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(1-壱)
「母さんや、外ではなんか変な事件が起きとるみたいだのう。
テレビでやってるぞ」
年老いた紳士がお茶を飲み飲み、妻に声をかけた。
「・・・政府はこの奇病の原因の解明を急いでいます」
「今日未明、国道○○号線で起きた玉突き事故の現場で、
被害者が加害者を襲うという事件が発生しました・・・」
「全国で同時多発的に起きている暴動に対して政府は・・・」
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(2-壱)
「おまえさ、新聞見たか?」
学生服を来た高校生が、友人に声をかけた。
「あ? そんなもん読んでねえよ」
「なんかさ、死んだ人間が生き返るなんてことがいっぱい起きてるらしいぜ」
「・・・はぁ? 馬鹿じゃねえのか。んなわけねえだろ。どこの新聞よ?」
「東京スポーツ」
声をかけられたほうの高校生が呆れた顔をしていた。
新聞の見出しにはこう書かれていた。
「エルビスは生きている!? 目撃者多数!」
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(3-壱)
「ねえ、あなた。なんか最近変な事件が多いのよ。今日、会社、休んだら?」
若妻が出勤しようと玄関で靴を履いている夫に頼んだ。
「事件って、あれか、人食い人種が日本にいる、って?
おまえ、2ちゃんねるでまた変なネタ拾ってきたんだろう」
妻の言葉に苦笑しながら返す夫。図星だったので、返す言葉が無い妻。
夫が出勤した後、妻はまたコンピューターに向かい、キーを叩きながらつぶやいた。
「・・・嘘を嘘と見抜けない人には・・・か」
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(1-弐)
「母さんや、相変わらず変な事件ばかり続いとるのう。
テレビはそんなのばっかりやっとる」
年老いた紳士は御茶をすすりながら、音を立てて沢庵をかじっている。
「・・・暴動は勢いを増して全国に広がっています。
警察は、ある宗教団体が背後にいる可能性を疑い、
この暴動の扇動者、なしは首謀者の特定を急いでいます」
「・・・この奇病の原因はわかっておりませんが、いずれにしても伝染性の
ものであるとして、厚生労働省が解決に乗り出しています」
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(2-弐)
「なぁなぁ、新聞見たかよ?」
学生服を着た高校生が、東京スポーツを握り締めて息をはずませている。
「おまえなぁ、東スポなんか信じてるんじゃねえよ。
うちで取ってる新聞にはそんな記事、一個も出てねえって」
「いや、だって、暴動つうか奇病つうか流行ってて、死人が人、襲うって」
いやぁ、これがゾンビだったりしたら・・・あひゃひゃひゃ」
「てめえは、何うっとりしてるんだよ!」
東スポの見出しにはこう書かれていた。
「全国にゾンビ出現 (折り目) か?」
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(3-弐)
若妻は夕食の準備を終え、夫の帰りを待っていた。
「はぁ、遅くなる時は電話してって言ったのに・・・」
テーブルの上には冷え切った夕食・・・。
若妻はコンピューターの前に座り、いつものように2ちゃんねるにアクセスした。
「ん、『【ゾンビ】祭り【ワッチョイ】』って、何これ?」
よく行く板のスレ一覧の上部には「ゾンビ」の文字が踊っていた。
「馬鹿馬鹿しい、何がゾンビよ」
夫の帰りが遅いことで、2ちゃんねるに八つ当たりをする若妻だった。
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(1-参)
「つまらん事件ばかり起こす奴等が多くて困るな、母さんや」
湯呑を手にした老紳士は、テレビは点けているものの、ほとんど画面を見ていなかった。
「・・・政府は伝染病と暴動の関係を否定しています」
「・・・患者を収容している病院側と厚生労働省側との意見が衝突しています」
「・・・警察官の負傷者は増加する一方で・・・」
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(2-参)
「昨日はさ、新聞出なかったんだよ」
学生服を着た高校生が、肩を落としている。
「っていうか、おまえの言う新聞って東スポだろ?
