売り場を抜け、途中ある観音扉を俺は咄嗟に最後の砦だと思った。
鉄製の扉は売り場と、休憩室のある社員用区画とを分ける最後の扉だ、
休憩室には立て篭もれない、ベニヤの簡単な作りの扉ではやつらに簡単に破られる
あの扉が最後の砦なのだ。
そう決意した俺は、隆二と良助が扉をくぐり、後に続いて全力疾走で走り切
扉の鍵を掛けた、扉を閉めるその時、その隙間から二階の階段を上がり切るやつらが確認できた。
ここに来る事ははっきりしていた。
俺はそこいらにある商品やダンボールを、扉の前に投げ捨てるように積み上げていく。
必死にながらありったけの物を投げつけるように積み上げる、
その音に混じり扉を叩く音が聞こえる。
足が震えた、足だけではなく前進が恐怖に震えあがっていた。
「こんな、、こんな事で!!」
うなるように俺は両足で廊下を蹴り込んだ。
想像できる範囲を超えていた。
頑丈に補強された扉やドアは確実にやつらの侵入を防いでいた。
食料もあり水もまだある、危険はもっと先だと思い込んでいた。
しかも救助がもうすぐやってくると言うこの時に、こんな事でやつらの侵入を許すとは
思ってもいなかったんだ。
「いそごう」
誓いに似た感情が俺の心に渦巻いていた。
休憩室に戻ると長椅子に倒れ込む隆二とそれを看病する美香が居た。
良助はおびえの為か放心状態だ、それを心配そうに眺める弓、
いつもの場所で薄ら笑いを浮かべる涼子。
現状をすばやく説明する。
あの扉が破られた場合の事も話しあわなければならない。
その時無線が鳴り響いた、
「上空に到着した。様子が変だが現状を説明してくれ」
隊員の声は冷静でも、戸惑いは隠せないようだ。
俺はマイクを取り上空に居るであろう、救援者に今の現状をつぶさに伝えた。
既に一階二階はやつらに進入されてる。
扉がどの程度まで持ちこたえるか分からない。
それだけ伝えると
「了解した。地上駐車場は着陸は不可能だ。ゾンビどもがうじゃうじゃしている。
屋上駐車場にはゾンビどもは確認できない。屋上に出る事は可能か?」
ゾンビ、自衛隊の隊員からはその単語が連発されていた。
彼らがやつらの存在を、ゾンビとして受け入れている事が確認できた。
「子供二人に女性二人何とか乗せれないか!?」
俺は叫ぶように隊員に質問をぶつけた。
戸惑いの沈黙が、無線越しに伝わったが彼らの反応は早かった。
「了解した。多少窮屈を強いるがなんとかなるだろう。」
状況をとっさに判断し返答してくる。
扉が突破されるのは時間の問題だ、時間稼ぎは出来ても
次の便まで持ちこたえる事が出来るとは言い難かった。
ならばせめて多くを今の便で運んでもらうしかない。
そう思いながら、隆二の方に目を向けた。
隆二の顔は笑っていた。
自分の判断を認めてくれているようだ。
「よし!」
時間を無駄には出来なかった、決断と同時に行動を起こす。
美香にしたくを済ませた弓達と屋上に行くように指示する。
売る場にあるエレべーターはもう使えない。
残るは非常階段だ。
- ドアが開いて入ってきたのは、さっきまで最初の部屋にいた
客だった。3人ともアブラぎったオヤジどもで、一人はちょっと醜い
くらいに太ってたね。印象としては不動産屋か株屋のオヤジかなあ?
