ぽかぽか陽気に照らされ、嬉しそうにざわめく森の木々。
そんな巨木の一本の根元に掘られた、大きな穴。ゆっくりの巣である。
たくさん子供を抱える大家族が悠々住めるような、ゆったりとした作りの巣穴だった。

この穴の中では今、一匹の小さなゆっくりれいむがゆっくりしている。
おかあさんたちは、ただいまお出掛け中。
昨日産まれたばかりの妹まりさに、お外の世界を見せてあげるという。
子れいむは一人でお留守番だ。みんなで出かけておうちを空っぽにしてしまうと、
稀に誰も住んでいないと誤解した他のゆっくりがやって来て、住み着いてしまうことがある。
その場合、そのゆっくりを侵略者と断じて社会的に追放する術をゆっくり達は持たない。
何故なら、元来「おうちとは『そうして』得るもの」だと、本能が知っているからだ。
だから大抵の場合はこうして留守番役を置き、「ここには家族が住んでいますよ」という証明を立てる。
もし悪いゆっくりが来れば子れいむはひとたまりも無いだろうが、取り敢えずこの森ではその心配は無かった。
とは言えやはり一人きりで過ごすのは、まだまだ小さいれいむにとっては心細いこと。
彼女の心の支えになっているのは、仲良しの子まりさだ。

「ゆっ・・・まりさまだかな・・・」

子れいむは家族が出かけて広くなったおうちの真ん中で、うずうずと身体を揺らしている。
今日は子まりさが一緒にゆっくりしてくれる約束をしているのだ。
「おいしいいちごさんをもっていくよ!」と言っていたから、それを取って来るのに時間がかかっているのだろうか。

「ゆっくりしたいちごさんたべたいよ・・・まりさもゆっくりしようね・・・」

まりさが来れば、お留守番の寂しさもどこかに吹っ飛んでしまうことだろう。
親の目を気にせず遊ぶことが出来るので、いつも遊ぶよりもゆっくり出来るかも知れない。
まりさのために、昨日はお外でゆっくり出来そうなものを沢山集めて来た。
綺麗な石さん、松ぼっくりさん、おいしいきのこさん……
たっぷりゆっくりすることを夢見て、子れいむはまりさを待っている。

「まりさ、れいむのおうちでゆっくりしようね!!」



「ゆっ、ゆっ・・・!まりさはいそいでるよ!ちょっとごめんね!!」

涼やかな風の吹き抜ける、川沿いの道。気持ちの良い陽気に誘われ、多くのゆっくりが集まって来ている。
そんな中を一匹の子まりさが、ぴょこんぴょこんとせわしない様子で跳ねて行く。
頬はぷっくりと膨らみ、帽子も少し盛り上がっている。中に野イチゴを沢山詰めてきた為だ。
野いちごの探索が思ったように捗らず、子れいむとの約束の時間に少し遅れてしまった。
まりさが遅くなっては、れいむが寂しがってしまう。急がなければ。
急いでいるまりさには周りが見えておらず、一々通行ゆっくりを避けてなどいられない。
大荷物でバランスを崩し、あちらこちらの通行ゆっくりにぽいんぽいんとぶつかるも、子まりさは構わず進む。
大好きなれいむとゆっくりするためなのだから、何も悪いことはない。
ぶつかられたゆっくり達も、特に悪い顔はしない。子まりさがぶつかった程度の衝撃では痛くも何ともないし、
柔らかい子ゆっくりの頬をぶつけられることはむしろ心地よく、微笑ましいことであるからだ。

「まりさはいそがなきゃだからね・・・!ゆっくりとおるよ!!」


れいむとまりさの一家は、一匹の子れいむを留守番に残して日向ぼっこに来ていた。
生まれたばかりの赤ちゃんまりさに、お日様に当たる気持ち良さを教えてあげるためだ。

「あかちゃん、ゆっくりできてる?」
「おひしゃまきもちいいよ!とっちぇもゆっくいできりゅよ!」

親れいむの頭の上で、きゃっきゃとはしゃぐ赤まりさ。
バレーボールの上にピンポン玉が乗っているようなもので、親れいむは髪やリボンを押さえられる程度の重みしか感じない。
しかしささやかなそれこそが、可愛い我が子の、生命の重みでもあるのだ。
生後間も無い赤ちゃんゆっくりは底面も柔らかいため、固い石などのある野道は危険で跳ねられない。
だから外出の際には、親ゆっくりの頭上でゆっくりすることになる。人間で言えばおんぶか肩車のようなものだ。
お母さんの頭の上で、嬉しそうにきゃっきゃと小さく跳ねる赤まりさ。

