(とかいはのゆっくり)
あるところに「ゆっくりぷれいす」と呼ばれるゆっくり達の集落がありました。
その「ゆっくりぷれいす」ではおよそ数百匹のゆっくりがめいめい自分勝手にゆっくりしていました。
皆で一か所に集まって生活していましたが、長を決めて群れをなしていた訳ではありません。
ゆっくりには「他のゆっくりを見つけると、その場所で自分もゆっくりしようとする」という習性があります。
他のゆっくりがゆっくりできる場所だから、そこなら自分もゆっくりできる筈、と考えるからです。
そうやってゆっくり達は自然と一か所に集まり、やがてそこは「ゆっくりぷれいす」と呼ばれる様になります。
大勢でいる方が何かと便利だからとか、外敵から身を守る為に大勢で生活するといった訳ではありません。
ゆっくりしていたらいつの間にか周りにたくさんのゆっくりがいた。最初の一匹から見たらこんな感覚でしょう。
そんな訳ですから「ゆっくりぷれいす」に住んでいるゆっくり達には秩序といったものがありませんでした。
群れを統率する指導者もいません。群れの皆が守るべきルールも存在しません。
ゆっくり達は勝手気ままにゆっくりとするだけです。なので時々争いが起こる事もあります。
しかしゆっくり達はそんな事はまったく気にしませんでした。興味が無いからです。
彼女達の興味は唯一つ。ゆっくりすること。自分がゆっくりできればそれでいいのです。
今日もゆっくり達は自分がゆっくりする事だけを考え、ゆっくりと暮らしていました。
そんなある日の事、この群れに人に飼われているゆっくりが遊びに来ました。とかいはのゆっくり、ゆっくりありすです。
群れのゆっくり達はありすを見て溜息を吐きました。ありすがあまりにもきれいだったからです。
栄養満点の食事を与えられているありす。滑らかな髪、モチモチとした肌。とてもゆっくりとしたゆっくりに見えます。
そのありすが群れのゆっくり達にこう言いました。
「あなたたちはあまりゆっくりできていないわね。とかいはじゃないわ。」
ゆっくり達はビックリしました。なぜなら自分達は常にゆっくりする事だけを考えていたからです。
ゆっくりする事を最上位に置いて生活していたのに、「ゆっくりできていない」とはどういう事でしょう。
ゆっくりする事がなにより大事なゆっくり達です。当然ありすに尋ねます。
「れいむたちはゆっくりできてないの?どうすればもっとゆっくりできるの?」
「あなたたちがゆっくりできていないのはね、とかいはじゃないからよ。
とかいはのゆっくりは『とかいはるーる』をまもってせいかつするの。
あなたたちもとかいはのゆっくりになれば、もっとゆっくりできるわよ。」
「ゆ!ほんとう!れいむたちもとかいはのゆっくりになりたいよ!」
「わかったわ。それならありすがあなたたちに『とかいはるーる』をおしえてあげる。」
(とかいはルール)
次の日、ありすは人間と一緒にやって来ました。ありすの飼い主のお兄さんです。
ありすはゆっくり達を集め、お兄さんはそこへ看板を一つ立てます。
「おにいさんにおねがいして『とかいはるーる』をかいたかんばんをつくってもらったわ。
みんなこれをみてるーるをおぼえてね。このるーるをまもればとかいはのゆっくりになれるわ。」
―とかいはるーるそのいち
『みんなであいさつをしましょう。あいさつをするととてもゆっくりできます。
ゆっくりにであったらかならず「ゆっくりしていってね!!!」とあいさつしましょう。』
それまでゆっくり達は道で行きあってもお互い挨拶をする事などありませんでした。
自分がゆっくりする事で頭が一杯だったからです。他者を顧みる事などしませんでした。
しかし、挨拶をする事がルールで決められました。ゆっくり達は早くとかいはになりたくて仕方ありません。
当然ルールはきちんと守ります。するとどうでしょう。ゆっくり達に少し変化が表れ始めました。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ありがとう!まりさもゆっくりしていってね!!!」
道ですれ違ったゆっくり達はそれぞれ「ゆっくりしてね!」と挨拶をします。
他者が自分を気遣い、「ゆっくりしてね!」と言ってくれるのです。なんと気持のいい事でしょう。
ゆっくり達は他者を思いやる心を知り、それによって今までよりゆっくりできる様になりました。
ゆっくり達は一歩とかいはに近付きました。
―とかいはるーるそのに
『みんなでいっしょにごはんをたべましょう。みんなとたのしくごはんをたべると、とてもゆっくりできます。
ひとりでごはんをたべるのではなく、いっしょにむーしゃむーしゃとたべましょう。』
それまでゆっくり達はひとりでごはんを食べていました。こんなに大勢いるのに食事はいつもひとりです。
