非常口に近づいた。非常口と書かれたランプが、薄暗いなか緑色の光をともしている。
「ここは大丈夫みたいだね」
 ヘッドライトに鈍く照らされたドアノブを見つめた弘が言った。
「確認しよう」
 浩二は非常口の前に立ち開閉できるか確かめる。
 ゆっくりとドアノブをつかむと捻りながら押した。
 非常口は動かなかった。
「閉まっている・・・・・・ここは大丈夫だ」
 誰かの吐息が聞こえた。
「次だ」
 浩二を先頭に四人は再び歩き出した。

「おっさん」
 浩二に声をかけたのは和也だった。
「なんだい?」
「従業員通用口って、そこを通ればダイレクトに店舗内から外部に出られるの?」
「いい質問だ。答えはノー」
「ノーって?」
「裏側にある従業員通用口ってのは、単なる事務所への出入り口なんだよ。だから、
外部に出るには事務所にある従業員用出入り口か商品運搬口に通じる扉を利用
しなきゃいけない」
「え!? じゃあ、あと2箇所あるってこと? さっきと違うじゃん」
「いや、普通は従業員通用口は鍵とかかけないんだけど、ここは防犯の意味から
閉店後鍵をかけるんだ。だから非常口と同じように開閉できなかったら大丈夫なんだよ」
「そんなもんなのか」
「あれ?」
 弘だった。
「なんだよ、弘?」
 一番後方にいた隆がたずねた。
「いや、なんでもないんだけど・・・・・・」
「言えよ」
「うん。なんかさっき風を感じたんだよね」
 弘以外の三人は足を止めた。微動だにしない。
「やっぱ勘違い・・・・・・」
「風が吹いているぞ!」
 和也だった。
 浩二は大工用ベルトから中型懐中電灯を抜き取ると、スイッチを押すと同時に
前方を照らした。
 全開にされた従業員用通用口が照らし出された。
「なんてこった・・・・・・」

 四人は背中合わせに固まった。
 あたりにゾンビがうじゃうじゃいるように感じられた。
 ヘッドライトの光線が小刻みに薄暗い闇を駆け抜ける。
「なにか聞こえるか。歩く音とか。唸り声とか」
 浩二が全員に聞いた。
「聞こえない。でもここは一番奥側だから正面出入り口付近の音なんて聞こえないよ」
 隆が答えた。
「どうする? おっさん」
 和也だった。
「あの奥を確認する」
「マジ?」
「ダッシュで閉めて鍵かければいいじゃん」
「それじゃ状況がわからないよ。従業員が鍵を閉め忘れたのか、それとも・・・・・・」
「それとも?」
「誰かが開けたのか・・・・・従業員が鍵を閉め忘れることって、巡回中に何度かあったから、
今回もそう思いたいんだけど。ああいう風に全開ってのは初めてなんだよ」
 四人は全開になった従業員用通用口に向かって進みだした。

 浩二が従業員用通用口の正面に立った。
 下からゆっくりと中型懐中電灯で照らす。全員が耳に神経を集中していた。
 なにかが徘徊するような音はなかったが、風がやけに生ぬるかった。
「突っ込む。誰でもいいから、すぐに左側を見てくれ。商品運搬口への扉があるから。
オレは事務所を確認する・・・・・・準備はいいかい?」
 浩二の言葉に三人は頷いた。雰囲気で浩二はそれを感じた。
 浩二が走った。三人も走る。
 ヘッドライトの光線が目まぐるしく駆け巡る。全員無言だ。
 和也は商品運搬口への扉に向かった。入って三メートルくらいの距離だった。
 もちろん入ってすぐ左側には誰もいないと確認していた。
 素早くドアノブをつかみ開閉できるか試す。
「扉は大丈夫だ!」
 和也は扉に背中をあずけ深呼吸した。張り詰めた緊張感を何度も味わっていたため、
安心すると疲労感が全身を襲う。そこにいるかもしれないという恐怖は、少しずつ体力と
知力を低下させていた。

 事務所にはスチール机や来客用応接セットなどがあった。OA機器もだ。どこにでも
ある事務所を感じさせた。広さは30平方メートルほどだ。
 浩二は中型懐中電灯で床や机の間などを調べる。
「あれ見て!」
 弘が叫んだ。
 窓ガラスの一箇所が破られていた。
 月明かりが砕けた窓ガラスを照らしていた。
「ここは1階だから窓ガラスはすべて鉄格子付きになっている。それを破って割って侵入した
ということは、人間が入ってきたんだ」 
 浩二が砕けた窓ガラスを中型懐中電灯で照らしていた。
「それとも・・・・・・人間だったヤツ」
 その声に振り返ると和也が疲れた顔をして窓ガラスを見つめていた。
「オレを襲ったのは、ここから入ってきた人だったの?」
 弘が言った。
「たぶんな・・・・・・問題は、そいつが一人だったかということだな」
 和也は砕けた窓ガラスに近づいていった。
 窓ガラス越しに駐車場が見えた。なにかが徘徊していた。
「やれやれ、増えてきてるよ。念のために塞がなきゃね、ここ」
 和也は何気なく窓ガラスの下を見た。
 一瞬体が硬直した。人が蹲っていた。ヘッドライトに照らされた床に血痕が浮かび上がった。
「誰かいるぞ! ここに!」


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最終更新:2010年12月06日 20:09