水(引用)

かくのごとくしてある時は気むずかしくある時は苦々しく、時には甘く時には太くまた捕捉、時には有害にあるいは疫病をのせて、時には衛生的にまたは毒を含んでいるのが見られる。それゆえ通過する場所が異なれば異なるだけの性質に変化するといえよう。ちょうど鏡がその対象の色に身を変えるとおなじく、これも通過する場所の性質――衛生的な、有害な、純粋無垢な、渋い、硫黄気のある、鹹(しおほ)ゆい、多血質な、憂鬱そうな、鈍重な、怒りっぽい、赤い、黄色の、緑色の、黒い、青い、油のような、油ぎった、痩せっぽちな――に変化する。時には火を抱き、時にはそれを消し、熱かったり冷たかったり。時には持ちさり時には置きざり、時には掘り、時には高め、時には崩し時には固め、時にはいっぱいにし時には空っぽにし、時には頭をもたげ時にはくぐり、時には走り時にはとどまり、時には生命の原因となれば時には死の原因となり、時には生むこと時には奪うことの原因になり、時には養分となればまた時にはその反対ともなり、時には鹹ゆくなればまた無味にもなり、時には大洪水をもって広い溪谷を沈めてしまう。
時とともに万物は変化してゆく。
ある時は北の方にねじれてその堤防の基底を噛み、ある時は南の対岸を崩し、ある時は大地の中心を向いて自分を支える河底を削り、ある時は白く泡立ちながら天に向かって飛揚し、ある時は渦巻きつつ逆流してその流れを攪乱し、ある時は西部に拡がって農民たちの収穫を奪い、ある時は東方に盗んできた土壌を卸す。かくのごとくある時は自分の奪ったところを再びみたし、ある時は自分のおいた処を掘り去ってしまう。こうして常住不断おのれと境を接するものを跡形もなく移したり食いつくす。かくのごとくある時は狂瀾怒涛奔流し、ある時はキラキラと静かに若草の間を優しくたわむれつつ流れてゆく。ある時は大空から雨や雪や霰として降り、ある時は細かな霧でもって厚い雲を作る。ある時は自分一人でまたある時は他人の力によって動かされ、ある時は生命の湿りをもって生まれたてのものらを成長させ、ある時は腐臭を帯びまたは馨(かんば)しくあらわれる。われわれの間には水をふくまぬ何ものも見出されぬ。
                               『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』
最終更新:2016年10月27日 03:57