30年前、人類は突如として現れた謎の生物『ゆっくり』の脅威に晒された。
全長2m~4m、幅3m~6mのその巨大な侵略者は本当に振って湧いたかのように突然人間の住んでいた領域に現れた。
発生源は不明、餅のように柔らかい球体に顔を貼り付けたようなそれはさながら巨大な生首だった。
その肉体を形作っているのは、小麦粉を練った皮の中に餡子がたっぷりとつまった物
そう、驚くべきことに彼等は饅頭だった。
その現代科学をあざ笑うかのような無軌道摩訶不思議ぶりは
何人もの有望な研究者を狂わせ自殺させるという痛ましい事件を呼び起こした。

しかもただの饅頭ではない。

その表皮に拳銃などの通常兵器は通じずロケットランチャークラスの兵器を用いてやっと体に傷がつく。
最新の戦車でさえ一対一では場合によっては遅れを取る。
生身の人間には太刀打ちできる相手ではない。
そしてその強靭さ以上に驚くべきことに、ゆっくりは人の言葉を用いた。
「ゆっくりしていってね!」
それが初めてゆっくりと出逢った男がゆっくりから聞いた言葉だった。

このことから、その巨大な怪生物は以後『ゆっくり』と総称されるようになる。

なのでゆっくりとの対話による和解も試みられたが
その天敵を持たない強さからその性分は他の種族に対して傲慢極まりなく
そもそもゆっくりは小さな家族的集団しか作らないためいくら対話してもキリが無く大抵の場合破綻した。
そのことを人間がこれまでやってきたことのしっぺ返しと揶揄する識者も居たが
やがて自分にも脅威の及ぶ頃になると彼等も他の大勢と同じように自分を棚に上げてゆっくりを口汚く罵った。
傲慢な者同士の対話などうまく行くわけは無かったのかもしれない。
いくら強力なミサイルを使って辺り一帯ごと焼き尽くしても、その場所にまた別の場所からゆっくりが移り住んで
人類は逆に自分たちが住める土地を失っていった。
そうして至る所に突如発生しだすゆっくりにより人類は次々と生活圏を追われ
人類は辛うじて自衛を可能とする力を持っていた都市部へと追いやられた。
多くの人がこのまま人類は地上の覇権をゆっくりに譲り渡し、細々と生きて行くしかないかと思われた。

だが、ある天才の発明により人類に逆転のための炎が燈る。
ゆっくりを研究していたとある女性研究者の手により
ゆっくりを長期に渡って完全な休眠、仮死状態にする薬品
ゆっくり休眠剤『ヤゴコロス』が発明されたのだ。

世界中が都市部内の工場を『ヤゴコロス』を製作するために作り変えた。
これを一帯に散布することによりゆっくりをほぼ完全に無力化することに成功する。
そして人類は再び地上の覇権を取り戻した。

だが、問題は山積みだった。
『ヤゴコロス』は非常にコストが高く、また定期的に投与しないと休眠状態を維持できない。

また不可解なことにゆっくりはそれまで居なかったところ、制圧したはずの場所からも突如発生し続けた。
人間は一時的に地上の覇権を取り戻したもののその覇権を守るための刃を必要としていた。




鉄の臭いがする。
鉄の臭いは好きだった。
普段かいでいる甘ったるい臭いと全く逆なところが特に気に入っている。
俺はポケットやら何やらが色々ついたダークグリーンの服を脱ぐと
専用のスーツに着替えていった。
体にピッタリと密着するそのスーツは、一言で言うと所々に堅いパーツのついたスウェットスーツだ。
色はグレーの地に所々暗めの青、専用にあつらえているため俺の体に完全にフィットした。
俺は背中のチャックをあげると扉を開けてヘルメットを片手に抱え歩き出した。


通路を歩き格納庫へと入ると、整備士たちが駆け回る慌しい喧騒を無視して
迷うことなくまっすぐに自分の機体の元へと向かう。
甘い臭いが鼻腔をくすぐった。
機体の前に立って見上げる。
機体のハッチは高さ3mのそのボディの一番上にある。
毎回乗り降りが大変なのだが、構造上そう設計せざるを得ないので仕方ない。
最初の頃は登るたびに一々文句も言ったものだが今では黙して淡々と梯子を登りハッチを目指す。
手動で黒い扉を開けると、立てひざをついて機体の頭頂部に設置されているロックを解除した。
そして重々しいハッチを開けて俺は機体の中に乗り込んだ。
ボスンとパイロットシートの上に背中を預ける。
ずっと思っていたのだが、この中では甘い臭いはしないのは少々奇妙なものを感じる。

