紙芝居を聞かせて?

           by 十京院 典明(旧名 ”ゆ虐の友”従業員)




 ゆっくりれみりゃは、飼い主の男が寝付いた後の家を歩き回る。
 普段のような、気楽で闊達とした歩き方ではない。といって空を飛ぶのでもない。
 のそのそ、よろよろと…れみりゃ自身の考えでは”慎重に”歩いている。
「かさかさ、いないどぉ~?」
 先ほど見せて貰った紙芝居。それに出てきた「かさかさ」を恐れ、
 しかし寝床でじっとしていることもできずに男の家を徘徊する。

 がさっ

「あうううう~~!!??」
 小さな物音におびえ、れみりゃは立ち止まる。
 確かに聞こえた。「かさかさ」がそこにいる。いるに違いない。いるのだ。
 れみりゃは頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
「おぜうさまなんかいないどぉ~!ここにはだれもいないどぉ~!」
 かさかさがしゃがみこんだれみりゃの体に登り、動き回る。
 れみりゃは頭を抱えたまま身をよじる。
「やだどぉ~!!えれがんどなおぼうしがよごれぢゃうどぉ~!!」
 かさかさ。
「くしゃいどぉぉぉぉ~!!さくや、さくやぁぁぁぁぁ~!!」
 かさかさ。
「ぎもぢわるいどぉぉぉぉぉぉ!!!!」



「……」
「うー!」
「おい」
「いないどぉ~!おぜうさまはるすなんだっどぉ~!」
「おい、れみりゃ?」
 肩をゆすられて目を醒ますと、飼い主の男がいた。
「ちゃんと自分の寝床で寝なくちゃ駄目じゃないか。
 折角、れみりゃの欲しがってた紅魔館買ってあげたんだから、お行儀よく使わなきゃ駄目だよ?」
「うあ?どーしてこんなところでねてるんだっどぉ~?」
 不思議そうに首をかしげるれみりゃ。
「そうだど、おにーさん!きょうもかみしばいよんでほしいっどぉ~。」
「はいはい。じゃあ、お兄さんと一緒に紅魔館に行こうね。」

 男は紙芝居を読んでやる。
「小さな虫は、かさかさと這い回りました」
「おいしそーなかさかさだっどぉ~!
 おぜうさまだったらぁ、ぜーんぶたべちゃうどぉ~♪」
「虫達は、潰しても潰してもゆっくりの周りに寄ってきます……
 それにしても変な紙芝居だな……ゆっくりにはこんなのが面白いのか?」
 それはとても奇妙な筋立ての紙芝居だった。
 ゆっくりれみりゃの周りに虫が寄ってきて、やがてれみりゃに虫がびっしりと取り付いてしまう。
 そんな、わけのわからない物語だ。

「うっうー!かさかさいっぱいだどぉー!」
 男は不思議に思いながらも、続きをせがむれみりゃのために紙芝居をめくってやる。
「ゆっくり達の前に、大きな一匹の虫が現れました……」
「ぎゃおー☆たーべちゃーうどぉー!」


 * * * * 


 大きなかさかさがれみりゃの前に”立って”いた。
「れみりゃ、れみりゃ、こっちへおいで」
 かさかさは細くて筋張った手でれみりゃを捕まえ、ぐいぐいと引っ張る。
「あう!かさかさのくせになまいきだっどぉ~!
 えれがんとなおぜうさまにたちむかうとはいのちしらずだっどぉ~!せいばいだどぉー!」
 しかしかさかさは細い腕でしっかりとれみりゃをとらえ、振りほどくことは出来ない。
「うー!うー!どーじではなざないんだっどぉ~!?」
 れみりゃはやわらかい腕を動かして相手を倒そうとするが、膂力の差は歴然としている。
 かさかさはれみりゃを抱きすくめ、にたりと笑ってこう言った。
「食べてあげる。食べさてあげさる。食べさ食べかさかさべかさ」
「ぎゃおー!!ゆっくりはなすんだっどぉ~!!」
「かさかさかさかさ」


