朝、同じ衣服を身に着けた死者の群れがそろって歩道を歩み続けていた。
 ところどころ背広をまとった姿も見える。
 チャイムが鳴り響くと、一様にみな歩みを速めるところは昔と変わりが無い。
 鳴り止むと同時に、校門のそばにいたジャージ姿の死者が門を閉め始める。
 通過中の女生徒が挟まれるが、今ではたいした問題ではない。体育教師には今のほうがやりやすいのかもしれない。

 彼らは生前の習慣どおりに学校に向かい、日暮れとともに家路につく。
 いじめや校内暴力など無くなった分、ある意味平和だ。
 ただ、昔と変わらない点がひとつだけある。
 自分たちと違うものへの排斥の感情は、いまや呪いと言えるまでに膨れ上がっていた。

 一人の少女が、締め切られた赤黒い鉄柵を見つめている。
 胸のプレートには「光清高校二年 千堂日向」と彫りこまれている。
 日向は街路樹の陰から学校の様子を伺い、何度も校舎へと足を向けようとして、同じ回数だけ躊躇っていた。
 制服の襟は汚れ、袖も裂けてはいるが外傷は負ってないようだ。無論死者ではない。
 なぜ生きている人間が、死者の群れの中に向かおうとしているのか。

 理由は単純なものだった。
 親友の少女が、憧れの先輩を追って校舎へと侵入していったからだ。
 もともと学校には救助を求めた生徒と教師たちが立て篭もり拠点としていたが、増え続ける死者に飲み込まれるのは火を見るよりも明らかだった。
 それでも一部有志は秩序の具現たる学校を守り抜こうと必死の努力を続けていた。
 親友が憧れた先輩も、そんな有志の一人だった。

 外部へと食料を求める姿が絶えた三日後、日向の親友は手持ちの食料を抱えて学校の門を通り抜けた。
 日向は必死で説得したが、少女の決心は固かった。

「駄目だよ!ゾンビに食べられちゃうんだよ。今まで頑張ってきたのにどうして!」
 半分泣きながら説得する日向に、親友は微笑んで答えた。
 きれいな微笑なのに、なぜか日向の背中に氷柱を差し込むような笑顔だった。
「うん、頑張ったよね。でも先輩もそうなんだよ。だから差し入れしてあげなくちゃ」
「差し入れって……」親友の笑顔に呪縛されて声がだんだんと小さくなる。
「いつもしてたじゃない。きっと先輩部活でお腹空かせてるから、早く行ってあげなきゃ」
 日向は理解した。なぜ親友はこんなにもきれいで、こんなにも恐ろしい笑みを浮かべられるのか。
 声が出せなかった。今目の前にいる少女はすでに別人だ。ココロが昔とは違う。

「じゃ、行って来るねヒナ。ヒナはまだ来ちゃ駄目だよ」
 それが最後に聞いた言葉だった。

 数日後、校庭のトラックを延々と回り続ける人影とスタートラインで見守り続ける親友の姿があった。

 何日も何日も、日付の感覚を無くして見続けるうちに、いつしか日向の足は校門へと向かうようになっていた。
 だが、その歩みはいつも記憶の中に残った言葉によって押しとどめられた。

「ヒナはまだ来ちゃ駄目だよ」そう親友は言い残したのだ。

 千堂日向は紛れも無く境界線、デッドラインに立っていた。


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最終更新:2011年01月19日 19:55