リン、と窓辺で静かに涼しげな音がした。
俺が逃がしたあいつは、もう何処にもいない。

あの日、俺は草むらでポケモンを探していた。新しい手持ちが欲しかったからだ。
ガサガサと草むらを掻き分けていると、何処からか弱弱しく音が聞こえた。
音がするところを見てみると、傷だらけのポケモンがぐったりとして震えている。
草むらに傷だらけで横たわっているそのポケモンを、俺は急いでセンターへと運んだ。
「きっとレベルの高いポケモンに襲われたのね…」とセンターの人は教えてくれた。
数日後、すっかりと元気になったそいつを俺は引き取った。
その時のあいつは嬉しそうに笑っていた、気がする。

それから、俺の生活の殆どはあいつが占めていた。
一緒に旅をして、ポフィンを作ってやったり、一緒にバトルをしたり…
目まぐるしい位の時間が過ぎた。
あまりの楽しさに、無理をしすぎたのだろうか。
ある時、俺は急に高熱を出し、そのため病院に入院することになってしまった。
俺がベッドに横になっている時も、あいつは傍にいた。
医者が俺に病気だと伝えた。
心の何処かで感づいていた俺は、何も言わずに、医者の話を静かに聞いていた。
日常生活に支障はないが、完治は難しく、もう長くない…その言葉が、頭を離れない。
そんな俺に気付いたのか、あいつは俺を心配そうに見ている。
ずっと心配そうに見ているあいつを見るのが、俺は辛くなってきた。

…今のうちに逃がせば、野生の生活に早く慣れるだろう。
俺が死んで、いきなり外の世界に放り出されるよりは…
そう思った俺は、その考えを医者に伝え、1日だけの外出許可を得た。
日常生活に支障はない、と言われただけはあり歩いたりしても痛みは感じ無かった。
病院から少し離れた草むらに着くと、ボールからあいつを出す。
俺の病気が治ったと思ったのだろうか?俺を嬉しそうに見ている。
「…此処でお別れだ、今までありがとな…」そう言って、頭を撫でる。
言葉の意味が分からなかったのか、ついてこようとするあいつに、俺は怒鳴った。
「ついてくるな!お前がついて来ると、俺が困るんだよ!」
そう言って、走り去った俺を、あいつはどんな表情で見つめていたんだろう。
俺は、泣いていた。そして、泣きながら病院へ戻った。

それから数日後、急激に俺の容態が悪化した。
日常生活に支障は無いはずが、足が思うように動かなくなってしまい、吐き気や頭痛も酷い。
ある日、ついに俺は呼吸困難になってしまった。胸が痛い、それに苦しい。
個室でこの病室には俺以外いない。死ぬのだろうか?
その時、窓から風が入ってきたのを感じた。何だろう。
すると、ぼんやりと懐かしい姿が見えた気がした。まさか…
そして、病室に「リン、」と静かで、とても懐かしく心地よい音が響いた。
あぁ、この音は俺があいつに好きだと言った音…
すると、今度は「リーーーーン」と、いつも俺が聴いていた音とは違う音色が響いた。
その音色は美しく、とても温かい感じがした。それでいて何処か悲しいような…
「…俺は…あいつに…謝らないと…あの時、酷いこと言ってごめんな、チリーン…」
すると、すぐそこで「リン、」という音が聞こえ、何かが俺の上に落ちた。
俺はその「何か」をそっと撫でた。撫でた瞬間にすぐに分かった。
「あぁ・・・チリーン・・・会いに来てくれて、ありがとな・・・」そういうのが限界だった。
もう眠いのか何なのか分からなかったけれど、瞼が重かった。
気が遠くなる中、チリーンの「リン、」という澄んだ音だけが聞こえた。

目を開けると、そこは見慣れた病室だった。
医者や看護婦が心配そうに俺を見ている。何故かポケモンセンターの人までも。
医者が言った。
「信じられない、としか言いようが無いです。病人とは思えない程にまで回復しています。」と。
「あの・・・此処にいたチリーンは・・・?」
すると、センターの人が此方へ、と言ったので俺はついて行った。
足に痛みは無くなっていた。少し前まであった頭痛や吐き気までもが嘘のように無かった。
センターの人が、病室から離れていて、人があまりいないところに着くと言った。
「あの、チリーンは・・・?」
「あなたの上に横たわっていたチリーンなのですが、私が駆けつけた時にはもう・・・」
「・・・どういうことですか・・・?」
「瀕死状態だったんです。それも危険な状態ぐらいの・・・」センターの人の顔が曇る。
「原因が不明で、傷を負っているわけでもないし、かといって老衰とかでもない・・・
それで、あのチリーンが覚えている技を調べたら・・・」
『癒しの願い』の技のPPが1減っていた、とセンターの人が言った。

俺があの時聴いた音色・・・
美しく、とても温かい感じがして、それでいて何処か悲しいような…
あの音は、チリーンの『癒しの願い』だったなんて・・・
癒しの願いは、自分の命と引き換えに相手の状態異常や全てを回復する技だ。
チリーンはそれを使って・・・
何のために俺が怒鳴ってまで逃がしたと思ってるんだ。
酷い別れ方をしたのに何で・・・そう思うと、泣かずにはいられなかった。

あれから何年経ったんだろう。
俺の良きパートナーであり、家族であったチリーンは、もう何処にもいない。
チリーンを忘れたことは一度も無いし、これからも無いだろう。
ふと、窓から外を見る。雲ひとつ無い青空で風がそよそよと吹いている。
そして、窓辺にある風鈴から「リン、」と静かに涼しげな音がした。


作 2代目スレ>>252-254

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最終更新:2008年01月01日 19:27