数日後、バールを振り回す自分がいる。
何度も何度も振り降ろされるバールからは、言いようのないあの不気味な感触が
手に伝わる。
「グシャ」「ゴッ」
嫌な音が俺の耳にまとわり付く、それを終わらせようと一心不乱に何度も何度も、、、
みなれたセンターの中にはそれを待ち望む客のように、次々と俺の方に集まってくる。
足を掴まれる感触を感じそっと下を見る。
既に血色を失ない青白く変色した手が、俺の足首を掴んでいる。

伸びる腕をなぞるように目で確認していく、その先には無表情に口をあけ
待ち望んだ肉に食いつこうと忍び寄る女の顔が目に入る。

俺は後ろポケットに差し込んでいたプラスドライバーをそっと手に取り
彼女の頭部に一気に差し込んだ。
彼女の動きが止まる、返す刀で近ずく中年のこめかみにバールの一撃を加える。

笑っている、俺は笑っている。

大声で笑いながら俺は彼らの頭部にバールを振り下ろし続ける。

ハッとして目が覚めた。
大量の汗を掻き息荒く横になる自分に気づく、部屋を背に壁際で眠る自分を確認した。
「夢、、、、」
あの夜以来浅い眠りの中何度も同じような夢を見る。
階下からはやつらの壁をノックする音が微かに感じ取れる。
耳栓をはずしながら
「今何時だ、、、」
時計を確認しようと部屋の方に向く
「ビク!」
全身から一瞬血の気が失せた。
豆電球の明かりを背に人のシルエットが浮かび上がる。

「隆二か、、、」
ホッとしてうす明かりの中隆二の顔を確認しながら俺は時間を確認する。
深夜四時少しを過ぎた所だ、後一時間もすれば夜が明ける。
「どうした、、」
隆二の顔を見ながら問いかける。
「ちょっと来てくれ。」
小声になりながら隆二は俺に場所の移動を促す。
休憩室にはみんなが寝ている、最初は交代で見張りなどを立てていたが今では
それをする事はなかった。
やつらは壁を破壊する事はなかったし、補強された扉や窓は寝る前に念入りに確認する事で済ませている。

隆二はこの数日、殆ど寝てなかった。
俺は彼が涼子達のようになる事を恐れていたが、それはないようだった。
しかし疲れは顔にハッきりと見て取ることができた。

「少し眠った方がいい」
そんな事を言う俺に
「いや大丈夫だ、それよりも早くここを出よう。
 いつかみんな涼子や竜太のようになる。
 お前や美香が涼子達のようになったら俺は、、、俺は、、、」
その気持ちは痛いほど分かる、自分にしても隆二や美香がストレスに負けて
涼子達のようになる事を考えるとおかしくなりそうだ。
子供達のためにもそれだけは避けなければなかった。

隆二についていくと別室に持ち込まれた無線があった。
ここ数日隆二はここで無線をいじり倒していた。

「ザー、、、」
「ザッ、、、ザッ」
「こちら、、、、陸上自衛隊、、ザッ、、、方面、、、生存者、、、すか、、ザザザ、、、、返事」

「!!!」
声だ!微かだがたしかに、それは人の声であった。
「つい先ほど入り始めた。
 徐々に聞き取りやすくなってる、たぶんこちらに近づいてきてるんだ」
そう説明する隆二の声を聞きながら、俺は無線から流れる男の声に聞き入っていた。
正直隆二が無線をいじり始めた時は無駄な努力だと考えていた。
無線の事は良く知らない、しかしそう簡単に生存者とのコンタクトが容易に取れるとは
考えていなかったのだ。
例え取れたとしてどういう意味があるのか、どのみちこのセンターから逃げ出すことは出来ない
向こうから助けに来てもらうのか?
どのみち向こうも大して変わらん状況だと俺は考えていた。
助けに来る余裕があるとは思えなかったし逆に彼らに助けを求められる可能性のほうが
多きい、そうなった所で今の俺達にいったい何が出来るというのだ。
出会った生存者を失う事は今の俺には耐えれる事は出来ない。
俺は意識的に生存者の捜索は行わない事を決めていた。

しかしだ隆二の行動は無駄ではなかった。
いやそれどころか俺達は元いた世界に戻れるかもしれない、無線からは確かに自衛隊で
ある事が確認できた。
「自衛隊が動いている」
それだけども何倍もの勇気が体から湧き上がるのを俺は微かに聞こえる無線を耳に感じていた。

その間にも無線から聞こえる男の声は、ハッキリと聞き取れるようになっていた。
「、、、生存者の方は、、ますか、、ザッ、いたら返事をお願いします。」

「返事を!」
俺は興奮気味に隆二に叫んだ。
隆二は落ち着いて無線をいじりながらマイクを俺に手渡す。
俺は驚きながらもマイクを受け取りスイッチをいれながら、震える声で
「います」
それが俺の第一声だった、隆二がなぜ俺をここに呼んだのか分かるような気がした。
無線の向こうでは驚きの声が聞こえる。
いったいどのくらいの間生存者を探し続けていたのか、
もしかしたら殆ど見つけることも出来ずに虚しく探し続けていたのでは、
そんな事を想像をしながら微かに震える俺に、無線の男は落ち着きながら答える。

