「じゃおおおおおおん!!」
怪獣のような雄たけびが森に響く。
声の主はゆっくりめーりん。知能はあまり無いが、皮が分厚く耐久力は凄まじく高いゆっくりだ。
そして今のようなじゃおおおんという言葉(?)しか話せないため他のゆっくりから苛められる存在である。
「じゃおおおおおん!」
再び声を上げるめーりん。良く聞けばその声は悲しみの色を含んでいることがわかる。
そう、このめーりんも他のゆっくりに苛められている真っ最中なのだ。
彼女を取り囲むのはゆっくりれいむとまりさ、そしてありすだった。
れいむ達三匹はこの辺りでは誰も適うゆっくりがいないほど力の強いゆっくりだ。それ故いつも好き放題している。
めーりんの後ろには大きな木が道を塞いでおり、逃げ場はない。
特に珍しくもない光景である。
「ゆっ! やっぱりめーりんをいじめるのはたのしいね!」
「『じゃおおおおん』だって! いつきいてもへんななきごえだね!」
「いなかもののめーりんはとかいはのわたしたちにあそんでもらえるだけでもかんしゃすることね!」
それぞれ好き勝手なことを言い、めーりんに体当たりしたり石を投げたりしている。
皮の厚さのおかげで致命傷には程遠いものの、めーりんの体はボロボロだ。
その目には涙が浮かんでいる。
何故自分はいつも苛められるのだろう。何もしていないのに、ただゆっくりしているだけなのに。
「じゃ…じゃおおおん!」
「ゆっ! こいつないてるよ! きもちわるいね!」
「めーりんのくせになまいきだね!」
再び石をぶつけようとれいむ達は近くにあった手頃なそれを口に銜える。
めーりんは襲い来るであろう痛みへの恐怖から思わず目を閉じた。
そして。
「待ていッ!!」
耳をつんざくような自分たち以外の大きな声。突然聞こえたそれに四匹は動揺する。
だが辺りを見回してもこの周辺には自分たちしかいない。
「ゆっ!? だれなの!」
「かくれてないででてきなさい! このいなかもの!」
だがそんなれいむ達の言葉を無視して謎の声は続ける。
「愚かなるゆっくりどもよ…、森の声を聞け! 風の声を聞け! 弱き者を虐める貴様らの心を嘲笑っているぞ!」
そして大きな影がめーりんを守るように三匹の前に天から舞い降りた。正確には木の上から飛び降りてきた、のだが。
現われたのは妙な姿をした生き物だった。いや、形を見れば人間だとわかる。それは間違いない。
だがそれは顔に変な――少なくともゆっくり達はそう思った――顔の上半分を覆う仮面を被り、大きなマントをはおっているが背負っている籠のせいでマントは風になびかずにいる。
そしてその肩には小さなゆっくりぱちゅりーがちょこんと乗っていた。
呆然とする四匹を気にせず、突然現れたそれは声高々に名乗りを上げた。
「ゆっくり仮面! ただいま参上!」
「むきゅ。説明しよう、ゆっくり仮面は弱きを助け強きを挫く正義のヒーローである」
バーン、と決めポーズをとるゆっくり仮面(自称)と解説役のぱちゅりー。
相変わらずゆっくり四匹は呆気にとられたまま声も出せない。
そんなゆっくり達を無視してゆっくり仮面は続ける。
「哀れなるゆっくり共よ、貴様らのそのゆっくりできぬ腐った根性、叩き直してくれよう!」
今までの出来事を処理できず、フリーズしていた餡子脳がここで再び動き出す。
とりあえず目の前の変な格好をした人間が何物かはわからないが自分達が馬鹿にされたことはわかる。
そういうことには敏感に反応する餡子脳であった。
「ゆっ! よくわからないけど、れいむたちをばかにするおじさんはゆっくりしんでね!」
「そうだね! ゆっくりしね!」
「きっといなかもののばかだからありすたちのおそろしさをしらないのよ!」
次々と罵倒を浴びせる三匹。だがゆっくり仮面はどこ吹く風、腕組みをして余裕しゃくしゃくだ。
「ふはははは、やはり臆病な悪党だな。私が恐ろしくて言葉でしか攻撃できないのだろう!」
見え見えの挑発。だが単純な餡子脳には効果は抜群だった。
