『一緒にゆっくり遊ぼうね』
周囲の山々の桜が散り始め、景色が日々変化する春の日。
天気も良いので散歩でも出掛けようと家の裏口から外に出た私は二匹の妖精と出会った。
裏庭にある一本の松の木、その木陰にゆっくり二匹が身を寄せ合ってゆっくりと休んでいた。
一匹は紅を基調としたリボンを付けたゆっくりれいむ。
もう一匹は黒いトンガリ帽子を被ったゆっくりまりさだ。
ゆっくりとはこの村の長老いわく饅頭の妖精らしい。
「ゆっくりしていってね!!!」と鳴き、ゆっくりすることを好む大人しい妖精。
山の中ではよく見かけるが、こうして村で見るのは割と珍しかった。それも我が家の裏庭で。
自らの巣の周りで落ち着いていることの多いゆっくりが遠出することは少ない。
しかしこの二匹は見た感じでは子ゆっくりのようだ。
きっと蝶々でも追いかけて遊んでいるうちにここまで来たのだろう。
害は無いし放っておいても良いのだが、その前にちょっと遊ぼうかな。
私が子供のころは山でゆっくりとよく遊んだものだった。
と言う訳で春の陽気でうとうと眠りかけている二匹に近づくと、二匹は私に気付いて顔を上げた。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!!」
これがゆっくり式の挨拶だ。
れいむは眉毛をシャキーンとして、どこか勝気な笑みを浮かべて元気に叫ぶ。
まりさはふてぶてしさを感じさせる表情だけど、一方で親しみも感じる控え目な笑顔で叫んだ。
挨拶の時は二匹の間に一定の距離を取るのがゆっくり式だ。
「ああ、ゆっくりしていってね」
「ゆっ!」
「ゆっくり!」
二匹は私の返事を聞いて満足したのかピョンと垂直に跳ねて短く鳴いた。
その後は再び二匹寄り添って元の位置に戻った。
しかし眠そうだった先程とは違ってニコニコと私を見上げている。
一緒にゆっくりしようと誘っているようだった。
私はそんなれいむを持ち上げる。
バスケットボールぐらいの大きさのれいむはとても軽く、そして柔らかかった。
「ゆゆ? ゆっくりしていってね!!」
私の顔の高さまでれいむを持ち上げて目を合わせると、れいむは元気な鳴き声を上げた。
「ゆ、ゆっー。
まりさもゆっくりしたい!」
まりさは持ち上げられたれいむが羨ましいらしい。
れいむを見上げながら私の足元でピョンピョン跳ねていた。
「まりさは後でな」
私はまりさにそれだけ伝えるとれいむをさらに持ち上げた。
高い高いの要領だ。ゆっくりはこれが好きなのだ。
「おそら! おそらをとんでるみたい!!」
「ゆぅー、まりさも! まりさもとびたいよ!!」
れいむもやはり高い高いが好きなようで、清々しい笑顔を見せる。
まりさもそれを見て羨ましいレベルがMAXだ。
しばらくれいむにお空体験させた後は再び顔の高さまでれいむを下ろす。
「ゆっくりできたよ!!」
頭上で何度も「おそらをとんでるみたい」と言ったのだから報告せずともそれは分かる。
わざわざ報告してくるのはゆっくりなりのお礼かな。
お礼もいいけど今度は私が楽しむとしよう。
私は両手でれいむの両頬を支えるようにれいむを抱えている。
そこから親指で柔らかいれいむの頬をプニプニ突く。
「ゆにゅ?」
プニプニプニ
「ゆゆゆ」
「おお、柔らかい。たまらん」
今度は片腕でれいむを抱えて頬を軽く摘まんでみる。
やはり柔らかい。この柔らかさは女性の乳房を彷彿とさせる。
「ゆー、ゆー」
れいむは大人しくスキンシップを受けていた。
それに私の腕に抱えられて安心できるようで、眠たそうな顔をしていた。
が、ここで不意打ち。強めに頬を抓って見た。
「ゆ"!? いたい!」
ビクーンと体を硬直させて痛みを訴えた。
もがいて私の腕から逃げようとする。
「おっとっと…
ごめんよれいむ」
「ゆっ…ゆっくりー!」
謝るとすぐにれいむは落ち着いた。
単純である。
しかし強く抓った時の反応、良かったな。
また見たいと思ってしまうぐらいに。
だけどこれ以上はやめておこう。
感情を抑えきれなくなるかも知れないし。
それよりも今まで無視していたまりさの「まりさもあそんで」という訴えは激しさを増していた。
そろそろ可哀想になってきたし、まりさとも遊ぶとしよう。
なので眠り始めたれいむを地面に降ろす。
「ゆ?」
突然の地面にれいむは驚き、きょとんとしていた。
対してまりさは…
