政府発表:
「死体が生き返り、生きている人間を襲うというデマが流れていますが、
無責任な言動に国民の皆さんは惑わされないよう重ねてお願いいたします」
テレビの画面から、アナウンサーが政府の発表を繰り返し伝えた。
しかし、政府が何を発表しようと現実は変わらない。
街に一歩出てみれば、過酷な状況が待ち構えている。
“画面の中では夢物語が進行しているようだ”
大多数の国民はそんなことを思いながらも、
他にやることがないので画面をただ眺めている。
「首相! 政府発表であんなことを言われては困ります。現に死体は生き返って…」
「いや、そんなことは断じて認めない。あれは伝染病によって
一旦仮死状態になっただけで、患者は若干の凶暴性を帯びただけだ」
「しかし、どう見たって死んでいるような人間まで動いているのは
どのように説明なさるおつもりですか!?」
「では、早急に真相を解明したまえ」
政府発表:
「国内に蔓延している伝染病は猛威をふるっていますが、
ワクチンは完成し、現在配布が行われています」
今日、アナウンサーが新たな政府発表を読み上げた。
ワクチンを配布中? どうやって配布しているというのだ?
こんな状態でそんな情報を流したら、
我先を争って関係部署に人が殺到するのは目に見えている。
政府はまた新たな被害者を増やそうというのか?
「首相! ワクチンが出来たなどという情報を私は得ておりません」
「それはそうだろう。実際には出来ていないのだから」
「では、なぜあのような発表を…」
「いいかね、このまま何もしないわけにはいかないのだよ。
国民は不安に怯えている。その不安を取り除くための方便なのだ」
「しかし、この情報によって新たな混乱が生まれつつあります」
「治安の維持は警察の仕事ではないか。総力を結集して混乱を防ぎたまえ」
政府発表:
「ただいま、病院その他に民衆が集中し、混乱が起きています。
ワクチンの配布は各自治体によって国民の皆様のお手元に届くよう、努力中です。
徒に騒がず、しばらくお待ちください」
人口の多い都市部は、政府が言うところの「伝染病患者」で満ちている。
役所はすでに崩壊状態だが、家から出ることの出来ない生存者はそれを知る術がない。
よって、生者は来るはずの無いワクチンをひたすら待っている。
電気・水道・ガス等のライフラインはまだ生きているが、
これが切れたときのことを考えると恐ろしい。
それでもなお、国民のほとんどはテレビから流れる情報を信じるしかなかった。
「首相! 都市部の自治体などとっくの昔に崩壊しています」
「それは私の責任ではないだろう。それにそんなことはわかっているのだよ」
「では、なぜあのような発表を?」
「パニックを起こさないための情報操作も必要なのだ。
それに、都市部以外の自治体関係各所はまだ生きている可能性もあるだろう」
「都市部は見殺しですか!?」
「そう取られては困る。ところで、ワクチンはまだできないのか?」
政府発表:
「ワクチンの配布は順調に行われていますが、混乱の大きい都市部では
若干の遅れが出ています。いましばらくお待ちください」
外を見れば生者の姿はすでに無く、ワクチンの配布など信じがたいものがあった。
国民は、万に一つという可能性を信じてひたすら待ち続けていた。
その忍耐もいつまで持つのかはわからない。
政府は未だに、現実を国民に伝えようとはしていなかった。
「首相! もうどうにもなりません。ワクチンはまるで効きません」
「泣き言を言うな。効かないとしてもこれしか手がないのだ
ワクチンの配布を続けて時間をかせぎたまえ。パニックを避ける方便だ」
「パニックは避けられても被害は広がる一方です」
「これでも病気の解明を急いでいるのだ。言われた通りにことを運べ」
政府発表:
「配布されたワクチンですが、これはすでに発病した方に効果は無く、
あくまで予防の措置としてのものであることをお忘れなきようお願いします」
ようやくワクチンなるものが届いた。
本当にワクチンを配布していること自体、信じられないことだった。
政府の発表では予防の効果しかないということだったが、
効果があるのか無いのかわからないものを服用しようとは思わなかった。
しばらくすれば、不安に駆られた国民がその効果のほどを見せつけてくれるだろう。
感染の恐れが消えたことから、事態を楽観視した国民が食料を求めて外出しだした。
そして、ほとんどが感染以前に食われて消えていった。生者も死者も飢えているのだ。
「首相! 国民が伝染病患者に食われる事件が増加しております」
「食われる、などという言葉を使ってくれるな。
強暴な感染者が健常者を襲っているだけだ」
「あと、ワクチンが偽薬であるということが露呈しつつあります」
「ワクチンであるということで押し通したまえ。
そもそも、人が人を食うなどということを政府として発表出来る道理がない
例え事実がそうであったとしても、それを認めるわけにはいかん」
政府発表:
「国民の皆さん、内閣総理大臣の○○です。現在、国内では非常に大きな混乱が発生
しております。(中略)この事態に対し、政府は善処する所存です。
一部のメディアでは『死者が甦り、生者を襲う』などと
おもしろ半分に取り上げていますが、どうか政府の発表に従い、
デマに惑わされないよう、冷静な行動をお願いいたします。
繰り返します。国民の皆さん・・・」
テレビには首相自らがとうとう登場した。
しかし、そのことが事態の沈静化に貢献することはなかった。
何しろ、国民はのんびりテレビを見ていられる状況になかったからだ。
結局のところ、混乱が始まってからというもの、
政府が本当のことを国民に伝えることはなかった。
それゆえにか国内に大きなパニックが起こることはなかった。
ほとんどの国民はただ静かに死んでいき、ある者は甦って生者を襲って食らった。
しばらくすれば、国内は死者ばかりになるだろう。
政府発表の嘘を誰もとがめない代わり、政府発表を目にとめようともしなくなる。
本当に平和な世界が訪れようとしている予感を感じつつ、
俺はテレビのスイッチを切り、杯を上げてつぶやいた。
「新たなる秩序に乾杯」
―――――――終わり―――――――
最終更新:2010年12月11日 15:48