そんな態度にゆっくり達が怒り始める。
「ゆぅぅ! もうおこったよ! おじさんはゆっくりしね!」
と、まりさがゆっくり仮面に突撃する。
勢いよくゆっくり仮面の足元へと体当たりするまりさ。しかしそこは人間とゆっくり、圧倒的な力の差は崩せない。
自分の攻撃が全くダメージを与えられていないことにさらに憤るまりさ。
何度も何度も体当たりをするが、ゆっくり仮面は全然動じない。
どれぐらい繰り返しただろうか、まりさの顔に疲れが見え始めた。
「まりさ! がんばって! もうすぐやっつけれるよ!」
「とかいはのまりさのこうげきをうけてへいきなわけないわ! あいてはやせがまんしてるだけよ!」
本気でそう信じ切っている友達の声援を受け、まりさは自分の体から元気が溢れ出てくるのを感じた。
そうだ、攻撃が効いてないわけない。もう一息だ。
まりさはそう信じ、全速力でゆっくり仮面に向かって突進する。
「ふむ。いいか、悪のゆっくりよ。攻撃とはこういうものだ…ゆっくりキックは破壊力!」
と、ゆっくり仮面は勢いよく突っ込んできたまりさの顔面に蹴りをぶしかました。
「ゆ゛ぶう゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!??」
綺麗な放物線を描いて飛んでいくまりさ。しばらく飛び、その延長線上にあった木にぶつかって地面に落ちる。
仰向けに倒れたまりさの口からは餡子が漏れ出していた。
白目を剥いているが、体はピクピクと痙攣しているので気絶しているだけだろう。
「ま゛り゛ざあ゛あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「どうしでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
さっきまではにやにや笑っていた二匹が泣きながらまりさに駆け寄る。
二匹が何度も呼びかけるがまりさの意識が戻る気配はない。
「ゆ゛うぅぅ!! ありす! まりさをみててあげてね! れいむがかたきをとってくるよ!」
「きをつけてね! あいつ、いなかものだけどあなどれないわ!」
れいむは振り返り、ゆっくり仮面を睨みつける。絶対に許さない、と。
そしてれいむは駆ける。友のため、そして貶された自分のプライドのため、あの人間を倒すと心に決めて。
勢いよく走るれいむがある地点でジャンプした。
足は危険と判断したのだろう、上半身に攻撃するための全力での跳躍。
「ゆっくりしんでね!」
「今のを見てもまだ力の差が理解できぬか…。所詮は脳なしの腐れ饅頭だな」
再び馬鹿にされ、鬼のような顔で怒るれいむ。
だがそんな悪口を言えるのもここまでだ、自分の全力の体当たりでゆっくりしね!と彼女が思った瞬間。
「ゆっくりチョップはパンチ力!」
「ゆ゛べっ!」
垂直に手刀を放つゆっくり仮面。それは迫ってくるれいむの脳天に直撃した。
べちゃっ、という音と共に顔面から地面に叩きつけられるれいむ。
皮が破れ、少量の餡子が飛び出したが命に関わるほどではないようだ。
まりさと同じく気絶しているだけであろう。
「ああ゛…ああ゛あ゛゛あ…」
ありすは恐怖した。まさかあの二人がやられるなんて。
そんなありすにゆっくり仮面ははゆっくりと近づいていく。
ありすの前で立ち止まり、自称正義のヒーローは静かに問う。
「さて、どうする? 君も私と戦ってみるかね?」
そんな選択肢はありすには無かった。三人の中で一番弱い自分が適うはずはない。
ではどうするか。
逃げる? そんなこと出来る筈がない。
他のゆっくりならまだしも、れいむとまりさは幼い頃からずっと一緒に育ってきた親友だった。
そんな二人を見捨てて逃げるくらいなら死んだ方がマシだ。
ならば――。
「お゛じざん、ごめんなざいぃぃぃぃぃ。あり゛ずがわるがっだでずぅぅぅぅぅぅ!!」
ありすは泣いて謝った。
こうやって反省したふりをすれば許してくれるかも知れないと考えたから。
