エピローグ?
「僕はもうだめだ。」
武雄は良子の手を握りながらそう言った。
手は、すでに冷たくなりかけていた。
夫の体が確実にウィルスに犯されて来ているのを良子は思い知らされた。
「ここ2.3日、頭がはっきりしないことが多くなってきた。
このままいたら君に迷惑をかけるかも知れない。」
「・・・隔離センターに行くの?」
「ああ、そう決めた」
良子は武雄から顔をそむけた。
こらえようとしても嗚咽が後から後からこみ上げてくる。
ワクチンが完成しない限りこの日がくることは解っていたはずだった。
しかし、どこかで夫は魔の手から免れるのではないかと期待していたのだ。
「隔離センターにいるうちにひょっとしたらワクチンが出来るかもしれない」
武雄は自分に言い聞かせるように言った。
しかし、センターに入ったものは発症の進行にかかわらず、1ヶ月を過ぎたら「処分」される。
1ヶ月の間にワクチンが完成する見込みなどほとんど無かった。
「いつ、行くの。」
夫の顔を見ることが出来ないまま良子は尋ねた。
「明日・・・。発作がいつ起こるか解らないからな」
良子はたまらず武雄の胸元にかじりついていった。
声を上げて泣きながら夫の体を抱きしめる。
武雄の胸はまだ温かかった。
心臓の音も聞こえてくる。
「・・・まだ、生きてる・・・」
良子は呟いた。
武雄の手がそっと良子の背中に回される。
冷たいはずのその手はいつしか良子の体温でほのかに暖かくなっていた。
武雄の死から3ヶ月が経とうとしていた。
センターからの知らせは事務的な手紙一枚のみだった。
もっともセンター自体もまだまだ多い感染者の処理に手を焼いているのだから仕方ないかもしれない。
良子は実家に帰って職を探していた。
「まだ、もうちょっと休んでからにすりゃいいのに・・・」
奈津子はハローページをめくる娘を見ながら心配そうに言った。
「でもねー。クヨクヨしてるわけにはいかないのよ。」
ページをめくる手を止めると良子は視線を下に落とした。
そしてそっとお腹に手をやる。
「どうしても産むつもりなんだね。」
奈津子は大きくため息をついた。
「感染した人の子供がどうなるかなんてまだ解らないんだよ・・・」
良子はふと仏壇に目をやった。
そこには父の写真に並んでにこやかに笑う夫の写真があった。
その瞬間、言葉が自然に口から飛び出してきた。
「大丈夫よ母さん。
この子にはあの人がついているんですもの。」
言いながら何故か自然と笑みがこぼれてくる。
そうよ。
この子にはあの人がついているから大丈夫。
良子は心に確信めいたものを感じながら再びハローページのページをめくり始めた。
最終更新:2010年12月11日 15:41