「ゾンビは制圧終了!」
とりあえず、中隊本部に報告は送った。そこには、どす黒い血を撒き散らした、ゾンビが転がって
蠢いている。軽機関銃の射撃により、両手両足はミンチと化しているので、這う事意外は不可能だ。
本部の命令で、まだ止めは刺していない。研究所に持ち帰って調べる必要がある。
ここは北海道。日本で唯一ゾンビ化せずに人間が支配している地域。昨冬は流氷上をゾンビが渡っ
てくるという事態もあったが、何とかしのいできた。
事の発端は、一件の110番通報。市中でゾンビが徘徊し、通行人を襲っていると。幸い先のゾン
ビ禍で、市民の間にはゾンビの存在と危険性は認識されていたので、噛まれるという被害はなかった。
現在、道民全てに腕時計位の大きさの、生死判別装置の装着が義務付けられている。これは、血流が
止まったのを感知すると自動的に電波を発信するものだ。一度死んだ者が蘇生して人を襲う前に、処置
を施す必要があるからだ。装着の義務化には強い抵抗が予想されたが、誰もゾンビの恐怖が身に染みて
いたようで、大きな反発は無かった。110番通報の少し前に死亡通報電波を受信したので、駆除班が
出動した矢先だった。
しかし、おかしい。今、足元に転がっているゾンビもやはり左腕に生死判別装置の残骸を付けている。
死亡してから、ゾンビとして活動を開始する時刻が早過ぎる。
蠢いているゾンビを検証中の駆除班長の高野二曹が、
「赤城准尉殿、これを見て下さい。」
高野二曹が指差した所には、古傷だが噛まれたような傷後があった。私は下野曹長に
「曹長。ゾンビの素性は?。」
下野曹長は、ゾンビの左腕に付いている、生死判別装置の番号をハンドヘルドパソコンに打ち込んで
いる。暫くすると、下野曹長は
「隊長、こいつは、氏名は山下 幸之助、年は28。病歴はありませんね。」と報告してきた。
私は、再度部下に時間経緯を確認させた。駆除班の高野二曹は、メモを見ながら報告を始めた。
「15:10に死亡通報電波受信。」
「15:15に駆除班出動。」
「15:18に110番通報有り。これは公衆電話からの通報でした。」
「15:25に駆除班、現着。ゾンビであることを確認の上司令部に報告。」
「15:28に司令部より、止めを刺さずに無力化せよとの命令でしたので、手足を狙って
無力化しました。以上です。」
「早過ぎる。」下野曹長が呟く。「隊長、死からゾンビになるまでの時間が、5分も無いですよ。」
「こんなに短いと、とてもでは無いが対応出来ない。」と高野二曹も誰にということなく呟いた。
死からゾンビへの移行は、今までの最短で約4時間。遅いと1日というのが通例だった。
とりあえず、司令部からの命令が喧しいので私は小隊に命じて、ゾンビを籠の中に突っ込み、研究
所に届けるため、現場を後にした。
私は、運転手の横井士長と共にランクルに乗って研究所に向かった。ランクルの荷台には例の、
達磨になったゾンビを載せている。研究所に行くのに小隊御一行様は、不要なので下野曹長に命じて
小隊員は帰隊させた。
しかし、このランクルはぼろい。先のゾンビ禍で出動した際に、車両の損害が相当なものであった
ので、道内に残存している古い4輪駆動車を掻き集めたのだが、何もここまでのボロを集める必要は、
あるまい。走りながらもどんどん軽量化している。錆で。私の足元のパネルも一度錆で欠損してたの
で、とりあえず、コンパネで塞いでいる有様だった。
研究所は、人里離れた山奥に存在していた。元は学校と聞いている。先のゾンビ禍で道内も人口
が減り、廃校となった施設を転用したものだった。
ただ、ゾンビを研究する施設ということだけあって、警戒は厳重である。ここは道内で唯一、ゾンビ
を動態保存しており、腐敗して正視に堪えない連中の顔が拝める唯一の所だ。
研究所のゲートの前で警備兵の停車命令に従い、ランクルを停止させた。警備兵は敬礼をしながら
「准尉殿、ご苦労様です。ご用件は?」
「司令部からの命令で、市中で確保したゾンビを届にきたよ。それにしても寒いなここは。」
警備の一士は、詰め所内の電話を取り、内部に連絡を取っている。電話を置くと遮断機を上げる
スイッチを押したようで、目の前にあった遮断機が上に上がっていった。一士は私に向かって、
「いつものところに、渡辺研究員がお待ちしてるそうです。ではお気をつけて。」と言いながら
