前
「ち、ちーんぽ!!」
ゆっくりようむはブンブンと木片を振り回すが、本来なら人間でさえ裸足で逃げ出すその剣戟も如何せん相手が小さすぎて機能しなかった。
当たらないわけではないが、3匹4匹一片に潰したところでどうにもならない。
何より体に張り付かれれば地面を転がりまわって相手を潰す以外にしようが無かった。
そして巨体をもつようむに取りつくのは、蟲達にとって造作も無いことだった。
「ちーんぽぉおおおおおお!」
また避けきれずに腹に甲虫の角が突き刺さった。
足下にはビッシリと百足達が食いついている。
長ようむは自分が修行を続けてきた剣というのはこれほどに無力なのかと慄いた。
「ゆ゛びゃああ゛あ゛ああぁぁ゛あ゛ああ゛あ゛ああぁぁああ゛あ゛あ゛!?」
一番最初に深手を負ったのは荒事は専門ではない長ありすだった。
長いまつげの下にある目玉をクワガタの角ががっちりとハサミ込んでいた。
「びゅっばあ゛ぁあぁあ゛あぁああ゛あ゛!!」
なんとか振り払おうと頭を左右するがそんなものでは取れるわけも無い。
クワガタ虫はさらにハサミを食い込ませた。
「ゆ゛びい゛いいい!あ゛りずどぼべべえ゛え゛!ぼべべえぇええ!!」
にゅるりと眼球の中から白い汁がこぼれ落ちる。
そのクワガタはそれを蜜よりも甘い、と思った。
暴れまわってやっとそのクワガタが引き千切れた。
だが頭は未だにその眼球に刺さったままだった。
「あ、ありす!しっかりするんだぜ!」
まりさの言葉もろくに聞かずにありすは余計にのたうちまわった。
これは組し易しと、他の蟲達も一斉に襲い掛かる。
蟻達が髪の間から頭皮に噛み付き頭を掘り進む。
甲虫や蟷螂達が次々と皮に穴を開ける。
その穴から百足や蚯蚓達が傷口から餡子の中に潜り込んだ。
蝶達がこぼれ落ちる体液を吸う。
蜘蛛が傷口から毒を注いだ。
「い゛や゛ああ゛あ゛ぁぁああ゛あ゛だずげべばり゛ざぁあ゛あ゛ぁぁあ゛ああああ゛あ゛!!」
「あ、ありす……」
まりさは苦悶の表情でまるで蟲の集合体のようになったありすの姿を見て
そして何か決心すると口の中のきのこをまた噛んで唾液と混ぜる。
「ゆっきょおおおおおおおおおおおお!!」
そして口から放たれた光線がありすを丸焼きにした。
「ま、ま……ちーんぽ……!?」
長ようむが愕然とした顔でまりさを見た。
「あ゛り゛ずぅぅぅう゛う゛!ぜっだい゛ぜっだい゛がだぎは゛どる゛んだぜえええええ!!」
子どものように泣き喚くまりさの顔を見て、もうようむは何も言わなかった。
「やられた?、その光線をなんとかしないとまずいかな?」
人事みたいにリグルはそう一人ごちた。
「お゛ばえ゛ぼあ゛り゛ずみ゛だいに゛や゛げじんじゃえ゛え゛え゛ぇぇええ゛え゛!!!」
そういうとまりさは再び光線を放とうとキノコを噛んで口を開く。
「ち、ちんぽおおおおおおおおおおおおおお!!」
まりさが最後に聞いたのはようむの声と、頭の中から聞こえてくるみたいなおびただしいかずの羽音。
そして爆音が全てを飲み込んだ。
「ち、ち、ちーんぽぉ…………!」
長ようむは悲しげな声をあげた。
まりさが光線を放とうとしたその最中、紙一重で二十数匹ほどの蟲達がまりさの口に飛び込んでいた。
そのせいでまりさが放とうとしていた光線がまりさの中で誤爆してしまったのだ。
ようむは顎から上の無い焼け焦げたまりさの残骸を悲しげにみつめ涙を流した。
「勝負あったわね」
はっとしてようむはリグルの方へと向き直った。
今の爆発で既に木片は吹き飛ばされて武器は無い。
絶望的な表情でリグルの後ろの蟲達を見つめた。
「さあ、最後の仕上げよ
と、その前に後片付けか」
ようむとリグルの目が合った次の瞬間、ようむは既に蟲に覆われていた。
「まりさ達との連絡も途絶えたわ……」
苦々しげに長ぱちゅりーが言った。
顔色はいつもにまして悪い。
「…………」
「ねえゆかりん、どうしよう
まりさは!?ねえまりさはどうなっちゃったの!?」
「…………」
長れいむは取り乱していた。
「ゆかりん!まりさたちはどうすればいいんだぜ!?」
「わからない、わからないよー!」
「おかあしゃあああああああああああああん!!」
「れいむのおねえちゃんはいつかえってくるの!?ゆかりん!ゆかりんってば!」
「ちーんぽ!ちーんぽ!」
群のゆっくり達が騒ぎ立てる。
「うっさいわねええええ!全部わかってるわよそのくらい!!
