照明弾が上がる。そこはいわゆる戦場だった。
小隊長から
「よく狙って撃て。弾の無駄使いはするな!」
そんな命令を受けていた。
キュムッ、キュムッ
後方陣地から迫撃砲が対岸に叩き込まれる。
その度に対岸のゾンビ達が宙に舞い上げられる。
「遅い、何をやっているのだ。」
「橋の爆破まで時間が無い。」
橋には、施設科隊が爆薬を仕掛けあとは爆破するだけである。
狙撃手達は遠距離で橋を渡ろうとするゾンビ共の頭を確実に
吹き飛ばしている。でも撃っても撃っても後から後から
ゾンビ共が橋を渡ろうとしてくる。
俺達は、ゾンビから残った住民を救助するために、
A市に突入していた。
ゾンビ化してない住民の多くはデパートや市役所、公民館、
企業のビル内に避難していた。また個人宅というのも結構あった。
救助作戦は熾烈を極めた。俺達はの地上部隊だけで住民を
救出しなければならなかった。ヘリコプターは大都市に集中投入されている。
救助作戦は予想より多大な損害を出しつつも、終了しようとしている。
最後の救出部隊の第3中隊が戻ってくればだ。
第3中隊は、町の一番東のはずれを作戦区域としていた。そこには
小学校、中学校、市民体育館等があり、多数の生存者がいると
予想されている。その為、第3中隊にのみ貴重な戦車が付属していた。
連隊長がさかんに第3中隊長を呼び出す。
「こちら藤1、桜3へ状況送れ!」
「こちら藤1、桜3へ状況送れ!」
第3中隊より
「こちら桜3、藤1へ現在市内を橋の向けて撤収中。」
「こちら桜3、藤1へ中隊長は戦死。現在第2小隊長が中隊の指揮を取っている。
戦死者は23名。負傷者は8名。救助した住民は95名。以上 送れ!」
連隊長は
「こちら藤1、桜3へ。負傷者の状態知らせ。送れ!」
第3中隊から
「こちら桜3、藤1へ。負傷者は、ゾンビによる攻撃により負傷。以上 送れ!」
私は、無線の傍受を聞いていたが、心が重くなった。
また、あれをやらなければならないのか。仕方の無いことだと分かっている。
必要なことだということも十分理解している。多分今回は私は傍観者になる
だろう。でも見ていられない。
対岸の堤防の上の道路に74式戦車が姿を現した。
車体にはまだ蠢いているゾンビを、引っ掛けている。
その後方から指揮通信車、偵察警戒車、75式ドーザー、73式大型トラックの
コンボイが続く。対岸に向けて次々と照明弾が上がる。行きは23台いたはずだが、
17台しかいない。6台はやられたようだ。
ゾンビには近代兵器に対する有効な攻撃手段は無い。ゾンビの攻撃は集団で取り囲み
襲うことだけ。動きも愚鈍なので単体であればそんなに恐れる必要は無い。
でも車両が走行中にゾンビを引っ掛けたりしてるうちに、タイヤの溝にゾンビの肉片が
こびりつき、車両の駆動力が失われるのだ。車両の損失は殆どがこれだ。
俺の分隊も対岸のゾンビ目掛けて単発モードで射撃を加えている。
本当に弾は貴重だ。在庫を打ち尽くしたらお仕舞い。補充は無いのだ。
先頭の戦車が橋を渡り始めた。橋は現在友軍が抑えている。橋の欄干には普通科部隊
が張り付き、車両に付随してこちらに渡ってくるゾンビ共を確実に撃ち倒している。
そうしている間にも、第3中隊の車両が続々とこちら側に渡ってきた。
車両がこちら側に入る度に車両の回りをチェックしてゾンビを引っ掛けていないか
チェックしている。たまにキャブと荷台の間に挟まっていて、それが喰い付くという
損害も発生している。
今回もいたようだ。
「いたぞ!」「撃て撃て」
パーン。一発の銃声がした。
全部の車両が渡りきった。
対岸からゾンビがわさわさと橋を渡ってくる。
欄干に配置されていた普通科部隊に撤退命令が出たらしく隊員達が後退をしている。
それを見てたら、もうすぐ行わなければならない悲劇を予想し欝になった。
連隊長が、施設科の指揮官に橋の爆破を命じた。
「ドーーーーーーーーーーン」
大きな音を立てて、橋が爆破された。渡っていたゾンビは川に落ちて流れていく。
ゾンビ連中は後ろから押されるらしく、後から後から川の中に落ちていった。
作戦はほぼ終了した。俺達はこれから救出した住民を駐屯地内に運び込まなければ
ならない。
連隊長が第3中隊第2小隊長から報告を受けている。
「戦死23名。負傷者11名。救助した住民95名 以上」
戦死者はもういない。多分ゾンビ連中の胃袋に納まったのだろう。
問題は負傷者だ。もうこの頃になると、ゾンビに噛まれた者がどうなるかは
皆、いやになるほど知っていた。ゾンビになってしまうのだ。
これからが作戦の締め括りだ。救出作戦を行う度に行われる最後の儀式。
回りの連中も、暗い顔をしている。既に嗚咽を漏らしていのもいる。
その儀式とは、ゾンビの攻撃により負傷した戦友を「殺す」のだ。
それも我々の手で。このまま行けば確実に負傷者はゾンビになる。
ゾンビになれば倒さねばならない。
負傷者もそれは十二分に承知している。承知しながらも作戦に参加している
のだ。
戦場のことである。本来であれば十二分に食事を与え、家族との最後の面談も
与えられて然るべきである。でも一刻も早くここを離脱しなければならない。
回りの隊員達が穴を掘り出している。その穴は彼らの骸を入れることになる。
負傷者達の髪の毛を切り取り、袋に入れて保管する。
彼らには、ほんのささやかなもの。タバコとかビール、酒が与えられた。
ビールを飲んで、表向き陽気な隊員。家族との写真に見入る隊員様々である。
俺と仲のよかったC二等陸曹がいた。Cは俺に家族に渡してくれと、
遺髪と切った爪を入れた袋を渡してきた。それから家族に「愛していた」と
「子供達を頼む」の遺言を託された。
彼らが一列に並んだ。もう彼らは黙り込んでいる。それでも家族の写真を
わき目も振らず見ている者が多い。
彼らの後ろに、今回の当番小隊が並ぶ。当番小隊の連中の足取りも重い。
連隊長が当番小隊に対して
「構え!」
「狙え!」
「撃て!」ドドーン。銃声が響いた。
そこには、かつての戦友達が頭を吹き飛ばされ倒れていた。
俺は、彼らに対し、敬礼した。涙が頬を滂沱のごとく流れた。
彼らの遺骸の上に日章旗が被せられた。
俺は、そして生きている隊員達は何時までも敬礼をしている。
俺達は何時まで生きていけるのか。もう連隊は30%の損害を受けている。
数日後、
今日も、また市街地に突入しようとしている。
雨が降っていた。こんな日に死ぬとしたら、お天と様も悲しんでくれるのだろうか。
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最終更新:2010年12月06日 20:38