中にはコードで繋がれたリングが何個もある。
その形状から拘束具などと揶揄されるソレはコレを操縦するための要だ。
実を言うと、このスーツのシンプルな構造といくつかのパーツもそのための物だ。
俺は手首や足首にあるパーツに次々とそのリングを接続した。
全てのリングを接続したのを確認して、俺は脇に置いておいたヘルメットを被った。
そしてヘルメットに備え付けられている通信システムを起動させると言った。
「スタンバイ完了、これよりジャックを開始する」
『了解、Bjh開始してください』
形式的な文言を言い終わると俺は目を瞑り力を抜いていった。
ゆっくりと溜め込んでいた息を吐いていき、鼻から吸った。
格納庫の甘い臭いが鼻腔をくすぐる。
「嗅覚…同期」
体の力が限界まで抜けきった時、俺の体を外の熱気が撫でた。
「感覚、同期」
順調に行程が進んでいくことに満足して唾を呑む。
甘い味がした。
「味覚、同期」
耳を澄ましていくと格納庫の喧騒が聞こえてくる。
「聴覚、同期」
俺は通信を入れた。
「同期完了、視覚データの転送を」
『了解、視覚データ転送します』
ゆっくりと目を開くと、ヘルメット全体にさっきまで見ていた格納庫の映像が映し出された。
たださっきと違う点を上げるならば、少々目線が高いことだろうか。
さっきは見上げるようだった整備士の中年の大男も今では遥か下に見下ろしている。
俺は進路に障害物の無いことを確認すると言った。

「ジャック完了」
『Bjh完了を確認、ハッチを開放します』
「了解、ゆっくりまりさ、出ます!」

俺は不敵な笑みを浮かべると、ぼいんぼいんと跳ねながら格納庫から発進した。



人類は、ゆっくりに対抗するための刃を欲した。
しかしこれまで人類が作り上げてきた力はゆっくり相手には余りに脆弱すぎるものと
強力すぎて周りまで傷つけてしまうものばかりで帯に短し襷に長しといった有様だった。
だが人類はゆっくりを相手にするのにもっともふさわしい力を手に入れたのだ。
そう、ゆっくりそのものである。
しかしゆっくりはそのまま使うには手に余った。
だからゆっくりの中身を改造して、その脳を侵略してゆっくりに手綱をつけて使役することにしたのだ。

それをゆっくり休眠剤『ヤゴコロス』は可能にした
『ヤゴコロス』を使い休眠状態にしておいたゆっくりをゆっくりの内部に入力デバイスを埋め込む。
そして薬品の量を減らしてゆっくりを半休眠状態にする。

ここからがさっきやった『ジャック』『Bjh』と呼ばれるものだ。
『Bjh』とはBean jam hijackの頭文字からとったもので、要するにゆっくりの餡子をのっとるということだ。
入力デバイス内に人間が乗り込み、自分の感覚を通して半休眠状態のゆっくりの脳を侵略し支配権を奪っていく。

完全に支配権を奪ったところで、今度はゆっくりを半覚醒状態にして五感をのっとられたゆっくりを動けるようにする。
後は操縦者の思うがままに、その手足となってゆっくりは動かせる。
とは言っても所詮操り人形を操るようなもので、完全に自由自在というわけには行かない。
だがそれでも訓練次第でかなり自由に動かせるようにはなる。
スウェットスーツのようなパイロットスーツもゆっくりとの感覚を共有しやすくするための
ゆっくりと人間の間にある変換機のような役割を担っている。

人類はこの人の手で動くゆっくりを饅頭兵器、すなわちSteamed bun armsの頭文字をとって
Sba、もしくはSb兵器と呼んだ。
そしてそれに乗る人間のことをSb乗り
または餡子を乗っ取る人という意味でBean jam hijackerを略してBean jackerと呼んだ。
まあ年を取った人は見も蓋も無く饅頭乗りと呼んだりもする。

