280 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ [uMiGa & sUkiDa] 投稿日: 02/08/28 06:04
真夜中だった。
月は出ていたが、今は雲に隠れていた。
もちろんホームセンターは閉まっていた。
隆は舌打ちをしながらも内部に入る手段を考えた。

そのホームセンターは2階建てだった。
1階の窓ガラスを打ち破りろうと考えたが、
そこからゾンビが侵入する場合を考え、やめた。
打ち破った窓ガラスを塞げばいいのだが、その手間と時間を
考えたときの危険性が高く、1階は無傷のままにしておこうと
考えたのだ。

月は未だ雲に隠れていた。
いまこの時にもゾンビが迫っているかも知れないという恐怖が隆を
つつんでいた。不思議とあたりは静かだった。
自分の吐息がやけに大きく感じられ、それが生きていることを実感させた。
首筋にはしっとりと汗が滲んでいた。だが、不快感はなかった。

「どこから、入る」
和也の静かな声が静寂の闇に響いた。
「2階の窓をブチ破る」
自分でも驚くような冷静な声だった。

「どこの窓だよ」
迫り来る恐怖を抑えるような、押し殺した声だった。
隆はあらためて和也を見た。
緊張しているせいか肩が上がっていた。
ふと自分が拳を握り締めていることに気が付いた。

怯えているんだ。
こいつも、俺も。

ついさっきまでいた友人は死に、二人だけになってしまっていた。
生まれて初めて見た死体だった。
それも五体満足な死体ではなく、首は切り裂かれ信じられないくらい
の血が目の前で噴出し、内蔵は蠢いたまま二人の目の前に散乱している
ような死体だ。
眼球は引き出され、薄く赤い膜を帯びた肋骨が剥き出しになった死体。

それを貪り喰らうゾンビ達。
無残な姿になりつつも完全に死んではおらず、小刻みに体を震わしながら
ゆっくりと絶命していった友人。

映画やゲームの世界ではなかった。
臭いがあった。
肉が裂ける本当の音があった。
骨が砕ける本当の音があった。
絶叫と表現する悲鳴があった。
温かい血が噴き出す音があった。
リセットボタンはどこにもなかった。
282 名前: てきとー3 [sage] 投稿日: 02/08/28 06:08
筋肉は硬直し、思考は鈍化し、声も出ず、動きもできず、ただ見ているだけだった。
どんな痛みなんだろうとマヌケなことを考えた。
あの時、和也が腕をとり走り出さなかったら、次は俺だった。
恐怖に凍りつくというのは、ああいうことなのか。走りながら隆は思った。
そして、和也は凄いとも思った。

その和也も怯えてる。

「この雨どいを登って、あそこに見える窓ガラスを打ち破る」
2階を指差しながら隆は答えた。
直径20センチほどの雨どいが屋上まで延びていた。
2階部分の雨どい沿いに窓ガラスがあった。
雨どいは硬化プラスチック製で品質のいいものだった。
試しにこぶしで叩いてみたが、手が痛いだけだった。頑丈だ。
2メートルごとに雨どいと建物を固定する金具が取り付けられていた。

隆はひょいと雨どいに跳びつくと両手で雨どいをつかみ固定し、
両足を建物の壁に踏ん張った。
2、3度両手を揺さぶってみる。
雨どいの固定金具はびくともしなかった。
「OK。いけるよ」

温かい風が吹いた。
汗を含んだ体がひんやりと感じた。
和也はあたりを見回し耳をたてていた。
「急ごう、隆」
「なんか聞こえるのか」
「いや、なにも。でも、急ごう」

「和也」
「なんだ」
「雨どい、登れるか」
「隆よりは、上手く登れる自信は、あるぜ」
「忘れてた」
「何を?」
「学校の雨どい登って教室入って叱られたこと。あれ、和也先頭だった」
「あったな。あの時は6人でやったけど、今日は2人だ」

隆は雨どいをつかんだ両手の力を一瞬抜くと数十センチ上にスライドさせ
固定させた。次に建物の壁に踏ん張っていた両足のつま先に力を入れ
キック力を効かし両足を数十センチ上にスライドさせ踏ん張った。
この作業を淡々と繰り返した。

目的の窓ガラスの側面まで登ってきた。
声をかけると、和也は隆の真下にいた。
「和也」
軽く汗を背中にかいてはいたが、筋肉の疲れはなかった。
「なんだ。さっさと窓ガラスを破れ」
「どうやって破る?」
「今頃、それをいうか」
「石でももっていこうと考えていたんだけど、すっかり忘れてた」
ホームセンターの外壁の雨どいにへばりついたままの2人の男子の姿は
どこか滑稽であった。
水草に垂れ下がる蛙のように無防備で弱弱しかったが、雨どいをつかむ
両手には2人のはっきりとした意思が読み取れた。

「蹴り破れよ」
和也が口を開いた。
「わかった」
隆はさらに上に登ると、つかんでいた両手を雨どいの下にくぐらしフックさせた。
少なくとも数秒間は、この体勢で下半身が自由に使える。
窓ガラスは雨どいの右側にある。
隆は右足を使い窓ガラスを蹴った。
不自然な体勢のためか力が入らず窓ガラスはびくともしなかった。

そのとき、足元を見るとゾンビだらけ!
和也の様子がおかしい
「へへへモッシュだ」
和也のロック魂に火がついた!
どうやら今年の夏のサマソニに行けなかったトラウマに触れたらしい

「映画じゃ簡単に割れるんだけどな」
「……」
「これって映画じゃないんだよな」
「……」
「なあ、みんな、どうしてるかな」
「ああ、隆、これは映画じゃないし、お前はヒーローじゃない。
とっとと中に入って武器手に入れなきゃ俺らは死ぬ」