「ゆゆ?!かわしゃんきらきらしてりゅよ!とっちぇもきれいだね!!」

土手の斜面から見下ろす川面は、日光を反射して宝石箱のように輝いている。
この場に集まっている多くのゆっくりが、その様を見て「ゆゆ??!!」と歓声を上げている。
その群集の中には、このれいむとまりさの夫婦も入っている。
赤まりさもまた、お母さんの頭上から身を乗り出して絶景に見入った。

「ゆゆっ、あんまりうごくとおっこちちゃうよ!」
「だいじょうぶだよまりさ。れいむたちのあかちゃんはかしこいからちゃんときをつけてるよ」
「ゆっ!まりしゃおっこちにゃいようにしちぇりゅよ!」
「あかちゃんはとってもえらいんだね!」

赤ちゃんのはしゃぎように親まりさは注意を促すが、それも要らぬ心配だったようだ。
親れいむは、頭の上の赤ちゃんがちゃんと足場が安定した範囲に限って移動している事を把握していた。
とってもかしこい赤ちゃんだ。大きくなったらどんなにゆっくりした子に育つのか、今から楽しみである。
親れいむは遠い目で川面を見つめながら、我が子の将来に思いを馳せる。

だから、ぽよぽよと走ってきた子まりさの存在にも気付かなかったのに違いない。

「ゆっ、ごめんね!まりさはちょっといそいでるからね!」

どんっ

「ゆゆ?」

背後にぶつかる謎の衝撃に、親れいむがゆっくりとそちらを確認する。
しかし子まりさは既に急いで走り抜けてしまった後。背後を見ても何もいない。
何だったのかな、まあいいか、と再び川面に視線を戻した時……

「ゆっ!?あかちゃん!?」
「ゆゆ?、ゆっくちころがりゅよ?♪」

柔らかな草の繁茂する斜面を、無邪気な笑顔でコロコロと転げ落ちていく赤まりさ。
親れいむが頭の上が軽くなったことに気付いたのは、その姿を視認してからだった。
赤まりさは、踏みとどまっていられるギリギリのところを見定めて身を乗り出していた。
多少バランスを崩しても、赤ちゃんながらの立派な踏ん張りで、決して落ちてしまうことはなかっただろう。
だが子まりさによって加えられた僅かな、しかし予想外の衝撃により、足を滑らせてしまったのだ。

「ゆあ・・・あ、あかちゃああぁぁぁぁん!!」
「なにしてるのれいむ!!あかちゃんがぁぁぁぁぁ!!」

親まりさは親れいむよりも一秒ほど前から恐慌状態だ。
反射神経の鈍さから、これが恐るべき事態であることに気付くのに少しの時間を要し、
更にどう行動すれば良いのかを判断出来るまでには未だ達していない。
見っとも無く絶叫している間にも、赤ちゃんはどんどん斜面を転げ落ち、川面へと近づいていく。
両親の悲鳴に気付いた周囲の何匹かのゆっくりも、この事態を見てざわざわと騒ぎ始める。

「ゆ?、おめめがまわりゅよ???・・・」

赤まりさはお外に来て良かった、と思った。こんなに楽しい「ころころ遊び」を知ることが出来たのだから。
柔らかい草に身体を擦り合わせると、凄くゆっくり出来るのだ。目に見える世界がくるくると姿を変えるのも面白い。
斜めになった地面さんの上なら、疲れることなくゆっくりところころ出来る。おうちの近くにも斜めの地面さんはあるかな?
でも、それが長すぎると目が回ってしまい、ゆっくり出来なくなってしまう。
賢い赤まりさは、楽しい遊びに潜む危険も同時に学び取った。
そして斜面を下り終えると当然、川の流れに顔面からぽちゃんと突っ込む。
たっぷり水を飲むと、それきり言葉を発することは無かった。

