「なんとか・・・ならないのか」
「なにがだい?」
「この惨状だよ」
「惨状?」
えい、じれったい。僕は怒るように尚也に言った。
「死人が歩いてるし、そいつらは生きた人間を食う。お前だって僕を食おうとしたじゃないか。結晶だか
ウイルスだか知らないけど、これがまともな状態じゃないことはわかるだろう」
「ああ、これならもうすぐ終わるよ。混乱していたんだ。結晶がね。けど・・・もう大丈夫。彼らと僕たちは
話し合った。もうすぐ全てのゾンビは活動を止めるよ」
それはめでたいが・・・彼らってなんだろ。
「結晶だよ。ウイルスでもなんでもいいけど。彼らは知性があるよ。人間のものとははるかに異質で僕
たちの意識の代表団も接触に苦労したみたいだけどさ。彼らは恐竜の失敗に学んだんだ。宿主を滅ぼ
しちゃあ意味がないだろう。今回は過ちに気がついたんだ。君をはじめ僕たちと接触できる人間にはこ
のことは伝えてある。ゾンビが活動をやめたあと、胸を開いて結晶をとりだせばいいだけだよ」
「でもさ、それで君たちの意識は平気なのかい?」
「ああ。問題ないよ。結晶を取り出した後適当なとこにおいておけばいい。日当たりのいい場所がいいかな」
植木鉢みたいだ。そのあとも僕は尚也と様々なことを話し合った。
「さっきからなにぶつぶつ言ってるの?」
真由美姉さんが話しかけてきた。そういえば真由美姉さんのこと忘れてた。僕は尚也の変わりに要約
してあげた。真由美姉さんは尚也とコンタクトできないもんな。尚也の言い方を借りれば、魂・・・いわゆる
意識の核がちがうらしい。尚也は血液型みたいなものだって言ってた。でもきっと死ねばわかりあえるん
だろうな。
「じゃあ・・・もしかしてお母さんの意識も・・・」
あ。そうかもしれない。真由美姉さん理解が早いなあ。僕は尚也に伝えてみる。
「ああ、姉妹の母親だね。さっき接触が終わったよ。世話してくれてありがとうって言ってる。
それから淋しいけどどうせすぐに会えるんだから、あななたちは精一杯生きなさいだってさ」
僕はその言葉を姉妹に伝える。姉妹は泣きじゃくっている。瑠璃ちゃんはいまにも自殺しか
ねない勢いだ。
「いやーーー。お母さんのとこにいくーーー」
尚也は追加する。
「ああそれから、結晶は腐らないし風化もしない、保存しておけばずっと持つよ。たとえ・・・
何億年でも。エネルギーは太陽から供給できる。太陽電池の役目も兼ねてるんだ。
ほんとにうまくできてるよ。人類は不死を手に入れたんだ。」
不死だって!それはすごい。でも結晶の中じゃつまんないだろうな。真由美姉さんともエッチで
きないし。肉体を持たないもの同士のエッチってどうだろう。いいのかな、それともいまいちなの
かなあ。などと妄想を繰り広げる僕に、尚也は
「それと残念だけど・・・もうすぐコンタクトはできなくなる。生者は生者の、死者は死者の世界に
あるべきだと、僕らは決めたんだ。さようなら・・・○○」
尚也の声がかすれていく。
「もう、行っちまうのか。おい!尚也!尚也ああああ!」
呼びかける僕。
「・・・君は本当にいい友人だった・・・さようなら・・・いつかまた、時の環の接するところで会おうよ。
こいつやっぱりアニオタです。尚也の声が薄れ、やがて消えた。僕は今までのことも
全て姉妹に伝える。
瑠璃ちゃんは良く理解できなかったようだけど、真由美姉さんはそれがどういうことかすぐ
分かったらしい。
「やっぱり、お母さんのとこにいくーーーお母さんのとこがいいよーーー」
「瑠璃、駄目よ。生きるの。お母さんにはすぐにあえるわ。瑠璃が生きて、好きな人と結婚して、
赤ちゃんを生んで・・・やがてそのときがきたら・・・お母さんにあえるわ。だから、それまで頑張ろうね」
一週間後、活動をやめた尚也の胸を開いて結晶を取り出す。指先に乗るくらいの大きさだった。
生きてるときは電子顕微鏡でもないと見えないけど、死ぬと育って一週間くらいでその大きさ
になるらしい。
「大切に扱ってくれよ」
尚也の声が聞こえるような気がする。
「わかってるって」
僕たちはその結晶を落としたりしないように小さな瓶にいれて、港に向かった。港に向かう間
活動しているゾンビは全く見かけなかった。港には既に自衛隊の艦艇がきている。もう話は伝
わっているらしく、自衛官も僕の持っている結晶に視線を向けさえしなかった。避難してきたほ
かの人たちにも、結晶を持っている人がいる。きっと家族や友人や恋人の結晶なんだろうな。
「おにいちゃーーん。ほらあそこーー鳥がいるーー」
海鳥を見つけた瑠璃ちゃんの明るい声が響く。僕の傍らには真由美ねえさんがぴったりと寄
り添っている。
「瑠璃ーーー気をつけなさーーい」
瑠璃ちゃんに優しく声をかける。そんな真由美姉さんをみながら僕は思う。不死かあ。
不死もいいけどこの一瞬にはとてもかなわないだろうな。好きな人のぬくもりと優しさを感じる
この瞬間こそ無限の時間よりもはるかに価値あるものなんだろう。
最終更新:2011年01月24日 05:18