『ここは地獄か?』
某所 PM 2:40
ヘルメットのスモークシールド越しに町を徘徊するゾンビを見て思わず呟いた
優しかった母も厳しかった父もかわいい妹も愛した女性も心を許しあった親友も
皆 歩く屍と化していた
あの日 次々と変貌していく人々を 躊躇なく襲いかかってくる元恋人を
近くのバイク用品店から調達したハンマーグローブでなぎ倒しながら・・・ ただ必死だった
本来 高速走行中に転倒した際 拳を護る為の装備だが厚い皮にリベット打ちされたセラミックは
ゾンビ共の頭を粉砕するには十分な威力と防御力を発揮した
またバトルスーツと呼ばれるバイク用のプロテクターは少々の返り血や噛み付きから完璧に俺の身を護ってくれる
あれから何日が過ぎたのか?
気がついたらここにいた すでに町は抵抗していた人間の悲鳴も怒声もなく
時折聞こえるゾンビの呻きと魔物の鳴き声のような風切音だけだ
昼間には外国の物と思われるヘリコプターも見かけたが俺の存在に気付かなかったようだ
いや 気付いていたのか? ・・・まぁいい
とにかくここから救い出してくれる事は無いようだ
かつてその栄華を誇り眠らなかった高層ビル群も今や主を失いまるで墓標のようだ
『よっと』
今では狩りにも慣れた俺はため息まじりに勢い良くサイドスタンドを蹴り上げる
VMAX・・ この無機質な鉄の塊が俺の相棒だ
平和な頃はバイクなんて興味もなかった むしろただ喧しいだけで嫌いだった筈なのに
今の俺はこいつに全幅の信頼を置いている
V型4気筒1200ccの強心臓は145馬力を発しその巨体は俺の体ごと一瞬で超高速の域まで加速させる
これが俺の得意技だ
ゾンビの集団めがけ一気に加速しすれ違い様に強烈なハンマーパンチを繰り出す
相棒はVブースト全開時に悲しみの咆哮をあげ俺の耳を劈く
第一撃で2体のゾンビを沈め フロントを軸に今度は180度回転
強力なブレーキによりフルボトムしたFフォークにFタイヤは悲鳴を上げ後輪が僅かに宙に舞う
俺は繊細なブレーキリリースによりグリップを復活させたRタイヤにパワーを伝える
アスファルトにブラックマークを残しつつ次の獲物に照準を合わせ第二撃を加える
遭遇するゾンビは尽く全滅させてきた それが生き残ってしまった俺にできる死者への餞
生への執着も薄らぎただ無意識に放浪し目に入るゾンビは全滅させる
ただそれだけだ 昨日までは・・・
俺は親になる決心をしたんだ。
小汚い二つの影に出会った
崩壊したビルの一角に寄り添い怯えた目をした2人の子供だった
兄らしい子供は俺に幼いが決意に満ちた鋭い眼差しを向けていた
妹らしき子供は小刻みに震え兄の背中にしがみ付いていた
必死で妹を護っていたのだろう 特に兄のであろう子供の服はボロボロだ
擦り傷まみれだが致命的な傷はないようだった
『よう 生きてるか?』
我ながらまぬけな第一声だ 必死で笑顔を作ってみた
ただ顔が引きつっただけだったろうが・・・
あまりの必死さが伝わったのだろうか?
少しは警戒を解いてくれたようだった どうやら親も友達もいないらしい
俺と同じだ
ちょっと前に通りすがったコンビニから発掘した板チョコを渡し相棒に寄りかけ地面に腰をおろす
最終更新:2010年12月06日 20:13