「ゆっくりしていってね!!」
私の腕に飛びついて来た。
よっぽどれいむが羨ましかったのだろう。
キラキラとした瞳は「はやくあそんで」と言っているようだった。
「よーし、次はまりさの番だぞ」
「ゆー!!」
今度はまりさを持ち上げ、れいむと同じように遊んだ。
いや、違うな。
れいむよりも三回ぐらい多く頬をぎゅって摘まんだ。
粒のような涙を浮かべて泣き出しそうになったのでそこで止めたが。
その後はまりさも降ろしてやり、適当な野菜を分け与えた。
二匹は遠慮していたが、目の前に置いてやるともそもそと食べ始めた。
食べ終わればもちろん、
「しあわせー!!」
これである。
二匹の爽やかな笑顔を見ると野菜をあげた甲斐があるというものだ。
「それじゃ出かけるから今日はお終いね」
「ゆ? ゆっくり! いっしょにゆっくりしていってね!!」
「ゆっくりしようよ!!」
どうやら気に入られたみたいだ。
もっと一緒にいてと引き留められた。
「用事があるんだよ。だからまた明日な」
「あしたゆっくりしようね!!」
「しようね!!」
私は二匹に別れを告げると当初の予定通り裏山へ散歩に出かけた。
散歩中、私の頭には抓られたゆっくりの泣きそうな顔が何度もチラついていた。
それからというもの。
毎日れいむとまりさは裏庭の木陰に来るようになった。
山か何処かに巣はあるようだが、日が出ている間はここで過ごしている。
最初の数日は私を見ても遊んで欲しそうにこちらを見ているだけだった。
そんな二匹を放置するのも可哀想なので適当に遊んであげた。
草笛の吹き方を教えてあげたり、ホッペを指で突いたり…
抱っこして一緒に木陰で寝たり、デコピンしたりした。
ちょっと痛がることをしてしまったが私なりの可愛がり方なのだから仕方がない。
それに痛いことをしても謝れば二匹はすぐに笑顔になって許してくれた。
そうやって遊んでいるうちに最近は二匹の方から私を誘うようになった。
まだ扉をノックしたり家の中の私に呼び掛けはしないけど、
私が姿を見せるとピーンッと背筋を伸ばして飛び跳ねてきた。
「ゆっくりしていってね!! きょうもゆっくりしようね!!」
「ゆっくりしていってね!! きょうはおにーさんのぼりしたいよ!!」
「ははは、よしよし」
二匹の頭を軽く撫で、私と二匹の遊びの時間が始まる。
れいむとまりさの要望を聞きつつ、一緒になって遊んでやる。
犬なんかと違って喋るので、ペットというよりも子供と遊んでる気分になる。
これはこれで楽しかった。
楽しいはずなのだが……私は物足りなさを感じるようになっていた。
私が楽しいと感じるのはゆっくりに対して意地悪したときだけなのだ。
例えば頬を何度も突っついて嫌がる顔を眺める。
それでも頬を突っついて涙目になってもまだ続ける。
「や、やめてね…」
「ゆゆ、おにーさんゆっくりしようよー!」
二匹が私の行為に対して拒絶の意を口にしてようやく止める。
気付けばゆっくりの頬が赤く腫れていた。
他にも楽しそうに笑ってるゆっくりを捕まえてデコピンをくらわせた。
思いきり力を込めた渾身のデコピンだ。
「ゆびぃっ!!」
ひと際高い声で叫んだゆっくりはプルプル震え、次第に涙目になる。
そしてとうとう我慢できなかったのかポロポロ涙を流して泣き出してしまった。
「ゆぅぅぅ! ゆぅぅぅぅぅ!!」
「ゆっくりしてね!! ゆっくりしてね!!」
イヤイヤしながら泣き喚くゆっくり。
最高だった。悪いことをしたなと思ったが、心が昂るのを確かに感じた。
このまま思いきり殴ったらどうなるだろうと考えると本気で興奮した。
でも、その日はそれ以上何もせずにデコピンしたゆっくりに謝った。
本当に痛かったらしく、すぐには許してくれなかったが。
しかしこの日、私は自分の心に芽生える気持ちを確かに感じた。
私はゆっくりの泣き顔が好きなんだ。
無邪気に遊んでと跳ね寄ってくる二匹のゆっくり。
その無垢な笑顔をぐしゃぐしゃにしたい。
そんな自分の気持ちに気付いてからは毎日が物足りなかった。
日を追うごとに強くなるこの想い。
「お前たち、楽しいかい?」
「ゆー! おにーさんといっしょ! すごいゆっくりできるよ!!」
「たのしーよ!! あしたもあしたのあしたもずっとゆっくりしようね!!!」
もう、我慢できなかった。
「そうか。
ところでさ。私の家に来ないか?
