いつもと同じ朝のはずだった…
7時15分に起床しシャワーを浴びる。雲一つ無いすがすがしい朝だ。
タオルで頭を拭きながらおもむろにテレビのスイッチをオンにする。
いつもと違う日はここから始まった…
テレビではこの時間は昨日のスポーツ情報やのんきな視聴者のリポート等をやっている時間帯のはず。
しかしテレビでは緊急ニュースとして緊迫した表情でアナウンサーが原稿を読み上げていた。
「昨夜未明から今朝にかけて全国のあらゆる場所で一斉に暴動がおこっている模様です。
暴動は各地繁華街から住宅地にまで及び多数の死傷者も出ている模様です。
ただ今取材班が総力をあげ情報を収集しておりますので視聴者の皆さんは安全が確認されるまで自宅で待機されるようお願い致します。
繰り返します…」
…何なんだ?暴動?全国各地?一斉に?断片的かつ抽象的過ぎる情報に一瞬困惑したが楽天的でポジティブな性格なのでさほどニュースの内容は気にとめなかった。

会社まで通勤時間はバイクで20分。都心のやや外れの1K。家賃は6万。駅から歩いて15分ほどだがバイクか車があればさほど気にはならない。
ここで一人暮らしをはじめて早5年。
人並みの大学を卒業し合コンで知り合った彼女と付き合って3年。
そろそろ結婚の話もちらほら出てきている。
貯金もある程度貯まったので今度のクリスマスあたりにアッといわせる演出で彼女にプロポーズでもしようかなと考えている。
今日は金曜日で彼女と久々のデート、絶対に仕事を早く切り上げて帰ってやる。
そんな意気込みで家のドアをいきよい良く開けた。
いつもの通勤風景がそこにはあるはずだった。
しかし俺が見た光景は普段の景色とは若干違っていた…が、まだその時は気づかなかった…

マンションの1階に降りバイクを置いてある駐輪場へと脚を向けた時に街中にあまりにも人がいない事に気づいた。
(おかしいな、普段なら通勤、通学途中のサラリーマンやOL、学生が駅に向かって歩いているはずなのに…今日は誰もいない…
まさかみんな暴動とやらを危惧して本当に自宅待機しているんじゃ?…)
「まさかな…」
自分でも無意識に言葉に出てしまった。
まるで不安な自分に楽天的な自分が言い聞かせるように…
バイクにまたがりヘルメットを装着しマンションを出る。会社に向かう途中で道がやけに空いている事にまたも不安になる。
そういえばマンションを出てから今日人をみかけない…異常だ…というか異様だ…
平日の出勤時間帯にもかかわらず人がいないなんて!!
初めて不安と焦りが募ってきた。バイクを止め携帯電話を取りだし会社に電話する。
時間は8時10分、早出の人が既に会社にはいるはずである。
でない…と言うか電話が繋がらない…話し中?…嫌な汗が流れてくるのがわかった。

地球上には今自分しかいないのではないか?…
変な妄想まで頭の中を駆け巡る。
そんな時人が20m程先の横道からヨタヨタと歩いて出てきた。
人だ!! 何故か安堵感が一気にこみ上げ思わず「おぉ!…」とため息のような叫び声を出してしまった。
その声に気づいた様に前の人がこちらに振り向く。
ゆっくりとした足取りでこっちへ向かってくる。
何かが変だ…動きに精彩がないというか…のろいというか…しかし顔は俺の方1点だけを見つめて視線をそらさない。
俺もその人の異様な動きから目が離せない…というか動けない…恐怖?…脚がすくんでいる…
だんだん近づいてくるとその人の顔色が尋常ではない事に気がついた。
青紫色なのだ…
「人間じゃねぇ…」
またも思わず呟いてしまった、ふと我に返る。
(逃げなければ!!)
携帯をポケットにしまいメットを被りバイクのエンジンをかけてUターンする、たったこれだけの動きが非常に長く感じた。

