雷に打たれる

  • ギボン『ローマ帝国衰亡史(二)』
   →ローマ皇帝カルスは、ペルシア遠征の最中に病床に伏せる事になるが、
    そんな中で激烈な嵐にあい、もっとも強い霹靂の後に、帝崩御の声があがったという。
    そのため、カルス帝は落雷によって崩御した、という流言飛語が飛び交った、という内容の手紙が
    カルス帝の秘書官から元老院に送られている、とギボンは述べている。
    さらに、落雷によって死亡する事は天の怒りに触れたものと人々に恐れられたことから、
    戦況が優位であったにも関わらず、ローマ軍はペルシアから撤退したのだとか。


   →カール大帝(シャルルマーニュ)が遺言状で一人の男爵に馬と武器を託し、それを売り払って貧民に与えよと指定したが、
    その男爵は売ったお金を着服。すると死んだシャルルマーニュが彼の下に現れ、その行為のせいで
    「八代にわたる苦しみ」を煉獄にて受けていると言って激しく詰め寄る。が、天の計らいによって自分は
    罪を清められ天に赴き、かわりに男爵が苦しみを支払う事になるだろうと言い残す。
    すると、そこにいた大勢の目の前で、天から稲妻が落ちてきて、そのまま彼を地獄へと連れ去ったという。



      参考文献
『中世イタリア民間説話集』
『ローマ帝国衰亡史(二)』ギボン



最終更新:2016年11月22日 03:48