「こちら陸上自衛隊○○方面基地、生存者は何名でしょうか」
流石に訓練された人間である既に落ち着きを取り戻し職務の遂行に移っている。
「6人です」俺がすかさず答える
「了解しました。そちらの正確な場所はわかりますか」
今度はこちらが混乱した正確な場所は一度は調べていたが、この状況の中ハッきり覚えては
いなかったからだ。
「少し待って下さい」
混乱しながらもそう答えると同時に、地図の置いてある部屋に隆二と二人駆け出していた。
訓練されてる分けではなかった、二人は一緒に駆け出していた。
やつらに襲われる可能性にたいしては落ち着いて行動できる自信はあったが、
よもや自衛隊が助けが来るなどは微塵も考えてなかったからだ。
隆二にしても同じで自衛隊の救助の事など考えていなかったのだ。

俺達は必死に廊下を駆け抜けていた。
休憩室の前も遠慮なく駆け抜けみんなが寝ている事などお構いなしである。
それほど混乱し、嬉しくもあった。

隆二が地図を掴み元来た廊下を駆け抜ける。
俺はその後を追い、もう一度休憩室の前を駆け抜ける。
その時この騒動で目を覚ましたのか、良助が休憩室の窓から外を覗く姿が目の端に入った。
そして休憩室を抜け切る前に、俺は良助の叫びに似たかすかな声を耳にする。

「父ちゃん!」

ハッとして休憩室に戻ろうとした、しかし隆二が無線のある部屋を乱暴に開ける音が
俺の注意を引き、その時俺は自衛隊の救助に神経を捕らわれていた。

部屋に入ると隆二は、地図を広げここの場所を指差し俺に
報告を促していた。
俺はそれが使命であるかのようにマイクを持ち、無線の向こうで待ちわびる
隊員に静かに語りかけた。

「○○市○○町3丁目11-33番地○○ホームセンター○○支店」

必死で落ち着きながら俺は、自分の中で確認を取りながら無線に語りかけた。
一瞬の沈黙、、、、
その沈黙は何時間にも感じるような、長い長い不安と期待を俺の中に呼び起こしていた。

「確認しました」

「今からそちらに向かいます。こちらのヘリでは全員を一度には無理ですので
 本部からもう一台救助のヘリを向かわせます」
「三名可能ですので準備をよろしくお願いします。」

「救助が来る!」
俺は心の中で叫んだ、隆二にしても同じだろう。
このホームセンターから出ることが出来るとは、しかも自衛隊の救助だ。
ヘリでの救助、やつらの徘徊する地上ではなく空からの救助。

それがどのような困難を引きを越すかなどは、考えるか暇はなかった。
やつらから少しでも離れられられる喜び、訓練された自衛隊での救助だ
そこはうまく指示してくれるだろう。
俺は喜びのあまり隆二と抱き合った。
ダンスともいえない下手なステップを、生まれて初めて踏みながら
隆二と共に喜びを噛み締めあった。

「よし!まずは女性陣からだ」
俺はハッキリとした声で、隆二に語りかけながら歩きはじめる
男三人、女三人丁度いい、最初に女性陣を脱出させその後男性陣だ。
そう考えながらここ最近なかった喜びと使命感で、俺の心と体は10代の少年のように
軽やかに感じた。


廊下に出ると美香が何事かと心配そうに、弓を抱えながらこちらを覗きこんでいた。
俺達は足早に美香達の居る休憩室に向かいながら、心配そうにこちらを覗く美香に
「救助がくるぞ!」
興奮気味に報告する。
美香は声にならず輝きを取り戻した目で、俺達の報告への返事としていた。

「二度に分けるらしい、まずは美香と弓、それに涼子だ」
そういいながら涼子の方を見ると、彼女はこの騒動で目を覚ましたが、
特にどうするでもなく、いつものよう虚ろな目で外を眺め薄ら笑いをその口に浮かべていた。

20分、隊員が指示した時間だ。
もじき夜が明ける、既に外は明るくなり始めている。
美香は慌てて簡単な身支度と弓に小さなリュックサックを背負わしている。
ここに居る間、弓は美香のそばで一生懸命絵を描き続けていた。
みんなが外で楽しそうに笑いながらピクニックに行ってる絵だ。
この幼い少女もまた、必死で希望を捨てず生きる事に全力を尽くしていた。

壊れていく涼子や竜太を見ながら、彼女は自分の心をその絵の中に逃がし
守っていたのだろう。

一枚の絵が足元に落ちていた。
みんなが草原で楽しそうに明るい日差しの中食事を採っている。
それを拾い上げる。みんな居る美香や隆二、良助や俺も居る、涼子も竜太も、、、、