ゆっくり達はお腹が空くとゆっくりできません。ですからごはんを食べる時はいつも真剣です。
より多くのごはんを食べるため、辺りを駆け回ってごはんを探し、ガツガツとかき込みます。
他のゆっくりにごはんを食べられてしまったら、自分の食べる分が減ってしまうからです。
これではとてもゆっくりしているとは言えません。ごはんの時間はゆっくりにとって一番ゆっくりしていない時間でした。
しかし、これからは違います。ごはんはみんなで一緒に食べるのです。もちろんごはんを探すのも一緒。
効果はすぐに現れました。ゆっくり達にとってごはんの時間はとてもゆっくりできる時間に変わりました。
まず最初に変化が表れたのは、小さなゆっくりや運動が苦手なゆっくり達でした。
彼女達はごはんを探すのが苦手でした。せっかく見つけたごはんを大きなゆっくりに盗られてしまう事もありました。
彼女達はいつもお腹を空かせていました。それが劇的に変わります。
みんなでごはんを探す様になり、見つけたごはんはみんなで仲良く平等に分けます。
小さなゆっくりも運動が苦手なゆっくりも、お腹一杯食べられます。
彼女達はとてもゆっくりできる様になりました。
すると今度は大きなゆっくり達にも変化が現れます。
彼女達からすれば自分の食べる分が以前より減ったのです。今までよりゆっくりできなくなる様な気がします。
しかし、そんな事はありませんでした。彼女達は少なくなったごはんの分以上のゆっくりを手に入れる事になります。
「まりさ、ごはんをわけてくれてありがとうね!おかげでれいむはとってもゆっくりできるよ!」
「れいむはごはんをみつけるのがじょうずだね!おかげでごはんをたくさんたべれるよ!」
ごはんを分けてあげたゆっくりから貰ったのは感謝の言葉。
「ありがとう」と言われて悪い気のするものなどいません。
それに彼女達が嬉しそうに笑い、ゆっくりしているのを見ると、何だか自分もゆっくりした気分になります。
ゆっくり達は自分以外のゆっくりにゆっくりさせてあげると、自分もゆっくりできるという事を学びました。
ゆっくり達はまた一歩とかいはに近付きました。
(ルールを守った結果がこれだよ!)
ありすは毎日群れを訪れ、一日一つ『とかいはるーる』をゆっくり達に教えます。
そのルールは実に多岐にわたり、日常生活のあらゆる所作にまで及びました。
ゆっくり達はそのルールを忠実に守って生活をしました。
ゆっくり達は学びました。ルールを守って生活をするととてもゆっくりできるという事を。
いつの間にかとかいはになる為にルールを守るのでなく、ルールを守る事そのものが目的になりました。
ルールを守るとゆっくりできるからです。ゆっくりにとってルールはゆっくりする為に必要な物に変わりました。
しばらく経つとありすが教える『とかいはるーる』にも変化が現れます。
今までの「○○をしましょう」といったルールから、「○○をしてはいけません」といったルールに変わりました。
ゆっくり達は徐々にルールに縛られる様になりました。しかしルールを破る様なゆっくりはいません。
その頃になると、ゆっくり達はルールを守らないとゆっくりできない様になっていたのです。
そしてある日。いつもの様にルールが一つ追加されました。その内容は
『ゆっくりはこのろーぷをこえてはいけません。ろーぷのそとにでるとゆっくりできなくなります。』
いつの間にか「ゆっくりぷれいす」の周りにロープが張られていました。
ゆっくり達の行動範囲が狭まりました。ゆっくり達は不満に思いましたが、渋々ルールに従います。
ルールを破るとゆっくりできないからです。
次の日。ありすとありすの飼い主のお兄さんは「ゆっくりぷれいす」に現れませんでした。
しかしゆっくり達は特に気にもしませんでした。むしろ少しほっとしたくらいです。禁止事項が増えなかったからです。
とかいはになる為のルール、ゆっくりする為のルールだった筈が、
もはやゆっくり達にとっては自分達の自由を縛るただの鎖になっていました。
次の日も、その次の日も、ありす達はやって来ませんでした。
そのかわり、朝目が覚めるとロープに囲まれた範囲が狭まっています。
ゆっくり達は段々と「ゆっくりぷれいす」の中央に追いやられていきます。
それでもルールは破りません。条件づけが完全に成功していたからです。
けして超えてはいけないロープ。ロープに囲まれたスペースは日に日に狭くなっていきます。
そして、とうとうゆっくり達は身動きが取れないほどの狭い範囲に押し込められてしまいました。
数百匹のゆっくりがロープの中で押し合いへしあいやっています。
特に一番外側のゆっくりは大変です。油断しているとロープの外に押し出されてしまいます。