「あかちゃああぁぁぁぁぁん!!かわさんにはいったらゆっくりできないよ!!
 れいむがゆっくりたすけるからね!!そこからうごかないでね!!」

両親のうち判断が早かったのは、お腹を痛めて(?)赤まりさを産んだ親れいむの方だった。
川のゆったりとした流れにプカプカ流されていく赤まりさに向かって、全力で斜面を下っていく。
(れいむもおみずさんはこわいけど、あかちゃんのためだからだいじょうぶだよ!!)
本来なら絶対に近づきたくないような水の流れにも、赤ちゃんを助けるため、果敢に飛び込んでいくれいむ。
しかし川は、意外と深かった。
普段入ったりするようなことも無いので、れいむが正確な深さを把握出来ていなかったのは当然である。
「きっとれいむのあしがつくぐらいのふかさ」という希望的観測によって行動したのは、れいむがゆっくり故のミスだろう。
だから水に飛び込んだれいむも、当然溺れた。

「ゆ、ゆわあああぁぁぁ!!ゆっぐりでぎないよ!!まりさだずげでねええぇえぇぇ!!」
「れいむぅぅぅぅぅぅ!!」

こうなると赤ちゃんどころではない。動かなくなった赤まりさが清流を流れていくのを尻目に、
親れいむは全身の動かせる部分を全部動かし、ばちゃばちゃと溺れている。
次々に入水していく家族の姿に、とうとう親まりさのゆっくりとした思考回路も重い腰を上げた。

「いままりさがたすけるからね!!そこでゆっくりまっててね!!」

ぴょーんと斜面を一っとびし、真ん中ぐらいで着地して、そこからは川面へゴロゴロ転がっていく親まりさ。
しかし水に落ちる寸前に帽子を脱ぎ、川面に浮かべてその上にぽすんと乗る。
ゆっくりまりさならではの水上移動術だ。これさえうまくできれば川で溺れることはない。

「れいむ、まりさのおぼうしのうえにのってね!!」
「まりさありがとおぉぉぉぉぉ!!」

しかしダメだ。二匹は乗れない。
れいむが何とかまりさのお帽子の淵に食らいつくと、その部分から浸水し、帽子のとんがり部分に水が流れ込んでくる。
「おぼうしなられいむをたすけられる」と信じて疑わなかったまりさは驚愕するが、
この状況に対してもれいむの掴まり方が悪いぐらいの認識しかしていない。反省のない饅頭であった。

「ゆゆ!?れいむやめてね!!おぼうししずんじゃうよ!!」
「たすけてね!!はやくれいむをおみずからだしてね!!まりさたすけてね!!」
「やべでよれいむぅぅぅぅぅぅぅ!!まりさもおぼれちゃうのおぉおぉぉぉぉ!!」

まりさも溺れた。
二匹のゆっくりは水を吸って仲良く沈んでいき、体内に残っていたわずかな空気が気泡となって水面で弾けた。
周囲のゆっくり達はあまりの光景に言葉を失い、一様に泣き顔になっている。
その心の内を代弁するなら、「うわ?、いやなものみちゃったよ」といったところだろうか。


「れいむ!あそびにきたよ!」
「ゆゆ、まりさ!ゆっくりしていってね!!」

ようやく仲良しの子れいむのおうちに辿り着いた子まりさ。全力疾走の疲れも構わず、大声で子れいむに呼びかける。
子れいむもこの時を待ちわびていた。子まりさの声が聞こえた瞬間、ぽっと心の中に暖かみが差すのを感じた。
二匹はぱっと駆け寄ると、お互いの柔らかな頬をすりすりと擦り合わせた。

「ゆゆ?まりさ、おくちになにかはいってるの?」
「ゆっ、いちごさんだよ!!」

んべ、と口から野イチゴを取り出す子まりさ。帽子に入れていた分も床に並べる。
これだけあれば子れいむも、お母さん達がいつも貯めているごはんに手を付けなくとも一日ゆっくり出来そうだ。

