孵ったポケモンを見て、俺は舌打ちした。
「また不一致か…」
さっさとにがして、次のタマゴを孵さなければならない。最初こそ心が痛んだが、今はもうそんなこともない。
慣れてくると早いもので、あっという間に別れを済ませてしまう。
「よし、次いくか」
俺は再び自転車で走り出す。
バトルに勝つためには、優秀な個体を選ばなければならない。少しの差が勝敗を分ける。
だから、走り続けなければならない。あの頃の俺はそう思っていた。
ある日のことだ。
少し遠出して道具を買ってこようと、俺は森の中を進んでいた。
ドンッ!
鈍い音と共に俺の身体が吹っ飛ぶ。うっかり背後から野生のポケモンに攻撃されたのだ。
俺は慌てて自分のポケモンを出そうとして、ふと野生のポケモンと目が合った。
「野生の…ポケモン?」
それは明らかに人工のポケモンだった。その目を見て、俺は怯んだ。
このポケモンに感情はないはず。それなのに。
目の前のポリゴンは明らかな憎しみを俺に向けていた。
気圧されて、腕が動かない。混じり気のない恐怖に襲われた。
ポリゴンは容赦なくさらに攻撃を加えてきた。無様に地面を転がる俺。
おんがえし。
今の技は…レベルアップでは覚えない技だ。やはり、このポリゴンは元々誰かに育てられていたのだろう。
立ち上がろうとしたが、全身の痛みがそれを邪魔した。
ポリゴンがトドメを刺すべくビームを放とうとしているのが見え、俺は目を閉じる。
さあ、来い…。
逃げることを諦めて、ただ来るべき時を待っていた。
しかしいつまで経ってもそれは来なかった。目を開けてみれば、そこにはひどく悲しげな様子のポリゴン。
ポリゴンに感情がないなんてウソだ。そう思った。
「どうして…」
ポリゴンは、その問いには反応せず逃げていった。
傷だらけで街を歩いているとやはり人目を引く。
「もしかして、あなたも野生化したポケモンに襲われたの?」
「え?」
「あそこの家の男の子ね、長く患っていた病気が治って、誕生日に貰ったポケモンと一緒に旅に出たの」
そう言って女性は大きな家を指差した。きっとお金持ちが住んでいるのだろう。
「でもね、育て屋の近くで野生化したポケモンの群れに襲われて…今もまだ、目覚めないらしいの。一体誰がポケモンをにがしたのかしら…怖いわねぇ」
「それって…」
男の子が使っていたのはポリゴンで、襲われたのは…。
背筋が寒くなり、俺は痛みも忘れて逃げ出した。
タマゴを全てボックスに預けている時、ある時、あるボックスで手が止まった。
そこには俺が最初に手に入れたポケモンがいた。性格不一致だから、という理由で長らく預けていた最初の相棒。
ボックスから引き出し、モンスターボールから出してみる。
「!?」
いきなり飛びつかれて息がつまった。背中から火まで出して、かなり興奮している。
「おい…っ…やめろ」
ようやく解放され、相棒の顔をまともに見る。久しぶりの再会だ。
……本当に嬉しそうにしている。
その様子を見ていると、無性に懐かしくて、本当に申し訳なくて、涙が溢れた。「ごめんな…ごめんな…」
「なあ…どうしたらいいと思う?」
このまま孵化作業を続けて、ポケモンバトルで上を目指すことはできなかった。
だが…バトルをやめて何が残るのだろう。俺はバトルが好きだった。大切なことを忘れるほどのめり込んでいた。
だからこそバトルを続けることも、きっぱりやめてしまうこともできなかった。
「情けないよなぁ…」
あれからあの街へ行っていない。きちんと向き合わなければないことなのに。
バトルの場でなければ、自分が酷く臆病な人間だということを思い知らされた。
道路を、走りすぎていく人たち。トライアスロンでもやっているのだろう。
相棒はただ無邪気にその様子を眺めていたが、立ち上がって走り始めた。真似をしているのだ。
「何やってんだ、お前…」
気のない突っ込みしかできなかった。だがそれを見ているうち、ある考えにたどり着く。
「トライアスロンか…」
数年の月日が流れ。
「そんなに強いなら、バトルの方をやればいいのに…もったいないです」
俺は首を振った。
「今の俺にはこっちの方が大切だ」
結局、競争を否定することはできなかった。
上を目指すことは悪いことではないし、かつて孵化作業をしていた俺が否定する資格もない。
だから別の方法を探した。競う方法が多ければ、それだけ輝くポケモンが増えるはずだ。
バトル以外でも競えるということは、既に
コンテストが証明してくれていた。
より多くのポケモンが輝けるように、無闇に捨てられるポケモンが増えないように。
今の俺は、ポケスロンのオーナーだ。ポケモンたちを様々なスポーツで競わせる…それが俺の答えだった。
「好きな技ってあります?」
俺はためらいなく答えた。
「おんがえし…だな」
あの日のポリゴンが使った、おんがえしの痛みを忘れない。あれは間違いなく最大威力のおんがえしだった。
「おんがえし?私はですね…」
「わかったから早く掃除してくれ」
「あ…はい!」
向こうの方から別のスタッフが小走りでやってくる。
「オーナーに会いたいという方が…」
「俺に?」
待っていたのは、1人の少年。そしてその傍らには……あの日のポリゴンの姿があった。
作 3代目スレ>>276-279
最終更新:2009年10月04日 22:43