途中で日向の衣服などを調達しながら、市街地の丘に立つ一戸建てに到着する。
「きれいなお部屋ですね」
 日向は部屋に入った第一声で、感嘆の声をあげた。
「尚也さんて、お金持ちなんですか。こんな良いお家に住んでるなんて」
「俺の家じゃない。モデルハウスだからきれいなのは当たり前だ」
 尚也は少しあきれたように返事をする。
「え?でも、鍵持ってましたよね」
 小首をかしげる日向に、尚也は指で鍵を回しながら答えた。
「不動産屋に行けば、鍵くらい置いてあるさ」
「……それって犯罪ですよね」
「本気で言ってるのか。そんなことより、さっさと風呂に入って寝るんだ」
「へ?」日向は目を丸くして、尚也を見つめる。少しばかり頬が赤い。
「その間、こっちは用意しておく。風邪引くなよ」
「はい!しっかりきれいにしてきます!」
 日向は尚也が差し出したバスタオルを受け取ると、回れ右をして浴室へと軽い駆け足で向かった。
 尚也は食事の準備に台所に向かうと同時に、何者かが廊下を駆けてくる音がする。
 カウンターを盾にして、廊下に向けてコルトパイソンを構える。
「な、尚也さん!お湯が出ます!ッてアレ、撃たないで!」
 リビングに飛び込んできた日向は、尚也が銃を構えていることに気づくと両手を上に上げる。
「……お湯ぐらい出る。そうでなきゃ風呂に入れなんて言わない。それと前ぐらい隠せ」
「っわっわっわ。すいませんでしたー」転進しながら謝る声が、リビングに響く。
「フー、はしゃぎすぎだ」
 尚也は軽くため息をつきながら、作業に戻った。
「それも仕方がない、か」
 今までの日向の境遇を想像すると、強くも言えない尚也だった。

「お風呂空きました」
 久しぶりのお湯を堪能した日向を、テーブルの上に並べられた湯気立つ食事が迎える。
「うわー美味しそうですね。尚也さん料理できるんですね」
 芋粥、コーンスープ、ほうれん草のおひたし、鰯の煮物などがテーブルに並べられている。
「レトルトと缶詰に手を加えただけだ。長かったな。様子を見に行こうとしてたところだ」
 尚也は緑茶を入れながら、日向に向かいの席に座るよう促した。
「久しぶりのお湯だったんで、たっぷり浸かっちゃいました」
「流行の電化住宅というやつか」
「はい、電気が来なくなってからはずっとお水で洗ってました。乾燥機もあるのはびっくりしました」
「この家はプロパンだから、燃料には困らない。電気も燃料電池があるから問題ないしな。まあ大抵の一戸建てなら、車に積んだ予備の燃料電池も使える」
「へえ、そうなんですか。あ、すいません。食事にしましょう」
「急いで食べるなよ。胃腸が持たないからな。昔の兵糧攻めだと、投降した後に急いで食べ物を詰め込んだせいで死んだという話があるぐらいだからな」
「……はい。危なかったです」
 食事の挨拶と同時にスプーンに伸びた手を止めながら返事をする日向だった。

「ご馳走様です。あ、後片付けはやります」
 席を立とうとした日向を、尚也はお茶を注ぎながら制した。
「いい、久しぶりの食事の後はゆっくりしろ。内臓に負担がかかる。どんなときも体の調子を整えることを考えるんだ」
 日向は席に座ると、礼を言いながらお茶をすする。
「今日と明日はとにかく休んでもらう。疲れを癒して、体を健康にするんだ。いろいろ教えられることはあるが、それも体が付いてこないと意味が無い。無理をしても失敗しては何にもならない」
「はい」日向はすなおにうなづく。 
「さて、落ち着いたら底のソファに横になって待っててくれ」
「はい!」先ほどより大きな返事をする日向だった。

 ソファに横になった日向のそばに座り、尚也はいくつか質問を始めた。
「今まで、大きな怪我をしたことは?入院したことは?アレルギーがあるならそれも教えてくれ」
「怪我は無いです。入院も。アレルギーは花粉症ぐらいです」
 日向はどこか不満そうに返事をする。
「ゾンビに傷つけられたことは?体液を浴びたことは無いか?今体に怪我はあるか?」
「ゾンビからは逃げてました。体液って、そんなことされてません。怪我は足ぐらいだと思いますけど、背中とかは分かりません。あの、見ます?」
 尚也は軽くため息をつくと、日向にうつ伏せになるように促す。
「体液は、唾液・血液のことだ。あいつらが写生できるかどうかは知らない。背中を見せてもらうぞ」
 日向はうつ伏せから体を軽く浮かせて上着を捲り上げた。
 見たところ怪我をしている様子は無い。少し赤くなっているのは、風呂で擦り過ぎたせいだろう。
「背中に傷は無いようだな」尚也は首筋にかかった髪をかきあげて確認しながら言う。
 その声を訊いた日向は、次にズボンに手をかけ脱ぎ始める。
「下は無理しなくていい。そこぐらい自分で確認できるだろう」
 尚也は目をそらしながら、日向に服を着るように言う。
「その、大事なことなんですよね。だったらちゃんと調べてもらったほうが、安心できます」
 日向は下をひざまでまくると、尚也に続きを促した。
 尚也は日向のもっともな台詞に、下半身に目を向けると傷の有無を探す。
 覚えの無い怪我は、ゾンビのうろつく今、かなりの恐怖をもたらすのだろう。
「大丈夫だ」いつもより感情の無い声で告げる。
 日向は尚也を軽く見つめた後、服を元に戻し指示通り仰向けになる。
「軽く採血をする。血液でいくつか調べられることがあるからな」
 尚也は日向の白い腕から血をとると、用意した試験管の中に注入し結果を待つ。
 陽性反応が現れないことに、尚也は我知らず安堵の息を漏らした。


後書き

まずは尚也と日向の隠れ家での生活の始まりです。
日向だけでなく、尚也も久しぶりに会う人間に少しはしゃいでるようですね。
日向が少し無防備すぎますが、無意識のうちの尚也に媚を売ってるということで。
危機的状況での生存本能が異性を求めているというのもありますが。

次からは尚也の新兵訓練日記が始まります。(嘘を嘘と見抜ける人で無いと以下略)
資料が明日の10:00に711に届くので早ければ明日の夜には書けるかな?
明日の早番がどのくらいに終わるかにかかってそうです。

以下、おまけの没バージョン。

「下は無理しなくていい。そこぐらい自分で確認できるだろう」
 尚也は目をそらしながら、日向に服を着るように言う。
「その、大事なとこですよね。だったらちゃんと調べてもらったほうが、安心できます」
 日向は下をひざまでまくると、尚也に続きを促した。
 尚也は日向のもっともな台詞に、下半身に目を向けると傷の有無を探す。
「変じゃないですか?」日向が恐る恐る聞く。
 覚えの無い怪我は、ゾンビのうろつく今、かなりの恐怖をもたらすのだろう。
「大丈夫だ」いつもより感情の無い声で告げる。
「その、変な形じゃなかったですか?」
「……どこを調べたと思ってるんだ」


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最終更新:2011年01月24日 05:24