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  きみを優しく、殺せない。




 コレットは、変わってしまった。
 青い瞳は血のように塗られて、全て映しているくせ何も映し出してなどいない。ただ虚ろに、焦点も合わず、見ている。
 ―――ぞっと、する。
 翼を閉ざすことを忘れた彼女のそれは、いつでも、それこそいついかなる時も開かれている。綺麗な、綺麗な翼だ。天の使いであることを、それこそもっとも雄弁に語る。
 ―――鳥肌が、立つ。
 ―――コレットは、夜になっても眠りにつくことはないのだった。夜が更けても、ロイドがふと目を覚ますと、彼女は紅い瞳を見開いたまま、あたかも死体のようにそこに横たわるのみだった。いや、それは実際死体、若しくはそれより性質の悪いものだ。、
 ―――悪寒が、走る。
 傍から見れば彼女のその容姿は以上極まったことだろう。しかしコレットは気にも留めない。気にする心も彼女は持ちあわせない。
 コレットは、感情を亡くした。彼女は本能のみで動くに過ぎない、文字通り『人形』となった。
 コレットは、もともと心優しい少女だった。ゼロス曰く「ひまわりのような笑顔」の持ち主だった。自分に向けられるその笑顔に、ロイドは何度安堵したか知れない。
 だからロイドは、彼女にすがった。
 彼女は世界を救いたかった。そこに住む人々を救いたかった。彼女は世界と天秤にかけられた。
 …どちらが重い?…どちらが大切?
 誰にとっても、もちろんロイドにとっても、答えなど明白なことだった。ロイドは汚い人間だった。同じくして、世界の全てはけがれていた。
 …それでも、彼女は世界を救いたかった。表面にだけあらわれる人々の優しさを信じていた。―――いや、信じたかっただけなのかもしれない。
 そして、ロイドは迷った。一瞬の躊躇が、彼女を変えてしまった。悔やんでも遅かった。
 ―――彼女は、もはや死んでしまった。

 ロイドは、偽善者だった。

 月の綺麗な夜に、ロイドたち一行は宿に泊まっていた。
 月が真上にのぼる頃、ロイドはコレットのためだけに借りた個室のドアを叩く。返答が来ないと知っていた。
「…入るぞ」
 誰に言ったのか、誰の耳に届いたのか。ロイドにはわからなかった。
 そのまま静かに戸を開けて、静謐な部屋にロイドは一歩、踏み込んだ。窓はロイドがそうしたまま開け放たれていて、月はなにも通さずにそのままロイドの瞳に映った。満月だった。
 コレットは、ベッドの上に居た。体躯を横たえて、瞳も閉じずにそこに居た。暗い部屋に、彼女の紅い瞳だけ、いやに映えた。彼女の体躯を、青い月明かりが冷酷に照らしていた。これは現実だった。
「窓、開けたままだと風邪引くぞ?」
 少し冗談めかしたような口調で語りかける。何に声をかけている?誰が返事をしてくれる?…静寂が、痛いほどの解だった。
「…寝るなら、毛布をかけて寝なきゃ駄目だろ」
 コレットはなにも喋ろうとしない。ロイドは、仕方ないやつだなと少し笑った。そしてベッドに近づいて、毛布を彼女の体躯にかける。
 それから、二言三言話した。独り言だった。
 コレットはなにも喋ろうとしない。
 コレットは、なにも喋ろうとしない。
 ロイドは、気の狂うような想いだった。
 もしかして俺は、コレットのかたちをした人形に対してひとりでお芝居を演じているのだろうか?本当に―――これは、これが、コレットなのか?
 ロイドはコレットの胸に耳を押し当てた。心臓の音はただただ規則的に音を刻んだ。
 そしてふ、とロイドのくちもとに笑みが零れ―――。

 コレットの喉元には、鋭利な刃の切っ先が向けられていた。ぎらり、と、月明かりに恐ろしく美しく光る。
 しかしコレットは、それを見ていない。コレットはそれを見ていない。
 その鋭利なものは、ロイドが購入し、使用しているものだった。割りと気に入っていた。
 そして、コレットの喉元にそれを向けているのもまた、ロイドだった。
 彼女を殺そうと思った。一瞬の衝動で抜刀して、死の一歩手前で止まった。
 コレットが、好きだった。今も、好きだ。
 振り下ろせなかった。
 ロイドには出来ない。…けして、出来ない。
「(…いっそ、)」
 冷たい風が、カーテンを揺らして室内に入り込む。窓の外の四角い景色を遮る。
「(いっそ、俺を殺してくれ…)」
 やがて風がやんでも、ロイドはそのままでそこに居た。けしてすることのできないことへの躊躇いを幾度も繰り返していた。

 刃の柄を握り締めて、いっそこの狂気、このまま振り下ろせればもう、どんなに楽かと。

最終更新:2006年09月12日 10:17