女は最初、何がおこったかわからない様子だったよ。まあ当然でしょう
もう自分がどこにいるのかも忘れて、黒とプライベートにセックスして
ると思い込んでたみたいだからね。
黒が「お待たせしました。では、一番の方はどちらですか?」
あの株屋っぽい太ったオヤジが返事もせずに手をあげた。
「いかがしますか? ツーショットをお望みでしたら・・・・」
「い、いや、いいよ、一緒で」ボソボソっと、もう全神経が女に集中
して他のことはどうでもいいって感じだ。
「では、どうぞ。もう、どこを触っても、何をしてもイク寸前の状態
ですから・・・」
太った男は矢も楯もないというふうでベルトをゆるめ、黒や後の二人
のことなど気にせずに自分の肉を引き出した。腹はでてるんだが、ちゃん
とカメラに映るんだからけっこう巨根だったかも。あと、なんとなくだけ
ど細工(真珠か?)がしてあるようだったね。さすがにモニターじゃはっき
りはわからない。
黒が女を腕から離し、床ゆっくり寝かせようとするところで、やっと女も
自分の身に何が起こっているのか悟ったみたいだ。男が近づいてくると、
怯えきった声で
「…い、イヤッ! イヤーーーッ!!」
時間がない、焦る心を抑えながら俺は脱出方法を簡単に説明する。
建物にある非常階段は二箇所、そのうち一つは売り場にあるため
最初から脱出路としては考えてはいなかった。
残る非常階段は社員用区画に扉があり、そこから直で外に出る事が出来る。
屋上まで延びる階段を使えば、簡単に屋上に着く筈だ。
非常階段の一階には、防犯のための扉がある、やつらの侵入はそれで防ぐ事が出来る。
屋上にも同じ扉が付いている。
「鍵、、、」
俺は呟いていた。
一階、三階、屋上、その三箇所には防犯用の扉が付いている。
チェーンが巻かれ鍵を掛けられたそれを開けるためには鍵が必要である。
「一階だ、、、、」
うなるように呟く、良助が一階の正面シャッターを開けるのに使用したままだ。
鍵をさしスイッチを押す。
シャッターはそれで開く、鍵の保管場所を良助は知っていた。
ついてまわる、良助にお構いなしに俺達は、鍵を使用し戻していた。
鍵は一束に保管されていた倉庫の鍵やエレベータの鍵、特に疑問もなくそのまま使用
していたのだ。
その後の良助は試行錯誤か元々知っていたのか、一階のシャッターを開けてしまった。
美香は一通りの説明を受けると、呆然と隆二を見つめる良助を抱え、
もう一方の手で弓の小さな手を握り締め、次の指示を待っていた。
一緒に行くしかなった。
どのみち涼子を屋上に連れて行くにはもう一人居る。
俺はチェーンを破壊するため、扉の前に放りだしたままのバールを取りに行った。
バールを手に持ち休憩室に戻ろうとした時、俺の後ろからはドアの軋みが聞こえてきた。
扉の向こうにどのくらい集まっているのか、鍵を掛けた扉は大きく揺れながら
ギシギシと悲鳴を上げていた。
「長くはない」
いい加減に詰まれたバリケードは、揺れる扉に押され散乱して意味をなさなかった。
バールをベルトとジーパンの間に挟む、動きにくいが今は両手が必要だった。
隆二は涼子を運ぶ手伝いは出来ない、美香も良助や怯える弓のために必要だ。
休憩室に急ぐ俺は、美香に非常階段の扉の前で待つように指示を出し、涼子を連れ出すため
彼女の特等席に向かう、彼女の肩に手を置くと同時に
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫が休憩室に響き渡る。
錯乱する彼女を無理やり窓から引き離し、引きずるように非常階段に向かう。
今の彼女はとても女性とは思えない力で反抗している。
気を抜けばすぐにでも逃げ戻ってしまうような彼女を俺は必死に引きずり
非常階段に向かおうとしていた。
廊下に出る。
彼女の絶叫は鳴り止まず、廊下全体にも響き渡っていた。
それに触発されたやつらがより大きな軋みを鉄の扉にあげさせていた。
ギシギシ軋む扉からやつらが一瞬覗き込む、ギシギシいつ止め具がはずれドアの向こうから
やつらが押し寄せてくるのか検討も付かない。
彼女の絶叫がやんでいた。
不気味に扉の軋みだけが廊下に響き渡る。
笑っている、、、彼女は扉の隙間に垣間見えるやつらに笑顔を振りまいている。
不気味な扉の軋みがリズムをかなで俺の心に恐怖を植えつけていく。
「痛ッ!!」
その時俺の腕に痛みが入った涼子を抱え込む腕に20センチ程の傷が浮かび上がる。
生暖かい血がその傷口から静かに溢れ返るその光景を、俺は呆然と見詰めていた。
彼女の爪が俺の腕を引っかいたのだ、女の爪がまるで刃物のように
俺の腕を切り裂き鮮血を生み出させていた。
迂闊だった、束縛の緩んだ腕から彼女は逃げ出していた。
逃げ出すと同時に駆け出していた。
元いた場所では無くあの不気味なリズムを奏でる鉄の扉へと。
「やめろーーーーーーーーー!!」
俺は腹の底から叫んだ。
涼子を追うのにも、躊躇する事はなかった。