この餡子脳ども!少し黙りなさいよ!?」
ついに苛立ちを隠せずにゆかりんは叫んだ。
「む、むきゅうう!?」
「ど、どうしちゃったのゆかりん!?」
周りはゆかりんの豹変に驚いているようだったが、それ以上に現状に驚いているのはゆかりんだった。
まさかあれだけのゆっくりを割いてもどうにもならない相手だったとは思いもしなかった。
こうなるともはやゆっくりの手に負える相手だとはとても思えない。
「群を捨てましょう」
「な、なにをいってるのおおおおおおお!?」
「おうちすてたらゆっくりできないいいいいい!!」
「ゆ゛がり゛ん゛のばがああああああああああ!!」
次々と群のゆっくり達は不平を漏らした。
「そ、そうだよ!みんなむれをすてたりしたらたいへんだよゆかりん!」
れいむも群のゆっくり達に同調した。
「はぁ?ばかなの?ああそうね馬鹿だったわね餡子脳だもの!」
ゆかりんはれいむの顔をマジマジと見ながらそう吐き捨てた。
「ど、どうしてそんなこというのおおおおおおお!?」
「あのまりさ達がやられたのよ?こんなところに居たら命がいくつあっても足りないわ」
「ま、まりさやありすがやられたなんてなんでわか」
「わからいでか!」
「ひぃ!?」
「もういい加減諦めなさいよこのグズ!のろま!!
……受け入れてもらえる場所は、まああれだけの数のゆっくりがあの森の中で死んだんだもの
厳しいけど入り込める隙間はあるわ」
「ゆ、ゆかりんのゆっくりでなし!ぱちゅりーもなにかいってあげてね!」
「……ぱちゅりーも同じ意見よ、ゆっくり道的にはどうかと思うけど……もうそれしかないわ」
「そ、そんな……」
「とにかく、この森にはもう居られない
すぐに荷物を纏めて出発するわよ」
そう言ってゆかりんは部下に家財をまとめさせると
比較的生活レベルの高い長ありすの群に向かおうと群に号令をかけた。
困惑しながらも、渋々と群のゆっくり達はゆかりんの家の前に集まった。
「生き残ってゆっくりしたい子はゆかりんについてきなさい!!」
「残念、そういう訳には行かないの」
土と砂の擦れる音と共に、緑色の髪の少女がいつのまにかゆかりんのすぐそばに立っていた。
「むきゅ!?」
ぱちゅりーが驚愕の表情を浮かべる。
こんな森の奥に来る人間など早々居るものではない。
だとすれば、とするにゆかりんは感づいた。
これまでずっと顔の見えなかったゆかりんの協力者。
ゆかりんを群の頂点に立たせ続けてくれた恩人。
そして今、ゆかりんの命を奪おうとする脅威。
「あなたが……永夜緩居……なの?」
恐る恐る緑髪の少女を見上げてそう尋ねた。
そう言われて、緑髪の少女
リグル・ナイトバグも何か感づいたのか深々とお辞儀をしてこう言った。
「あの子達に代って挨拶させてもらいます
初めましてお母様、あなたのおかげで永夜緩居はこんなに大きく、強くなれました
心から感謝しています
そして成長した姿を見てもらいたい、そう言っています