竜太、、、、寂しさが込み上げる。

弓が近づきその絵に手を伸ばす。
そっと渡してやる、少しの荷物は持って行ってもいいとの事だ
その時弓が笑った、
ここ最近彼女は笑顔を見せる事などなく、いつも無口に美香について歩く女の子であった。

軽い驚きに戸惑っていると
「みんなでピクニックいこうね」
弓が絵顔で語りかけた。
涙がこぼれそうになった、彼女は絵の中で守っていた心をようやく
現実に戻らせたようであった。
それが本来の彼女なのだ、この大人でさえ狂ってしまいそうな現実で彼女は必死で生き抜いた事を
その健気笑顔で証明して見せた。

俺は涙をこらえながら

「ああ、みんなで行こう」

力強く答え、彼女の頭をそっとなでてやった。


「良助が居ない」
その時美香の呟く声が耳に入った。

ハッとして周りを見る、美香、弓、涼子、隆二、みんな休憩室で身支度を終え
集まっている。
隆二に良助の所在を確かめる、
「いや、分からない」

美香に報告後俺は無線でこまかな指示を仰ぎ、隆二は脱出の準備をしていた。
美香や弓も同様で、美香は弓と涼子とその上自分の準備で手一杯だった。
良助が居ない、その時ハッとしてもう一度ある言葉を思い出した。

「父ちゃん」

無線のある部屋に向かう俺が聞いたあの叫びにも似た声、
俺は慌てて一階に駆け下りる。
その後を、遅れて隆二が走り出す。
裏手にあるドアに向かう、開いてはいなかった。

遅れて到着した隆二が、何事かと不審そうにこちらを見ていた。
隆二に説明しようとしたその時、

「ガガガ、、、」

嫌な音が聞こえた、俺は説明を求める隆二をよそ目に売り場に走り出した。
最悪だった。

正面シャッターが既に三分の一ほどあがっていた。
良助は知っていたのだ、その方法を何処で覚えたのかはわからない、
しかし甘く見ていた。
裏の扉は俺達には簡単に開閉する事は出来る。
しかし良助には開ける事が出来ないように、細工をしておいた。
まさかシャッターの開け方を知っているとは、俺達誰一人考えては居なかった。
一番頑丈な場所だ木材で塞いだり、荷物などを置いて塞ぐ事などしていなかった。

もっとも安全だと思った場所が開かれる。
開かれてしまえば、やつらにとってもっとも出入りの簡単な場所であり。
俺達にとってもっとも防ぐ事が困難な場所である。

考えると同時に俺は武器を無意識に探していた。
バール、手に取ると同時に駆け出していた。

「とーおーちゃん」

良助の悲鳴に似た叫びがセンター一階に響き渡る。
既にシャッターが半分まで上がっている。
そのシャッターをくぐり外に抜け出そうとする良助、俺は必死でそれを止めようとした。
外に出れば終わりだ、既にやつらはシャッターの上がる音につられ店の前に集まりだしている。
必死になる俺の足は、無造作に置かれた商品に気づかず、簡単に引っかかり通路にその体を投げ出してしまった。

今にも飛び出しそうな良助から目が離せない、やつらの血だらけになった、白いTシャツが目に
焼きつく。
その時飛び出そうとする良助を抱え上げる男がいた。
隆二だ!

すでにやつ等の顔が上がったシャッターから覗き始めた。
やつ等の手が伸びる。
口を大きく開きながら、目の前にある二つの食料、生きた、そう血の通う生きた人間の肉だ。

隆二は咄嗟に、良助を庇った。
庇う隆二にお構いなく、青く変色した腕や、血の媚びり付いた手が良助の体を掴む。

隆二は必死で振りほどこうと努力するが、良助を腕に抱えたままでは分が悪かった。
青白い目の窪んだ女が、もがく隆二の肩に何週間も待ちわびていた、血の通う人間の生肉に
その白い歯をゆっくりとめり込ました。

「う!!」

その時初めて良助は、自分のした事が本当に理解できたようだった。
小さなうめきが俺の耳に入り俺は同時に叫びを上げていた。
「おおおおおおおおお!!!!」
渾身の力でバールを振り下ろす。
女の体は衝撃で一度下に下がり、隆二に持たれ掛かるようにゆっくり下に倒れ込んで行った。
口から隆二の肉片をぶら下げながら。

やつらが俺にも手を差し伸べる、もう一度渾身の力でバールを横に振り込んだ。
端に居た中年の女性もろとも、三人が横に吹っ飛ばされ、その体をセンターの商品棚に
倒れ込ませた。

隆二に掴み掛かる農夫のような男性に、バールの振りをお見舞いする。
「グシャ」
嫌な音と共に農夫のこめかみに一撃を入れる。
バールと肉の隙間に気泡のような血がブクブクと泡立ち、抜くが早いか鮮血が「ビュ」と
飛び出す。
隆二を掴み上げ、二回に逃走を始める。

やつ等がゆっくりとセンターに侵入を開始するその姿を、俺は駆け上がる階段から
確認した。


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最終更新:2010年12月06日 20:16