 * * * *


 最近、れみりゃの調子が悪い。食事と紙芝居を読んであげているときのほかはほとんど寝ている。
 医者へ連れて行っても、しょせんゆっくりの事と真面目に受け取ってもらえない。
「おにーさん、ねむれないんだっどぉ~。かみしばい、よんでほしいどおー」
「おお、よしよし。
……あの紙芝居がいいのかい?」
「あれじゃなきゃやだっどぉ~!かさかさのおはなしがいいんだっどぉ~!」
 その紙芝居は行きつけの用品店ではなく、森にほど近い場所にある奇妙な古道具屋で買ったものだ。
 道具の名は”紙芝居”効能は”読み聞かせた相手を虜にする”という店主の売り口上に惹かれて買ったが、
 たしかにれみりゃを夢中にしている。
 男は紙芝居に感謝していた。具合の悪いれみりゃのせめてもの慰めになってくれている紙芝居。
 これが無かったら、れみりゃはもっとつらいことだろう。比喩でなく、ゆっくりにつける薬などないのだから。
「はやくだどぉ~!よんでくれないと、たーべちゃーうどー!」
「わかったよ。たくさんのむしさんが……」
「うー!」


 * * * *


 れみりゃは逃げる。
「ごあいどぉぉぉぉ!!!ざぐやぁぁぁぁぁ!!!!おにーざぁぁぁぁーん!!!どごだどぉーー!!??」
 背中から、手足から、帽子の中から、眼球のふちから、羽音がぞわぞわと内側へと「
「」
 お洋服が虫で出来ている。気持ち悪くて涙があふれる。
 必死に助けを求める声が、かさかさとした音へと変わっていく。
 大好きなお兄さんが虫で出来ている。
「れみかさ?かみかゃ?」

  「@p







 光の中に居た。その光をどのようにしてか抜けると、清澄な意識だけがそこにあった。
 れみりゃは静かに、とても静かに己の終焉を理解した。
 死という言葉は知らなくても、死という実感は持つことが出来た。
――おにーさん、もうあえないんだどぉ。さびじーどぉー!
――おにーさん、おぜうさまはかさかさにひどいめにあわされたんだどぉー。たすけてほしかったんだどぉー
――もっといっぱい、うーしたかったどぉー。もっとおにーさんにみせてあげたかったどぉ~
――だけど、ばいばいだど。


 いつしか辺りは穏やかな川辺であった。川の向こうに、大好きなおにーさんがいる。
「うー!おにーさー……」
 だけどもう声は届かない。見てもらうことも出来ない。
 おにーさんがれみりゃを探している。おにーさんがれみりゃを呼ぶ声も、もう聞こえない。
 引き裂かれるようにつらくとも、何もかもをなげうって願っても、もう帰ることは出来ないのだ。
「うっうー……」

 たとえ見えなくても。
――おにーさん、これがさいごのうーだどぉー。
――いままで、ありがとうだどぉー。
 届くことがなかったとしても、れみりゃは男への感謝を込めて、今までで一番の踊りを披露しようと思った。
「うっうー!」
 涙を拭いて、えれがんとなすまいる。両手を胸の前へ。
 元気良く声を出して、さあ。
 だんす☆すたーと。
「かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ」
 踊りが虫でできている。川辺が虫で出来ている。
 えれがんとなすまいるが虫で出来ている。

「れみりゃ、れみりゃ、こっちへおいで。
 お前はもう、虜なのさ。その魂までも」



 * * * *


 結局、れみりゃは眠るように逝ってしまった。
 男には何が原因だったのかはわからない。

 紙芝居をもう一度読み直してみる。おどろおどろしいタッチで描かれた挿絵と、わけのわからない物語。
 もうこれを開くことも無いだろう。
 男は、れみりゃをゆっくりさせてくれたこの紙芝居をあの古道具屋へ返してやろうと思った。
「そうすれば、いつかまた別のゆっくりがあれでゆっくりするかもしれないしな。
 そうだろ?れみりゃ……」





 END

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最終更新:2022年04月16日 22:46