは残念だからでは無い。
聞き分けの無い姉に対して、今日もこれから"姉妹水入らずの肉体的コミュニケーション"を行える喜びからだ。
「う、うぁ!?」
キラーン☆と光るフランのルビー色の瞳に、れみりゃは反射的にビクっと体を震わせた。
「かぞくのるーるをまもれないやつは、ゆっくりしね!」
フランはそう叫ぶと、段ボール箱の中に入っていた小さな"あまあま"のヌイグルミを、れみりゃの口に押し込んだ。
口を塞がれ、"んーーんーー"とさくやの名を呼ぶこともできないれみりゃ。
その様子を確認して、うんうんと頷くフラン。
そうしてフランは、背中をゾワゾワ走る愉悦に身を任せるのだった。
* * *
薄暮の空の下、れみりゃ達の主の人間は、自転車を横に歩いていた。
自転車のカゴの中には、近所のスーパーで買った食品や日常雑貨が入っている。
「まいったなぁー、もう遅刻できないよ……やっぱり分担を変えるしか……」
主の人間は、結局今朝遅刻してしまい、上司からたっぷりしぼられてしまった。
元々、この人間は朝に弱く、遅刻をしがちだった。
より確実に起きられるよう、れみりゃにお願いをしたが、どうにも成果は上がらない。
妹のフランに頼めばより確実なのだが、
フランは、昼頃まで夜~朝シフトのバイトに出ており、それは難しい。
バイトといっても、いかがわしいものではなく、深夜のラジオ出演や雑誌関係の仕事が殆どだ。
いわゆる、タレントペットならぬ、タレントゆっくりなのだ。
その出演料は意外とバカにならず、"共同生活"を行う上で大いに助かっている。
実のところ、仕事が忙しい月に関して言えば、この人間の正規の月収さえ上回ることもあった。
そんな折、一人だけ働くフランに負い目を感じてか、それとも姉としてのプライドがあってか、
れみりゃにも家事という名の仕事を与えてみたが、なかなか上手くはいかない。
予想はしていたが、目覚まし係というのも向いていなかった。
「……うん?」
ふと、とある光景が目に止まり、人間は足を止めた。
自転車をアパート共有の駐輪場に置いてから、小走りでその現場へと向かう。
その現場は、アパートの目の前の電柱だった。
そこに、数人の小学生らしき子ども達が集まっている。
思い思いのバッグを持っていることからすると、学校帰りというよかは、塾帰りなのかもしれない。
そして、彼らの中心には、縄跳びのロープで電信柱に巻き付けられた、ゆっくりれみりゃがいた。
れみりゃの体はしっかり固定されており、うびーうびーと濁った寝息を立てている。
そのふとましい姿、何かあった時のため帽子に刺繍したアップリケ型の飼育証明を見て、
"間違いなく我が家のお嬢様だ"と主の人間は確信した。
「おい、こいつなんだよ?」
「こいつ、ゆっくりだろ? どっかのペットかな?」
「これ見てみろよ! 眠っていたらつねって起こせってさ」
少年が指差した先、電柱に一枚のメモが貼り付けられている。
そこには、平仮名で"ねてたらつねっておこす。それいがいしたらゆっくりしね"と書かれていた。
その文字を見て、主の人間には察しがついた。
姉妹喧嘩……というには一方的な、フランの制裁が行われているのだと。
そんなことを知らない少年の一人が、むぎゅーとれみりゃの頬を引っ張った。
その痛みには、寝ぼけ眼でれみりゃが目を覚ます。
「う~~! でびぃーのきゅ~どなほっぺがじんじんするどぉ~~!」
赤く腫れた頬をさすろうとするが、手はロープで固定されているため動けない。
しばらく"うーうー"難儀した後、れみりゃは痛みから逃げるように目を瞑って浅い眠りへ落ちていく。
「おっ、起きたぞ」
「でも、また寝ちゃったぞ?」
「なんか面白いな、こいつ♪」
少年達は、次々にれみりゃの頬を抓ったり、引っ張ったり、叩いたりしていく。
見ると、れみりゃの頬にはあちこちに赤く腫れた後がある。
おそらく、この少年達の前にも、同じようなことをした人がいたのだろう。
最初はおそるおそるだった少年達も、
起きてはまたすぐ寝てしまうれみりゃに対し、徐々に警戒感を無くして力を入れていく。
「うぁぁー! やめるんだどぉーー! さくやぁぁーーー!!」
れみりゃはとうとう泣き叫びだし、目の前の少年達へ敵意をあらわにしだした。
れみりゃのボリュームの大きな声に、びくっと後退する少年達。
少年達は、れみりゃが動けないのを再確認してから、れみりゃへ文句を言い始めた。
「なんだよ、このデブ! ここに起こせって書いてあったから起こしてやったんだぞ!」
「うー! でびぃーはおでぶさんなんかじゃないどぉー!
