ルルルルル……………
 電話が鳴り響いている。迷わず取る。ここのところ、これが唯一の楽しみだ。
 「はい、110番です。」
 『あっ、助かった。お願いです。助けてください。』
 「どうされました?。事故ですか?事件ですか?」俺はあくまでも事務的に話す。
 『あっ、あっ、・・・・』
 「もしもし~。どうされました?。」
 『今、ゾンビに囲まれてます。車の中です。おっお願いです。早く来て下さい。』
 「何を言ってるのですか?。”ゾンビ?”ですか?。あのね警察は暇じゃないの。
  いたずらは困りますよ。もしかしたら昼間から飲んでるんですか?。」
 『何言ってるんだ!。ゾンビだよ。死人だよ。政府発表にあったやつ。それに今
  囲まれているの。お願いだから早く来てくれよ。このままでは、奴らに喰われる。』
 『…パパ~~…』『…あなた、早くして…』『…しゃぁぁぁぁぁぁ…』
 相手は携帯電話だろう。電話の背後では家族がパニクっている様子が分かる。
 俺は止めを指すように言い放った。
 「あのね、こちらは暇じゃないの。旦那さん昼間から飲んでるでしょう。ゾンビ?
  そんなもの、いる訳ないでしょう。今回は不問するけど二度と悪戯はしないように。」
 ガチャり。回線を切った。

 ルルルルル……………
 また、呼び出し音が鳴り始めた。多分さっきの奴だろう。ナンバーディスプレイなんて
 見る気もないし、出る気も無い。


 「ゾンビね。」「ゾンビ。そんな事分かってるわ。言われなくても。」
  ここは、警察の地域司令室。先程の電話を含め、まだ頻繁に電話がかかってくる。
 でも、ここにいるのは、数人。例え電話を取っても、出動を指示する実働部隊は、
 もはや存在してない。

 ルルルルル…………… また鳴り出した。
 発信者番号を見てみる。さっきとは別な奴だ。
 これが唯一の楽しみ。
 「はい、110番です。」
 『けっ、警察か。今すぐ来てくれ。例の奴が入ってきている。』
 「ハァ?。例の奴って何ですか?」
 『死体だよ。死体。動く死体。それがバリケードを壊して入って来ている。早く!』
 「死体?ですか。旦那さん寝ぼけてませんか?。死体が動くわけないでしょう。」
 『どうでもいいから、早く来い。今すぐに来いと言ってるのだ!』

 ガチャり。回線を切った。 


 2週間くらい前から、日本国内いや世界中で暴動が発生していた。元々が政情不安定
 な地域では、内戦かと思われていたが、暴動の発生している国は、政情に関係無いよう
 だった。それはここ日本でも変わりはない。
 起り始めは、所轄のPCを派遣していた。が、直ぐにそんなものでは、済まなくなった。
 上層部の命令で、機動隊を派遣したのだが、あっという間に総崩れになった。現場から
 は、発砲許可を求める無線が入りつづけた。そんな声は情報が上部に流れるに従い、
 無視されていった。発生から3~4日もしないうちに警察機構は、ほぼ壊滅した。
 政府は自衛隊に対して出動命令も検討したらしいのだが、総理は自衛隊創設以来始めて
 の武力使用を前提とした出動を命じた1号者となることを忌避して、逃げつづけた。
 その結果、警察機構と相前後して自衛隊も崩壊したようだ。
 残っているのは、自衛艦隊や潜水艦隊だけのようだ。いずれにせよ地上部隊で無いから
 関係無い。

 警察の施設のおかげで、建物は頑丈。食料のストックもある。自家発もあるので、暫く
 は生きていられる。でも、救援の道は全く無い。多分食料が尽きれば自殺するしか手は、
 無いのでろう。
 救援を求める電話は、頻繁にかかってくる。でも助けたくても派遣する要員は全く存在
 しない。


 ルルルルル…………… また鳴り出した。
 発信者番号を見てみる。さっきとは別な奴だ。
 「出てやるか。」ふと思った。希望を持たして、一気に失意のどん底え突き落とす。
 これが唯一の楽しみ。多分、俺がゾンビになるまで続けるだろう。
 「はい、110番です。」

---------------終わり-------------


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最終更新:2010年12月11日 15:48