そういや、うちの新聞も今日は来てなかったな」
「やっぱり、ゾンビなんじゃねえの?」
「んなわきゃねえだろ、ヴォケ!」
二人の向かう方向が何か騒がしかった。
「おい、あれ、今流行りの暴動じゃないのか?」
どちらが言うでもなく、二人は野次馬根性で駆け出した。
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(3-参)
若妻はテーブルに肘を乗せ、頬杖をついてため息をもらした。
昨日、ついに夫は帰宅しなかった。夫の携帯に連絡を入れても、まるで反応がなかった。
留守電サービスにつながらないことから、少なくともスイッチが切られていたり、
電波の届かないところにいるわけではないことはわかった。
しかし、そのことがかえって心配を呼んだ。
テレビを点けると不穏なニュースばかりが流れていた。
* * * * * * * * * * * * * *
(1-四)
「母さんや、今日も新聞は来とらんのか? いったいどうしたというんだろう?」
老紳士は生活のパターンを崩されて腹を立て、一気にお茶を飲み干した。
テレビをつけても、暴動と伝染病関係のニュースしか流れていなかった。
「・・・伝染病は世界各地で勢いを増し、その対応に苦慮しています」
「・・・首相は、自衛隊の協力を要請しようとしたところ、野党の反対に会い・・・」
「・・・国民に十分な注意を呼びかけています」
「今回の騒ぎに対し、政府は慎重な対応を迫られていますが、
数週間で納まる見込みとの見解を発表いたしました。
次のニュースです・・・」
老紳士は、アナウンサーが替わっていたことに気づかなかった。
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(2-四)
「くそっ、奴等、噛みつきやがった!」
学生服を来た高校生の腕からは血が流れている。
「今回ばかりは東スポの記事が正しかったのかよ!?
だけど、そんなもん、誰も信じねえだろ、普通!」
二人は教室のドアを押さえている。木製のドアはきしみ、今にも破られそうだ。
教室の中には青ざめた顔をした女子生徒や、傷を負って放心した男子生徒が数人いた。
「おまえら、そんなところで泣いてないで、ちっとは手伝え!」
叫び声もむなしく、ドアが破られた。教室の中に、大勢の暴徒が乱入してきた。
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(3-四)
「なんで、なんでレスが返ってこないのよ!」
若妻は、2ちゃんねるのある板で、自分が立てたスレにレスがつかず怒りを感じた。
板にはまるでレスが伸びないスレが散らばっていた。荒しさえも現れなかった。
極端に人が少な過ぎることに、恐怖を感じた。
「ゾンビなんて、ゾンビなんているはずないじゃない!」
突然、ドアを叩く音がした。
「あ、夫が帰ってきたんだわ!」
玄関に駆け出し、ドアを空けると、血まみれでうつろな顔をした夫が立っていた。
若妻は、いままで溜め込んでいた寂しさを取り戻すかのように、夫に抱きついた。
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(エピローグ)
「母さんや、お茶はまだあるかのう?」
老紳士が空の湯呑を持って、妻に声をかけた。
テレビの画面の中には、すでにアナウンサーの姿は無く、
『現在、日本国政府は、今回の暴動に対して全力で対応にあたっています。
国民の皆様は、暴動が沈静化するまで軽挙妄動を慎み、自宅待機をお願いします』
というテロップが流れるばかりになっていた。
「とうとう、テレビも何の放送も流さなくなってしまったなぁ・・・」
ヤカンが笛を吹くような大きな音を立てて、お湯が沸いたことを伝えた。
妻が急須にお湯を注いでいる。老紳士は座布団から立ちあがり、
ベランダに出て何十メートルも下の地面を見下ろした。
「いつの世も同じか・・・。誰も本当のことなんかわからないし、
本当のことなんて伝えてはくれないんだな」
そんなことをつぶやきながら、老紳士は頭の中で、
“お茶ッ葉は、あと何回分残っているのだろう”
と考えていた。
―――――――終わり―――――――
最終更新:2010年12月11日 15:41