俺は見慣れたゾンビに目をやりながら、日付を確認した。
リュックから缶詰を取り出すと、今日の食事を始める。
辺りの腐臭がきついが、こんなものは馴れの問題だ。未だに馴れていないという者はと
っくに死んでいるか、どこか安全なところに避難しているんだろう。
ゾンビが呻く。
俺の目の前には4体のゾンビがいる。どれ一つとして俺を襲う気配は見せない。
それどころか4体とも、地面に座り込んだまま立ち上がる気配もない。時折俺の方に顔
を向けるが、俺の存在に気付いているのかどうかはわからない。
ただ、静かに呻いているだけだ。
俺がここに来てから三日、ゾンビ達はただ座って呻いているだけだ。
三日前、俺は空き家に入り込んだ。頑丈な鍵をかけられる場所なら、しばらく休んで様
子を見ようと思っていたのだ。
しかし、そこには先客がいた。
寝室の隅、ベッドの上に抱き合うようにして固まっているゾンビが4体。
俺は咄嗟に猟銃を構えたが、ゾンビが襲ってくる様子がないことはすぐにわかった。
座り込んだまま、立ち上がろうともしないのだ。
俺は猟銃を構えたまま、近づきすぎないようにしてゾンビを観察した。
残った衣服から見て、ゾンビは女だった。
そして、4体とも、妊娠していた。
妊婦ゾンビが出産しようとしている。
それが、俺の結論だった。
例え妊婦がゾンビ化したとしても、無事に出産が出来るものなのかどうか、科学的なこ
とは俺にはわからない。
ただ確実に言えるのは、そこに4体の妊婦ゾンビが安静にして座っていたことだけだ。
俺は、ゾンビの観察を始めた。
どっちにしろ、行く当てはない。生きるだけ生きて、適当なところで自殺できるならそうす
るつもりだった。
俺の好きだったモノは全部、ゾンビ発生前の世界にある。この世界にはない。今更新し
いモノを見つける気にもなれない。
だからといってすぐに死にたいわけでもないが、世界に対する未練はない。生きていく
理由も何もない。
だが、ゾンビが出産できるなら、新しい世代を曲がりなりにも生み出せるなら、それを見
届けていくのもいいかもしれないと、その時は思っていた。
今は、その時の決心をやや後悔している。
考えてみれば、いつまで待てばいいのかわからない。出産予定日をゾンビに聞くわけに
も行かないだろう。
三日間、ゾンビはただ呻くだけ。俺はただ、缶詰を食べてじっとしているだけ。
手の届く範囲から離さない猟銃も、ベルトにぶち込んだままの鉈も、ここでは一度も使っ
ていない。
不思議と、他のゾンビはこの家には近づかない。この4体とのテリトリーだと認識されて
いるのか、それともこの4体のせいで俺の気配が消えてしまうのか。
とりとめもなく考えながら食べ終わりかけたとき、ゾンビが今までにない様子で呻き始め
た。
生まれるのか?
俺はリュックからデジカメを取り出した。
世紀の瞬間だ。
呻きが甲高い不気味なモノに変わる。
それに反応しているのか、自分たちも出産が近いのか、残る3体も同じように呻き始め
た。
波のように上下する呻き。
呻きが何度目可のピークを迎えたとき、1体のゾンビが突然立ち上がった。
俺は咄嗟に猟銃を構えたが、それはゾンビの出産の瞬間だった。
ぶすっ
障子紙を破ったような鈍い音ともに、腐臭を伴った茶色の液体が股間から流れ落ちる。
その流れの中にぶら下がっているのは、間違いなく赤ん坊だ。
「産まれた・・・」
思わず呟いたとき、残りの三体も次々と立ち上がり、破水を迎えていた。
俺は近づこうとした。ヘソの緒を切る必要があると思ったのだ。
力を使い果たしたかのように座り込むゾンビたちに、俺は無意識に微笑みかけていたと
思う。
最初に子供を産んだゾンビは、自分の子供を抱えていた。
そしてそれが、ゾンビに残された母性本能の最後のかけらだった。
ゾンビは、赤ん坊を囓った。
俺は絶叫を上げて猟銃を撃っていた。
母性本能を失ったゾンビは、ついに俺を認識し、よろよろと立ち上がる。ヘソの緒でぶら
下がった赤ん坊をそのままに。
俺は泣きながら銃を撃ち、鉈を振るった。
「馬鹿やろう! 馬鹿やろう!」
ゾンビを責めながら、俺は泣いていた。
4体のゾンビか肉塊となったとき、生きていたのは一人の赤ん坊だけだった。
俺は赤ん坊を抱き上げた。
ゾンビから生まれた子。もしかすると、この子もゾンビなのかも知れない。
それとも、人間か。
俺は、泣き止まない赤ん坊を優しく抱きしめる。
これで、生きていく理由が出来た。俺は、この子を育てる。
この世界で、この子と一緒に生きていく。
俺は決意した。
この子のために、生きていこう。
まずは、俺の言葉遣いを直そう。
母親が「俺」なんて言ってちゃ、子供に正しい言葉は教えられない。
終
後書き
ゾンビチャイルドネタを考えていたら先を越されてしまいましたので、
ちょっと毛色を変えてみました。
これの延長上で、次の話考えています(続きという意味ではありません)
最終更新:2011年01月24日 05:22