日々これ好日。世界の危機もなんのその。仲間がいれば乗り切れる。
そんな気楽な考えを持つ無限のソウル、アレフ。
彼とそのパーティのなんとも気楽な日々。きっとみんな気楽になる。
「肩の力を抜いて、難しい事は考えないで。世の中意外となんとかなるって」
草原に寝転んで、からから笑って、隣で難しい顔をしているアイリーンを慰める。
ちなみに難しい顔をしている原因は俺。訓練がてらやった勝負で勝ったから。
「なんで勝てないのよ!ああ…なんで…」
見事なくらい凹んでる。パーティを離れていた間に相当修行していたみたいで、自信満々で挑んできた。
それだから、落ち込みだすと底が見えないらしい。プライドが粉々になったから仕方ないと言えばまあ…。
「アイリーンは決して弱くないと思う。というかそこらの剣士じゃ相手にならないくらい強い。
ただ、ちょっと堅すぎるかな。型にはまったような戦いかたをする。そこを突けば、俺ぐらいの腕があれば負けないよ」
俺の戦い方は完璧に我流だ。周りにあるものを全て使う。
朝日を背にして相手の目をくらます。雨音で気配を消す。闇夜に紛れて一撃をかます。
そういう戦法は、アイリーンにとって未知の存在なんだろう。相性が悪いとしか言いようがない。
「じゃあ、どうしろっていうの?アレフに勝たなきゃ、私はカラを破れないのよ」
どうしろ、か。こういう戦法は教えられるものではない。自分で会得しなきゃ付け焼刃で終わる。
教えてくれって言われても困る。経験しろとしか言いようがない。
「経験…あ、そうか」
座っていたアイリーンの腕を引っ張って、無理やり寝転がさせた。
アイリーンは少し暴れたけど、教えてやるから寝ていろ、と言ったら素直に従った。
「何を教えてくれるの?」
「さて、今は何が見える?」
質問に質問で返した。アイリーンは素直に周りを見渡している。
「…?空。あとは…木、草。それからアレフ。それがどうかした?」
「そう。それでいい。さっきも言ったと思うけど、肩の力を抜いて、難しいことなんて考えないで。
俺の戦い方は自由。自然にあるものを全部使う。晴れていれば太陽を、雨なら雨を。
葉っぱ一枚、小石の一つまで使う。俺に勝ちたいならそれらを使いこなすこと。そういうものを使いたいなら、周りを見ること。
ゆっくりと息をして、体を空気に溶かす。そうすれば、もっと自由になれる。戦法に決まりはない。
自由になってみなよ、アイリーン。決まった型で勝ち続けられるほど、戦争は甘くない」
アイリーンのほうを向いた。アイリーンはまだ空を眺めている。
「相変わらず、アレフは私の理解を超えているわ。それが無限のソウル…」
アイリーンがこっちを向いて、少し微笑んだ。可愛い微笑み。
少し動いて、意外と華奢な体を抱きしめた。アイリーンは静かにしている。
「もっと、アレフを知ってみたい」
「奇遇だね。俺もアイリーンをもっと知ってみたいと思ったところ」
抱きしめたままキスをして、ゆっくりと服を剥いでいく。
「なんだか、すごくドキドキする」
「いいんじゃない?それはそれでさ」
「うん…」
それから、夜になるまで、ひたすら睦みあっていた。
「くー、くぅ…」
疲れ果てたアイリーンが眠っている。俺は火の番。
明日も晴れるといいな。世界を覆う暗雲、全部晴れればいい。
「…やれやれ」
晴れればいい、なんて他人任せか。俺がこの手で晴らせばいい。
俺の手にはその力があるのだから。
「ほらほら、お兄ちゃん、もっと飲んで!」
「こら、ヴィア。あんまり調子に乗っちゃダメよ」
宿屋にて。ヴァイライラとヴィアリアリ。この二人の酒に付き合っている。
なんだってこんなことに…。こんな状況、嫌いなのに…。
すでに二人とも出来上がってる。初めて知ったけど、二人とも笑い上戸なのね。
「ほらほら、さあさあ!」
手にしたグラスへ向けてブランデーの瓶が傾けられる。琥珀色の液体がグラスを満たした。
「お兄ちゃん!一気だよ!」
ヴィアリアリに急かされて、一気飲み。うん、美味い。
「それにしても、アレフ様はやっぱりすごい。そんなに一気に飲んでも、顔色一つ変えないなんて」
