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・[[伊勢神宮]]の[[斎王]]。
・[[醍醐天皇]]の皇子[[章明親王]]と、[[藤原敦敏]]の娘との間に生まれる。
・[[花山天皇]]即位の[[984年]](永観二年)、11月四日に斎王に卜定(ぼくじょう)され、
翌[[985年]](寛和元年)九月二日に初斎院に入る。同月二十六日、野宮に遷る。
・翌[[986年]](寛和二年)六月十九日、済子と瀧口の武者[[平致光]](たいらのむねみつ)との
密通事件が発覚、六月二十二日に任を解かれた。(以上、『日本紀略』、『本朝世紀』、『帝王編年記』など)
・済子のその後の消息は不明。
・平安朝の斎王で、事故による退下(たいげ)は済子の事例のみという。
(『史料にみる日本女性のあゆみ』総合女性史研究会)
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・[[伊勢神宮]]の[[斎王]]。
・[[醍醐天皇]]の皇子[[章明親王]]と、[[藤原敦敏]]の娘との間に生まれる。
・[[花山天皇]]即位の[[984年]](永観二年)、11月四日に斎王に卜定(ぼくじょう)され、
翌[[985年]](寛和元年)九月二日に初斎院に入る。同月二十六日、野宮に遷る。
・翌[[986年]](寛和二年)六月十九日、済子と瀧口の武者[[平致光]](たいらのむねみつ)との
密通事件が発覚、六月二十二日に任を解かれた。(以上、『日本紀略』、『本朝世紀』、『帝王編年記』など。
ただし、『日本紀略』の記述は「瀧口の武者平致光と密通の由風聞す」。)
・済子のその後の消息は不明。
・平安朝の斎王で、事故による退下(たいげ)は済子の事例のみという。
(『史料にみる日本女性のあゆみ』総合女性史研究会)
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