今日のテレビで言っていた暴動と言うのがさっきの奴なのか?何だったんだ奴は?ドッキリか?
とりあえず家に戻りもう1度テレビをつける。どこのチャンネルも暴動の話題で持ちきりだ。
あるチャンネルでコメンテーターの1人がこう言った。
「ゾンビですよ」
ゾンビ…そう!ゾンビだ!!まさしくゾンビだよ奴は!!さっきの奴…青紫色の顔、あのヨタヨタした歩き方。
俺は映画でゾンビを見ていた。知っていた…しかしそれが現実の世界にいるなんて…ポジティブ思考の俺でも考えられなかった。
窓に近づき外の景色を眺めると道には先程のゾンビと思われる男がゆっくりと歩いている。
その先にもう2~3人だろうか?…ヨタヨタと力無くさまよい歩いてる。

そうだ…会社は?彼女は?親は?友達は?…また一気に不安が押し寄せてきた。
携帯電話と家の電話両方使ってかけてみる。しかし繋がらない、電話が使えない…
「何なんだよ畜生!!」
思わず叫んでハッとした。今の声…奴らに聞かれていないだろうか?
窓の外を見るとさっきの男がこっちを見ている…目があった気がした…くそう…見つかった。
ゆっくりとした動きでマンションに入ってくる…
だがここは4階、奴らの映画のパターンを見ているとそう簡単には上がって来られないはず…階段には防火扉がついていて閉まっているし。
ゆっくり対策を考えるか…この状況でもまだ楽観的な自分が少し怖かった。

奴らの弱点は頭だ。1人1人の強さは大した事は無い。噛まれなければいいんだ、その前に頭を破壊してしまえば良いんだ。
とりあえず武器となるものを見つけなければならない、俺の家の中で武器になるもの…
ハンマー?男の一人暮らし、日曜大工品なんてわるわけがない…
バット?俺は高校、大学とサッカーをやっていたのでそんな物も無い…
部屋の隅々を探してあったのは殆ど彼女しか使わない包丁だけだった。
とりあえずここを出よう。篭城しても埒があかない。誰か人のいる場所にいかなければ…

ライダースを着込みズボンは2重にはき手袋、ヘルメットをつけたまま家のドアを開ける。
まだゾンビはこの階に到着していないみたいだ。
部屋を出てエレベーターの前で階段を使っていくかエレベーターで降りるか考えた。
階段のドアを開けて声を出しゾンビが上がって来ている間にエレベーターで下りるのがいいだろうと考えた。
意を決してドアを防火扉を開ける。そして「バカヤロウ!!」と叫ぶ筈だった。
開けた瞬間に2人のゾンビがなだれ込んできた。
「2人!?」
計算違いだ…何故2人に増えている?
冷静に考えている場合ではないのだがこんな時に限って冷静に考える。2人の勢いに押され思わず倒れこむ。

この世にいる者とは思えないほどの尋常ではない彼らの表情
口をコレ以上無いくらにこれでもかと広げてマウントポジションから顔を近づけてくる
「をぐりゃぁ!!!」
言葉にならない叫び声を上げて俺は包丁を奴の大きな口の中に刺しこんだ。
(グジュパキクチュ)
今までに体験した事の無い音と感触が伝わってくる…上に乗っていた奴の動きが止まり俺にのしかかってきた。
その瞬間右足に激痛が走る。
「ぐあぁ!!」
食われた!…もう1人に…
1人倒した事によって安心してしまったのかもう一人の存在をすっかり忘れていた。

あまりの激痛に飛び起きた…
ん?飛び起きた?俺は寝ていたのか?…なんだったんだ?夢か?…
暫く動きが止まった。
夢…だったのか…はは…そう、夢…全て夢だった。
安心して泣きそうになった。
嫌な夢だった。今でも胸くそ悪い…動機がとまらない…やけにリアルだった。
今日のデートで彼女に話してやろう…きっと怖がるんだろうな…
そんな事を思い、いつもの朝にちょっとだけ嬉しく思ってシャワーを浴びる。
風呂から出てテレビをつけるとアナウンサーがニュースを読んでいた。
「昨夜未明から今朝にかけて全国のあらゆる場所で一斉に暴動がおこっている模様です…」

「嘘だろ?」
またも呟いてしまった…


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最終更新:2011年01月24日 05:34