1. GDP統計から見る日本経済の特徴的な推移
Ⅰ 戦後日本経済のGDP推移の特徴
戦後日本経済のGDP推移は、オイルショック時とバブル崩壊時の大きな落ち込みを境に3つの時期に大別できる。
① 戦後~オイルショック →高度経済成長期
② オイルショック回復~バブル崩壊 →安定成長期
③ バブル崩壊以降 →バブル崩壊以降
経済成長率を細かく見ると、景気が循環していることがわかる。年代平均の成長率の推移をみると、徐々に低下してきている。名目GDPの推移を見ると、高度経済成長期から安定成長期の終りにかけて右肩上がりに増加し、バブル崩壊以降、減少と増加の微弱な波がある。
Ⅱ GDP推移に見られる日本経済の変遷
次に、Ⅰで大別した3つの時期についてGDP推移から特徴を捉え、その変遷を詳しく見ていく。
① この時期、経済成長率を年単位で見ると激しい波になる。欧米へのキャッチアップをはかり、重化学工業が発展。そして、経済の供給能力が拡大し、政府の「所得倍増計画」等の政策も相俟って、個人消費が拡大し、高度経済成長が実現した。
オイルショック
戦後初のマイナス成長。「狂乱物価」と言われるインフレ発生。
② 2~5%の安定成長。キャッチアップもほぼ終了し技術革新が停滞。家計の貯蓄率も低下傾向になり、設備投資が滞る。
バブル崩壊
株価や地価の急騰によってバブルが発生したが、91年をピークに景気は後退しバブルが崩壊。
③ ここから「失われた10年」と呼ばれる長期低迷に入る。バブル崩壊から、金融機関の破綻が相次ぎ、とりわけメインバンクの破綻は取引先の企業に影響を与えた。また、人件費削減のため、必要な人材を必要な期間だけ雇用するというアメリカ式の考え方が導入され、リストラによる大量失業、フリーター化、就職難が発生した。これらにより、日本的経済システムは崩壊した。
Ⅲ GDPの国際比較
世界のGDPに占める日本の比率は、1980年代から緩やかに上昇し、1999年に17%を記録、しかし2006年には9.1%と約半分下落した。一人当たりのGDP世界ランキングでも2000年の3位から2006年には18位へと転落した。2006年の政府発表によると(答弁書)世界のGDPに占める日本の比率の低下は、世界経済が成長する中で日本がデフレ状態にあることが原因だとしている。
※戦後世界初のデフレ
1990年代後半、思い切った景気刺激策やITブームとアジア経済の回復による輸出の増加などから、景気は回復し始める。しかし、2000年半ばからIT需要の冷え込み、輸出が影響を受けて、再び景気後退。そして、安い輸入品の増大や銀行の金融仲介機能の低下などから、企業は債務の負担や収益の圧迫に苦しみデフレとなった。
2. 戦後日本経済の高度成長の要因と、日本の成長率が下がってきた理由
Ⅰ 戦後日本経済の高度成長の要因
マクロ経済分析から見る経済成長の要因は1.労働力の増加 2.労働生産性の上昇 とに大別される。労働力の増加は、人口の増加や女性の社会進出などに挙げられるライフスタイルの変化から起こる。労働生産性の上昇は、資本の増加や労働力の質の改善、技術進歩から起こる。
以下に、戦後日本の高度経済成長の要因を4つの面から詳しく見ていく。
① 需要面
(1) 設備投資が堅調
→「投資が行われる」=「資本が増加する」。資本が増加すると、企業は新商品開発や製品の大量生産ができ発展。そして、また投資が行われる(「投資が投資を呼ぶ」)→経済成長
(2) 消費革命
→「三種の神器」や3Cなどの耐久消費財の普及により、消費生活に変化が生じた。→賃上げによる消費マインドの高まり→個人消費拡大による経済の活性化
(3) 輸出の拡大
→品質の向上により国際競争力向上
→円安ぎみの円レート
② 供給面
(1) 欧米諸国水準へのキャッチアップ(模倣)
(2) 労働人口増加
→第一次ベビーブームによる人口増加
→農村から都市への移動
(3) 貯蓄率上昇による投資の拡大
(4) 高学歴化
③ 政策
(1) 池田内閣による「国民所得倍増計画」
→国民は所得の増加を前提として支出
→企業は設備投資を推し進める→投資ブームに拍車をかける
(2) 開放経済への移行
→自由貿易体制
④ 経済システム
「日本的」経済システムと呼ばれる、長期安定的な取引関係の維持を特徴とする制度・慣行。このシステムが高度成長時、有効に働く。
(1) 企業グループの存在
(2) 長期雇用システム→年功序列賃金制度など
(3) メインバンク制→金融仲介システム
戦後日本の高度成長は、主にこの4点によって支えられたといえる。
Ⅱ 日本の成長率低下の理由
戦後日本の経済成長は、二つの大きな成長率の低下があった。一つは、1973~74年頃のオイルショック時である。この低下を境に、高度成長から安定成長へと移行した。二つ目は90年代以降の長期的な経済の低迷、いわゆる「失われた10年」である。
① オイルショック時の成長率低下
石油価格の上昇が成長率低下の主因ではない。以下に主因と考えられる3点を挙げる。
(1) 生産性の停滞
→70年代半ばを過ぎると、欧米へのキャッチアップが終了→目標がなくなる、または、模索→生産性停滞
(2) 労働力の鈍化
→教育水準、人口増加変化せず
(3) 資本ストックの伸び率鈍化
→家計の貯蓄率70年代半ばをピークに低下→民間設備投資増加率停滞
② 失われた10年
1992年以降バブル崩壊とともに始まった経済の長期低迷の原因について以下に3点挙げる。
(1) 生産性の低下
→不良債権問題、強い公的規制、技術革新の停滞、需要の低下
(2) 労働力の減少
→労働力人口の伸びが低下する中、労働時間短縮の促進を背景に労働時間減少
(3) 資本投入低下
→企業の減量経営、設備年齢の上昇による質の劣化、銀行の不良債権問題による供給の滞り
最終更新:2008年05月12日 18:47