「いっしょにたべてゆっくりしようね、れいむ!!」
「ゆゆ???!!ありがとうまりさ!!」
「「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」」

口に広がり、餡子に染み渡るイチゴの甘味と酸味。
子れいむはお留守番の寂しさを、子まりさは道中の疲れをすっかり癒す事が出来た。
空腹が落ち着くぐらいにまでイチゴを収めると、子まりさはおうちの中がやけに広いことに気付いた。

「むーしゃ、むーしゃ・・・れいむのおかあさんたちは?」
「きのううまれたあかちゃんをおさんぽにつれていってあげてるよ!!」
「ゆ!あかちゃんがうまれたの!?」
「そうだよ!とってもかわいいあかちゃんまりさだよ!
 かえってきたらまりさもいっしょにゆっくりしてあげてね、きっとよろこぶよ!!」
「ゆゆ??!まりさもいっしょにゆっくりしたいよ!!すごくしたいよ!!」
「おかあさんたちもまりさのことがだいすきだよ!みんなでいっしょにゆっくりしようね!」

仲良しのまりさと二人きりのゆっくりも良いけれど、やはり誰かと一緒にいるのは安心出来るもの。
お留守番を経験して子れいむは、家族で一緒にゆっくりすることの大切さを知った。
お母さん達は、そう遅くならずに帰って来るだろう。そしたら子まりさも一緒に、日が暮れるまでゆっくりしよう。

「このいちごさんはおかあさんたちのぶんだよ!とっておこうね!」
「ゆゆ、れいむのいもうとのぶんもとっておかないとね!たべさせてあげようね!!」

赤まりさの分は一個、お母さん達の分は二個……と、二匹で仲良く分配していく子まりさと子れいむ。
おうちに帰ってきてこんなにおいしそうな野イチゴがあるのを見たら、きっとお母さん達は驚くだろう。
そしてイチゴを持ってきた子まりさをゆっくり出来る子だと歓迎し、より皆でゆっくり出来ることだろう。

「ゆゆゆ???・・・まりさ、ゆっくりしていってね!!」
「れいむ、ゆっくりしていってね!!!」

こうして大きな期待を胸に、二匹のゆっくりタイムはますます深まっていくのだった。




「ゆゆ・・・・おかあさんたちおそいね・・・・・」
「もうすぐくらくなっちゃうよ・・・・」

夕方。おうちの入り口に西日が差し込み、外出時間の終わりが間もないことを告げる。
しかし子れいむのお母さん達、そしてかわいいかわいい赤まりさはなかなか家に帰ってこない。
子まりさと過ごす時間は楽しいけれど、居るはずの家族がいないという不安感は、次第に子れいむの心を苛んでいく。
段々と笑みが消えていく子れいむの顔を見て子まりさは、ここは自分が励まさねば、と奮起する。

「きっとあかちゃんがいろんなものをみたがってるんだよ。あかちゃんをゆっくりさせるのはたいへんだよ」
「ゆゆ・・・そうだね。かわいいあかちゃんのためなら、れいむはゆっくりまつよ」
「まりさもゆっくりまってるよ。ゆっくりしたあかちゃんにあってみたいよ」
「あかちゃん、たっぷりゆっくりできてるかな・・・きっとすごくいいこにそだつよ」

こんなに長い時間、お外で存分にゆっくりした赤ちゃんまりさ。どんなに可愛いことだろう。
お外で見たことを、大喜びで話してくれるかな? それとも遊び疲れてウトウトしちゃうかな?
どちらにせよ、二匹にとって可愛いことに違いはない。見ているだけでとてもゆっくり出来そうだ。
想像の中で赤ちゃんをキラキラと輝かせながら、二匹はゆっくりと家族の帰りを待った。




恐慌の夜。

「なんでおがあざんたちがえっでごないのおぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
「ゆゆ、おちついてね!!れいむゆっくりしてね!!」