私の家で遊ぼうよ。なっ?」
「ゆー? でもいーの??」
「もちろんさ。お前たちが来れば嬉しいし、ゆっくり出来るからね。
来てくれるかい? 来てくれるよね?」
「ゆっ、まりさはおにーさんのおうちでゆっくりしたい!!」
「れいむも! れいむもゆっくりするー!!」
私の事を信頼し切った二匹を我が家に誘うのは簡単だった。
裏口の戸を開き、家に入るよう促すと二匹は元気に家の中へと駆けていく。
家に入ると私に振り向いて「ゆ!」と鳴く。
私はそんな二匹に続くと鳴き声の代わりにピシャリと戸を閉める。
「ゆっくりびっくり!」
戸の閉まる音に驚いている二匹を抱えて部屋へと連れて行く。早足だ。
二匹はキョロキョロと部屋の様子を眺めていた。
初めての人間の家には気になる物がたくさんあって目移りしてしまうのだろう。
「さ、ここで遊ぼうな」
「ゆっくりしていくね!!」
家の奥、寝室としている部屋に二匹を連れ込んだ。
襖を閉めれば六畳ほどの閉じられた空間になる。
ここなら存分に私も楽しめるし、二匹は決して逃げることは出来ない。
「ゆっくりあそぼうね!!」
「まりさ、おもしろいのみつけたよ!! それであそびたいよ!!」
「ゆゆ、れいむもみつけたよ! もーいっかいみたいよ!!」
「はは、でもダメだ。
どうしてもやりたい遊びがあってさ」
私は二匹の傍に屈むとまずはまりさに手を伸ばした。
「ゆっくりあそんでね!!」
「ああ、遊ぶとも」
まりさの後頭部を掴んで床に押さえつける。
「ゆ"?」
苦しいようでくぐもった声を上げた。
でも少したりとも逃げようとはしない。
まりさは私を信じてくれている。
意地悪程度ならするけど本当に酷いことはしないって信じてくれてる。
でもごめんねまりさ。
もう自分の心に嘘は付けない。
だから殴るね。
まりさを押さえ付けていない方の手を振り上げ、拳を握る。
狙うのはまりさの頭だ。
何をするんだろうと大人しく待っているまりさの頭に狙いをつける。
帽子があるけど構わない。
気持ちのままに殴りつけるだけだ。
ズンッ
「…っゆ"」
鈍い音と声が部屋に響いた。
泣かせて怯えさせるのが目的だから手加減している。
だがまりさのクッションのような柔らかい頭には私の拳骨がめり込んでいた。
帽子越しでもまりさの体温、震えを拳から感じられる。
「ゆ? ゆゆ?
まりさ…?」
呆然としているれいむを余所に私は拳をゆっくりと上げた。
しばらく震えるだけのまりさだったが、間を置いてまりさの泣き声が漏れ始める。
「ひっ…ゆひっ…ひっ……」
おっと忘れちゃいけない。
私はまりさの頭を片手で掴み、顔を私と向き合わせた。
もちろん泣き顔を見るためだ。
だが残念なことに、まりさは私の顔を見ると少し安心したような表情になった。
もしかすると私が殴ったこと気付いてない?
だったら仕方ない。
今度はまりさにも良く見えるように目の前で拳を握る。
それからゆっくりと腕を引いて――
再び殴る。
「………!!!」
顔面中央、人間で言えば鼻の辺りを思い切り殴り付けた。
まりさは悲鳴も出せなかった。
「やめてね! ゆっくりやめてね!!」
れいむは泣きそうな顔で私に縋りついた。
のんびり屋のれいむも私がいつもと違うと気が付いたらしい。
いつもの意地悪と違い、本気で傷つけようとしているということを。
私は縋るれいむに腕を横薙ぎにぶつけて振り払った。
れいむの番はまだ先だ。
「あ"あ"あ"ーっ!
