「おじいさん、今日はゲートボールはやめといたほうがいいんじゃないですか?」
「ほら、ニュースでズンビやらゾンビやらいうのがうろうろしてるみたいだし」
「なにを言うか、
 ズンビかゾンビかしらんが、そんなやつはワシが一刀両断にしてくれるわ。
 わっはっは」
シゲオは日課であるゲートボールに出かけていった。
いつもの場所には幾つもの修羅場を生き抜いてきた
元猛者どもが元気にゲートボールに興じていた。

「シゲオさん今日は遅いね」「おお、マサルさんおはよう。いやじつは、
でがけにばーさんが今日は行くなとかいうもんで、
支度がおくれてしまったんじゃよ」
「ほう、珍しい。あの物分りのいいツルさんがかい?」
「そうなんじゃよ、
 なんでもニュースでズンビかゾンビかよくわからんが、
 そういうもんがうろついとるらしいとか言うてのぉ」
「あぁ、今朝のニュースでやっとったのぉ」
「なんでも死人が生き返って人を食らうそうじゃよ」
「それが本当ならワシが冥土に叩き貸してやるわ」
「そうじゃのう、死にきれんのは辛いもんじゃ」
マサルは南の島で手足を吹き飛ばされてもまだ死にきれず、
もだえ苦しんでる戦友の事を思い出していた。
「あの戦争は惨かった、ワシはあいつを楽にしてやる事もできなんだ」
「マサルさん、その事はいまさらどうしようもないことじゃ。さ、始めようか」

いつもの顔ぶれで、いつもの風景。なにも変わらないように思えた。しかし...。
「あれはだれじゃ?」「見ない顔だねぇ」「よろよろして、あぶないねぇ」「私のカートを貸してあげようかね」「トメさん、そんなことしたらまたあのお嫁さんに叱られるよ」「そうだねぇ」「でも変わったシャツを着てるねぇ」ハナにはそのデザインが理解できなかった。

よろよろとした人はゆっくりと近づいてきた。ただならぬ雰囲気に、皆固唾をのんで
凝視した。
「あの人、病人かい?顔色がひどく悪いね」トメが言う。
「うちの隣の白内障のハツさんみたいに目が白くなってるような気がするのぉ」
 シゲオが言った。
「ちょっと声をかけてみるよ。よろよろとあぶないし」とトメが近づいていった。
「ちょっとあんた、どうし...。」そこまででトメの声が詰まった。
その人の形をしているものの首の一部が食いちぎられたように無いのだ。
先ほどハナがデザインだと思ったものはその人の形をしたものが流したらしい
血のあとだったのだ。

「ひぃぃぃ」トメは腰を抜かさんばかりに驚いた。
おもわずその場で尻餅をついてしまった。
「トメさんが危ない」シゲオとマサルが走り寄った。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ」トメはおもわず拝んだ。
その人の形をした者は、腰を抜かして座り込むトメの真横を
よろよろと通り過ぎていった。
「だいじょうぶか、トメさん」とシゲオ。
「いたたた、尻餅ついてしもた」ゆっくりと立ち上がるトメ。
「いったいなんなんじゃ、あれは」その人の形をした者を見送るマサル。
どうやら、ズンビだかゾンビとかいう人の形をした者に、
この老人達は生きている者と認識されなかったらしい。


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最終更新:2010年12月11日 15:42