弘は自転車売り場の先にいた。
 輸入品の単価の安いアウトドア・ブランドのリュックサックが大小さまざまに
彩りを鮮やかに壁に陳列されている。
 誰かの声らしきものが聞こえたような気がしたが、弘はリュックサック選びに
集中していた。
 どうせなら、いいやつを選ぼうと思っていた。

 浩二は大工道具売り場にきていた。
 玄翁、バール、のみ、ノコギリなど大小さまざまな品揃えだ。
 一メートルもありそうな巨大なバールを手に取った。
 重かった。
 ベルトには、特殊警棒が本皮製のホルスターに格納されていたが、そのベルトに
バールを挿してみた。
 バール側に重心がかかり動きにくかった。
 しかたなしに大工用ベルトを手に取ると、それに玄翁とのみを数本入れ腰に巻き
バールは両手に持った。


弘は選んだリュックサックに壁にかけてある店員が使用しているであろう
ホームセンターのネームが入った大型懐中電灯を入れ背負った。
 背後に人の気配を感じた。
 三人の誰かだろうと思い振り向いた。
「このリュック・・・・・・」
 声が途中で止まった。
 腐臭漂う物体が弘にすがるような仕草をしながら近づいていた。
 死液がしたたり首筋に裂傷のある物体だった。濁った目、口から流れる体液、
もがれた指、なにより腐臭がきつかった。
 ノロノロと歩いていたが、片方の足は不自然な曲がり方をしていた。

 息を吸い込むしかなかった。全身の力が抜け、口は半開きになり、鳥肌が全身に
まわり、その刹那毛穴が拡がり全身の産毛が逆立った。
 震える膝が一歩、また一歩と後ろに動いた。
 そして弘は絶叫した。

隆、和也、浩二は同時にその絶叫を聞いた。
「どっちだ!」
 隆と和也は絶叫のした方に向かって走り出していた。
 走りながら和也が隆にいった。
「弘とおっさん、どっちと思う?」
「たぶん、弘と思う」
 走りながら、目に入った金属バットを掴みつつ隆が答えた。
 和也も金属バットを掴んでいた。

 酔っ払ったような、寝言のような気の抜けた悲鳴が単調にホームセンター内に
響いていた。
 弘は腰を抜かしていた。突然の恐怖で思考能力も低下していた。
 本能がこの場から離れなければと脳内で共鳴している。
「弘!」
 和也の声だった。
 ここだ、ここにいる!助けてくれ!声はでなかった。
 腰を落としたままの姿勢で後ずさりしながら弘はリュックサックから大型懐中電灯を
取り出した。焦っていたのでリュックサックは放り出したままにした。
 大型懐中電灯のスイッチを入れると錯乱したように天井を照らした。

「あそこだ!」
 薄暗い天井に懐中電灯の明かりが明滅していた。
 異臭がしていた。隆も和也も<ここにいる>というのがはっきりとわかった。
 弘の姿が見えた。こちらに背を向けてしゃがんでいた。
 隆が弘の襟首を掴み引き立たせた。力の入っていない弘は重かった。
「大丈夫か、弘?」
「あぁ、うん」
 弘は震えていた。

 和也は歯を食いしばったまま腐れた物体と対峙していた。
 両手でしっかり金属バットを握っていたが、目は充血し鼻で息をしていた。
 顔面を思いっきりブン殴るんだ。それだけだ。こいつは速くない。一発で終わる。
 そう思いつつも和也は後ずさりしていた。
 恐かった。
 こんな場所からさっさと逃げたかったが、外はもっとヤバイと知っていた。