いだいよぉぉ!!!
ゆ"ーっ!!」
と、これはまりさだ。
殴りつけたショックから立ち直り、後頭部と顔面の痛みにようやく泣き出した。
大粒の涙をボロボロ流し、大口を開けて泣き叫ぶ。
いい顔だ。もっと殴りたくなる。
まりさの目の前に拳を突き出して、再び殴ると意思表示する。
「ひっ、や、やめて…ね。
いたいのやだよぉ。おにーさんやめてよぉぉぉ」
まりさは怯えていた。
意地悪を嫌がるのとは違う。
危害を加える者へ恐怖。それと単純に痛みに対する恐怖だ。
さっきと同じで腕を引くのを見せ付ける。
それを見たまりさはビクリとひと際大きく体を震わせた。
この後どうなるかはついさっき身を持って知ったのだから当然の反応か。
下半身を振って本気で逃げようとする。だが体の構造上、頭を掴まれては逃げようがない。
「や、やあぁぁ!! やだぁぁぁ!!
いたいのやだよぉ!! やめてやめでよぉぉぉ!!!」
もはや出来るのは泣き叫ぶことだけだ。
まりさは私に泣き付いて止めてとお願いする。
「ゆっくりじようよ! おにぃさぁん!!
いっじょにゆ"っぐりじだいよ! じよう"よ"! ゆっぐりぃぃぃぃ!!」
「ゆっくりしてるさ。
まりさを殴るととってもゆっくり出来るんだ」
そして殴る。
今度は左頬だ。
「あ…ひ…あ"あ"ぁ"ぁ"ーっ!!」
「楽しいなぁ」
また殴る。
今度は右頬。
「あ"あ"ーっ! あ"ぅ"あ"ーっ!!!」
もっと殴る。
「あびぃっ! びいぃぃぃ!!!」
まだ殴る。
「ゆ"や"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"!!!!」
まりさが泣くのでさらに殴る。
「あ"びゅっ、びぶっ…あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!」
殴り続けた。
「ゆっくりしようよぉぉ!!
ゆっくりしてってよぉー!!」
れいむは部屋の端で叫んでいる。
私を恐れ、決して近付いては来ない。
そろそろあっちも苛めようかな。
すでにポンコツ顔のまりさを床に投げ捨てる。
「ゆ"…ゆ"ぶ…」
もはや虫の息だ。
れいむに気付いてよかった。
れいむが叫ばなければついつい殺してしまったかも知れない。
「じゃあ今度はれいむの番だね。
お兄さんとゆっくり遊ぼう」
「あ、あそぶの?
ゆっくりあそぼうね…?」
本当に言葉通り「遊ぶ」と勘違いしたらしいれいむは少し笑顔が戻る。
このまま油断させて捕まえてもいいが…
「れいむもいっぱい殴ってあげるね。
まりさと同じように痛い思いさせたげる」
「…ゆ?
や、やあぁぁ…」
れいむは一転顔を真っ青にすると襖にグイグイと体を押し付けて逃げようとする。
だが襖は押しても開くことは無い。もし開き方を知っていてもれいむの力じゃ襖を動かせない。
「ほーら、捕まえちゃうからね」
「ゆっくりぃぃ…
こないで、こないでよぉぉ」
れいむは腰が抜けたのかズリズリと這って私から逃げる。
跳ねても遅いゆっくりが這ってはさらに遅い。
簡単に追いつけるけどあえて追いつかない。
ギリギリれいむが逃げれるスピードで追いかける。
「やだあぁぁっ…
ゆっぐりざせでよ"ぉぉ」
まだ殴ってもないのにれいむは泣きじゃくっていた。
よっぽど怖いんだろうなぁ。可愛いなぁ。
でもそろそろいいかな。
ヒョイっとれいむの頭を掴んで持ち上げる。
「あ…
あ"あ"あ"あ"あ"!!!
