結局、初日の訓練は取りやめることになった。
 日向の情緒がいまだ不安定と判断したからだ。
 精神安定の手軽な方法は日向を抱くことだったが、尚也はそうするつもりはなかった。
 それでは日向が自分に依存しすぎるようになるからだ。
 この過酷な状況で他者に依存するということは、あまりに危険すぎる。
 自分が行動不能に陥ったとき、日向が共に死を選ぶようでは助けた意味がない。
 尚也は最終的に、ゾンビ化しつつある自分の頭を撃ち抜き、装備を奪ってサバイバルを

続けるぐらいまで日向を訓練するつもりだった。
 かといって、いきなり突き放して鍛えても、失敗するのは分かりきっている。
 そこで尚也は日向を落ち着かせるために、自分の今までの生活を話すことにした。
 聞いてるうちに、自分が人に好かれるに値しない男だと分かるだろうと思ってのことだ。

「3ヶ月ほど前に俺は友人に呼ばれて、そいつの勤めている研究所に出かけた。そこで、

その頃世間を騒がせていた関西の暴動がウィルスによるものだと教えられた。
遺伝により感染確率が異なるということから、一応検査を受けた。本来なら許可の出ない

ことだが、俺のためにそいつは自分の能力を盾にして取引したらしい」
「仲が良かったんですね。その人と尚也さんは」
「ああ。お互い変わり者だったせいか、気があった。検査の結果は良好だった。良好すぎ

たと言っても良い。俺の血液はウィルスの感染力を大幅に弱めることができた。
結果として俺はそこにとどまることになった。表向きは研究の協力者だったが、実態はモ

ルモットだ。最も生活に不自由はなかったし、銃器や格闘訓練も受けられた」
「銃器ですか?でもそこは研究所、ですよね」
 日向が不思議そうに聞く。それはそうだろう。
「多分、良人はその頃から最悪の事態を予測していたんだろうな。研究所の警備員達は

明らかに軍務経験者だった。おそらく、在日米軍と何らかの取引があったんだろう」

「身柄を拘束というのも、俺の身の安全を確保するための理由に過ぎなかったのだと思う

。俺はそこで休み無く訓練を受けることになった。装備の大半はそこで手に入れたものだ


「その人が、検査薬を作った人ですか?」
「そうだ。結局それしか成功しなかった。ワクチン開発は途中で止まったままだ。俺はそこ

を出てから、できる限りの血液を調べて、抗体を持っている奴を見つけようとした。
だがいまだに見つかっていない。もしかしたら死んだ奴の中に抗体を持った奴がいたの

かもしれないが、今となってはどうしようもないな」
「先ほどの検査薬で調べられるんですか、免疫を持っている人は」
「ああ、だが、見せたとおりそう数が残っているわけじゃない。後はどこかで検査薬を量産

するしかないが、そんな施設が残っているかどうか怪しいもんだ」
 尚也は肩をすくめ、冷めたお茶を飲み干す。
「結局、今まで俺が調べてきたが、結果は弾を消費しただけだった」
 どこか笑いを含んだ台詞に、思わず日向は非難した。
「そんな風に言わなくても。弾を消費しただけって、もう少し別の言い方は無いんですか」
「死は死だ。変わる事は無い。いずれゾンビとなって人を襲うのであれば早めに処理した

ほうが効率が良い。それが寿命だったというだけだ」
――まずい。失敗した。
 尚也は日向の瞳に涙が浮かび上がるのを見て、言い過ぎた事に気づいた。彼にとって

はあまりにも当たり前なことなので、自然に口を出てしまったのだ。
 日向の瞳から涙がこぼれ、肩が震えだす。
――仕方ない。こうするしかないか。
 決心すると椅子を静かに立ち、非難と同情の混ざった視線を見つめながら近づいた。

「悪い。言い過ぎた。俺も死にたくなくて必死なんだ」
 謝りながら日向の肩に手を置く。日向は立ち上がり、尚也の胸に頬を当てると背中に手

を回す。
 細い肩の震えが徐々に収まっていくまで、尚也は日向の背をなで続けた。
「すまない。だが、もう甘えていられる状況じゃない。それだけは分かって欲しい」
 子供に言い聞かせるように囁く。尚也としては駄々っ子を相手にしているようなものだ。
「……分かっています。だけど――」
 続く言葉を遮るように、尚也は日向を抱く手を強める。
「分かってくれればいい。さっきも言った。俺のいうとおりにしろとは言わないし、望みもし

ない。それが望まない結果であれば自分で覆せばいい。
ただ、訓練が終わるまでは不満があっても飲み込んでいてくれ。今の君は自分を守るこ

ともできない。だから覚悟だけはしておかないとこの先持たない」
 しばらく日向は黙っていたが、胸元で小さく、だがはっきりと頷いて身を離した。
「分かりました。いろいろ甘えてすいません。その、これからよろしくお願いします」
 大きく息を吸い込むと、はっきりと宣言しぺこりと頭を下げる。
「分かった。まずは外にでて軽い運動からだ。どの程度体が動くか確かめる」
「はい!」元気よく返事を返す。
「ただし、無茶はするな。きつい事をさせるが、体が持たないと思ったらすぐ言うんだ。医

者のいない今、怪我は絶対に避けることが重要だ」 
「はい、分かりました」
「では外にでる前に、モニターと窓から安全を確認する。今後外に出る前、家に入る前の

それぞれ安全確認をすること。忘れた場合はそのたび腕立て伏せをしてもらう」
「は、はい!」
 返事と共にモニターを食い入るように確認し始めた姿を見て、尚也は苦笑した。
……少なくとも熱意は十分だな。
 脳裏に訓練計画を浮かべながら、尚也は日向に安全確認について教え始めた。


後書き

以上です。
ようやくここまで書けた。
後は日向に銃の使い方と人体の急所、それに簡単なロープとナイフの使い方あたりを教

えれば良いかな。
方角の確かめ方と地図の見方も必要?
んで本番こなしてようやく中盤に入れる。
まだ長いなー。

まとめますと、
16-18が番外編。

20-21、>30-31>、>45-46、>85、>87、>91-92
127-130、>137-140、>185-187が本編。

174-179が別の話です。


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最終更新:2011年01月24日 05:43