暖かい日の光がまるでやわらかな毛布のように体を包み込み心地よく降り注ぐ。
思わずうとうとまどろんでいると店員がテーブルの上にティーセットを置く音で目を覚ました。
「あ、後は自分で淹れるから大丈夫です」
「かしこまりました、どうぞごゆっくり紅茶をお楽しみください」
店員は一礼してきびすを返した。
ここはとある喫茶店の外のテラス。
休みの日の午後に三十分くらい紅茶を飲みながらゆっくりするのが私の日課だった。
「ふぅ…」
紅茶の香りが鼻をくすぐってまだ眠りから覚めやらぬ私を優しく起こしてくれた。
ティーカップに紅茶を注ぎ、ずずずと少し行儀悪く音を立てながら紅茶をすする。
こうやって少しかっこうをつけて紅茶など飲んでいてもこういうところはやはり日本人だと思って苦笑した。
「ゆっくりしていってね!」
「…ん?」
言われる前から非常にゆっくりしている私にどこからともなく声が掛かった。
辺りを見回して探すと足元に丸い生首饅頭が転がっていた。
「こいつがゆっくりか、初めて見たな」
私は感心しながらもう一度紅茶をすすった。
喫茶店の隣の林に住んでいたのだろうか。
「いいにおいがしたからゆっくりきたよ!
れいむにもゆっくりわけてね!」
「なんだお前、紅茶のみに着たのか?」
私はその図々しい要望にあきれると同時に紅茶を嗜む饅頭とはなんて面白いんだろうと思った。
「飲んでみるか?」
私はそっとその饅頭の顔の中心の辺りにティーカップを近づける。
鼻は見当たらないが多分この辺りだろう。
饅頭はぐぐっとティーカップの中を覗き込んだ。
「くーん!くーん!しあわせー♪
これとってもゆっくりできるにおいがするよ!
ゆっくりちょうだいね!」
「ははは、わかったわかった」
私は面白がって大きく口を開ける饅頭にティーポットを傾け少しだけ残った紅茶をじょろじょろと注いだ。
「ゆー…あづいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?!?!?」
「あ、もう結構冷めてるから大丈夫かと思ったんだけどまずかったか」
人間には少し物足りない程度の温度だったのだが普段熱いものを食べたりしない野生の饅頭には焼けどするほど熱かったようだ。
「ぢがもにがいいいいいいいいいい!!!ぜんぜんゆっぐりでぎないいいいいいいいいいいい!!!」
確かにここの紅茶は少し渋みが強めなのでストレートだと慣れていないこいつにはきつかったかもしれない。
「わるいわるい…うお!?」
「ゆー!もうれいむおこったんだから!
ゆっくりあやまってもゆるさないよ!」
饅頭はわざとやられたと思ったのか怒って俺の脚に体当たりを仕掛けてきた。
突然のことに俺は体制を少しだけ崩し、ティーポットが手からこぼれ落ちた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!?」
この店は結構いいティーセットを使ってるのでこれを割ったりしたら弁償で今月の食費が飛びかねない。
俺は落とすまいと手を慌しく動かした。
「…ナイスキャッチ」
幸いティーポットは見事に私の手の中に納まった。
ただし逆さまに。
フタがぽてんと饅頭の上に落ち、ころりと転がって地面に落ちる。
そして当然その後から残った紅茶が土砂降りみたいに饅頭の上にかかった。
「ゆ゛ぎゃあああああああああああああああああ!!!あぢゅいよおおおおおおおおおおおお!!!」
「うわ、す、すまん」
「も゛う゛お゛う゛ぢがえるううううううううう!!!」
饅頭は一目散に喫茶店の横にある林へと消えていった。
俺は悪いことをしたと思い、林に向かって呼びかけた。
「おーい!悪気はなかったんだよー!機嫌直してくれー!」
林からは返事は無かった。
「これー!おーわーびー!」
俺はお茶菓子のクッキーをみっつもって林に向かって放った。
そして立ちすくんで林の方を見つめ続けた。
「ぅーしゃ…-…ゃ…ぁ…せー♪」
饅頭の幸せそうな声が聞こえた気がした。
最終更新:2022年05月04日 22:35