敬礼をよこした。私は軽く答礼して、横井士長にランクルを発進させた。
ランクルを、研究所の建物の出入り口に止めさせた。入り口には渡辺研究員と数人の助手が出てい
いた。横井士長が荷台から、籠に突っ込んだ達磨のゾンビを助手達に引き渡している。渡辺研究員は、
何度会っても暗いやつだと内心思ってた。このままゾンビになっても何の違和感も無いだろう。こちらと
しても、お荷物を渡せば用済みなので、とっとと渡してサヨナラを決め込んだ。私は研究員に
「渡辺さん、受領書にサインを頂けますか?」
と書類を渡した。研究員は書類の内容を改める訳でも無く、受領書にサインをして放ってよこした。
私は研究員い敬礼して、横井士長に車を出すように促した。私は横井士長に
「あの、おっさん相変わらず暗いな。何考えているんだか」と言うと、横井士長も
「ゾンビばっかり研究してるからじゃないですか?」
「私だったら、女の子の研究の方がいいですよ。ところで赤城准尉殿は、あちらの方はどうですか?」
なんて聞いてきたので、「もう駄目だ。赤い玉は出ちまったよ。」と軽く受け流しておいた。
横井士長は「まーた、何言ってるんですか、今晩キャバクラ行きましょうよ。タ イ チ ョ ウ!」
横井士長の運転で、ランクルは市内の詰め所に帰隊した。
詰め所内では、小隊員達が待機している。間もなく夕刻の7時。あと1時間もすれば、次の当番者
に勤務を引き継ぐ時間帯だった。
横井士長は、仲間達に今晩行くつもりのキャバクラの選定にとりかかっている。こいつは仕切り
に誘ってくる。給料なんかはとっくに使い果たしたようで、目的は私では無く、私の財布のようだ。
その時、部屋のサイレンが鳴り出した。駆除班長の高野二曹が、部屋の隅に置かれていた、死亡
通報電波受信機に駆け寄る。高野二曹は、私の方を向いて、
「仏さんが発生しました。どうもY町のようですね。」と報告してきた。私は、高野二曹に
「ご苦労だが、行ってくれ。」と言った。高野二曹は、班員に
「こらぁぁぁぁ。行くぞ。仏さんは待ってはくれんぞ。出動!出動!、給料分は働けよ。」と怒鳴り
ながら、装備を身に付け詰め所から出て行った。その後を班員が、あわてふためきながら追随して
いった。
出動に関して、大して心配もしていなかった。人は死ぬもの。病気もあれば事故もある。ただ、
ゾンビになる前に処置してしまえば、恐ろしくともなんとも無い。
暫くすると、中隊本部からの連絡が入った。Y町でゾンビ発生。至急出動し制圧せよとの命令だ。
私は、待機中の2個制圧班に出動を命じた。
「下野曹長、Y町に出動しゾンビを制圧しろ。」下野曹長は、敬礼し「了解しました!」と答え、
部下に「行くぞ、急げ急げ。早くせんとゾンビが攻めてくるぞ。」と怒鳴りながら出動して行った。
詰め所の壁に設置されている広域用スピーカーからは、中隊本部から他の小隊への指示、中隊本部
への返電等が断続的に流れてくる。スピーカから中隊長の声が響く。隣のB市の第三小隊への命令の
ようだった。
「B市D町において、ゾンビ発生。第三小隊は速やかに出動し制圧せよ。」
今日の出動を思い出していた。「早過ぎる・・・」呟いた声が、横井士長に聞こえたようだ。
横井士長が「隊長、早過ぎるって?、何ですか?」
私は、「ああ、昼間の出動した例のゾンビだが、死からゾンビ化の変異時間が早いだろ。」
「隊長、そういった奴もいた、ということではないでしょうか。」
「まあ、そう考えれば、簡単だな。でも、今出動中のY町の奴も早い。」
出動した駆除班長の高野二曹からの報告が入ってきた。
『隊長、Y町に現着。ゾンビを確認しました。尚、ゾンビによる被害は、旦那とその子供が襲われ
負傷しました。指示願います。送れ!』
「高野二曹へ。ゾンビは速やかに無力化を図り、確保しろ。尚、ゾンビによる負傷者も確保し、
研究所に送致しろ。送れ!」
『了解!』
遂にゾンビによる二次被害が発生した。噛まれた連中には気の毒だが、研究所に送るしか選択の
余地は無い。そこで、人間としての意識がある間に事情聴取するのだ。
更に高野二曹から報告が来た。
『隊長、ゾンビの確保完了。尚被害者と共に、これから研究所へ送致します。送れ!』
「ご苦労さん。よろしく頼む。以上。」
部下からの報告が来た。幸い部隊に損害は発生していない。私は、もう一度今日の出動を振り返った。