さあ、おいでみんな!」
そうリグルが言うと、ゆかりん達の周りの森が蠢いた。
いや、森自体がではない。
森に潜む蟲達が一斉に動き出したのだ。
おびただしい数の羽音が耳を劈く。
「こ、これが……永夜緩居の正体なの……!?」
ゆかりんは息を呑み、辺りを見回した。
黒い小さな点のようだった蟲達が一斉にゆかりんが集めた群のゆっくり達に襲い掛かる。
「も゛っどゆ゛っぐり゛ぢだがっだああ゛ぁ゛ぁああ゛ぁぁ゛あ゛あ!!!」
長れいむが真っ先に蟲の餌食になりまるで胡麻団子のように真っ黒になって崩れ落ちた。
「なにこれわからないよぉおおおおおおお!!」
「ゆがりんんんんんん!!なんどがぢでよおおおおおおおおお!!」
あるものは皮を食い破られ痛みに悶えて苦しんで餡子を撒き散らしながら
あるものは目玉を潰されて中に潜り込まれ蜜を吸われながら
あるものは髪という髪の間に入り込まれ一本一本頭皮ごとギチギチと食い千切られながら
あるものは口の中に侵入を許して舌の上や喉の奥に卵を産み付けられながら
あるものは鼻の穴の中を牙で食い千切りながら掘りすすめられ巣を作られ
あるものは耳の穴の中でけたたましく羽音を聞かされ悶絶しながら
あるものは皮の下に潜り込まれ、餡子の海を泳がれ頭の中がかき乱される恐怖に怯えながら
「ゆか ゆ ユ
「ゆかりん!」 りん!」 ゆ「ゆかりん!」 か「ゆか!りん」か ユカリ ん!
「ゆかりん!」 かりん! りん! 「ゆかりん!」 ゆかりん!
ゆかりん! ゆカりん! ユカ ユカリン!! ゆかりん!!
全てのゆっくり達が群の長であるゆかりんに助けを求めた。
「うるさあああああああああああああい!!!それより私を守りなさいよこの餡子脳どもぉおおおおおおお!!」
そう言って苦しむゆっくり達に唾を吐きかけると一目散に逃げ出そうと荷物を捨ててきびすを返した。
「む゛ぎゅぅょぶぐい゛ゅぅ゛う゛ぅ゛ぅう゛うう゛うゅううん゛!!」
「ひいいいいいい!?」
逃げ出そうとしたゆかりんの向かう道に、紫色に黒い水玉模様の何かが落ちてくる。
「ぱ、ぱちゅりー!?」
それは真っ先に蟲達の餌食となって全身を食い破られて蟲達の巣のようになってしまったぱちゅりーの成れの果てだった。
ぶちり、と食い破った穴と穴の間が千切れてどばどばと中の餡子が流れ出す。
傷だらけの皮では自重に耐えられなくなったのだろう。
「この詰め込み式餡子脳が!最後まで邪魔して!!」
ゆかりんはぱちゅりーの死体は別の方向に逃げようとして何か木よりはやわらかいものにぶつかり見上げた。
そこにはあの緑髪の少女がじっと立っていた。
「た、たっ、たっ」
「これでおしまいね」
そう言ってリグルが人差し指でくいくいっ、と示してやると蟲達が一斉にゆかりんの方へと集まりそして
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