更に時は過ぎ、空の色はオレンジから暗い青へとグラデーションしていく。
暗くなってしまえば、凶暴な動物やれみりゃなどの補食種がうろつき始める。
子まりさのおうちはここから近いので、今から帰るのにもそれほど危険は無い。
だが赤ちゃんを連れて遠くにいった子れいむのお母さん達が、ゆっくり出来ないもの達から逃げられるだろうか?
もしかしたらもう既に、何か危ない目に遭っているのかも……
不安はどんどん増大し、子れいむの小さな胸を張り裂けんばかりに満たしている。

「おがあざぁぁぁぁぁぁん!!あがぢゃああぁぁぁぁん!!」
「れ、れいむなかないでね!だいじょうぶだからね!!」
「れいむいつまでおるすばんじでればいいの!!さびじいよ!!あかぢゃんにあいだいよ!!
 おがあざんとすりすりしたいよ!!みんなでゆっぐりじだいよ!!
 どうじでがえっでぎてぐれないの゛!!みんなはやくがえってぎでよおぉぉぉぉぉ!!」
「ゆぐっ、なかないでね・・・・れいむなかないでね・・・・!!」

大声で泣き喚く子れいむを見ていると、子まりさまで悲しくなってしまう。
しかし自分まで泣き出してしまっては、誰が子れいむを支えてやれるというのか。
このままではいけない、と子まりさは気持ちを引き締めると、巣穴の外へと出て行く。

「まりざどごいぐの!?れいむをひどりにしないでね!!」
「まりさはおそとをみてくるよ!れいむのおかあさんたちをさがしてくるよ!!」
「れいむもいくよ!!」
「だめだよ!おそとはくらいからあぶないよ。れいむはおるすばんしててね。
 ちゃんとおるすばんしてたら、おかあさんたちがいーこいーこってほめてくれるからね!
 あかちゃんもおねえちゃんをそんけいするよ!だからかえりをまっててね!!」
「ゆぐっ・・・わがったよ!!はやくもどってきでね!!」

涙をこらえて巣穴を飛び出す子まりさと、涙ながらにそれを見送る子れいむ。
お外に出てみると、外気はぐっと冷えていた。お昼の陽気が嘘のようだ。
子まりさはぷるると寒さに身を震わせると、「れいむのおかあさぁぁぁぁぁん!!」と叫びながら森中を跳ね始めた。

(まりさはいそぐよ!!れいむがゆっくりできなくなっちゃうよ!!いそいでおかあさんとあかちゃんみつけるよ!!)

お外は暗くて寒い。大人のゆっくりでも怖がる夜の森は、子供のまりさにとってはどんなに恐ろしいものだろう。
しかし子まりさの心を突き動かしているものは、「友達とゆっくりしたい」という願い、れいむを助けたいという使命感。
これほどの強い想いを前には、暗闇の恐怖など子まりさにとっては無いも同じだった。
やがて子まりさは、川のせせらぎに混じって、ゆっくり出来ない声を聞く。

「うー!うー!」
「れ、れみりゃ・・・」

「れみりゃだあああ」と叫ぶ寸前で、子まりさは自分を押し留める。
まだ本格的な活動時間には少し早いはずだが、このれみりゃは既に何かを補食している。
もしや……と嫌な予感がよぎり、子まりさは確認のためにそろーり、そろーりとれみりゃに近づいていく。
それは子まりさより一回りほど大きい、胴無し子れみりゃだった。小さな羽根を嬉しそうにパタパタ動かし、何かを頬張っている。

(ゆっ、あれは・・・・あかちゃんまりさだよ・・・・・!!)

子れみりゃの口から覗く、ちんまりとした黒いお帽子に、粒のようにきらめく一束の三つ編み。
紛れも無く、補食されているのは赤まりさだった。
子れみりゃはお外に出たばかりで、まだ狩りが上手く出来ない。
この辺りのゆっくりは弱く、子れみりゃの命を脅かす野鳥なども出ないので、親れみりゃが練習を促したのだ。
しかしまだ動いているゆっくりが怖い子れみりゃは、溺死してぶくぶくになっていた赤まりさが岩に引っ掛かっていたのを見つけ、
川の上空から牙で掬い上げて全部を口に含むと、チューチューと溶けた餡子を吸っていたのだ。
だがそれも結果だけ見れば、初めて赤ちゃんゆっくりを狩ることに成功した達成感あふるる光景にしか映らなかった。