「まあ、そりゃあね」
だって、そのブランデーの瓶、中身はお茶だから。すりかえておいたんだよ。
ブランデーをそんなに飲んだら死んでしまう。だって弱いから。
「ほらほら、俺ばっかり飲ませてないで、二人とも飲みなよ」
二人が持っているグラスにワインを注いだ。何度目かわからない乾杯をして、三人で飲む。
二人とも、お願いだから早く潰れてくれ。そのブランデーの瓶がカラになったら嫌でも酒を飲むしか…。
「んふふー。美味しい。ところでお兄ちゃん、私達を酔わせてどうするつもりー?」
「いやね、ヴィア。そんなの…ねえ?」
物凄い色目。なんでそんな目で俺を見るんだ?言っておくけどそんなつもりはないぞ。
大体、俺は女性を抱くならきちんとした気持ちがないと出来ないんだし。
「酔った勢いなんて嫌だ。二人とも、飲みすぎじゃないか?」
「何言ってるの、まだまだ素面~!」
ヴィアリアリ…。ヴァイライラ、こいつをなんとか…。
「そうですよ、アレフ様。私達はまだまだこれから」
なんとかしてくれよ!普段と違って悪ノリするあたり、どう見ても大丈夫じゃないな。二人とも。
ああ、なんだってこんな…。俺か、俺が悪いのか。酒に付き合った俺のせいか。
「そうそう。だから、その証拠に…」
「お、おい!」
急に立ち上がって、どうやら軽業をしたかったみたい。でも、見事にバランスを崩して、そのまま床に…。
「…ふう」
落ちなかった。なんとか体を滑り込ませて、ヴィアリアリを抱きとめるのに成功した。
良かったよ。打ち所が悪けりゃ最悪死ぬから…。
「ほら、立てる?もう寝たほうがいいよ」
体を離して、手を取った。酒を取り上げてさっさと寝床に運ばないと、ほんとに危ない。
「立てないよぉ。お兄ちゃん、抱っこ~」
よし、小言タイムだな…いや待て。酔っ払いの言うことに一々反論してもしょうがない。
ここは大人しく従っておくか。無理はしないに限る。
「よ…っと」
軽い体を抱き上げて、ベッドまで運んだ。暴れるかと思ったけど、首に抱きついてくるだけで、それ以外は大人しいものだ。
ベッドに降ろして、離れよう…とした。
「…お兄ちゃん、優しいね。それに、この腕…逞しいし、大きいし…いいなあ」
左腕を放してくれない。しかも、腕を抱いたまま寝息を立て始めた。
うーん…まずいな。あんまり長居しているとヴァイライラが怒…。
「アレフ様。ずいぶん楽しそうですね?」
「や、やあ…」
まずい、まずいぞ。ヴァイライラからは殺気が感じられる。下手すりゃ大変な事に…。
考えろ、考えるんだ。この状況を脱出するためには…。えーっと…。
「やっぱり、愛嬌のあるヴィアリアリのほうが可愛いんですよね?」
思い浮かんだ作戦はかなり危ないが…ええい、やってみるしかない!
「ヴァイライラ」
空いている右腕で、ヴァイライラを抱き寄せた。突然の事でびっくりしている。
「二人に優劣なんてつけないよ。二人とも、大事な人なんだから。だから、一緒にいようよ」
ベッドに倒れこんだ。ヴァイライラは少しだけ恥ずかしそうにしていて、その後、静かな寝息を立てた。
右腕はヴァイライラ。左腕はヴィアリアリ。挟まれた俺は身動き取れず。
男子冥利に尽きると言うべきなんだろうか、それとも男子最大の不幸と言うべきか…。
ま、いいや。寝よう…。
「あら、アレフ」
「やあ」
ヒルダリア。何の気なしに遊びに来てみた。たまには顔を見せないと怒られそうだしね。
ここに来たのは…以前海賊になることを無理やり約束させられた時以来か。
「久しぶりね。えーっと…175日ぶり。私をこんなに放っておいて何をしていたのよ?」
…よくそんなにしっかり覚えているな。俺も大体半年ってだけしか覚えてなかったのに。
それよりこの棘っぽさはなんとかならないのかな…。放っておいたわけじゃないんだけど。
「何かと忙しくて、遊びに来ようにもそれどころじゃないって感じだったから。
色んなゴタゴタがひと段落したから、ゆっくりしようかと思ってね。…ま、すぐに戦いだけど」
最後は呟くぐらいの声量しか出なかった。それでも聞こえていた。