これの副次的効果として半休眠状態をデフォルトとすることで『ヤゴコロス』の使用量を減らすことも出来た。

こうして人類はゆっくりと戦うのにふさわしい刃を手に入れ、本格的な反撃を開始した。

そうしてゆっくり駆逐戦、後に第一次ゆっくり大戦と呼ばれる戦いは開始し
15年ほど前に以前人間が生活していた地域を殆ど人の手に取り戻して大戦は終焉した。
大戦を人の手に導いたのはやはり人の操縦するゆっくりを主力にした特殊部隊だった。

ゆっくりが現れ始めてから30年、ゆっくりに人が打ち勝ってから15年

俺は母国の軍隊に、ゆっくりのパイロットとして入隊していた。
ゆっくりとの戦争があった時は俺はまだ小さな子どもでその頃のことは良く覚えていない。
軍隊に入ったのも別に何か特別な理由があったわけではない。
偶然受けた適性検査に受かってそのまま入っただけだ。
そんな軽い気持ちで何故俺が軍隊生活を続けられているのか。

「敵機を視認、これより戦闘を開始します」
『了解、戦闘を開始してください』

俺は足を弾ませ目の前のゆっくりに対して直進した。
予想外に早いこちらのアプローチに驚いたのか、目の前のまりさは驚愕の表情を浮かべている。
そのまりさがやっと対処をしようと動きだした時にはもう大勢は決していた。
俺はまりさの眼前に大きくジャンプし、その勢いで真上に跳んだ。
体一つ分ほど俺の体が宙を舞う。
俺は相手のゆっくりまりさの帽子にとび蹴り
ゆっくりの感覚的には底部の端に力を入れてすこし伸ばしてする体当たりが蹴りなのだが
それをしてまりさの帽子を叩き落し、まりさの頭の上に乗っかった。
ゆっくり同士の戦いにおいて、これだけでほぼ勝敗は決する。
後は上から数度ジャンプして踏み潰してやればツブレ饅頭の出来上がりだ。
「ど、どおぢでぞんなにゆっぐりぢでないのおおおおおお!?」
悲鳴を上げるまりさに対して俺は言った。
「あんたが遅すぎるのさ」
[まりさがゆっくりしすぎてるんだよ!!]
俺の言葉が俺の操縦するゆっくりまりさを通して、ゆっくり言葉で喋られた。
操縦者が外に向けて言った言葉は、このようにゆっくりの言葉に変換されてゆっくりによって喋られる。

『そこまで、訓練を終了してください』
俺は相手のまりさの頭から降りて、格納庫へと戻るために跳ねていった。


「同期…解除」
手のひらを握ったり広げたりしながら自分の感覚が自分の手をちゃんと動かしていることを確認してから
もう外の景色を映していないヘルメットを外し息を吐いた。
面倒な行程だが、これをしておかないとうっかりゆっくりと同期したままヘルメットを外したりしようとして
妙な事故を招いてしまうこともある。
俺もド素人の頃に一度やって格納庫の備品を壊して始末書を書かされた。

さて、さっき言いかけたそれほど目的意識の無い俺が軍隊でやっていけているのかというと
つまるところ、それなりに才能があったからだ。
ただしゆっくりの操縦に関してだけで他は平均かそれ以下といったところだが
それでもゆっくりの操縦を出来る人間は少ないので重宝される。

人類は地上の覇権を取り戻したものの、まだ自然発生するゆっくりはなくならない。
また、ゆっくり休眠剤『ヤゴコロス』で休眠させているゆっくりを駆除するにもそれが出来る兵器は金がかかる。
かといってそのままにしておいてもゆっくり休眠剤『ヤゴコロス』を定期的に散布せねばならず金がかかる。

なので戦争が終わってから十五年経った今でもSb乗りは引っ張りダコだ。


それから数日後、俺に辞令が下った。
「転属…ですか?」
俺は上官に尋ねた。
「ああ、書類に目を通してから荷物をまとめておいてくれ」
それだけ言って書類を俺に渡すと上官は全て済んだというように立ち去っていった。
俺は面倒だななどと考えながら頭を掻いて書類に目を通した。