 腐れた物体の側面から突然影が出てきた。
 唸り声らしきものが聞こえた。
 ドスンッ!と音がして腐った物体は壁に張り付いていた。
 浩二が側面からバールで腐った物体の頭を刺したのだ。
 浩二が繰り出したバールは頭部を完全に貫通し勢い余ってコンクリートで
はない商品陳列棚にそいつの頭部ごと突き刺さっていた。
「大丈夫か?」
 肩で息をしていた浩二が三人に言った。
「おっさん、まだ動いてるぞ!」
 和也が叫んだ。
「なんなんだ、こいつは!」
「あたま、ぶっ壊すんだよ!」
「突き刺したじゃないか! ダメなのか、これじゃ?」
「わかんないけど、動いてるよ」
 腐った物体の手がなにもない空間を掴もうとしていた。
「くそ!」
 浩二はバールを引き抜いた。
 バールは商品陳列棚からは引き抜けたが、腐った物体の頭部には刺さったまま
だった。
「あたまをぶっ壊せばいいんだな?」
 浩二はそう言うと和也の手から金属バットをもぎ取り、頭部に刺さったバールの
重さで腰をおろす格好になっている腐った物体に向かい、頭部を狙ってフルスイング
した。
 バールが刺さった頭部が胴体から吹っ飛んだ。
 バールの重さで遠くまでいかなかったが、薄暗いホームセンターの中では
場違いな巨大な簪を連想させた。

「いたじゃねぇか!」
 和也が誰に言うともなく叫んだ。
「まだいるかもしれない」
 落ち着きを取り戻した弘が口を開いた。
「とにかく、ここは1階と2階があるんだから、まず安全を確保しよう。それからだよ」
 隆が全員に対し言った。
「安全の確保ってなんだ? 建物内部を調べるってことか、隆」
 和也だった。
「そうだよ。さっきのゾンビがどこから来たのかもはっきりさせないと」
「おっさん、あんたがここのことを一番よく知っているんだから、詳しく教えてくれよ」
 和也が浩二に言った。

 浩二の話によると、このホームセンターの出入り口は1箇所ということだった。
 ただし、これはお客が使用する出入り口のことで従業員が利用可能な出入り口は
1階と2階で4箇所とのことだった。
 1階には、浩二が合鍵を使って隆達を建物に入れた従業員通用口、非常階段沿い
にある非常口、そして建物の裏側にある従業員用通用口。
 2階には、1階から延びている階段とエレベータ以外では、非常階段に通じる非常口
しか外に通じる方法はない。
 シャッターが閉まっている正面出入り口と隆達が侵入した従業員通用口はすでに施錠
していたため無視することにし、残りの2つの通用口を確認することにした。2階は非常口
だけだったため1階のあとに調べることにした。

「弘、これ持てよ」
 和也は金属バットを弘に渡した。
「和也は?」
 弘にそう言われて和也はあたりを見渡した。四人がいた場所は、ちょうど売り場の隙間
で特売品の展示コーナーだった。組み立て式スチールパイプラックが陳列されていた。
完成版スチールパイプラックの傍らに、バラのスチールパイプがあった。
 和也をその中からなるべく長いスチールパイプを手に取った。
「とりあえずは、これだ」
 直径は水道管より一回り大きかった。軽く振ってみたが、金属バットのように振ることを
目的に造られているわけではないので、あるていど力がいった。
 あとでちゃんとした道具を見つけようと思い、和也はスチールパイプを両手で握った。
 これで四人全員が武器を持った。
 浩二が大型バール。それに大工用ベルトに入れたハンマーとノミ。仕事で使うため当初
から携帯していた特殊警棒。
 隆が金属バット。
 弘も金属バット。武器ではないが大型懐中電灯。
 和也はスチールパイプだ。
「1階の非常口を確認して、その先の従業員通用口を調べよう」
 浩二が言うと同時に四人は動き出した。