鈍い音がしてリグルの体が宙を舞った。
ゆかりんは飛んでいくリグルの体を見ながら、状況は一切理解せず
何も考えずに無我夢中で逃げ出した。
「この蹴りは大分前にあんたにやられたお返しよ」
「あ、あんたは……!?」
リグルが未だに痛む胸を押さえながら体を起こすと
そこには壮年の美女が凛々しく立っていた。
「久しぶりね、この異変はあんたの仕業?」
お払い棒をリグルに突きつけると、紅白色の巫女は一本スジの通った声で言い放った。
「……霊夢!!」
リグルはそれきり絶句して霊夢を見つめていた。
「いいから質問に答えなさい、この異変はあんたの仕業でいいのね?」
「な、何の話!?邪魔しないでよ!」
冷めた表情で見下ろす霊夢に対してリグルは立ち上がり食って掛かった。
蟲達も、ゆっくりを痛めつける手を止めて固唾を飲んでリグルと霊夢を見つめる。
「何の話、じゃないわよ
虫関連でなんかあるとしたらどうせあんただって私の勘がそう言ってるのよ」
「だ、だから何の話かって聞いてるの!」
リグルはいらだたしげに問い返す。
「魔法の森に近づいた里の人間がことごとく虫の被害にあってるのよ
刺されて毒が回ったり、その毒もいつも使ってた薬が通じないくらい強くなってるしあと私の知り合いも最近虫が妙に強暴だとか言ってるし
あんたでしょ?」
ギクリ、とリグルは顔を引き攣らせた。
あくまでゆっくりにターゲットを絞ってきてはいるが、まあ確かにここに近づけばそういうことも起こり得る。
範囲を広げたのがまずかったか。
加減を間違ったのか、とリグルは自分がこれまでやってきたことを振り返る。
いや、しかしいつかはこうしなければならなかった。
今だって、勝ったとは言え結構な被害をゆっくり相手に出している。
恐らく今の蟲達は幻想郷内でのお互いの総数も合わせて考えればやっとギリギリゆっくりに勝てる。
負けない程度の力を身につけたところなのだ。
これより前の段階でやめるわけにはいかなかった。
何にせよ、多分霊夢の言うことは間違っていない。
「に、人間の癖にそんな危ない場所に近づく奴が自業自得なのよ!」
「まあ私も一々こんなしょうもないことで出張りたくは無いんだけど……」
「なら帰れ!放っておいてよ!」
「そうも行かないのよ、今程度の被害なら何の問題も無いけどあんたをほっといたらこの先どうなるか
このまま際限無く虫共が凶悪化するっていうなら止めないわけにはね
何か変わったことがあってそれが妖怪の仕業だって言うのなら、私が動かないわけにもいかないでしょーが」
「くっ……ちょっと見ない間に勤勉になって……!」
「特別暇だっただけよ
そう言うわけだから、退治させてもらうわ」
そう言うと霊夢は胸元から一枚の札を取り出した。
リグルはその札のことはよく知っていた。
以前、少し昔の永夜の異変が起こった時、その時に。
「スペルカードルール、森での引きこもり生活が長くて忘れたとか言わないでね?