転属先は南の方にある大戦前からある古い基地だ。
元々は合衆国の基地だったが、大戦時の混乱によりいつの間にかわが国が実質的に管理運営している。
どこも自分の国のゆっくりに手一杯で、他の国までどうこうしようという余力は無い。
なので合衆国もその基地にこだわらずに放置してしまっているのだろう。
転属は一週間後
それまでにそれほど多くは無い荷物をまとめなくてはならず整理整頓の苦手な俺は溜息をついた。



転属の何が嫌かといえばやはり人間関係の再構築だろう。
特に、ゆっくり操縦士は重用されている割に若者が多い。
ゆっくりと同期するという行為が自我の確立した熟年よりも
若くて自我のやわらかい人間の方がやりやすいからと言われているが科学的に証明はされていない。
まあそんな訳で一般の、特に中年くらいの兵隊からの風当たりは強かったりするのだ。
ここでも大分苦労してやっと操縦士以外の何人かと馴染んできたところだったので
正直に言うと転属はしんどい。
が、そのことで上に文句を言えるほどの立場も俺には無い。

なのでそれなりの覚悟をして、かなり肩肘張りながらこの基地にやってきた。
軽く挨拶だけ済まして特に打ち解けようとすることも無くふらふらと格納庫の方へやってきた。
これから俺の乗る機体も見ておきたいという、別にそれだけの理由だ。

「俺タクヤってんだ!渡邊タクヤ
タクヤでいいぜ?オマエ歳いくつ?タメ?
まあどうでもいいや、あんま歳かわんなそーだし敬語とか無しな?
ゆっくりの整備士やってるんで多分オマエの担当になんじゃないかなと思うわけ
なんていうかビビっと運命って奴?
ってか今専属無い奴俺だけだしさーってことでヨロシクゥ☆」

捲くし立てながらぽんぽんと肩を叩いたりと
異常なまでに馴れ馴れしいその整備士の態度に俺は正直、「なんだこいつ」と思いながら眉を潜めた。

「あー、その
俺の機体見に来たんだけど…」
俺はマシンガンのごとく繰り出されるその整備士の言葉の縫い目を見つけて控えめに目的を伝えた。
「あーはいはいはい命を預ける愛機のことを一刻も早く知りたいって訳ねオーケーオーケー
多分あのまりさじゃないかな、他に空いてるのは無いし」
そういってそいつは斜め後ろに陣取っているゆっくりまりさを指差した。

俺はその整備士を置いて、そのゆっくりまりさに歩み寄った。
肌の艶から見て整備はきちんとされているようだ。
手で触った弾力から考えても生育は良好
そう悪くない
いや、むしろ何故こんないい仕上がりのものがエンプティになっていたのか疑問に思うくらいの機体だ。

「よろしく頼むぜ、相棒」
俺は何の気なしにそんなことを呟いた。
「おっけー!任せてけって!」
オマエじゃない。




そんな感じで、鬱陶しいのが一人懐いてきたものの
俺は引越し後で忙しいというのを理由に訓練時以外は殆ど同僚達とは接触しなかった。
接触すれば波風が立つだろう。
まず新人としての注目が薄れてからじっくり馴染んでいくのがいい。
特にこの基地は高齢の隊員が多いようなので慎重に行こう。
そう思って周りに反感を抱かれない程度に意識して避けていた。

意図してやっているとはいえ宙ぶらりんの居心地の悪い状態の続いていた日のこと。
遂に俺にこの基地に転属されて初めてのスクランブルがかかった。

「坊主!仕事だ!郊外に野生のゆっくりが出やがった!」
ヒゲ面の上官、山崎源五郎二等陸曹の言葉を聴きながら
既に専用のパイロットスーツに着替えていた俺は格納庫へ向かっていた。

山崎源五郎二等陸曹は定年間近の大分年を食った男で
いかにもな傷だらけの浅黒い肌と筋肉
そして体毛と酒臭さを供えた男臭い男をそのまま体現したような男だ。
他と同じようにこの人のこともなるべく避け様と思っているのだが
小ざかしい俺の意図など意にも介さずに向かってきてやたらと呑みに誘ってくる人だった。
俺のことは名前ではなく坊主と呼ぶ。
二十歳過ぎて坊主と呼ばれるのは勘弁して欲しいのだが
上官だし顔を見合わせるとどうにもその男臭さに気圧されて指摘出来ずに居た。

