机上の空論がどこまで通用するか?
ゾンビ発生初期に生き残るのは偶然とか幸運、果ては近親者が優れている場合が多いと思う。
しかしながら一月も過ぎれば話は変わってくる、体力的に弱いもの、精神的弱者
立てこもる場所、仲間の裏切り…等 様々なことを乗り越えた人たちが生き残る
この状態でこその集団籠城こそが、来るべき救出劇に有効なのではないかと。
当初混乱を極めた事態も多少改善されている情報がラジオから流れはじめた。
自衛隊がもっとも駐屯していた北海道が真っ先に平静を取り戻しつつあるようだ。
しかしながら救援がすぐにくるとは考えにくい今、救助を優先されるには?
そう、人数の確保と救出しやすい場所が必要なのだった。
3日後 「さぁて、作戦その1行きまっしょい」
冗談交じりの掛け声とともに僕たちは外に出た。 今回は付近住民探索及びゾンビ
ちょこっと殲滅計画である。
「は~い1名様ご案内♪」道に出て5分もしないうちに1体がゆらゆら歩いていた。
早速目つぶし、「手順を見ていてね」彼にいいながら後ろに回り込み足を引っかける、
ゾンビはなすすべもなく前向きに倒れた。
「それから」肩を踏みつけて首の後ろ、脊髄にスコップを突き立てた!
ぶしゅっと形容しがたい音がしてゾンビは動きを止める。
「簡単だろ?わざわざ斧を振り上げて頭をねらわなくても良いし、何より体力の消耗がない!」
彼は感心したように頷くだけだった・・・
「さすがにちょっと疲れてきたかな」サンポールを補充しながら声を掛ける。
行動不能にしてゾンビは100体を超えただろうか?
「結構いるもんだな」彼も額に汗をにじませながら笑って会釈する。
その時だった「そこのあなた方!」低いがよく通る声が聞こえる、振り返ると少し離れた一戸建ての二階から おいでおいでをする手が見えた。
「今ドアを開けます、入って!」
僕たちはいわれるままに、その家にお邪魔した。
出迎えてくれたのは子供二人だった、子供といっても高校生のおねいさんと
中学3年の妹だが、第一声が「私たちを助けてください」だった。
僕は一言「まずはお茶でも飲んで、マターリしましょ!」隣の彼は吹き出した!!
「こんなものしかありませんけど・・」
ミルクのないコーヒーを差し出してくれた彼女、よく見ればかなりやつれて見えた
「食料は?」「もう底をつきました・・・」悲しそうにうつむいて答える。
「出番だな・・」彼がウインクしながらザックを開ける・・
15分後には明るい食卓が始まった、彼女たちは黙々と箸を口に運ぶ、でもその顔は
初めて見たときとはうってかわった明るさを取り戻していた。
僕たちも久しぶりに見る女性の笑い顔に、顔を見合わせて笑った。
食事が済んで、相変わらずミルクのないコーヒーをすすりながら外を見る
「日が暮れてきたな」呟くと、「是非家に泊まっていって!」おねいさんが叫んだ。
「え?!」あまりにも強い語気だったのでびっくりしていると、
「もう限界なんです、おびえて眠るのは・・・・」
うずくまってすすり泣く彼女に「わかったよ、安心してお休み」声を掛けると
僕たちは戸締まりのチェックに回った。
夜中に身体にむずがゆさを感じて目を覚ました僕は
小人に捕らえられたガリバーのように自分が縛られているに気づいた。
混乱の中にいる僕に対して、
「あら、目をさましちゃったんですの。睡眠薬がたりなかったの
かしら。ずっと寝ていた方が楽に死ねたのに。」
声の方を向くと、高校生のおねいさんがたっていて、そのとなりには
おねいさんの服のすそにすがりつく妹が居た。そしてその後ろには
首をゆらゆらさせて、顔色の悪い女性が・・・口から血をたらして・・・
あれは・・・ゾンビじゃないか。何故あの姉妹は襲われないんだ。何故・・・
「驚きました? 彼女はもと私たちの母です。」
ちょっと待ってくれ。あまりのことに口をきけない僕におねいさんは
優しく微笑むと話を続けた。
「一ヶ月前、母は買い物からかえってくると高熱を出して倒れたんです。
その後、いわゆるゾンビになったんですけど、不思議に私たちには危害を
加えないんです。何故って?母の愛かしらね。浮気ばかりして困らせていた
父はあっという間に母に食べられちゃいましたけど。その後、母は食べ物
を欲しがるんですけど、しばらくは我慢させていましたの。だって普通の
食べ物は食べませんし、生きた人間を食べさせるわけにもいかないでしょう。」
状況が見えてきた。ゾンビによっていろいろ個体差があることは分かっていた。
移動好きのゾンビもいるし、人間だった時の反射を残しているゾンビもいる
んだから、母としての記憶を忘れないゾンビももしかして・・・
おねいさんはさらに話を続ける。
「でも、あんまりおなかをすかせちゃったからかしらねえ。2週間まえ
私がちょっと目を離したとき、この子を食べちゃおうとしたの。」
おねいさんはすがりついてふるえている妹を自分の方に抱き寄せた。
「しょうがないから、お母さんに代わりの餌をあげることにしたの。
最初の餌はおまわりさん。その次は自衛隊員。みいんなお母さんが食べちゃったの。
男の人って単純なのね。」
畜生!!罠にはまった!!こんなことは考えもしなかった。
「お友達はもうお母さんが食べちゃったし、あなたは眠らせたままお母さんの
明日の朝ごはんにしようと思ったんだけれど。しょうがないわね、さ、お母さん
お夜食よ。」
ようやく口が聞けるようになった僕は必死で彼女の説得にかかる。
「目を覚ませよ。お母さんはもう死んでるんだ。それはお母さんの姿を
してるだけで・・・」
僕を説得をさえぎるように、おねいさんは冷たく笑って言った。
「あなたはひどいことを言う人ね。お母さんは今でも私のお母さんよ。今でも
眠る前には私たちが怖くないようにって子守唄を歌ってくれるのよ。
ね、お母さん」
おねいさんがゾンビに視線を向けるとそのゾンビは低くかすれる声で歌いだした。
「ね・・ん・・ね・・・ん・・こ・・・ろ・・・り・・・・よ・・・
お・・ころ・・り・・・よ・・・」
子守唄を歌いながらゾンビはゆっくりと僕に近づいてくる。
最終更新:2010年12月11日 15:46