スペルカード宣言、ここまで来るのに10枚くらい余ってるから全部使うわね」
スペルカードルール。
それは幻想郷特有の美しい決闘の申し込み。
そして異変解決のための正式な手段。
この異変が解決されるのがどういうことを意味するのか、リグルには理解しかねた。
だが、ここで負けて少しでもこの蟲達の不利になりうるなら絶対に負けたくない。
リグルは懐から一枚の紙を取り出した。
「私のスペルカードは全部で一枚!」
「舐めてる?」
「これが破られたらもう後が無いっていう取っておきの一枚ってことよ!」
「なるほど、上等」
霊夢が頷くと同時にリグルはその紙きれを高く高く掲げた。
「スペルカード宣言、蠢符「永夜緩居」」
隠蟲ではない、もはや隠れる意志は無いのだから。
これは存亡をかけて戦う蟲達の蠢動。
「おねえさんたすけてくれてありがとう!」
自分たちを緑髪の少女から庇ってくれてるのだと思い、ゆっくりれいむが霊夢に向かって声援を送った。
「がんばっておねえざぼうぼようぶぶうぶぶぶべっぽ!?」
一緒になって霊夢に声援を送ろうとしたまりさの額が弾けると、中から夥しい数の蟲達が蠢き這い出す。
「ま、まりざぼん゛ぐぅ゛る゛ぅ!?」
森の中のゆっくり達が生者死者問わずに次々と爆ぜて蟲達が飛び出しリグルの周りに集まった。
「来なさい、飛んで火に入る夏の虫!」
「恐れず慄かず火に入ることさえ厭わない蟲の執念に、恐れ慄いて逃げ回れ!春の巫女!」
走り続けてから何時間が経ったのか。
ゆかりんは立ち止まってあたりの景色を見ながら逆算しようとした。
実際には一時間もあるまいということに気付くのには息切れが収まるまでの時間を要した。
息切れが収まると同時に足が鉛の様に重くなった。
「ゆ……まさか、あの長ゆっくり達が……」
ゆかりんは一度走るのをやめて改めてこれまでの出来事を思い出し心中で独白する。
まず、永夜緩居が自分の手に負えないほど危険な存在であることを突き止めた。
そしてすぐに各地で大きな群を率いる巨大ゆっくり達に呼びかけ
召集して永夜緩居との交渉に当たった。
そうだ、ここまではいい。
ここまではゆかりんの手によって完璧にうまくいっていたのだ。
ゆかりんは思い出しながら自らの見事な手腕に惚れ惚れした。
だが、そこから先はなんだ。
一体あれはなんなのだ。
あの巨大長ゆっくり達は餡子脳とは言えど幻想郷のゆっくりでは最強クラスの力を持つはずだ。
だというのに、虫ごときに全滅させられるなんてことがあっていいのだろうか。
いや、今はとにかく事実を受け入れて次の行動に移らねばならない。
そう考えるとゆかりんの行動は早かった。
すぐさま走り出し対策を考え始める。
ゆかりんは考える。
とにかく今は身を隠して戦力を集めるべきだ。
ゆかりんの群は壊滅したがゆかりんの頭脳なら餡子脳達は喉から手が出るほど欲しいはず。
行く先はいくらでもある、そこに潜伏して幻想郷中の同属に呼びかけて戦力を再編成してあの虫達への対策を取るのだ。
場合によっては危険だがれみりゃやふらん等の捕食種の力も借りる必要がある。
非常に難しい交渉になるだろうがゆかりんの頭脳ならば不可能ではない。
そうだ、アレだけの力を持つ虫が相手ならば人間だって放っておきはしないはず。
里に下りて友好的な人間に対して呼びかければ人間だって動かせる。
ゆかりんの頭脳ならばいくらでも再起を図りまた頂点へ返り咲ける。
そしてまたゆかりんが自画自賛を始めようとしたとき、浮遊感と共にその思考は途絶えた。
「……ゆ?ゆ……!?」
ゆかりんははっとして慌てながら辺りを見回す。
地面が遥か下にあった。
何本もの蔦がゆかりんの体に食い込む。
辺りを見回す。
急に地面が遠くなっていた。
「ゆ?ゆゆ?」
誰か居ないのかと思いもう一度周りを見ると、すぐ近くに緑色の髪のゆっくりが吊るされていた。
「ちょっとあなた!これどういうことよ!?」
怒り狂うゆかりんは問いただそうとしたが、そのゆっくりはうんともすんとも言わなかった。
「いいかげんにしなさいよ!私を誰だと思ってるの!?私は幻想郷一賢いゆっくり!
やっくもん・ゆっくり・ゆかりん13世よ!」
突然場違いな軽い挨拶が後ろから聞こえてくる。
ゆかりんは後ろを振り返ろうとして、余計に蔦に絡まり苦しむことになった。
「はっろろーん」
ゆかりんが自分は罠にかかり網に捕らえられたことに気付いたのは
その男がどこからともなく歩いてきた時だった。
男はニヤニヤと気持ち悪い薄ら笑いを浮かべながら軽薄に手を振り近づいてきた。
「ゆ?……ゆ?」
「お仲間が挨拶も返さないんでブチギレたと
いやー気が短いねぇ???」
「な、なんなのおにいさん?よくわからないけどたすけてちょうだい!