「そう…」
さっきまでの棘っぽさはどこにやら、ヒルダリアは随分がっかりした様子。
普段は感情を殺しているのが多いけど、珍しくわかりやすい。
「とりあえず、ゆっくりしていきなさいよ。酒も食べ物も用意できるわ」
「うん」
酒に関しては本気で拒否するけど、食べ物はありがたい。
旅暮らしだとどうしても寝食は粗末になる。大陸全土が揉めてるせいか、宿屋ですらまともな食べ物がなかったりするしね。
その点ここはいいな。金のある船のみ襲っているだけはあって、食べ物は相当いい。
「で、どんなことがあったのよ?半年も離れていたんだもの。話ぐらいあるでしょう?」
「そうだな…」
話の種は尽きない。見たもの、聞いたこと、出会い、別れ、戦。いくらでも話せる。
ヒルダリアは楽しそうに聞いていた。潮気のない話を聞くのは少ないから、と。
話も段々と他愛のないものになっていく。それでも、楽しかった。
「…もうこんな時間か」
いつの間にか夜。ほんとは今日中に帰ろうかと思ってたけど、今から未開の森を抜けるのは危ないかな…。
「ヒルダリア、一緒に寝ない?」
「え!?」
我ながら直な誘いだと思う。でも、彼女にはこれがいいんだ。回りくどいのは嫌いだから。
ヒルダリアはしばらく考えていたけど、頷いてくれた。
「目を閉じてくれないかな?」
「嫌。目を閉じたくないわ。あなたを、ずっと見ていたい」
服を優しく脱がせている時も、キスの時も、彼女は目を閉じなかった。
閉じてくれ、という言葉とは裏腹に、俺にもそんな気持ちはあった。
だから、俺も目を閉じない。見詰め合ったまま。ずっと。
「あなたに抱かれると思うのが嬉しい。捨てたはずなのに…私も女なのね」
「それでいいんだよ。海賊の頭だからって、無理をして演じる必要なんてないんだ」
目を開けたまま、見詰め合ったまま、溶け合った。
「もう行くの?」
翌朝。まだ朝霧が晴れていないような時間。
「居心地がいいんだよ、ここは。すぐに帰らないと、長居しちゃうから」
じゃあね、と言い残して、未開の森へと足を向けた。
背中からは、少しだけ甘い匂いがした。
「アレフ…」
リベルダムに寄ったので、ついでに
クリュセイスに逢ってみた。
思い出せば色々ないざこざがあったけど、今はまあそれなりに仲良くやってる。
「とりあえず、お茶でも飲んでいきなさい」
「ああ」
以前と比べれば、大分柔らかくなったな。態度もそうだし、気構えにも余裕が見える。
とはいえ、解放軍はまだまだ若い組織。苦労は絶えないだろうけど。
「以前と比べればこの街もまとまってきたわ。あなたからの資金援助も効いている。
それから、竜殺しの異名もね。改めてお礼を言わせて。ありがとう」
生真面目だねぇ…。そこがいいところなんだけど。
「気にしないでくれ。金なんざ有り余ってるし、二つ名なんて成り行きだしね。
しかし、俺の名前まで使うとは、したたかになったもんだ」
「悪かったわね…」
ちょっとむっとしたような感じの表情。褒めたつもりなんだけどね。いいわけしとこうか…。
「前みたいな深窓のお嬢様じゃなくなったってことだよ。
今までのようなやり方じゃ、出来上がったばかりの解放軍なんてまとめられない。
いい変化だと思うよ。きちんと『頭』やってるってことだから」
「そ、そう?」
もう笑顔。素直というかなんというか。やっぱりもっと感情を隠せるようにはなってもらいたいな…。
海千山千の古狸を空いてしなければならないんだから、このままじゃいいカモだよなぁ。
「もうちょっと大きくなるべきかねぇ…」
「何が?」
いかん、声が出てた。無かったことにするのもあれだし、この際ビシっと言っておこうか。
それが本人のためだろう。長く解放軍に在籍するつもりなら尚更。
「はっきり言わせてもらうけどさ、クリュセイスってわかりやすいよね」
「わかりやすいって?」
「感情が表に出やすいってこと。今だってそう。きょとんとした顔をしてる。
…これからは老獪な相手に交渉することだって多いはず。
そんな相手にこっちの感情が見えているんなら、交渉は向こうのいいように丸め込まれるよ?
