「…もうこんな時間か」
卵を孵す為、自転車で往復していたらもう日が落ちかけていた。
足もそろそろ限界だし、随分と遠くまで来てしまったし、今日はこの辺で終わりにするか。
しかし良個体値を選別して育てるってのは本当に手間がかかる。
まあこれも一種の努力だよ、と呟きながら、遠く離れたポケモンセンターを目指す。
……その時、道ばたの草が不自然に揺れた。
また野生のポケモンか、厄介だ。
「行けっ!」
すぐさまモンスターボールから、唯一戦えるマグカルゴを出した。
(他の手持ちは全てタマゴなのだ)
孵化要員とはいえ、こいつも選別を重ね鍛え上げている。
水タイプのポケモンでなければ、数ターンで倒せる筈だ。
「……?!」
草蔭から出てきたのは、1匹のソーナノ。
俺を見つけた途端顔に笑みが広がった。そりゃもう幸せそうな笑みだった。
何でこんな所にソーナノが居るんだろう…ここはソーナノの生息地じゃない筈なんだが…
と、その時。
目には見えない何かがソーナノの体から襲いかかってくる感覚を感じた。
(これは……!!)
何時しか経験した事がある。
そうだ、先月ゲンガーと戦った時に……
「『みちづれ』か?!」
やばい、と悟ってマグカルゴを連れて逃げようとした、が、
まるで足が縫い付けられたかの様に動かない。
しまった、こいつの特性は……かげふみだ!
「糞ッ!」
慌ててマグカルゴに指示を出そうとしたが、はっと息をのむ。
相手のソーナノはLv.が低い。勿論俺のマグカルゴなら一発だ…
しかし相手を倒すとマグカルゴも倒れてしまう。
タマゴを孵化させようと走り回り、辺鄙な所まで来てしまったので
ポケモンセンターまでは距離がありすぎる。
例えこのソーナノを振り切ったとしても、ポケモンセンターに行く途中に
自分が他の……夜中の凶暴なポケモンに襲われたとしたら?!
戦えるポケモン一匹いない状況で!!
どうすりゃいいんだ。このままじゃ……
ソーナノが唯一、相手にダメージを与えられるのは『カウンター』だけ…
こっちが何もしなけりゃこっちがダメージを受けることもない。
しかしそれじゃあ、ずっとこのソーナノの横に居ることになってしまう。
リュックを探ったがソーナノの好物である甘い食べ物は無かった。食い物で釣る事もできない。
俺は『さっさとどこかへ行ってくれ』と願うことしかできなかった。
だがソーナノは嬉しそうに、俺に甘えてくる……
どうすればこの状況を打破できるのか。
ずっとそんな事を考えていて、はっと現実に戻った時に俺は驚愕した。
いつの間にか自転車は倒され、俺は地面にしゃがみこんでいる上に
周りに大量のソーナノが集まってきているのだ。
全員、幸せそうな笑みを浮かべて。
「うわあああああああ、いい加減にしてくれえええええ!!!」
叫びながら無我夢中でソーナノ達を蹴散らした。
しかしニンゲンの自分が何をしたって、ポケモンには大したダメージにならないらしい。
すぐにぴょんぴょんと跳ねながら俺に寄って集ってくる。
マグカルゴはどうすればいいのかわからず、うろうろと俺の周りを這っている。
「何だ…何なんだ…お前らは一体なんなんだあああ?!」
気が狂いそうだ。やめてくれ、やめてくれやめてくれやめてください!!
やめてくださいおねがいしますかみさまほとけさまアルセウスさまシェイミさまでしゅ
膝に、肩に、胸に、頭に、ソーナノが登ってくる……
『……さん』
『おとうさん!』
『やっときてくれたんだね おとうさん』
『ずっとここで まってたんだ!!』
『ぼくたちつよいこでしょ、ね?』
『さっきのわざ、すごいでしょ!』
『おとうさんにほめてほしくておぼえたんだ!』
『おとうさん、はやくおうちにかえろ!』
『だいすきだよ、おとうさん!』
『ねえおとうさんどうしたの?なんでそんなにこわがるの?』
『おとうさん』
『パパ』
『ごしゅじんさま』
『………』
…
脳に直接、声が響いてくる…
思い出した…
俺は此所に低個体値のソーナノを捨てたんだ。
そりゃもう、数えきれないくらい、たくさん。
だけどこいつらは待ってたんだ、俺が帰ってくるのを…
自分達を捨てた俺の事を父親だと思って。
カウンター、アンコール、みちづれと厄介な技の持ち主のソーナノだ。
きっと肉食のポケモンも襲う気にはなれなかったのだろう。
(骨も多そうだし、コブの部分もあまり美味しそうとは思えない)
だから生き残っていたんだ……
どうしてこんなに簡単かつ良心的な方法に気付かなかったんだろう。
俺はリュックを開き、嬉しそうに跳ね回るソーナノ達に笑いかけた。
「行け、モンスターボール」
「…と、すまんなあマグカルゴ」
最後にマグカルゴをボールに戻し、自転車に跨がる。
カゴの中には大量のモンスターボール。中身は全てソーナノだ。
あまり明るくはない気分で俺はペダルを漕ぐ。
逃がされた後のポケモンの事なんぞ、考えたこともなかった。
ただの使えない、戦力にならない奴、と思い込んでいたんだ。
だけど…そいつらは俺の事を父だと思っていたんだ。
俺のしていた事は子供を裏切って餓死させる様なモノ。
強さを求めるあまり俺の良心は冬眠していたらしい。
目覚めた良心は俺の事をガンガンと責め続けている。
今まで逃がしたポケモン達はまだ生きているだろうか?
ソーナノの場合はその技のお陰で生き残っていたけれども。
そういやいつから個体値なんぞ気にするようになったんだ、俺は?
個体値粘るよりも一緒に冒険して、一緒に戦った方が
手っ取り早いし楽しいし、一匹一匹大切にできるじゃないか。
頭の中がごちゃごちゃとしている。
ただ一つ分かっていることは、この『子供たち』を養うために
さっさと牧場を借りなくちゃいけないという事だけだ。
おしまい
作 2代目スレ>>765-770
最終更新:2008年11月05日 21:33