そこのゆっくりじゃはなしにならないの!」
「そりゃあそうだろうなぁおい、話になんかなるわけ無いさそりゃ」
そう言って男は緑色の髪のゆっくりの方に近づいて、そのゆっくりの顔をくるりとゆかりんの方へと向けた。
「ひぃ……!?」
はじめゆかりんはそれが何かよく理解出来なかった。
ただ本能的におぞましいものであることはわかった。
やがて理性による理解が本能に追いつく。
顔中を切り裂かれて、その傷口を焼き繋いで無理矢理生かしていたのだろう。
見るも無残な様相、目玉は飛び出しべろはだらりと垂れて苦悶の表情で息絶えているのがわかった。
緑色の髪から、辛うじてゆっくりゆうかであることがわかる。
男はゆうかを見たゆかりんの反応に充分満足したのか、そのゆうかから手を離した。
蔦で出来た網にくるまれたゆうかがゆらりゆらりと回転した。
男は何事もなかったかのように続ける。
「いっやーしかしめずらしいなぁおい初めて見たぜ
名前は忘れたがあれだ、幻想郷一臭ぇ臭ぇゆっくりだ
畑で待ってるだけじゃあんまり成果が出ないから森の中に罠しかけてみたが
いやーこれだけ成果が出ると笑いが止まらんわ」
男はゆかりんの顔先に鼻がくっつくのではというほど顔を近づけて言う。
「ゆ、ゆかりんの香りは少女臭だから美しくゆっくりした形容詞に訂正してね!」
ゆかりんは男の余りにも無礼な態度に怒りで震えながら食って掛かった。
対する男は顔を離して鬱陶しそうに半眼でゆかりんを見つめた。
そして
「うるせぇ」
と、言い終わるや否や軽く拳を突き出したかと思うと
パァン、といい音を立ててゆかりんに拳を振りぬいた。
「ズギマ!?」
男はさらに追い討ちをかけるように何度もゆかりんを殴る。
ゆかりんは訳もわからず男の暴力に晒され続けた。
「お前と俺の糞のどっちが臭いかくらべてみねぇとなぁ
審査員誰にやらせっかなー」
殴りながら、男はそんなことをこぼした。
そして殴るのに飽きたのか拳を開くとどこに持っていたのか箱を取り出して
網からゆかりんを出すとその中にしまい蓋を閉めた。
ゆかりんは箱の中で痛みが引くと、すぐに周りを見てにやりと笑う。
箱には小さなスキマが開いていた。
普通のゆっくりなら無理だろうがゆかりん種の体の柔らかさなら充分脱出可能だ。
ゆかりんは愚かな人間を哀れみながらも、そのスキマから外をのぞいた。
辺りは何かの布とおぼしきものが覆っている。
恐らくかばんに箱をしまったのだろう。
かばんからこっそり抜け出て、後はそのまま逃走するだけだ。
ゆかりんは誰にも聞こえないようケラケラと笑うとするりとスキマから箱の外へと出た。
そして気付く。
「ゆ……?」
かばんの中にしてはあまりにそこが明るすぎることに
「ほぉ?ぅ、ほんとに糞やわらかいんだなお前
箱からにゅるにゅる出てくるところなんてまるでケツ穴からひり出される糞だぜ」
「ゆっかぁ!?」
真上から、男が覗き込んでいた。
ゆかりんがかばんだと思っていた場所はズタ袋の中
男はゆかりん種の体が柔らかいのを知っていてわざと穴の開いた箱を使いそれを確かめたのだ。
「しっかしこんだけやわらけぇんだからそれをうまく生かしたいじめ方を考えないとなぁ
ああ楽しみだぜお前も楽しみだろなあ悪臭饅頭、だって俺は楽しみだもんなもちろんお前だって楽しみさ」
「ゆ、ゆ……!?」
そんなことをぶつぶつ言い始めた男を他所に、ゆかりんはこの上なく混乱しあたふたしていた。
ゆかりんは頭の中でグルグルと思考の迷路を行ったりきたりする。
『大丈夫ゆかりんの頭脳ならまだまだ再起可能考えろ考えろ考えろ