 しばらくして浩二が立ち止まった。
「ちょっと待って」
 そこは電気器具売り場だった。浩二は電池や電球が陳列されている付近で何かを
探していた。
「あったあった」
 懐中電灯だった。懐中電灯コーナーの一角に<ストリームライトコーナー>という
張り紙があった。<ストリームライト>はアメリカ製のヘビーユーザ向け超高性能
懐中電灯だ。ヘッドライトやミニ懐中電灯など数種類が陳列されていた。
「マグ・ライトでもあればいいなと思ってたけど、なんか高そうなのがあるな。ストリームライト?
知らないけど、これ装備しよう」
 浩二はヘッドライトを手にとりながらつぶやいた。
 マグ・ライトとは洋画の中で警官がよく持っている懐中電灯のことである。大型のタイプは
頑丈で護身用にも使える。どこのホームセンターにも売ってあるポピュラーな製品だ。
「両手は使えるようにしておきたいから、ヘッドライトと予備で小型か中型の懐中電灯を
各自選ぼう。隣に電池コーナーがあるから、そこでゲットして。多めにね。それから予備
電球も忘れないで。そうそう誰か見張り頼む」
 和也以外の二人が浩二にならった。和也はあたりを警戒していた。

「和也、オレ選んだから交代するよ」
 ヘッドライトに乾電池を入れ終わり、スイッチをオンにしたあと頭部に装着した隆が和也
をうながした。予備電池と予備電球は各サイズをポケットに入れていた。
「じゃあ、頼む」
 和也は懐中電灯を選び出した。
 ヘッドライトは1種類しかなかった。<トライデント>という商品名だ。黒と黄色の固定用
ベルトがスタイリッシュな製品だった。アルカリ単四乾電池三本でLED電球なら120時間、
クリプトン球なら約3時間もつと書かれていた。電球の種別についてはわからなかったが、
パッケージを破ると固定ベルト調節のため頭部に装着してみた。
 頭部を一周する固定ベルトとその固定ベルトの前頭部側と後頭部側でジョイントして
いる複合固定ベルトのため、一回装着するとずり落ちることはなかった。
 和也はヘッドライト用と書かれた予備電球をポケットに入れた。
 次に和也は予備懐中電灯を選びにかかった。<プロポリマー>という製品を手にとった。
 黄色い筐体だ。単二乾電池三本で約5時間もつ。頑丈そうなのとプロ仕様というコピー
が気に入り、これを装備することにした。中型タイプの懐中電灯だ。
 さらに<スコ-ピオン>という超小型懐中電灯も手にとる。それぞれの予備電灯を
ポケットに入れた。
 電池コーナーで予備も含めた乾電池を入手すると、和也はヘッドライトに乾電池を入れ
スイッチをオンにして頭部に装着した。
「いいよ。先にすすもう」

 四人全員が灯りを手にした。
 浩二はヘッドライトと中型懐中電灯とペン型小型ライトだ。ヘッドライトは既に頭部に装着
済みだ。中型懐中電灯は大工用ベルトにねじ込んでいる。ペン型小型ライトは上着の
ポケットにクリップを挿しいれいる。
 隆はヘッドライトと小型懐中電灯だ。ヘッドライトは装着し、小型懐中電灯はベルトに
挿し込んでいる。
 弘はヘッドライトと中型懐中電灯だ。ヘッドライトは装着し、隆同様ベルトに小型懐中電灯
を挿し込んでいる。
 和也はヘッドライトと中型懐中電灯と超小型懐中電灯だ。他のもの同様ヘッドライトを装着
している。中型懐中電灯はベルトに挿している。超小型懐中電灯はブルージーンズの後
ポケットに入れておいた。
 四人とも予備乾電池と予備電球でポケットが膨らんでいる。
 それぞれが道具を入れるリュックサックやサイドバッグを欲していたが、出入り口の確認
が終わるまでは我慢することにした。



あとがき

401 名前: ホームセンターサバイバル ◆MvlqM3JU [sage] 投稿日: 02/08/30 04:00

弘の記述で誤りがありました。
ゾンビに襲われる前に入手していた大型懐中電灯についてです。
新しい懐中電灯を入手した際に、それは破棄しています。

 弘はヘッドライトと中型懐中電灯だ。ヘッドライトは装着し、隆同様ベルトに小型懐中電灯
を挿し込んでいる。ゾンビに襲われる前に入手していた大型懐中電灯は破棄していた。


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最終更新:2010年12月06日 20:09