だからさ、もっともっと感情は隠したほうがいい。心の中はどうあれ、上っ面は無表情。これがベスト」
クリュセイスはちょっと考えてる。俺の言っているのは道理…のはず。多分。
しばらく考えていた後に、顔を無表情にしてみせた。
「練習しましょう。アレフ、何か言ってみて。できるだけこの顔を保ってみるわ」
…そうだな。この際だから悪戯してみるか。
「クリュセイス」
「はい」
「君が好きだ。誰よりも…愛しています」
クリュセイスの手をとって、口付けた。
「………」
お、すごいな。見事に無表情じゃん。要はやれば出来る子なのね。
「…?」
いつまで無表情なんだろ。喋らないし。
クリュセイスはそのままで、少しずつ前のめりに…!?
「っとっと!」
なんだ、気絶したのか!?おいおい、そんなにショックだったのかよ…。とりあえず、起こさないと。
「はっ!」
声をかけても起きず、背中に活を入れて、ようやく意識を取り戻した。戻った瞬間、顔が真っ赤に。
「え、ちょ!アレフ!い、いまのはいったいどう…ああ、頭が…」
いい感じに壊れてるな。逃げよう。このままだとすごくまずいことになりそうだから…。
「じゃ、後はよろしく!じゃあな!」
赤くなったり青くなったりしているクリュセイスを解放軍に任せて、リベルダムを去った。
「お…も、い…」
山のような荷物を抱えて、ロセンの街を歩いている。抱えるというか、背負ってもいるけど。
「ほらほら、アレフ。次はあの店に行こうよ」
ユーリス。街の中でばったり出会い、見事に捕まった。なし崩し的に買い物に付き合わされている。
それにしても…俺を殺す気か?なんか恨まれるような事したんだろうか…。
「なんだか荷物が歩いているみたい!きゃっ!」
笑うな!それもこれも全部お前のせいだろうが!
いや、落ち着け。怒ったところで始まらない。とりあえずは休憩しよう。
「きゅ…休憩しよう」
「あ、そうね。そう言えばもうお昼だもん。ご飯にしよう!アレフ、おごってね」
なんでだ?なんで俺がおごらにゃならんのだ?金はあるから構わないけど、なんか腑に落ちない。
まあいい…骨休めできるなら…。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
「うん」
昼時ってせいもあるだろうけど、混んでいる店だ。空席はぱっと見ただけじゃ見つからない。
これはしばらく座れないかと思っていたけど、運良く一番奥の席が空いていて、すぐ座れた。
「ご注文は?」
「うーん…シカ肉のスープ、パン、シーフードサラダ。あ、それからフルーツの盛り合わせも」
「あ、それ美味しそう。私もそれで」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
ああ、ゆっくりする。文字通り肩の荷が下りた。でも、心は休まらない。
「で、その時はもう本当に危なかったの!多分あの時にみんなから恨み買ったのね…」
「そりゃそんなことしてれば恨まれもするんじゃないか…」
料理を待つ間も、ユーリスは喋りっぱなし。こっちは疲れてるのに、なんというか、エネルギッシュだ…。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
テーブルいっぱいの料理。結構なボリュームのある店だね。いいことだ。
ユーリスはよっぽど腹が減っていたのか、喋るのを忘れて夢中で食べてる。
ガシャン!
ん、誰か来たのか。まあいい。食おう。
「うーむ…いけるな」
スープはきちんと下ごしらえされているみたいで、雑味がしない。人気があるだけの事はある。
『金を出せ!それから酒もだ!この剣は切れ味がいいんだ。少しでも暴れさせれば、血が流れちまうぞ』
「このスープ、うまいね」
「うん。シカ肉ってこんなにおいしかったのか、って感じ」
いやいや、全く。こりゃ残りのものも期待出来そうだな。どれ、次はパンでもかじってみるか。
『さっさとしやがれ!それから、客の奴等は壁に手をつけな!変な動きされちゃ困るんでね』
「このパンもうまいなー。柔らかいし、風味がいいよ」
「サラダも美味しい!魚も新鮮だし。ドレッシングにこだわっているのかな?」
そうなの?それじゃ一口…お、これはうまいな。ドレッシングの爽やかな風味が生臭さを消してる。
この店は当たりだ。後でまた来よう。でも、もうちょっと静かなら言うことないんだけど…。
『そこの兄ちゃん、大人しく従いな!さもなきゃ、首と胴が泣き分かれになっちまうぜ!』
しばらく談笑しながら食べていて、残った皿はフルーツの盛り合わせ。一口食べてみたら、美味い!