脱出経路はどうなってるの出入り口は遥か上袋に通過可能なスキマは無し現状では脱出不可能
なら他に手段はそうだ交渉あの無礼な男と交渉してだいじょうぶゆかりんだいじょうぶゆかりんなら
あんなばかそうなおとこかんたんにいいくるめてよくみてあのおとこけっこうやさしそうなかおして』
「俺がお前に生き地獄を見せてやるよ、あっはっはっはっは」
もし地獄の鬼が男の顔を見れば、同胞だと思ってそのまま仕事を続けそうな
そんな壮絶で歪みきった笑みを浮かべると、ズタ袋の口をきつく紐で縛った。
「ゆ゛ひ゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛だれ゛がだずげでぐだじゃいいいいいいいいいいい!!!!!」
遂に思考をパンクさせ惨めに泣き喚くゆかりんの悲鳴は、男が近所迷惑にならないよう二重に重ねたズタ袋を突き抜けて誰かに届くことは無かった。
「うぅ……ふわぁぁあぁあぁぁあああん!」
「何も泣くことは無いでしょうに」
結局勝負に負けてリグルは地面に大の字に叩きつけられていた。
困った顔で霊夢はリグルに向かって言った。
が、流石に蟲達に寄り添われて全体的にもぞもぞ蠢いているリグルを直視する勇気は無いようだ。
「で、結局何しようとしてたわけあんた
虫による世界征服?」
「……打倒ゆっくりの特訓」
霊夢は使い物にならなくなったスペルカードを何枚か捨ててから背を向けて地べたに座り込む。
そちらを見ながらリグルは弱々しく言った。
「はぁ?」
呆れた表情で霊夢は振り返り、鳥肌を立ててまたリグルから目をそらした。
それほど虫が苦手ではなかったような気がするが、嗜好が変わったのか
それとも流石に集まりすぎて限度を超えたのかはわからない。
「なんでまたそんなことを……」
「こっちのも色々事情があるのよぉ……」
そう言ってボロボロになってこちらを見ていた蟷螂の頭を人差し指で撫でてやった。
「ま、とにかくこれからは虫を集めて妙なたくらみとかしないようにね
あんたらも解散解散!」
そう言うと霊夢はしっしとお払い棒をリグルの上で振って蟲達を追い払おうとした。
蟲達は困ったようにリグルの顔を見た。
リグルとしてもこんな形で離れ離れになるのは不本意だったが弾幕勝負で負けたのだから従うしかない。
蟲達に頷いてみせると、蟲達も納得したかのように羽音や無数の足を動かし鳴らしてリグルにお別れを言うと
各々、新たな住処を目指して去っていった。
リグルは名残惜しそうにずっとその蟲達を見送り、ふと横を見た。
霊夢は既に帰り支度を始めていた。
「……あれ、それだけ?」
「また何か仕事増やす気?」
霊夢は帰り支度をする手を止めて迷惑そうに半眼で呻いた。
「いや、別に……」
「気になるから言いなさいよ、この後どうするつもりだったか」
リグルはそう言われて考え込んだ。
そもそもの目的はゆっくりに負けない蟲達を育てること。
完勝出来るというわけではないが、先の戦いを通してそれはもう充分達したと言って良い。
なら後すること、というとなんだろうか。
「……子作り?あ痛!」
ペシリ、とお払い棒がリグルの頭を叩いた。
「何考えてるのよあんたは……」
霊夢が半眼でリグルのことを見ていた。
別におかしなことは何も言って無いのに叩かれたのでむっとして睨み返してやったら
さらに冷たい視線が降り注いだので目を逸らした。
リグルは蟲達が去っていった空の方を見上げた。
そして霊夢に異変と呼ばれたこの顛末のことを考えてなるほど、と首を縦に振った。