「おい、そこで何をしている!!」

懐中電灯を持ったおっさんが、
車から降りて近づいて来た。
懐中電灯の明かりがこっちに向いてよく見えないが、
どうやら警備会社の巡回カーのようだ。

「うわ、まずいやんか・・・」

今の今まで、気づかなかったのはまぬけだった。

おっさんはオレと和也を見つけるといきなり、
「お前らはゾンビか!?ゾンビなのか?」
と言ってきた。そこに巡回カーから1人の少年が降りてきて
「ゾンビがあんなとこ登れるわけねーじゃん」
とおっさんに突っ込んだ。暗くてよく見えないがその声には聞き覚えがあった。
「弘?弘なのか!?」和也が大きな声で叫んだ。
「ん?おぉ和也か。じゃあその横にいるのは隆か?あれ?拓也は?」
とりあえずオレ達は下に降りて今まであったこと、そして拓也が死んだこと
を警備員のおっさんと弘に話した。

途中ではぐれててっきりオレ達は弘は死んだものと思っていた。
自分達の事を話し終えるとオレは弘に聞いてみた。
「お前、オレ達とはぐれた後どうしてたんだ?」
弘はこう答えた。
「お前らに追いつこうとは思ったんだけど途中で道に迷ったんだ。
んで道に迷ってる途中で警備員のおっさんが見つけてくれて拾ってくれたんだ」
「仲間はできるだけ多いほうがいいからな・・・」
おっさんがボソリと言った。どうやらおっさんも警備ではなく立て篭もる
つもりでここに来たらしい。
そして、オレ達はおっさんの持ってる鍵で中にやっと入ることができた。
ホームセンターの中に入って、今入って来たドアの鍵を閉めおっさんが
クルリとこっちを振り返って言った。
「そういえば自己紹介がまだだったな。オレの名前は浩二。よろしくな」
気の良さそうな人で実年齢は35、6歳だろうが10歳ほど若く見える。
そして体格もよくガッチリしている。とても頼りがいあるように見えた。

 ホームセンターの内部はこうだった。
 1階。正面出入り口付近にスーパーと同じようなレジコーナーが3箇所。
 レジコーナーを背にして右側に時計、自転車、バイク備品、日用雑貨、
布団、家電等の各売り場が連なっていた。
 左側に飲料水、生鮮品以外の食料品、ペット、作業用衣服、工事用備品、
工事用材料、大工道具等の売り場が連なっていた。
 2階は家具がメインの売り場だった。
 ホームセンターだけに、カテゴライズする必要もない小物も豊富にあった。

 非常灯の薄暗い灯りがホームセンター内部を静かに照らしていた。
 言葉には出さなかったが、売り場の奥から何かが蠢いてきそうな気配だった。
「あそこは無駄に明るいな」
 弘がペットコーナーを指差していた。
 熱帯魚が飼われているたくさんの水槽が怪しげな光を演出していた。
「あー魚になりたいよ・・・まじで」
 弘がふたたびつぶやいた。
「とりあえず、各自で必要と思われるものを用意しよう」
 浩二が三人に言った。

 外では雲が流れ月が出ていた。
 月明かりがホームセンターの裏面側にある砕けた窓ガラスを照らしていた。

 ホームセンター内部が安全であるかどうか、誰も知らなかった。
 安全である。との先入感が四人の意識を占めていた。
 薄暗いホームセンター内部の奥に進もうとしたとき、隆は本能的な恐怖を感じた。
 闇を恐れる感情だ。
 不知であるという感情だ。
 おれは、何も、しらない。
 この奥がどうなっているのか。戦うということがどういうことなのか。
 いったいあいつらは何者なのか。どうすれば倒せるのか。
 なにを使えば、この現状を打開できるのか。
 なにも、しらない・・・・・・

「隆、いっしょに行こう」
 和也が隣にきていた。人数が増えたせいなのか、さきほどの緊張感は
感じられなかった。
「ここ、安全なのかなぁ」
「はぁ? あぁ、考えもしなかったな。最初から安全って思ってた」
「おれもそうだったけど、ふと、安全なのかなぁって思ったんだよ」
なぜか足が重かった。一歩が踏み出せなかった。
ペットコーナーの水槽のモーターが、静かだけれど違和感のある音を
奏でていた。
喧騒のないホームセンターは墓場そのものだった。

「弘! おっさん! ここは安全なのか?」
和也は振り返りながら声をかけた。
さっきまでいた二人の姿はなかった。

和也が手に持った何かを構えて歩き出す。
「和也、それ…」
目はそのまま一方を見据えながら隆の問いに答える。
「ああ、これか? 奥の部屋のロッカーで見つけたんだ。いいだろ?」

黒いフレームがワイヤーに引っ張られて丸く湾曲している。
本体中心部にはおそらく鉄製と思われる棒がセットされている。
「ボウガン…か?」
和也は隆の方に視線を向けようとしない。
「たぶん店員の私物だろうけどな。矢もたくさんあったよ」
それが子供だましの玩具でないだろうことは、見た目で判断できた。
もしかしたら店員はわりとヤバめのヤツだったのかもしれない、と隆は思った。

「そんなことより、おっさんたちを探そう」
ここに来るまでは自分と同じように恐怖に打ち震えていた和也が、
武器を手にしたとたん、何かが変わった。
「あ、う、うん…」
弱々しい返事をしたことで、和也がより優位な立場になったことを隆は悔やんだ。
しかし、浩二の居場所を突き止めることが最優先だということを思い出し、
隆は和也のあとをついていった…。


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最終更新:2010年12月06日 20:04