新潟平野においてこの時代の遺跡が見つかったのは事実上初めてで、極めて希少性が高い。
647年、大和政権によって新潟市近郊に軍事拠点
渟足柵(ぬたりのさく)が造られたと
されており、関連性も指摘されている。
- 掘立柱の建物十六棟の遺構の他、土器や祭礼用の金属製品、木製の皿や弓などが出土。
また鉄くずや、木製の鋤の柄など製作途中とみられる品物も見つかっている。
一方、農具の出土が少なく、これらの事から木製品や金属製品の生産に携わる集落だったのではないかと推測されている。
- また、同地から直径2.6cmの銅製の鈴も発見された。高度な技術によるものと見られる。
新潟県内では、上越市の延命寺遺跡で発見された鈴と並んで最古級のものであるとか。
参考文献
ヨミウリオンライン 2014年11月28日記事
最終更新:2014年12月02日 23:21