(あかちゃんがれみりゃにたべられてるよ・・・・でもおかあさんたちがそんなのゆるすはずないよ!
 ゆゆ・・・・じゃ、じゃあれいむのおかあさんたちも・・・・・?)
「うー!うー!あまあまー!!」

しかし過程はどうあれ、子れみりゃにとっては初めて自分で取った食べ物であることに違いはない。
水に漬かって味は薄いが、自力で手に入れたごはんというのは、おかあさんから貰うものとはまた一味違うものがある。
幸せそうな笑顔を浮かべて、達成感と満足感にゆっくりと浸っている子れみりゃ。
子まりさには、その笑顔が許せなかった。

(どうして・・・どうしてれみりゃだけゆっくりわらっていられるの・・・・
 れいむは・・・・れいむはかなしんでるんだよ・・・・れいむはないてるんだよ・・・・・・
 おかあさんとあかちゃんをたべられて・・・・・れいむはないてるよ・・・・ずっとひとりぼっちなんだよ!!)

あれは、大好きな子れいむの家族を、生活を、ゆっくりを踏み躙った上にある笑顔だ。
そんなものを許してはいけない。子まりさの中の拙い義憤が、子まりさ自身も驚くような行動へと移らせていた。

「ゆっくりできないれみりゃはしね!!」
「うー!?」

子れみりゃは突如襲い掛かってきた小さな饅頭の影に怯み、その体当たりをまともに受けてしまった。
子まりさは自分でも不思議だった。ゆっくり出来ないものの代表格、怖い怖いれみりゃを自分がやっつけようとしているなんて。
ころんころんと後ろに転がっていく子れみりゃ。子まりさの追撃が容赦なく加わる。

「しね!しね!れいむのおかあさんとあかちゃんをころしたれみりゃはゆっくりじね!!!」
「うーー!!うーー!!」

れみりゃとまりさの対決など、本来なら勝負にすらならない。
しかしこの子れみりゃが、口いっぱいに赤まりさの死骸を含んでいて牙が使えなかったこと、
狩りの経験が無い臆病なれみりゃだったことが幸いし、何と子れみりゃの方が尻尾を巻いて逃げ出したのだ。

「・・・・・ゆっ・・・・れみりゃにかったの・・・・・?」

敵の撃退を確認すると、子まりさはどっと疲れが出たようにその場にへたり込む。
考えてみれば我ながらとんでもないことをしたものだ。後から恐怖と緊張がやって来て、全身の餡子がとくとくと脈打つ。
しかし、ここでゆっくりしてはいられない。あれは子供のれみりゃだった。お母さんを呼んで来るかもしれない。
子まりさは辛い現実に涙するのを後回しにし、急いで子れいむの待つおうちへと駆け戻った。



「ゆっ・・・・それじゃおか、おかあさんたちは・・・・」
「れ、れいむ・・・・なかないでね・・・・れいむがゆっくりしないとみんなかなしむよ・・・・・」

子まりさから一部始終を聞いた子れいむの心が、徐々に冷たく凍えていく。
泣くなという方が無理な話だった。まだ子供のれいむにとって、おかあさん達はこの世の全てと言っても良い。
ようやく念願の妹が生まれ、子れいむの世界はますます広がっていくはずだった。
それらが突如、理不尽な力によって失われたというのだ。
子れいむは、自分が跳ねていた道が突然崩れ落ち、目の前に暗黒の、無限の崖が広がったような感覚を覚えた。

「う・・・・うあ゛あ゛ああああああん!!う゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁん!!!!」
「ながないでね・・・・ないちゃだめだよでいぶぅぅぅぅぅ!!」