はなじでね! ゆっぐりじでね"っ!!」
まりさと同じように下半身を振るれいむだがもちろん逃げられない。
這うほどに愛しい床から離れ、めでたく私とご対面だ。
「やあ、れいむ。逃げるなんてひどいじゃないか。
でもこれでやっと一緒に遊べるね」
「ゆ"う"ー! ゆ"う"ー!」
れいむは滝のような涙を流しながら縮こまっていた。
体を強張らせて私に怯えた瞳を向けている。
「そんなに怖がらないでよ。
さっきのは嘘さ。ほらナデナデしてあげるよ」
「ゆ"あ"あ"……ゆ?」
予想外の言葉に泣き止んできょとんとする。
「怖がらなくて、いいんだよ。
一緒にゆっくりしようね」
「ゆゆ…ほ、ほんと?」
「ごめん嘘だ」
バチンッ
れいむが体の力を緩めた瞬間、れいむの左頬に平手打ちをかました。
「あ…ゆ?
う"う"ぅ"ぅ"ぅ"!!!」
バシンバシンッ
何度も何度も左頬だけにビンタする。
まりさに対しては握り拳の剛の暴力を、れいむに対しては平手打ちの柔の暴力を与える。
「いだい"っ! い"だい"っ! やぶぇでね"っ!!
びぃぃぃ!! うぶっ!!」
泣こうが叫ぼうがビンタを続ける。
れいむの左頬が真っ赤になっても止めない。
ビタンビタンッ
「びゅぶぅぅぶっ! ゆぎゅう"っ!!」
バンッバンッ
「ひぐっ、ひぐっ、ゆ"ぶぅぅっ!!」
何度も何度も叩き続ける。
まりさと同じように飽きるまでずっとビンタを続けた。
止めた頃にはホッペは腫れあがり、張りが出て硬くなっていた。
「あびゅ…ゆびゅぶ…」
顔の左右のバランスがおかしくなったれいむは声もまともに出ないようだ。
涙も枯れたのか、ほとんど涙を流さない。
視線を私から逸らしてこの暴力が終わるのを待っているようだった。
「ふぅ…」
そろそろいいだろう。
私も散々殴って腕が疲れたし、十分すっきり出来た。
れいむをまりさの傍に投げ捨てると、私は壁にもたれ掛かって休むことにした。
さて、あの二匹はこの後どうしようかな。
「れ、れーむ…ゆっくりしてってね…」
なんて考えているとまりさはボコボコの体で痛むだろうにれいむへと擦り寄る。
れいむを苛めている間に多少回復したのだろうけど、それでもその動きは弱々しかった。
「ゆぶ、ゆ"、ゆ"っぐい"…」
対するれいむは息も絶え絶えといった感じだ。
だというのにまりさの言葉に返事をするとは大したものだ。
「れ"い"む"ぅ…れ"い"む"ぅ"…
ゆっぐりじでよ"ぉ…」
「ゆ"、ゆ"ぐ…ゆっぐ……」
始めて会った時のように身を寄せ合う二匹。
ただ前とは違って安らぎの要素は何一つ無い。
今私が話しかけたらきっと怯えて悲鳴を上げるだけだ。
そんな二匹を家に置いておいても疲れそうだ。
私は立ち上がると二匹に近づく。
「ゆ、ゆ"、ごないで…」
「あ"あ"…あ"ぁ"ぁ…」
また殴られるのかとビクついて逃げようとする二匹をそれぞれ片手で持ち上げる。
イヤイヤと泣き叫ぶ二匹を外へと連れて行く。
足を使って襖を開き、裏口の戸を開け、二匹を裏庭の松の木の傍へ投げ捨てた。
「あ"、ゆ"、あ"…」
「ゆー、ゆぅぅ…」
二匹は木陰で休むことは無く、ズリズリと這って逃げていく。
巣がある方向に進んでいるのだろう。
少しでも早く安らげる場所へ帰ろうとボロボロの体で這ってゆく。
私はそんな二匹を黙って見送った。
二匹は一度も振り返ることは無く、体の痛みに震えながら茂みの向こうへ姿を消した。
それからあの二匹は裏庭に姿を現すことは無かった。
そりゃそうだろう。顔が変形するぐらいに何度も暴力を振るったのだから。
最後はあんな状態だったし、すでに死んでいてもおかしくない。
やっぱり飼えば良かったかなぁ。
適度に可愛がって適度に虐めれば長持ちしたろうに。
思えば思うほど勿体ないことしたなと思う。
裏庭の松の木もどこか寂しげに見えた。
だが二匹が去ってから十日目。
裏庭の松の木、その木陰にゆっくりがいた。れいむとまりさの二匹だ。
私をじっと見つめている。
しかし何でここに?