リグルの目的は達し、霊夢に叩きのめされたことで区切りもついて
そして蟲達はこれからそれぞれ自分の先祖が居た場所に戻って子どもを増やしていくのだろう。
あの子達の子ども達だ、もうゆっくりに易々と負けて追い詰められるようなことにはなるまい。
そうして異変は解決してしまったのだ。
リグルは立ち上がり、蟲達の去っていった方に向かって大声で叫んだ。
「達者でねー!」
別に全員が全員今生の別れという訳でもあるまいが、言わずにはいられなかった。
そしてリグルは晴れ晴れとした、そして何やら無性に寂しい気持ちで一杯になりしゅんとした顔で立ち尽くした。
「じゃ、私は帰るから
もう面倒起さないでよ」
「あ、うん」
リグルがこくりと頷くと霊夢はそのまま飛び去っていってしまった。
さて、どうしようかな。
そんなことを思いながらリグルは歩き出した。
「そうだ、三途の川の水って甘いのかな」
そう一人ごちると、リグルは三途の川のほとりを目指して飛び立った。
最初にリグルにゆっくりのことを訴えた蟲達の霊はちゃんと成仏しただろうか気がかりだった。
それに今ならさっきの戦いでやられた蟲達の霊にも会えるかもしれない。
もし彼らに会えたら私たちの起した私たちの異変、永夜緩居は解決したと教えてあげようと思った。
そう、人間にとっても蟲達にとっても
そしてゆっくりにとっても万事解決した、と。
「ゆゆ!ちょうちょさんゆっくりしていってね!」
そう言ってゆっくりまりさは蝶に向かってジャンプした。
「ゆ???まってよ??!」
ひらひらと優雅に飛ぶ蝶は中々捕まらず、ぴょんぴょんと跳ねまわされるばかり。
「ゆゆ……なんだかめがくらくらするよ?????」
その蝶の持つ毒リンプンにやられたのか、まりさは目を回しながらも尚もその蝶を追いかけまわした。
これを逃すともう今にも空腹で倒れそうなのだ。
蝶もいつまでも飛んでいるわけには行かない、段々と動きに生彩がなくなり疲れが見えてくる。
「ゆ??????そぉ??????れ!」
まりさの口がぱくりと蝶を捕らえようとした。
そして蝶はするりと抜けて、ゆっくりまりさは空気を噛んで地面に落ちる。
「ゆ゛びゃあぁぁぁあ゛あぁぁ゛あぁ゛ぁ゛ぁあ!?」
そして青々と茂る草に擬態していた蟷螂の鎌が瞳にかかり切り裂かれて眼球からどろりとした汁を零して大口を開けて転がった。
その隙に蝶は逃げ出そうとするが、哀れにもあの蟷螂の鎌に捉えられてむしゃむしゃと食べられてしまった。
「……よしよし」
その一部始終を眺めていたリグルは満足げに頷いた。
「リグルー、何してんのー?」
「あ、チルノ」
全く変わりの無い姿の氷精を見てリグルは懐かしげな表情を浮かべた。
「そんなとこでぼーっとしてないで早く遊ぶわよ!」
「ちょ、引っ張らないでってば!」
だが氷精はそんなリグルの感慨もお構い無しに手を引くと、妖怪達の遊びの輪へとリグルを連れて行ってしまった。
ある時から、ゆっくりの間でこんな噂が広まった。
『魔法の森の奥深くに
おいしい花が美しく咲き乱れ
太陽は燦燦と降り注ぎ
小川はその光を照り返してやさしくせせらぐ
緑に溢れ夜もやさしい空気が安らかな眠りに誘う
そこには争う者はおらず誰であろうともゆっくりできる
そんなゆっくりプレイスがあるという
その場所の名は
何度夜が来てもずっとゆっくりしていられる
という意味を込めて
永夜緩居(えいやゆるい)
と呼ばれていた』
そんな永夜緩居を目指したゆっくり達の物語、これにて終演。
最終更新:2022年05月18日 22:52