辛い、寒い、寂しい。
それは私がご主人に捨てられてから一月過ぎた頃に起きた。

生まれてすぐ甘い飴を与えてくれたご主人。
それから値がどうのと言って、私を地面に叩きつけた。
びっくりして足元に近寄れば、おなかを強く蹴り上げられた。いたい!
そして大型野生ポケモンが生息するくさむらに放たれる。
自分の何倍も大きな敵から逃げ回って、
時には体に傷をいっぱい作って死にかけて――それでも耐えた。精一杯生きてきた。

這々の体で町にたどり着き住み着いた私は、今日も命をつなぐためにゴミあさりをしていた。
町のトレーナーに連れられたポケモンをみる度に胸が苦しくなる。
今では寂しさに加えて、私を捨てたご主人に恨みさえ抱くようになっていた。

そして、それは起こった。胸にRとかかれた黒服の集団が、町を襲撃したのだ。

「僕のゲンガーが!」「わたしのキュウコン!」

逃げまどう人々から自慢のポケモンを奪い取る黒服たち。
弱い野良ポケモンは次々と屠られていく。
私は慌てて路地裏に飛び込み、ゴミの山に隠れた。

「はっ、めぼしいポケモンは全て捕獲しました。直ちに本部に戻……ん?」
『どうした?』
「いえ、今ゴミが動いたような」

がさ、と足でゴミをよけて、通信機を持った黒服が私の顔を見た。
見つかった……!助けて、まだ死にたくない……!

「……」

黒服の手が首筋に触れる。びくりとして黒服を見れば、彼は私の首につけられたマークをなでていた。

マーキングか……だいぶ薄汚れてるけど、お前、人に飼われてたのか」

しばらく沈黙したあと、何を思ったのか彼は私を抱き上げた。私は驚いて暴れ出す。

「いてっ!引っかくな、何もしねえよ!噛むなってコラあだだだだだ!!」

そのまま彼は鳥ポケモンに乗って、私を大きな建物に連れていった。

建物の中には、年輩の男が数人と、若い黒服たちがいっぱいいた。

「シティで捕獲したポケモンです」
「ご苦労。ところでお前……」

彼が奪ったポケモン入りの大量のモンスターボールを受け取った年輩の男は、
眉を寄せて私を見た。依然彼は私を抱えたままだ。

「戻りが遅いと思ったらそんなものを拾ってきたのか。弱いポケモンは受け取れないぞ」
「承知しております」
「そんなクズ、育てても大した玉にならんだろう」
「はっ、ですが俺はコイツを育ててみたいと思いまして」
「……物好きな新人だな」

甘いことを言っていては出世できんぞ、精々頑張るんだなと言い残し、
年輩の男は奥の部屋に去っていった。
彼はそれを見送ると階段を登り、だだっ広い建物の屋上に出た。空がきれいだ。

「ほら、メシ」
「……?」

目の前におかれたのはポケモンフード。彼を見上げると、食えよ、と促された。
彼は空腹に負けてがっつく私を眺めて微笑んでいる。

「お前、ご主人に捨てられたんだな?」
「……」
「俺もさ、親父とお袋が借金だけのこして逃げやがって。
悪さしてる内に誘われてロケット団、てわけだ……。まあ、お前にこんなこと言ってもわかんねえよなぁ」

軽く笑う彼の手が、私の頭をくしゃくしゃ撫でる。久しぶりに触れた人の手は、温かかった。

「わっ舐めるなよ、くすぐったいだろ」
「きゅう!」
「ははは……いてっ!ツノ、ツノ痛いって!あだだだだ!!」

寒い寒い町を吹く風はあんなに冷たく感じたはずなのに――屋上を吹き抜ける風は、心地よかった。

あれから数年。私の首筋からマークはもう消えていた。
代わりに新しく、今のマスターにつけてもらったRの字が誇らしい。
例え他の人間から非道と言われようと、マスターの為にならどんな命令でも従える。

「幹部!大変です、あのガキもうすぐこちらへ――」
「慌てるな、たかが子供一匹だ。……頼むぞ」

――どうやら侵入者がここまでやってきたらしい。幹部となったマスターのそばに控えていた私は、深く頷いた。


「覚悟しろロケット団!」

本部に乗り込んできた子供を見て、驚いた。こいつはかつてのご主人だ……。
けれどもう未練なんてない、こいつは私を捨てたのだ。
今のマスターが私をもう一度生きさせてくれた。
――今は温かいし、辛くもない。

「いけ、僕のパートナー!」

繰り出されたのは私と同種族のポケモン。多分、私の兄弟だろう。
勝てる。圧倒的にこちらのレベルは高い。

「……やれ、かみくだく!」
「ああっ!そんな?!」

迷いなく首に牙を突き立てる。そして倒れた兄弟を踏みつけて、
かつてのご主人に毒針をお見舞いした。特になんの感慨もない。
肩に重みを感じて振り返れば、マスターが撫でてくれていた。


「よくやったな」



――マスターのその一声が聞きたくて、今日も私は働いている。


作 2代目スレ>>185-187

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最終更新:2007年12月07日 18:33