・[[江戸時代]]では、[[森島中良]]『紅毛雑話』やそれを引いた[[林子平]]『海国兵談』などに 「リュフトスキップ」の名前で軽気球の図が掲載されている。 紹介されているのは[[フランス]]のモンゴルフィエの熱気球であると見られる云々。 ・日本がはじめて軽気球つくりを企てたのは[[1877年]](明治十年)の西南戦争の際であるという。 [[田原坂]]にて、官軍が偵察用に気球を作り、水素ガスによって飛ばそうとしたが 強風によるロープの切断や、水素ガスの爆発などにより失敗した。 ・後、日露戦争の旅順砲撃([[1904年]])にて繋留気球を使用して弾着点を観測する事に成功したという。 参考文献 『[[平賀源内]]を歩く』奥村正二 #amazon(4000019325, image, text)