どう考えても早過ぎる。死からゾンビへの変異時間が短すぎるのだ。もし今後、このようなことが続く
のであれば、出動方法自体を改変しなければ、ならないだろう。
ふと、昼間の光景が頭に浮かんだ。確か昼間のゾンビには、古傷だったが噛まれたような傷跡が
あった。
「もしかしたら・・・」頭の中に光が一閃したような感じがした。
私は、研究所へゾンビ及び被害者を送致中の高野二曹を無線で呼び出した。
「高野二曹。研究所に着いたらゾンビの体に昼間のゾンビにあったような、古い噛み傷が無いか
調べてくれ。それと、被害者にもゾンビが生前に他のゾンビに噛まれてないか、確認せよ。送れ!」
『了解しました。あと10分程で研究所なので、調査次第報告します。』
私は、不安を感じていた。もしかしたら
・ゾンビに噛まれた連中の中で、100%全部がゾンビ化はしなかったのでは、無いのだろうか。
・エイズウィルスを持っていても、発病しない保菌者がいるように、ゾンビ化する何らかの因子
を持ったまま、市民生活を営んでいる人がいるかもしれない。
・ゾンビ化する因子が、何らかの事由により活動を始めれば、今回発生している事態も説明出来る
かもしれない。
私は中隊長に報告したい気分になった。が高野二曹の報告があるまではと思い、その衝動を押えて
いた。そんな時、卓上の電話が鳴った。電話は高野二曹だった。
『隊長。今研究所です。まず確保したゾンビの体には、古傷ですが噛まれたような傷があります。』
『尚、ゾンビ化した奴の旦那から事情聴取しましたが、ゾンビになった奴は、以前のゾンビ禍の時
にゾンビに噛まれていたそうです。でも何故かゾンビ化せずに、今まで普通に生活していたそうです。』
私は、高野二曹に渡辺研究員に電話を代われと伝えた。渡辺研究員が電話に出た。
「夜分、ご苦労様です。ゾンビ化した奴は、そこにいると思いますが、高野二曹から聞いたとは、
思いますが、ゾンビになるのに、今回のように時間がかかるというのは、あり得るのでしょうか。」
『さあ、はっきり言って分りません。というより、何故ゾンビになるのかさえはっきり分って無い
ですからね。』
「そうですか。・・・ そこにいる、新たな被害者ですが、どれ位でゾンビになるか分かったら
教えて下さい。あと高野二曹には帰隊するように伝えて下さい。では失礼します。」
私は、詰め所に待機中の土居三曹に
「昼間のゾンビになった奴の家族に問い合わせろ。以前のゾンビ禍の時に襲われて、負傷してない
かだ。急げ。」
土井三曹は、電話に飛び付いた。しばらく問い合わせの声が聞こえる。
「隊長。昼間の奴も以前、ゾンビに襲われ負傷していた模様です。でもゾンビにならなかったので、
家族は安心していたそうです。」
この答えを聞いた途端に私は、中隊長への直通電話を取り、事態を報告した。
『分かった。他の小隊にも確認する。今晩はご苦労だが待機してくれ。』
「了解しました。」と答えた。
待機中に判明したことだが、現在発生しているゾンビはいずれもが、先のゾンビ禍の時に、ゾンビ
に襲われ負傷したにも、関わらずゾンビ化することなく市民生活を送っていたそうだ。
今まで、ゾンビ化しなかったのは、その人に何らかの抗体があったか、それとも潜伏期間の長い、
菌種だったのだろうか。今現在、何の確証も無い。研究施設でも何でゾンビになるか分かってない
のだから。でも確証が得られる頃には手遅れになりそうな予感がしていた。
しばらく思案にふけっていると、広域スピーカから他の小隊への出動命令が下命されている。
出動命令は止ることが無かった。命令は全て「××町においてゾンビ発生。制圧せよだ」
そのうち、当小隊にも出動命令が下命された。壁に設置されている状況表示盤には、ゾンビの
発生点を示す、赤い輝点が凄い勢いで増えていくのが分かった。
私は、残っている制圧班に出動を下命した。私も弾帯を身に付けながら、壁の状況表示盤を見た。
そこには、周辺の市町村でゾンビが発生しているのが、一目で分かった。それも凄い勢いで増加し
ている。状況表示盤の赤い輝点は血のように真っ赤に見えた。まるでこれからの運命を暗示して
いるようだった。
詰め所を出る時に、ここに戻ってくることが再びあるのだろうか。そんなことを思いつつ装甲車
に向かった。
---------------- 終わり ----------------
最終更新:2011年01月19日 20:06