必死になって、中の方へ中の方へと押し戻します。
ロープの外に出られないので、ごはんも長い事食べていません。
ぎゅうぎゅう詰めのロープの中。もはやゆっくりとしているゆっくりなど一匹もいません。
「おさないでね!おさないでね!」
「やめてね!ろーぷのそとにでたらゆっくりできないよ!」
「ゆうううううう!!!ゆっくりできないいいいいい!!!!!」
「おなかすいたよぉ・・・ゆっくりしたいよぉ・・・」
「ゆっくりしていってね!!!みんなゆっくりしてね!!!」
「つぶれるよ!おさないで!おさないで!」
「もう・・・だめ・・・」
「もっとゆっくりしたかった・・・」
中の方では既に押し潰されるものも出始めました。
そんな彼女達を更に混乱に陥れるものが現われました。捕食種のれみりゃです。
珍しく徒党を組んだれみりゃ達はゆっくり達をぐるりと取り囲み、ゆっくりと迫っていきます。
「うー☆たーべちゃーうぞぉー☆」
「いやああああああああああああ!!!」
逃げる処などどこにもありません。それでもゆっくり達はれみりゃから少しでも遠ざかろうとします。
生首饅頭達による、命がけの押しくらまんじゅうが始まりました。
真ん中にいるものから順番に潰れていきます。辺りには餡子の甘い香りが漂いはじめました。
「いやああああ!!!こっちこないでええええ!!!」
「たべないでね!まりさはおいしくないよ!」
「やめて!おさないで!つぶれ・・・」
「ゆべしっ!!!」
結局れみりゃ達はゆっくりを一匹も食べる事無く帰って行きました。
後には潰れて皮と餡子の塊になったゆっくりの死体と、運良く潰れなかったゆっくりが残りました。
生き残ったゆっくり達は仲間達の死を悼みますが、それと同時に少し喜びました。
とりあえず身動きができるだけのスペースが手に入ったからです。
それでも問題がすべて解決した訳ではありません。ロープの外に出られないのですから、このままだと飢え死にです。
仕方無くゆっくり達は仲間の死骸を食べる事にしました。
背に腹は代えられません(生首饅頭に背や腹があるのかは疑問ですが)。
しかし、実際食べてみると案外悪くありません。むしろ甘くて美味しい。
ゆっくり達はあっという間に仲間の死体を食べ尽くしました。
久しぶりに満腹になったゆっくり達。こんなにゆっくりできたのはいつ以来でしょうか。
ゆっくり達はもっと餡子が食べたくなりました。しかし仲間の死体はもう残っていません。
ここでゆっくり達は、ふとある事に気が付きます。
「ゆっくりをころしてたべてはいけない」というルールは存在しないという事に・・・
こうして数百匹が暮らしていた「ゆっくりぷれいす」はたった一匹を残して全滅しました。
ゆっくり達はルールを破りませんでした。最後の一匹もそうです。ロープの中でひとり寂しく飢え死にしました。
「とかいはるーる」を守り続けたゆっくり達。彼女達はとかいはになれたのでしょうか。
そんな彼女達を見たら、ありすならきっとこう言うことでしょう。
「あなたたちはあまりゆっくりできていないわね。とかいはじゃないわ。」
めでたしめでたし。
「うん。なかなか良くできたんじゃないかな。こんなもんだろう。
この作品で次こそ『ゆ虐動画祭』で賞を取るぞ。」
「れみりゃ達もお疲れ。ゆっくりを囲むシーン、良かったよ。可愛く撮れてた。」
「うー☆ほめられたどー☆」
「ありすも良かったよ。流石は『えんぎはゆっくり』だ。
ナレーションの部分はちょっと人間っぽくなりすぎたけど、仕方ない。
ゆっくりの喋りそのままだと聞き取りにくいしね。」
「ありすは演技派じゃないの!都会派なの!」
「こら、カメラが回ってない時は普通のゆっくりっぽくしてろって何時も言ってるだろう。」
「ゆ、ごめんなさい・・・」
「まあいい。今は動画が完成して気分がいいから許してあげる。
でも気を付けろよ。あんまり言う事聞かないと、次はR18物の動画に主演させるぞ。」
「ゆぅ・・・」
end
今まで書いたもの 「ゆっくりTVショッピング」 「消えたゆっくり」 「飛蝗」 「街」 「童謡」
「ある研究者の日記」 「短編集」 「嘘」 「こんな台詞を聞くと・・・」
「七匹のゆっくり」 「はじめてのひとりぐらし」 「狂気」 「ヤブ」
「ゆ狩りー1」 「ゆ狩りー2」 「母をたずねて三里」 「水夫と学者とゆっくりと」
「泣きゆっくり」 「ふゅーじょんしましょっ♪」 「ゆっくり理髪店」
「ずっと・・・(前)」 「ずっと・・・(後)」 「シャッターチャンス」
「座敷ゆっくり」 「○ぶ」 「夢」 「悪食の姫」 「中学生のゆっくりいじめ(前編)」
「中学生のゆっくりいじめ(後編)」 「ゆっくりできないあいつ」
最終更新:2022年05月19日 11:30