しかし涼子はその時すでにドアのまじかにまで迫り、俺の行動が
到底間に合わない事を自覚させた。
「ガチャり」
これだけ離れた距離で、俺はその音をまるで耳元で聞いたような錯覚に襲われた。
最後の扉がまるでスローモーションのようにゆっくりと彼らを導きいれる。
彼女に掴みかかる腕は、俺達に掴みかかった数の比ではなかった。
押し倒されるように倒れる彼女、ゆっくりとこちらに最後の顔が向けられる。
笑っている。
彼女の笑顔は竜太と同じ開放の笑顔で満ちていた。
倒れる彼女に覆いかぶさるやつらが、彼女をこの現実から解放した。
俺は迷いなく休憩室に飛び込んだ。
横になる隆二を担ぎ上げ、休憩室の出口を飛び出した。
本来なら隆二を簡単に担ぎ上げる事などできないだろう。
しかし今の俺には可能だった。
緊急時における人間の潜在能力の解放が、今俺の中にも起こっていた。
廊下に飛び出す俺は迷いなく非常階段に向かった。
後ろで奏でられる死の開放音楽は、今の俺にはなんら恐怖を与える事はなかった。
扉の前に立つ美香達に
「行くぞ」
一声掛けて非常階段の鍵を開け扉を力強く押し開けた。
ひさし振りに嗅ぐ外の空気が心地よかった。
二階に位置するこの階段にはやつらの腐敗臭はなかったのか、もしくは既にその匂いに
なれてしまっていたのかもしれない、ただ打ち続ける風が心地よかった。
屋上からヘリの音が聞こえる。
廊下から新鮮な肉を求めるやつらの足音がゆっくり近づいていた。
鍵は掛けれない、次期やつらが扉を開けるか破るかしてこの非常階段にもあふれ出す。
急ぐ俺達にヘリの音に混じり銃声が聞き取れた。
三階を抜け屋上に向かう、その時もう一発銃声が響き渡った。
今度はハッキリと聞こえる。
やつらが屋上にも来ている。
一階の車の出入口には小さな柵が掛けられてあったが、それこそ申し訳なさそうな小さなやつだ。
音につられたやつらが柵を破るのは当然と言えた。
急ぎ屋上に出る。
屋上にある車の出入口からは続々とやつらがやって来る。
「急げ!!」
こちらに気づいた隊員が叫ぶ。
もう一度発砲する、もんどり返るやつらが見える、一発でやつらの頭部を破壊する。
訓練された人間だ、迷彩服に身を包むその姿は自衛隊である事がはっきり分かる。
俺は担ぎ上げてた隆二を降ろし、扉に付いたチェーンを確認する。
「そんなに太くはない」
俺は確認すると同時にバールを振り上げチェーン目掛け振り降ろす。
一回、二回、、、、、三回!!
チェーンはビクともしない、、こんな所で終わる訳には行かなかった。
階下で物音がする。
「扉が破られた!」
焦る俺に蒼白な隆二が言う
「貸してくれ」
言うが早いか隆二は俺の手からバールを奪い、最後の力で振り上げ、渾身の力で振り下ろした。
「ガシャーン!!」
破壊音と共にチェーンが粉砕され扉が開いた。
開かれた扉から美香達がヘリに駆け出す。
俺は倒れかかる隆二に肩を貸しヘリに向かい歩き出す。
「置いていってくれ」
隆二は呟いた。
俺は返事をせずに進み続けた。
「どのみち五人は無理だ、誰かが残らなければならない、
俺はここに残る。」
静かに語りかける隆二の言葉を無視する。
銃声が立て続けに起こり、やつらが発砲の数だけ倒れ込む。
外で銃を発砲していた隊員が美香達をヘリに乗せるのが見える。
発進のため操縦席で待つ隊員がこちらに気づき悲痛な顔を浮かべる。
美香たちを乗せた隊員が俺に声を掛ける。
「やられたのか」
それが何を意味するか知っている顔つきである。
「こいつを乗せて行ってください。」
隆二が沈黙を打ち破り語り始める。
「乗りなさい」
隊員が俺に向かい諭すように語り掛ける。
時間の猶予はない、既に前からも後ろからもやつらがやって来る。
「行ってくれ、、、美香を頼むよ、あいつ本当は弱い女なんだよ、、、」
隆二は俺の肩から無言で離れ迷う俺をそっとヘリの方に押しやった。
「いずれ俺は奴らと同じようになる。
最後くらい人間として見送らせてくれ。」
深く息をしながら隆二は最後になる言葉を語った。
操縦席の隊員が急ぐように叫ぶ。
呆然とする俺をよそ目に隊員が腰にぶら下げた銃を軽くいじり隆二に渡す。
「引き金を引けば玉が出る。」
そう言うと隊員は、俺の肩を掴みヘリに向かわせた。
俺はおとなしくそれに従った。
隊員から渡された銃がどういう意味なのか分かったからだ。
本来自衛隊の武器を民間人が持つ事はないだろう、ましてや自衛隊の隊員自ら渡す
事など考えられなかった。
ヘリが静かに上空へと飛び立つ、美香はうつむき泣いていた。
弓は泣きくづれる美香に最後までしがみついていた。
良助は只呆然と前を見続ける。
屋上に立つ隆二は笑顔で手を振っていた。
そして、ホームセンターはぐんぐん小さくなっていった。
銃声が聞こえたような気がする。
彼は最後まで人間として生き、人間として死んでいった。
ーーーーーーーーーー完ーーーーーーーーーーーー
最終更新:2010年12月06日 20:16