仲良しのお友達の、絶望に染まりきった表情。ずたずたになった心の裂け目から発せられる泣き声。
それは子まりさの幼い心を著しく苛んだ。子れいむの過酷な運命に対して、あまりにも無力な自分。
れいむは、これからずっとひとりぼっちなのだ。大好きなおかあさんも、かわいい赤ちゃんもいない、
この広い広いおうちの中で、たった一人で生きていかなければならないのだ。
子まりさはそのことを考えるだけで、気が遠くなりそうだった。しかし子れいむは、その現実と戦っていくことを強いられている。

「どうじで!!どうじでごんなごどにぃぃぃぃぃ!!!ゆ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁん!!!」
「ゆゆ・・・れいむ・・・・れいむ・・・・!!」

子まりさは思った。
「れいむはかわいそう、かわいそう」と思いながら、これから暖かいおうちに帰り、おかあさんに寄り添って眠る。
そして翌日になったらごはんでも持って来てあげて、また「げんきだしてね」などと言って帰る。
子まりさは初め、そうしようかと思っていた。だがそんなものが、本当に仲良しと言えるのだろうか。
本当の仲良しであれば、自らを投げ打ってでも、お友達の支えになってあげるべきじゃないのだろうか。

「れいむ!ゆっくりきいてね!!」
「う゛あ゛あぁぁぁぁ・・・・なんなの゛ぉぉ・・・・・・!?」
「ま、まりさがいっしょにくらしてあげるよ!!まりさがいっしょにゆっくりするよ!!
 だかられいむはさびしくないよ!!これからはずっとまりさがいっしょにいるよ!!れいむ、ゆっくりしていってね!!」
「ゆ・・・・?ま、まりさ・・・・ほんとう・・・・!?」
「ほんとだよ!!まりさはれいむがだいすきだよ!!だかられいむにはゆっくりしてほしいんだよ!!」
「でも・・・れいむにはもうおかあさんがいないよ・・・・まりさにはおかあさんいるでしょ・・・・・
 おうちにかえったほうがゆっくりできるよ・・・・・まりさはおうちにかえってね・・・・」
「やだよ!!れいむがゆっくりできないとまりさもゆっくりできないよ!!
 だいたいれいむひとりにこのおうちはひろすぎるよ!!まりさもいっしょにゆっくりさせてね!!
 だめっていってもゆっくりしていくからね!!だから・・・だかられいむ、もうなかないでね!!!」
「う・・・・ま、まりざ・・・・ばりざぁぁぁぁぁぁあああ!!!う゛あ゛ああぁぁぁぁあぁあぁぁん!!!」

子れいむは顔中を涙でべチョベチョにしながら、子まりさに飛びつく。
涙を浴びて身体の表面が少し溶けてしまうが、子まりさは構わない。子れいむの悲しみをしっかり受け止めてあげる。
れいむの家族になってあげられるのは、もう自分しかいないのだ。
自分がれいむの心にぽっかりと空いた穴を埋めていかなければならないのだ。
だから、まりさが逃げてはならない。れいむの悲しみを受け止め、癒していなかくちゃならない。
子れいむも、子まりさの温もりが嬉しかった。おかあさんのものとは違うけれど、別の暖かいものを感じた。
泣きじゃくるれいむを、同じくらいに小さな身体でしっかりと支えてくれる姿には、深い頼もしさを覚えた。
大好きなまりさ、仲良しのまりさ。まりさが一緒にいてくれるなら、きっと寂しくない。
まりさと二人でなら、きっとゆっくりと生きていける。
だから、れいむはだいじょうぶだよ。
大声で泣き喚きながら子れいむは、遠い所にいってしまった家族に向けて、そう祈った。
涙に溺れた夜は更け……そしてまた、日は昇る。

終わり



[あとがき]
「ゆっ、ちょっとごめんね!」みたいな感じで急いでいるゆっくりまりさを何処かで見かけて、
なぜだかストレスがヤバイことになったので、その解消の為に書いてみた……はずなのだが、どぼじでごんなごどにいいいいい!!
でも、たまには不完全燃焼も良いよね!
良くねーよ!
本当は「永遠となったお留守番?ママは帰ってこない?」というタイトルにしようかと思いましたが、
それだけで内容全部説明しちゃってるのでやめました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。ここだけ読んでくださった方も、まあまあありがとうございます。

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最終更新:2018年03月21日 23:36