「数は何匹ですか?」
「確認されたのは二匹だ、まあそこらに隠れてるかもしれんが
こっちで出せるのはオマエだけだ
後は出払ってるか帰ってきたばかりで休養中ってとこだ
いけるな?」
「はい、問題ありません
俺一人で充分です」
「言ったな坊主
よし、トレーラーに積むからとっとと糞饅頭に乗って来い!」
「了解しました」
走りはしないが早足にゆっくりの方へと向かう。
ゆっくりの後ろに立つと、その金色の髪の間から垂れている縄梯子を掴んで上っていった。
前はアルミ製だったので最初は面食らったがこの縄梯子にも既に慣れて上るのに5秒とかからない。
黒い帽子についた扉を開けてハッチを開きコックピットへ滑り込む。
すぐに感覚共有用のデバイスに接続してヘルメットを被り呟いた。
「スタンバイ完了、これよりジャックを開始する」
目を瞑り体の力を抜いて鼻から息を吸う。
「嗅覚…同期、触覚、同期
味覚同期、聴覚同期」
感覚を共有させていく順番は人それぞれで、俺は嗅覚から同期させていくのが癖になっていた。
余談だが嗅覚から行く人は結構珍しいらしい。
それにしても、こちらに来てからの訓練で分かってはいたがこのまりさとはこれまでになく同期がスムーズに行った。
どうにも俺とこのまりさは相性がいいらしかった。
「早く視覚データを、ハッチも開けて下さい」

『了解しました、これより視覚データを転送します』
すぐに視覚データがヘルメットに転送され格納庫の映像を映し出した。
それと同時に格納庫のハッチも轟音を立てながら開かれる。
「ジャック完了、ゆっくりまりさ、出ます!」
[ゆっくりいくよ!]
俺はまりさから感覚を奪い去り、外へと飛び出した。
巨大になった体が否応無く巨大な力を手に入れたのだということを感じさせる。

俺は専用の、だが旧式の大型トレーラーに乗り込むと目を瞑り神経を集中した。

『坊主!どうだ、緊張してるか?』
山崎二等陸曹からの通信が入ってきた。
「いえ、実戦は初めてでは無いので大丈夫です」
野生のゆっくり二匹、実戦では一匹しか相手にしたことは無いが
訓練では3対1で勝った事もある、なんら問題ないはずだ。
それでも神経が昂ぶって仕方が無い。
それを見透かされたのか、と思うと心が読まれているようでどうにも座りが悪かった。
「嘘付け!オマエのゆっくりを見りゃ誰だって緊張してるのがわかるぜ!」
なるほど、そういうことかと俺は頷くと同時に
まりさとの相性が良すぎるのも考え物だと思った。
以前はそこまでダイレクトに心情がゆっくりに表れてしまうほど細かい機微を再現するようなことはなかったのだが。
それとも単にこの山崎二等陸曹が図抜けて鋭いだけなんだろうか。

そうこうしているうちに、俺を乗せた旧式の大型トレーラーは郊外のゆっくりの発生した地点に到着した。
場所は郊外のさらに外れの広さだけはある寂れた場所。
近くにはクヌギなんかが群生した小さな林もあった。
所々に見える古いコンクリートの欠片や床から上の無い民家の跡から考えて
ここも昔はそれなりに栄えていたのかもしれない。
だが30年前に人類が都市部に追いやられた際に家や建物はゆっくりに踏み潰され
こんな風に人気の少ないだだっ広い場所がたくさん生まれた。
その殆どは未だに復興しておらず、そんな中ではここはまだ盛り返している方だった。
民家は半径1kmに三軒ほどで通報者含めて避難は完了済み。
多少暴れて周りに被害が出ても問題ない、保険がおりるはずだ。
政府は人口がパンクしかけて問題が山のように出てきた都市部から離れて
こういう土地を再び栄えさせようとする人間には寛大なのだ。


『いました!ゆっくりです!』
『種類は?つがいか?』
『それぞれまりさ型とれいむ型です!
恐らくつがいなんじゃないでしょうか?』
『だそうだ坊主』
「了解しました、直ちに駆除を開始します」
俺は跳ねると頭を打つので這いながら大型トレーラーから降りると野良ゆっくりに対して向き合った。
俺のことを見つけたゆっくりれいむとまりさは、こちらを見てこう言った。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
初めて人類に接触したゆっくりが最初に言ったというあの言葉だ。
俺は息を軽く吸うと、腹の底から思いっきり言ってやった。
「あいにくと、この地球上にお前等の安穏の地は無い
お前等はここで排除する!」
[ゆっへっへここは俺のゆっくりぷれいすなんだぜ!ゆっくりでていくんだぜ!]
「どおぢでぞんなごどいうのおおおおおおおおおお!?」
「れいむだぢゆっぐりぢでだだげなのにいいいいい!!」

