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 知らない黒



 それはきっと、なんでもない偶然だ。

 ふと思い出したように、団長席から涼宮ハルヒは立ち上がった。
「そういえば、不公平ね」
 その時もまた、朝比奈みくるは目を見開き、長門有希は沈黙し、古泉は無意味に笑顔だった。数秒たって、誰もハルヒの言葉を放置したままだったので、キョンは仕方なしと立ち上がる。
「……。なにがだよ?」
 ため息を含んで問うと、ハルヒは突き抜けたような笑顔で返す。
「今まで、みくるちゃんばっかり着せかえしてきたけど――――」
 言ってハルヒは長門のもとへ歩んだ。そして大仰に両腕を広げて見せると、
「有希もそろそろコスプレしないとねっ」
 なんだそれは、決定事項なのか―――キョンが問う暇もなく、ハルヒは晴れ晴れとして続けた。
「だって有希もとっても可愛いじゃない?コスプレしないと損よ。いっつも制服だし。そうね―――」
「……ひょっ?!」
 ふと向けられたハルヒの視線に、あやうく朝比奈は湯のみを盆から落としかける。それは幸い空だった。
「とりあえず、普通の服買いに行くってどお?あたし、前々から友達とショッピングってのに憧れてたのよね。ね、みくるちゃんも行きましょ?」
「(意外と普通のことに憧れてたもんだ。…と、いうかそれは長門がどうこうでなく単にお前がそうしたいと思ったからじゃないか?…日曜の探索まで待てないというのがいかにもハルヒらしいな)」
 キョンは頬杖をつきつつ一部始終を窺っていた。別段止めることでもないと判断する。寧ろ長門が服装に気を配るようになるのは喜ばしい。…、と思う。
「え、は、はい……長門さんがよければ…」
 朝比奈が遠慮しいしい長門をうかがうと、長門は短く返した。
「わたしも別に構わない」
「決まりーっ!じゃ、ちゃちゃっと行きましょ!」
 それはきっと、長門が全てを言い終わる前だった。

「オセロでもしましょうか」
 勢いよくドアが閉まった数秒後、古泉は意味もなく笑みをへばりつけていた。これが通常というのはなかなか異常ではないか。しかし、どうしてもキョンは見慣れてしまう。
「……そうだな。他にすることもないしな。どうせお前が負けるんだろうが…」
「おや、言いますね?」
「たまには勝てよ。つまらん」
「善処いたしましょう。…と、いっても、いつもそうしてるつもりなんですが」
 ――――それから、いつものたいして面白くもない陣地取りは始まった。このようなシンプルな卓上ゲームは、相当暇なときしかやらないだろうに、ここ最近ずっと、しかも同じ相手と何回も繰り返している。しかも勝敗はほとんど固定されたようなものである。キョンは退屈というものに耐性ができているのかもしれない。…いや、彼にできても仕方ないだろう。寧ろハルヒにこそもっとも必要なものだ。
 パチリと小気味のよい音が響いて、その直後古泉はふと口を開いた。
「聞いてもよろしいですか」
 盤面は既にキョンの白ばかりが目立つようになっていた。先ほど置かれた古泉の黒に、微弱にその領域は狭まった。
「……内容によるな。というか、それが全てじゃないか。…何だ?またハルヒ関連か?」
 パチリ。キョンは白を置く。するとまた、面白いように古泉の黒が裏返る。
「ええ、」
 パチリ。相変わらず古泉の陣地はたいして広がらない。
「多分核心の部分にふれると思います」
 キョンの指先は一時静止する。盤面から顔を上げ、笑顔に向ける。
「…どういうことだ」
「……だから、問うんですよ。聞いてもよろしいですか、と。…貴方の番ですよ」
 言われなくても知っている。努めて冷静に返して、キョンの陣地は拡大する。
「聞いてもよろしいですか?」
 再び問うて、古泉は黒を置いた。
「……ああ」
 キョンが白を置く。
「…それじゃあ、いたって単刀直入に聞きます――――あなたは、涼宮さんをどう思っていますか?」
 ――――古泉が、黒を置いた。
「……なぜ、そんなことを聞く」
 キョンが白を置く。
「あなたは本当は知っているんじゃないですか?」
 古泉が黒を置く。
「…何を?」
 白。
「僕が涼宮さんを好きだということです」
 黒。
「…………。そりゃ初耳だな」
 白。
「…わかりやすく動揺していますね?」
 黒。
「なんのことだ」
 白。
「まあ、別にいいんです。涼宮さんをどう思われていますか?僕の欲しい言葉の種類が、わかっていますね?」
 黒。
「……………………」
 キョンは静止した。古泉を見ると、そこから笑みは消えていたが、いたって普通の表情だった。笑みに慣れた目が視線を逸らした。
「…………悪い。…よくわからん」
 白。
「そうですか…」
 古泉は、ふ、と僅かに吐息を漏らした。そして、どことなく自嘲気味に笑った。
 ……黒。
「僕が涼宮さんの鍵ならば、色々と好都合なんですけどね…」
「…それだけじゃないのは、……わかってるぞ」
 白。
 古泉は少し笑った。
「あなたは遠慮なさらなくてもいいですよ」
 黒。
「遠慮の意味がわからん」
 白。
「またまた」
 黒。
「……」
 白。
「…そもそも、僕がこのような話をあなたにすること自体が間違っているのかもしれません…」
 黒。
「……」
 白。
 …古泉は、不意にうなだれて、深く溜息をついた。
「…オセロ、飽きましたね」
 気がつくとそこは、既に古泉の領域だった。
 黒ばかりが顕著な盤面から少し視線を上げると、長い前髪でそこは限りなく閉ざされていた。
最終更新:2006年09月24日 16:06