「この果物、なんていうのかわかる?すごくまったりしていて美味しい!」
「さあ…あんまり詳しくないからなんとも…」
俺もちょっと気になったけど、食材の事なんてよくわからないよ。ま、美味いからいいっしょ。
「従えって言ってるだろうが!」
間近で大声が聞こえたので、その方を向いてみたら、剣を構えた大男。なんだこいつ。
「痛い目を見なきゃわからねえみたいだな!」
剣を振り下ろそうとしてきた。でもさ、腹が留守だよ?
「ぐ…っ!?」
思いっきり鳩尾に当身を食らわせた。怯んだところに、たくさんの客が押さえつけにかかる。
人気者は羨ましいね。まったく、せっかくの昼食が台無し…。
「て、てめえ、何者だ…?」
人の群れから顔だけ出して、俺を睨んできた。
「割と普通の只者です。店員さん、お会計」
払いを済ませて、荷物を抱えて、再びロセンの街へ。腹も膨れたし、午後も頑張る…か。
「や、フレア」
モンスターを適当にかわして、神殿の中へ。フレアはいつもどおりの無表情。
「また、貴方ですか」
「うん。顔見せておかないと忘れられそうだし」
顔見せどころかもう4日連続で通ってるけどね。昨日は少し暗い表情だったけど、今日はそうでもない。
何故通いつめているのか、と言えば…危なっかしいからだ。
束縛の腕輪を渡さなかったから、最悪の事態は免れた。それでも危ない。
彼女は自分の命なんてどうでもいいと思っている。それを改善できるとは思わないけど、放り出す事はできない。
顔を見せている限り、彼女も馬鹿な事はしないだろう。根拠はないけど確信している。
「………」
「………」
ここに来たところで、何かするわけじゃない。適当に座って、ただ黙っているだけ。
向こうから話しかけてこない限り、こっちから話しかけるつもりはなかった。
他者に興味を持って、他者と交わるのが喜びになれば、生きる事に価値が出る。
「わからない人ですね、貴方は」
少し暗くなり始めた頃、フレアが口を開いた。
でも、その声がわからない人…かあ。
「なんでそう思うんだ?」
「私のようなものに何故そんなに興味を示すのですか?
作られた命、抜け殻、人形。私はその程度のもの」
立ち上がって、フレアの顔を見つめた。悲しくなるような発言だけど、フレアの表情に変化は無し。
言っている事は事実なんだろうが…それが彼女にどれだけ暗い影を落としているのか、わからない。
「それじゃあさ、聞かせてもらうけど、俺は何なんだ?」
「…?」
「君が人形なら、俺は何なんだ?って聞いているんだよ。
人形に会いに来るため、モンスターがいる道を通う馬鹿かい?
物言わぬ抜け殻を眺めるために、こうしているって言うのかい?
君は作られた命かもしれないけどさ、『人間』だよ。赤い血が流れて、心がある人間だよ。
俺はフレアっていう『人間』に会いに来ているんだ。人形に興味はない。卑下はやめなよ」
互いに見詰め合った。苦しい沈黙に耐え切れなくなったのはフレア。下を向いた。
「人間の価値なんてさ、他人が決めるものなんだよ。自分で全てを決め付けないこと」
「でも」
「でも、私は人ではないって?さっきも言ったけど、自分で全てを決め付けないでくれ。
俺は君を人間だと決めた。誰が何と言おうともね。俺は君を人間としてしか扱わない」
フレアはまだうつむいたまま。感情が激してくるのを感じて、暇を告げた。
「…や、フレア」
翌日。フレアはいつも通りの無表情。昨日の事は、無意味だったのかな。
「また、貴方ですか」
「うん」
さて、座るか。あ、いや。自堕落だけど寝るかな。どうせ暇だし。
「くぁ…!?」
夢の世界に旅立つ直前、景色が変わった。目の前に黒。
「………」
びっくりするくらい近くにフレアがいる。相変わらずの無表情で。
長い黒髪が顔に当たって、ちょっとくすぐったい。
「どうしたんだよ?」
「いえ、別に」
…あ、そう。それじゃ、おやすみ。
「貴方を、少しだけ知ってみたいと思いました。だから、私も貴方の真似をしてみます」
そう言って、フレアは俺の隣に寝転んだ。寄り添うみたいに。
(悪くないな、この感じ)
フレアをちょっと見て、微笑んで、睡魔に身を任せた。
空は見えないけど、心模様は快晴。今日もいい日だ。
最終更新:2009年12月22日 20:05