せっかく気張って言ったのに変換後の会話の間抜けさにガックリと肩を落とす。
『坊主!そいつ乗ったまま啖呵は切らないほうがいいぞ
 情け無いことになるからよ』
「今痛感してます」
俺は半眼で呻いた。
本当にいらんことを言ったと後悔する。

無駄なことをしたと嘆息しながら
気を取り直して標的のゆっくり二匹を見る。
大きさは、高さ3m横幅5m程と実に平均的で種類もれいむ種とまりさ種の組み合わせという
最もオーソドックスで普遍的な物だった。

これといって見るべきところも恐れるようなところも見当たらない。
ならば二対一でも問題ないだろう。
野生のゆっくりに対して何故数の上で不利にも関わらず俺が余裕を持っているのか。
それは訓練をしているというのもあるが、それは数の不利を完全に覆せるほどではない。
むしろ人間の扱うゆっくりはどうしても人の意思を伝達するためにわずかばかりの遅れが生じるため身体的能力においては劣る。
それでも人間の扱うゆっくりは野性のものに対して優位に立てるのだ。
それは人類が高いとはいいがたい身体的能力で他の強大な力を持つ生物に対して優位に立てた理由と同じことだった。

「ぷんぷん!れいむたちのゆっくりぷれいすなのにきゅうにでてけなんてぜんぜんゆっくりしてないよ!」
「ゆー!だいたいそのぼうしからしてゆっくりしてないよ!」

確かにこのまりさの言うとおりゆっくりから見ればこのとんがり帽子は珍妙なのだろう。
鍔は曲がっているし先の部分も普通のゆっくりからみれば尖り過ぎている。
まあそれは構造上仕方ないことだ。
「アウェイクン」
ゆっくりに備え付けられている一部の装備は意識しながら音声入力をすることで操作可能だ。
手を動かそうとするとゆっくりの方が動いてしまうので通常のボタンなどによる入力方法は使いづらく
苦肉の策でこういった入力方式をとらざるを得ないらしい。
音声は一応個々人で変更可能だが俺は面倒なのでデフォルトのままにしてある。
俺が指示すると、頭にコツンと棒が当たる感触と共に頭上の黒いとんがり帽子が真上に飛び上がった。
ぽかんと口を開けるまりさを他所に俺は体を捻って、ゆっくりと落ちてくるとんがり帽子の、その中から伸びる棒に食い付いた。
そしてとんがり帽子の先をまりさに向けて構えると、そのまま一直線に突撃する。
一瞬後には自分の腹に深々と突き刺さった帽子を愕然とした表情で見下ろすまりさがいた。
「ど、どおぢでぼう゛じがざざっだりずるのおおおおお…!?」

何故野生のゆっくりに対して人間の扱うゆっくりが有利であるのか
要は武器を持っているということだ。
ゆっくりまりさの帽子を加工・コーティングして作り上げた硬化饅頭皮製帽子型突撃槍。

帽子に支柱が通してありこちらの指令に応じて伸縮させて口に咥えて振り回せるゆっくりまりさの主要武器だ。
ゆっくりの研究を進めていく過程で副次的に発見されたこの武器に用いられている新素材は非常に堅く
その上比較的軽いため発見当初は技術革新だのなんだのと持て囃された。
だがさらに研究を進めていくにつれて、すぐに劣化する、温度変化に弱い、加工するのが難しい
安定供給するためにはゆっくりの養殖が不可欠、そもそもコストがかかる
生産・加工にもゆっくりの飾りそのままの形を保たないと時間がかかるetcetc
山のような問題点が発見された。
結局いまだにこのかつての新素材を用いているのは対ゆっくり用の武器くらいだ。
それも使いこなせるのは同じゆっくり位なのだ。