こういうのは"ふとましい"っていうんだどぉー♪ これだから、ものをしらないしょみんはいやなんだどぉー♪」
説明してやれば美的感覚の無い少年達も、自分の凄さを認めるに違いない。
そして、あふれだすエレンガントさとカリスマにひれ伏して、ぷっでぃ~んを持ってくるに違いない。
れみりゃはそうとでも考えたのか、余裕の笑みを浮かべはじめた。
しかし、そんな事が起こるはずもなく。
少年の一人が、怒りの形相でれみりゃへ向かい、拳を振り上げる。
ここに来て、ようやく危険を感じ取ったれみりゃは、本能に従って絶叫した。
「なんだと、この!」
「さくやぁぁーー! たすけてぇぇーーー!! ああああーーー!!」
さすがにこれはやりすぎだ。
距離を置いて見ていた主の人間は、そう判断して、すたすたとれみりゃ達の下へ歩いていく。
その際、主の人間は、物陰に隠れているフランの姿を見つけた。
おそらく、ひどいめにあっている姉の姿を楽しみつつも、適度なところで助けに入るつもりだったのだろう。
主の人間は、やれやれと心中で肩をすくめた。
フランは頭の良いゆっくりであり、事実その能力もゆっくりとしては最上級のものだが、
自分の力を過信しすぎてしまうのが困ったところだ。
本当の危険が迫った時には、いかにフランといえどどうすることも出来ないのだ。
現に、この少年3人の前にフランが現れたとしても、いざ喧嘩になってしまえばフランに勝ち目は無い。
後でちゃんと話そう。
主の人間がそう決めたと同時に、れみりゃが主を発見して希望の声をあげた。
「う、うぁ! お、おねぇーさんだどぉー♪」
泣き叫んでいたのも忘れ、あっという間に喜色満面になるれみりゃ。
一方、驚いたのは少年達だ。
「「「え?」」」
少年達は、れみりゃに接していたのとは異なり、すっかり萎縮してしまっている。
少年達にも、れみりゃが飼いゆっくりであるのは何となく理解できていた。
もし自分たちがいじめていたのを見られていたら。
もし、さらに電柱に巻き付けたのまで自分たちだと思われたら……。
目の前のお姉さんに、親に、先生に、しかられる光景……。
いやそれ以上に、せっかく勉強したのに受験に影響するかもしれない、
損害倍賞の裁判を起こされ支払いを命じられてしまうかもしれない……。
なまじさかしかったが故に、少年達は最悪のケースを連想して震え上がっていた。
「え、あの、ご、ごめんなさい」
「こいつ……じゃない、このゆっくり、お姉さんのものなんですか?」
萎縮する少年達に無かって、主の人間は微笑んだ。
ただし、目だけは笑わずに。冷たく見下ろす視線を心がけて。
「うん、確かに。そのれみりゃはボクの家族だよ」
少年達は、目の前の女の冷たい目と威圧感、それに"家族"という言葉に恐怖した。
そこから、どれだけ自分たちへ怒りを持っているかを察し、
このまま見過ごしてはくれないだろうことを覚悟した。
「うー♪ ばかなしょみんも、これでゆっくりわかったどぉー♪
でびぃーをこあいめにあわせたぶん、たっぷりおねぇーさんにいぢめられるがいいどぉー♪」
一方、れみりゃはすっかり調子に乗っていた。
「うー♪ これでようやくぐっすりできるどぉー♪」
フランに少年達に、自分を襲った理不尽な恐怖は取り払われた。
これでもう安心だと、れみりゃはすっかり気を抜いていた。
だから、突如お尻に走ったムズムズ感を押さえることもできなかった。
"ばっぶぅーーーー!"
驚いて少年達が振り向き、さらに一様に鼻を押さえる。
れみりゃは、豪快な放屁を放って、恥ずかしそうに赤面した。
「う~~♪ あんしんしたら、でちゃったどぉ~~♪」
どこか誇らしげな、れみりゃの笑顔。
その笑顔を見ているうちに、主の人間の中にふと芽生える感情があった。
「……ねぇ、みんな。最近このれみりゃ運動不足なんだ。良かったらもう少し遊んであげて」
何気なく放たれた、主の人間の言葉。
少年達は目を丸くし、れみりゃは耳を疑いながら冷たい肉汁の汗をダラダラ流した。
「う、うー?」
「でも、ひどいことしたらダメだよ! ボクの大切な家族なんだからね!」
主の人間は、それだけ言うと、れみりゃに背を向けてアパートの方へ歩いていく。
「お、おねぇーさん? おねぇーさんまつんだどぉー!!」
れみりゃは必死に叫ぶが、それが聞き入れられることはない。
主の人間の姿は、そのままアパートの自室へ消えていった。
その代わりに、れみりゃの視界に入ってきたのは、ニヤニヤと不気味に笑う少年達だった。
* * *
「うー、おねぇーさま、だいじょぶ?」
人間が部屋に入ると、窓からフランが入ってきた。
仕掛け人の割には、姉のれみりゃのことを心配してソワソワしている。
「大丈夫だよ。それより仕事までちゃんと寝といた方がいいよ?」
「うー、わかった」
人間は、フランの頭を撫でてやり、それから冷蔵庫を開けた。
そこからプリンを3個と、オレンジジュースの入ったペットボトルを取り出す。
それから風呂場へ行き、桶を持って出ると、
そこに冷蔵庫から取り出したものとタオルも入れ、短い廊下を歩いて玄関へ向かった。
扉の外からは、れみりゃの声が今も聞こえていた。
"おねぇーさんたすげでぇーー! ごぁいひとがいぢめるよぉぉーー!!"
ああ、この声だったらきっと自分もすぐ起きられるんだろうな。
主の人間は、そんなことを思いつつ、玄関のドアを開けた。
おしまい。
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自分の憧れのライフスタイル(?)を書いてしまった結果がコレだよ!
まぁ近所の子どもにいじめられていたら助けると思いますが。
たぶん、子ども相手に大人げなくマジギレしちゃうかもです;
あと一部に特撮ネタが無駄に入っていますが、ご容赦を。
『仮面ライダーゆケイド』とか妄想してました。
by ティガれみりゃの人
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最終更新:2022年05月03日 23:59