以前三匹が人間の畑を荒らした時も、泣いて謝ったら許してもらえたという経験があったからこその判断。
もっとも、その畑の主が虐待お兄さんではなく善良なおじさんだったからなのだが。
都会派の自分としては情けないが命には代えられない、とありすは思う。
「ふむ、なるほど。君は反省しているわけだね?」
「そうですぅぅぅぅぅ!! も゛うこれがらはめ゛ーりんをい゛じめたりじまぜんんんんんん!!」
「うん、それはいい心がけだね」
ゆっくり仮面の露出した口元が微笑む。それを見てありすは心の中でほくそ笑んだ。
ほら、やっぱり人間は馬鹿だ。簡単に騙される。
とりあえずこの田舎者がどこかに行ったられいむとまりさの手当てをしよう。
めーりん苛めだってやめるものか。今日の腹いせに今度は思いっきり三人で苛めてやる。
そんな事をありすが考えていると、急に頭を掴まれた。
ゆっくり仮面は右手でありすを持ち上げ、一気に力を加える。
「い゛い゛いだぁぁぁぁい゛!! どうじででぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
突然の痛みに戸惑うありす。この馬鹿な人間は許してくれたはずなのに。
さらにゆっくり仮面は掴む力を上げ、指がありすの皮に食い込んだ。
演技ではなく本気で顔を歪めるありす。そのとかいは(笑)の顔は涙や鼻水でぐしょぐしょになっている。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁ!!! あ゛り゛ずのあ゛だま゛がぁぁぁぁぁぁ!! い゛だい゛ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「反省した? 馬鹿を言っちゃいけない。貴様らのようなゆっくりがこの程度で反省するわけがなかろう」
「あ゛あ゛あ゛あぁぁぁ!! ぼんどうでずぅぅ!! だがらゆるじでぇぇぇぇぇぇ!!!」
ゆっくり仮面はそのまま左手で気絶しているまりさを掴んだ。
元の場所へと戻り、置いていた籠に二匹を詰め込む。
さらにその上からこれまた気絶しているれいむを押し込んだ。
「とかいはのありすはこんなところじゃゆっくりできないわ!」
もう元気を取り戻したのか、抗議してくるありすを無視してゆっくり仮面は未だ状況が理解できていないめーりんに近づいた。
ビクッ、とその体をめーりんは震わす。もしかしたら自分も酷いことをされるのかもしれない。
ゆっくり仮面はめーりんの前でしゃがみ、手を大きく振り上げ…めーりんの頭を優しく撫でた。それと同時に肩に乗っていたちびぱちゅりーが地面に飛び降り、めーりんを周りから観察し始める。
「じゃ…じゃおおおん?」
最初は怯えていためーりんだが、相手が自分に危害を加える気がないとわかると笑顔が浮かぶ。
そしてゆっくりと理解した。この人は自分を助けてくれたのだということを。
無邪気に笑うめーりんにつられてゆっくり仮面も微笑む。
それは先程のありすのときに見せた作り笑いなどではなく、心の底から湧き出た本物の優しい笑みだった。
「ぱちぇ、めーりん君の様子はどうだ?」
「問題ないわ、皮の表面が破れてるだけ。命に別状はないわ」
てきぱきと動くちびぱちゅりーの言葉にゆっくり仮面は安堵の息を吐く。
この解説役兼マスコットのちびぱちゅりーは知識が豊富でゆっくりに関する医術も少々心得ていた。
と言ってもゆっくりは食べ物なので医術もクソもこれといってないのだが。
「よし、ではこれを使おう」
と、ゆっくり仮面はポケットからあるものを取り出した。
「むきゅ。説明しよう、これは『ゆっくり傷薬』。その名の通り、傷ついたゆっくりを癒すゆっくり仮面七つ道具の一つである」
ちびぱちゅりーの解説に頷きながら、ゆっくり仮面は傷薬をめーりんの患部に塗っていく。
傷口がしみるのか最初は嫌がっていためーりんだが、次第にゆっくりし始めた。
この傷薬から発せられる匂いにはゆっくりを落ち着かせる効果もあるのだ。