この槍だってゆっくりの体重と力で振り回すから対ゆっくり用の武器足りえているが
他のものにとっては雨宿りくらいにしか使えない。
散々扱き下ろしてきたがそれでも対ゆっくり戦においてだけは有用なことは確かだった。
「げふっ、ごぱぁ」
まりさは内部から槍で圧迫され口から餡子を吐いた。
驚愕の表情は既に失せ、土気色の顔で焦点の合わない虚ろな瞳で視線を空に漂わせていた。
「ま゛り゛ざのあんごがあああああ!?」
れいむは伴侶の身に起こった突然の凶事に目を見開き悲鳴をあげた。
後腐れ無くこのままれいむの方も突き殺してしまおうと槍を引き抜いた。
直径一メートルはあろうかという巨大な傷穴から大量の餡子が零れ落ちた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああ!!!!」
れいむがまりさの傷口に駆け寄り、舌を使って必死に餡子をまりさの体の中にに押し戻そうとした。
しかしいくら舌を器用に動かしても舌の上を流れて餡子は地面に零れて行く。
傷穴に押し戻されたわずかな餡子も未だ止まることの無い餡子の濁流に押し返され体から抜け出していった。
「ま゛り゛っ、ま゛り゛ざああああ!!い゛や゛あああああ!!」
「おどどざあああああああああん!!」
未だ餡子に濡れる槍を構え直し、再び突撃しようと腰を深くした時
近くの森から体長1mほどの小さなゆっくりが現れまりさに駆け寄った。
「!?きちゃだめえええええええええ!!」
俺はその小さなゆっくりごとれいむを貫こうと飛び出した。
『まずい坊主!子持ちだ!小さいのは後にまわせ!』
通信が入ったがもう遅い、既に俺の槍は子れいむの体を貫く
いや押しつぶしていた。
『畜生!!やっちまった!!』
山崎二等陸曹は何故か悪態をついた。
そんなに俺の腕が信用できないのだろうかと思って不快感に眉を潜める。
確かに大きい方のれいむは仕留め損なったが別に大きなミスではない。
このれいむをとっとと駆除してしまえばそんな態度を改めさせることも出来るだろうと俺は再び槍を構えた。
「れ゛い゛む゛のあがぢゃんがあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「な!?」
[ゆ!?]
今まで一度も聞いたことの無い大地を揺るがすかと思うほどのれいむの雄たけびに俺は立ち竦んだ。
槍を持つ手、いや舌と唇が震えた。
『気をつけろ!もういままで倒してきたゆっくりと同じと思うな!!』
山崎二等陸曹が耳が痛くなるほどでかい声で俺に助言を送った。
「い、一体どういう…」
よく意味がわからずに俺は戸惑いながら聞き返した。

『母は強しだ!!』
「じねえええええええええええええええええ!!!」

山崎二等陸曹が叫ぶと同時に、鬼神のごとき形相で突進してきたれいむに俺はたじろいだ。
「っ!?」
[ゆゆっ!?]
辛うじて槍を斜に構えて体当たりを受け流したものの、その余りの迫力に呼吸が荒くなる。
汗や唾液で槍が滑らないように注意しながら穂先を突きつけて牽制しながら距離を取ろうとした。
「よ゛ぐも゛れ゛い゛む゛のあがぢゃんおおおおおおおおおお!!!」
だがそんなもの意にも介さずにれいむはこちらに向かって突進してくる。
このままこちらも突撃で応じるか一瞬迷うが
もしこちらの突きを避けられた時あの勢いの体当たりをどうにかできるか不安だったので
再び槍でいなしてから間合いを取った。
「よ゛ぐも゛よ゛ぐも゛よ゛ぐも゛ぉ゛…!れ゛い゛む゛だぢばがぞぐでゆっぐりぢでだだげだどにぃ…!」
お前等が近くに居るだけで人間は恐ろしくて仕方が無いんだと心中で呻く。
「糞っ、隙が無い…!」
[もっとゆっくりしてね!]

