変なオジサン・・・・・・。
妄想から我に返った和也は頭を振った。現実逃避しはじめた自分を戒める。
「気をつけろ!」
隆が金属バットを振りかざしていた。
和也は金属バットを上段に振りかぶりつつ観察した。動いていない。
床の血痕には動いた跡があった。目で追うと従業員通用口まで続いていた。
「・・・・・・女だ」
ヘッドライトにスカートが照らされていた。
和也は金属バットの先で女の体を小突いた。反応はない。
思い切って髪の毛を捲り上げた。崩れかかった顔ではなく、血の温かみが微かに残る
青白い顔があった。
「まだゾンビじゃない。気を失っているみたいだ」
金属バットを床に置くと、和也は女の上体を壁に添えた。
「・・・・・・優子!」
隆が女の近くまで走り寄ってきた。
「知り合いかい?」
浩二がきいた。
「隆の幼馴染で同級生なんですよ。彼女。しかし、よく生きてたなぁ」
弘が浩二に説明した。
「気を失っているだけかい?怪我は・・・・・・その、大丈夫かい?」
「ゾンビ予備軍って意味ですか?」
隆は優子を調べつつ答えた。
「う~ん、問題があるなら最初が肝心だからね」
「問題ってなんですか!」
隆は立ち上がった。
「落ち着け隆!オレもおっさんと同じ意見だ。さっさと調べるぞ」
和也の鋭い語気に隆は従わざる得なかった。
「ここはゾンビだらけなんだ。ゾンビに噛まれたり傷つけられてもゾンビになるんだ。
こいつにそういう痕跡があったら、ゾンビになる前に・・・・・・処置した方がお互いのため
じゃないのか?おまえはツライかもしれないけど、それが現実じゃないのか?」
和也は独り言のようにつぶやいた。隆は何か言いかけたが黙って優子を調べた。
「頭も腕も問題なし。体もどこも噛まれたりした跡はない。あとは足だけど、スカートはいてる
から、そこは隆、お前が調べろ」
和也は立ち上がるとその場から離れていった。
子供の頃は一緒にお風呂に入っていたとはいうものの、隆はすぐには調べられなかった。
後を振り返ると和也は浩二らと話しこんでいた。
隆は、スカートの一端を軽く上げた。
ヘッドライトに張りのあるふくよかな脹脛が照らされていた。体育の時間で見たことがある
にもかかわらず隆の鼓動は高まった。隆はその原因をまだ知らなかった。
太ももまで捲り上げたとき、一条の血が太ももを伝い床に落ちた。
隆の動きが止まった。
目を優子の顔に向ける。
瞳は閉じられ、微笑んでいるかのような唇があった。子供の頃から知っている顔だった。
隆は再び手を動かした。
傷口があった。鋭利な刃物で裂かれたような傷口だった。
隆はちょっと考えてから立ち上がると砕けた窓ガラスを調べた。
再び優子の前に座ると、一気にスカートをめくり上げ下半身を調べ始めた。
「太ももに傷口があった」
和也達に向かって隆はいった。
「まじ?」
和也は困ったような顔をしていた。浩二もだ。弘は隆を無言で見つめている。
「ここに侵入するときにガラスで切ったみたいだ。窓ガラスにそれらしい血痕があったよ。
傷口自体も一直線で綺麗なもんだよ。ほかは大丈夫だ」
和也が近づいてきた。
「よかったな、隆。お前が調べている時におっさんと話していたんだけど、この事務所は
優子以外変わったところはない。ああ、窓ガラスは破られているけどな。それで、
とりあえず窓ガラスを塞いで、ここを基地つうかベースにしようということにした。売り場は
広いからな。必要なものをゲットして篭城だ」
「安全の確保はどうする?」
「あいつ次第だな」
和也は優子を指差した。
「あいつの話を聞かなきゃいけない。さっきと状況が変わったからな、臨機応変に策も変えるさ」
「わかった・・・・・・それと、優子の傷口を手当てしたい。ここ事務所だから救急箱かなんかある
だろうし」
「そうだな。探すか」
隆は優子をソファに横たえると救急箱を探し始めた。
ほかの三人は砕けた窓ガラスを塞ぐバリケードを構築し始める。
「なぁ、和也」
弘がスチール机を動かしつつ口を開いた。
「なんだ?」
「売り場にはまだゾンビいるのかなぁ?」
「わからん」
「だったらさぁ、従業員用通用口って閉めてた方がいいんじゃないかと思ってさぁ」
和也が動きを止めた。
「弘!」
「なんだよ、大声だして・・・・・・」
「たまに、お前、いいこと言う!」
和也は浩二の方へ向かった。
「おっさん、売り場にゾンビいるかもしれないんで、あの従業員用通用口を閉めた方が
いいんじゃないかって弘の意見あるけど。おれも同じ」
「そうだね。でも完全に閉めると売り場に出る時、むこうの状況がわからないからスチール机
を置いておこうか。それだとゾンビがきてもわかるし」
「オレ、置いてくるわ」
和也は背中に金属バットをねじ込むとスチール机を押して従業員用通用口に向かった。
「ダメだ」
隆が、探し出した救急箱の中身を見ながらつぶやいた。
「なにが?」
2個目のスチール机設置から事務所に戻った和也が言った。
「胃腸薬と風邪薬ばっかりで消毒液すら入ってないんだ」
「ああ、社会人の救急箱って意味か。保健室とは違うもんな」
「ここって薬局コーナーってないのかな?」
「おっさんに聞いてみるか」
砕けた窓ガラスを塞ぐバリケード構築は完了していた。
和也は浩二に薬局コーナーの有無を聞いた。
「あるよ。でも、場所がいまいちだね。頻繁に売り場のレイアウト変えるからな」
浩二は考え込んだ。
「売り場配置図が欲しいよなぁ、しかし」
和也の独り言だ。
「薬局コーナーならわかるよ」
弘の声だった。
「なんで?」
「ここに書いてある」
弘は手にした紙を和也に見せた。
「売り場配置図じゃないか! どうしたんだよ、これ!」
「また大声だして・・・・・・窓ガラス塞ぐバリケードのためにスチール机動かしたでしょ。
その机にあったよ。売り場の内線番号一覧みたい。でも売り場配置図にも使えるなって」
「早く言えよ!」
「だって・・・・・・いまさっき見つけたんだよ」
「すまんすまん」
和也は他のスチール机を見た。どの机にもあった。売り場配置図には1階と2階の売り場
の配置が明記されていた。さらに店舗外の売り場まで。すなわち、このオームセンター
敷地内全体ということだ。
浩二は迂闊な自分を悔やんだ。
社会人なら事務所にこういう類の書類があることを最初に気付くべきだったと。
「たまに、お前、いいことする」
和也はスチール机から売り場配置図を手にとると弘に言った。
全員がホームセンターの地図を手に入れた。
和也と隆が薬局コーナーに向かうことにした。浩二と弘は事務所で優子の面倒をみる。
その時、閃光が走った。遅れて強烈な衝撃波と熱波が襲った。
建物も木も川も虫も獣も人もゾンビもその瞬間を感じることはなかった。
暗闇に、天高く、勝ち誇るようなきのこ雲が舞い上がっている。
あちらにもこちらにも。
黒い雨が廃墟となった地上に降り注ぐ。
最終更新:2010年12月06日 20:10