「ちなみに加工場製の税込315円よ」
「余計な事は言わんでよろしい」
薬を塗り終え、ゆっくり仮面は立ち上がる。
「よし、ではそろそろ行くか」
ありすの喚き声が聞こえる籠を背負い、ちびぱちゅりーを肩に乗せる。
ちびぱちゅりーがちゃんと捕まっているのを確認したゆっくり仮面は再びしゃがみ、めーりんの頭を右手で優しく包んだ。
「めーりん君、これからも辛いことがあるかもしれない。だがそんな時は今日のことを思い出してほしい。君は一人じゃない、君にはこのゆっくり仮面がついている。 それに私だけではない、他の人もきっと助けてくれるだろう。だからいつでも笑っていてくれ。
なぜなら、正義とは常にポジティブなものなのだから!」
グッ!と左手の親指を立てるゆっくり仮面。その口元から覗く白い歯がキラーンと光った。
ゆっくりめーりんはまるで子供のような、きらきらと輝く純粋な瞳でそれを見ている。
「ではさらばだ! ふははははははは!」
鬱陶しいほど声高らかな笑い声を残してゆっくり仮面は去って行った。
「じゃおおおおおおおおん♪ じゃおおおおおおおおん♪」
遠くなっていく背中にめーりんは叫び続ける。
言葉の意味はわからなかったがその声には確かに喜びと感謝が強く含まれていた。
今日もか弱きゆっくりを助けたゆっくり仮面。次はどこへとゆくのだろうか。
明日は明日の風が吹く。弱きを助け強きを挫く正義のヒーロー、お呼びとあらば即参上!
ありがとう!ぼくらのゆっくり仮面! つよいぞ!ぼくらのゆっくり仮面!
所変わって先ほどの森から少し離れたところにある何の変哲もない家。
静けさに包まれていたこの場所に主が戻ってきた。
「ただいまー」
「むきゅ、ただいま」
家に入ってきたのはゆっくり仮面とちびぱちゅりー。そう、ここが彼らの自宅だった。
ゆっくり仮面は背負っていた籠を床に置き、マントを脱ぐ。
「ふぅー、今日も楽しかったぜ」
そう言いながら顔に付けていた仮面を外すゆっくり仮面。
その下から現れたのは特にこれといった特徴のない爽やかな青年だった。
「むきゅ、お疲れ様。何だか今日は一段とテンション高かったわね」
ちびぱちゅりーが青年の肩から近くのテーブルに飛び移る。
彼女は普通のゆっくりとは違う、加工場生まれのゆっくりだった。
体は小さいが中の餡子はよく詰まっており、いわゆる知能強化型のゆっくりだ。だから台詞にも漢字が使えたりする。
一人暮らしが寂しかった青年が話し相手として加工場から購入したもので、今では二人は強い信頼で結ばれた相棒となっている。
「ふふっ、どうしてかは知らないけど気分が高まってね。木から飛び降りた時に脳内で何か分泌されたのかもしれない」
「別にいいけど、あまり無茶はしないでね」
和気あいあいと和む二人の耳に籠に詰められたゆっくりありすの声が聞こえた。
「ちょっと! さっさとだしなさいよね! とかいはのありすにこんなことしていいとおもってるの!?」
「ああ、忘れてた」
「お兄さん、こいつらも『お仕置き』するの?」
ちびぱちゅりーが聞く。
これまで捕えてきた悪のゆっくりは青年が『お仕置き』してその腐った性格を治しているのだ。
正義のヒーローとして悪を捕まえ、それを『お仕置き』によって更生させる。
それがお兄さんの趣味だった。ちびぱちゅりーも何だかんだで楽しんでいる。
「当然だ。ぱちぇも知っているように、俺は一方的な『弱い者いじめ』をする奴が大嫌いなんだ」
その言葉を聞いてちびぱちゅりーは溜息を吐いた。
が、それは別に不快感から来ているわけではなく、元気な子供に手を焼く母親のような印象を受ける。
「やっぱりあんたいい性格してるわ」
「おいおい、照れるじゃないか」
「むきゅー、褒めてないわよ」
ははははは、と二人の楽しげな笑い声が家の中に響く。
お兄さんとちびぱちゅりー、二人の妙な趣味はこれからも続く。続くったら続く。
おしまい
最終更新:2022年05月04日 22:22