「お゛ばえのぜいでゆ゛っぐぢでぎだぐなっだんだあああああああああ!!!」

意図せずして発動したゆっくり語変換機能がれいむの神経を逆撫でてしまった。
俺は舌打ちしつつ槍を咥えたまま横っ飛びに飛んでれいむの突進を避けようとした。
「う゛があああああああああああああああああ!!」
が、予想以上の速さで突っ込んできたれいむに、槍の穂を横から噛み付かれてしまう。
「しまった!」
[ゆぅ~!?]
俺は振りほどこうと頭を振ったが、れいむはガッシリと槍を咥えて離さない。
お互い槍を奪い取ろうと喰い縛り、力が拮抗しあってお互いに動けなくなった。
「くっ…」
俺は冷や汗を垂らしながら呻いた。
今は持ちこたえているが、さっきまでの戦いで向うの方が腕力が上なのは散々見せ付けられた。
このまま膠着状態を続けていればいずれ槍を奪われる。
そうなれば勝ち目は無い。

『坊主!大丈夫か!?』

トレーラーの山崎二等陸曹から通信が入る。
「すいません…厳しいです…!」
俺は情け無いことこの上ない気持ちで弱音を吐いた。
『仕方ねえな、なんとか援護するから切り抜けろ!
1、2の3でいくからタイミング合わせろ』
「…?了解しました」
俺はゆっくりに対抗できるような強力な装備があのトレーラーに積んであったかと疑問に思い首を傾げた。
ゆっくり以外の対ゆっくり兵器はそうポンポン使えるような兵器ではないのだが。
『1!』
そうこうしている内にもカウントダウンは進んでいく。
俺はそれまでなんとか持ちこたえようと歯を食いしばり目の前のれいむを睨みつける。
『2の!』
ひょっとして休眠剤でも積んでいたのかと思い当たり心中で合点する。
滅多に無いことだが作戦中にSbaの休眠剤が切れてしまう場合に備えている可能性も無くは無い。
それなら一応納得がいく。
『3!』
と思った瞬間トレーラーがゆっくりれいむの横っ腹に突っ込んだ。
トレーラーのコックピットがれいむの体にめり込んで、目の前のれいむの顔がひしゃげた。
いくら軍用とはいえ、トレーラーの体当たり程度でゆっくりが傷を負う事はまず無い。
衝撃は完全に饅頭側と餡子の弾力に吸収されてしまう。
が、それでも槍を咥えていた口の力を少し緩ませるには充分だった。
少し面食らったが兎にも角にもれいむから槍を奪い返した。
がっしりとくわえていた口からちゅぽんと音を立てて槍が抜ける。
そのままこちらに槍を引き込み、糸を引いていた唾を引きちぎる。
「マジかよ…」
目の前の事態に頭が時間差で追いついてきてやっと呻きながら
俺は未だトレーラーを頬に減り込ませながら驚愕の表情を浮かべるれいむの額に槍を突き刺した。
「も゛っど…ゆ゛っぐりぢだが…だ…」
か細い断末魔をあげるれいむから槍を引き抜くと、頭から滝の様に餡子を噴出しながらその勢いでれいむは後ろに倒れこんだ。
大地が揺れ、あたりに落ちているコンクリート片が震えた。
「任務…完了か」
ぐるりと周りを見回して、もうゆっくりが居ないことを今度こそ確認して
緊張を解いた俺は溜息を吐いた。

『危なかったな坊主!』
「ええ、お互いに」
元気そうな山崎二等陸曹の声に俺はよくトレーラーで突っ込んでピンピンしてるなと呆れながら返した。
『まあルーキーにしては上出来だ!
とりあえず後始末は他の奴等に任せて帰って酒でも飲もうや!
どうせ饅頭乗りは一度出撃したらリフレッシュやらなんやらで当分出撃できないんだしよぉ
徹夜だ徹夜!朝まで呑め!三日くらい二日酔いで頭ガンガンなるまで呑むぞ!』
山崎二等陸曹の語気の強さに
比喩じゃなく本当にそれくらい飲まされそうな気配がしたので俺は適当に言い訳を考えて断ることにした。
「あー、その、これから飲み会の準備するのも大変なのでまた今度に…」
『大丈夫だ、整備士の方の坊主に店の準備やら何やらやらせといたから』
渡邊め。
心中で毒づきながら、くたびれ切った体で俺はトレーラーに乗り込んだ。







――――――――――――――――――――

次回予告
山崎は大戦時の戦友にして合衆国軍の英雄ブライアンの来訪に沸き立つ。
だが、変わり果てたブライアンの姿に俺はゆっくり乗りの闇を見ることになった。

次回 緩動戦士まりさ
『英雄の末路』


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年03月15日 00:48