あんなに痛めつけたというのに。
初めは違うれいむとまりさかと思った。
でもれいむの左頬は右のそれより一回り大きく膨れている。
まりさの顔は所々デコボコで、帽子は凹んでる。
どう見てもあの二匹だ。
二匹は私を警戒しながらも私がどういう行動に出るのか様子を見ていた。
もしやたった十日という短い時間で私を許したのか?
それでいて仲直りしようとでも思ってるのか?
だとしたら…私も同じ気持ちだ。
仲直りしたかった。
「れいむ、まりさ」
「…ゅ」「ゆ」
私は二匹の名を呼ぶと、今日の散歩の昼飯をそっと取り出した。
れいむとまりさの元へは近付かない。
多分二匹はまだ私を恐れてる。なので無暗に近づかない。
「あの時はごめんよ。
痛かったよな。本当に悪かったって思ってるよ」
私はこれでも本気で謝っていた。
二匹とはまた遊びたい。あの素敵な時間を再び過ごしたい。
だから仲直りしたい。
「ほら、仲直りの印に一緒にご飯食べよう。
その後はゆっくりしような」
「ゆゆ…」
「ゆ? ゆー」
二匹は小さな声で鳴き合っていた。
相談しているようだ。
「もうあんな事したりしないよ。
明日も明後日も、十日後もずっと一緒にゆっくりしよう」
「ゆっ」
「ゆゆ」
れいむとまりさは頷き合うとおずおずと私の元へ歩んできた。
まだ十分に跳ねることが出来ないのか、単に慎重なのかゆっくりと這ってくる。
私は笑顔で、餌を差し出す姿勢のまま二匹を待ち続ける。
「ゆっ…」
「ゆー」
近付いてきた二匹にご飯を手渡して食べさせる。
少し遠慮がちに微笑みながらもぐもぐとお握りを食べてくれた。
私はそんな二匹の頭を撫でようと頭上に手を掲げた。
「ゆ!?」
二匹はビクッと震えたが逃げだすことは無かった。
フルフル震えていたが、ナデナデを続けると震えは徐々に収まった。
「ゆっくり! ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしようね!!!」
そのまましばらく撫で続けるとようやく二匹は満面の笑顔を咲かせ、十日振りの挨拶をしてくれた。
「ああ、ゆっくりしていってね」
「ゆー!! おにーさんゆっくり!」
「ゆっくり! ゆっくりできるよ!!」
ピョンピョンと二匹は飛び跳ねた。
仲直り出来たのが嬉しいのか、二匹は少し涙目になっている。
でも跳ねれるぐらいに元気になったようで何よりだ。
これなら少し強めに暴力を振っても大丈夫だろう。
十日とは言わなくとも数日は我慢したのだ。
今日だってゆっくりを探しに散歩へ出ようとしてたぐらいだ。
でもその必要はもう無い。
きっとしばらくは無いはずだ。
「私の家で遊ぼうな。
れいむとまりさが好きな遊びをしてあげるよ。
その後は…その後はもっと楽しいことをしよう」
「ゆっくりあそぼうね!!」
「ゆっくりたのしみ!!」
私は無邪気に喜ぶ二匹を抱えて我が家へ迎え入れる。
れいむとまりさは幸せで安らげる時間と痛くて苦しい時間を交互に過ごすことになるだろう。
虐めて仲直りして、私を許した所でまた虐めて仲直りする。
あれだけ酷いことをしても十日で許してくれたのだ。
この虐めと仲直りのサイクルは長く続くに違いない。
どこまでもお人好しなこの二匹が真に私を拒絶することはあるのだろうか。
もし私を許してくれなくなった時、それはきっと別れの時だ。
「ゆ? おにーさんゆっくりしてるの?」
「ゆゆ、ゆっくり? まりさもゆっくりするよ!」
考え込んで足が止まっていた私に二匹が声をかけてくる。
「ああ、ごめんごめん。何でもないんだ。
それよりも早く遊ぼうね」
「あそぼうね!!」
「れいむたのしみ!!」
本当に楽しみだ。
可愛いれいむに可愛いまりさ。
これからも一緒にゆっくり遊ぼうね。
終
by 赤福
たまには普通の虐待を。
最終更新:2022年04月16日 23:30